作品タイトル不明
第六百九十一話 こそこそ話をしよう
「…………」
その光景を前にゼンドーは唖然としていた。
白き一団を招いての王への謁見と軽いパーティを開いての歓迎はひとまず無事に終了した。もっともそれが終わったからもう何もないかといえばそうではなかったのである。
竜騎士団長ローグが騎竜バスカルに頼まれて白き一団との会合を希望しそれを風音が快諾していたのだ。そしてゼンドーは白き一団とローグと共に竜の厩舎へと赴いていた。そこでゼンドーは巨猫がドラゴンに変わるのを目撃したのである。
「あの馬車の上にいた猫がクロフェ様の奥方……だと?」
ユッコネエを紹介されてからつい先ほどまで自分は担がれているのではないか……と思っていたゼンドーがここにきてついに認めざるを得なかった。
八本尾をなびかせた黄金の輝きを放つ水晶を纏った成竜。
風音と共にいた巨猫ユッコネエはドラゴンたちの前でバスカルにせがまれて変化したのである。
『なんと神々しきお姿……次代の長の母君に相応しき輝きです』
この場における唯一の成竜であるバスカルと共にその場のドラゴンすべてがユッコネエに対して頭を垂れていた。それと同じ光景をゼンドーが見たのは十八年前に兄の戴冠式に金翼竜妃クロフェが来たとき以来である。
そもそもが西の竜の里より来たる騎竜たちは竜騎士の友であり、国に従属しているわけではないのだ。それは王であっても例外ではなく、つまりは今の状況からゼンドーの前にいる黄金のドラゴンは騎竜たちにとって王よりも上の存在であると認識されているということであった。人目に付かないこの竜の厩舎で行われたことはゼンドーを含むこの国の上層部にとってある意味では救いであったかもしれない。
そして呆気にとられているゼンドーの横にミサリが並んで口を開く。
「少し口を開きすぎですよゼンドー様」
「むっ。し、仕方あるまい」
少し顔を赤くするゼンドーを見たミサリがくすりと笑いながら、目の前の光景へと視線を移す。今はバスカルとユッコネエ、それに風音やタツオたちが何やら話しているのか鳴いているのかしているようである。
「西の竜の里ラグナの長クロフェ様の奥方がカザネ様の召喚獣……いや召喚竜ということなのですね。恐ろしい肩書きがさらに増えたわけですか」
「そうだ。ミンシアナの王族にして、トゥーレ王国ゴーレムメーカー協会の会長。さらにはツヴァーラとリンドーを救った冒険者であり、ハイヴァーンとも親しいと聞いている。まあ、今回の我が国に訪れたことでそうした枠組みの中に我が国も入りたいと兄上たちが考えるのも頷ける話ではある」
ここ一年で特定の国同士の結束が築き上げられつつある。そこにソルダード王国側にいたトゥーレ王国が入ったことで魔道大国として名高いアモリア王国としても焦りが生まれていたのである。
お忍びでのオークション参加の白き一団をこのように歓待する運びとなったのもそうした経緯からのものだった。
そしてゼンドーの言葉にミサリが頷く。それからミサリは「ところで」と前置いてから声を低くしてゼンドーに問う。
「ゼンドー様、ここからのお話は戯れ言として聞き流していただきたいのですが」
「勿体ぶるな。なんのことだ?」
ゼンドーが眉をひそめるのを見てからミサリが風音たちへと視線を向ける。
「ゼンドー様は、カザネ様と共にいるタツオくん。彼をどう思います?」
「どう? 確か黒竜の子供がダンジョンの魔物を食べて変化したと聞いているな。さすがA級ダンジョンというところだとは思ったが」
王族・貴族にとってのダンジョンの認識とはおおよそそうしたものである。地域の魔物発生率を抑えてくれる上に、様々なアイテムが出てくるビックリ箱のような存在だった。
「ええ、私もそのように聞いています。それでですね。あのタツオくんですが、調べたところ白き一団の中に姿を見せたのはハイヴァーン公国に彼女らが滞在していたときのことだそうです」
「それがどうした?」
ハイヴァーン公国は竜に縁深き国。であれば不思議ではないだろうとゼンドーは考えたが、それをミサリが笑う。
「その同時期に神竜帝ナーガ様がクロフェ様と同じように奥方を娶ったという話があります。確か奥方は神竜皇后様と呼ばれているそうですが」
「それは私も聞いたことはあるが」
ハイヴァーン公国とアモリア王国は距離がそれなりにあり、また西の竜の里ラグナと交流深いこの国でもゼンドーほどの立場となれば一応その程度は耳に入っていた。
「それとですね。ハイヴァーン公国内で白き一団はクリスタルドラゴンを討伐してレインボーハートを手に入れているそうなんですよ」
「オークションで出るそうだな。いや……まさかそれが、カザネ様方が討伐して得たレインボーハートなのか?」
そのゼンドーの言葉をミサリは首を横に振って否定する。
「今回のは西側から持ち込まれたものです。討伐は百年ほど前のもののようですね。で、カザネ様方のレインボーハートなんですが、それは今カザネ様が身に付けてるあの指輪だって話なんですよ」
「なるほど。確かに恐ろしく惹かれるものだとは思ったが」
先ほどの場にいた女性陣もみな羨ましそうに見ているのをゼンドーは覚えていた。
「ですが……あれ、どうもレインボーハートとは違うみたいなんですよね」
「偽物と言うことか?」
眉をひそめるゼンドーに、ミサリは少しばかり難しい顔をして言葉を返す。
「偽物と言うよりはオークションのものとは質が違うんですよ。私が見たレインボーハートよりも明らかに格上の輝き。彼女らが倒したクリスタルドラゴンは地核竜から変異したものと聞いています。であればあの指輪は別の出自の可能性も」
そこまで言われてもゼンドーにはミサリの言葉の真意が読めない。
「それにあのユッコネエ様とタツオくんは共にクリスタルドラゴンの特徴を有したハイブリッドドラゴン。噂によるとカザネ様も同じような姿になれるとのことですよ」
ミサリが「知ってました?」と笑って尋ねるが、ゼンドーは当然知らぬので首を横に振った。
「それは……色々と気にはなるが、よく分からん。結局どういうことなんだ?」
「まあ、私もさっきユッコネエ様のことを聞いてようやく確信したところなんですが……つまりカザネ様の正体はナーガ様の奥方である神竜皇后様の可能性があるということです」
「なっ!?」
目を見開くゼンドーに「可能性ですよ?」とミサリは付け加える。
「ドラゴンは一度死に、その『竜の心臓』から新たな命を宿すことが可能と聞きます。ナーガ様は他のドラゴンとは出自の違うクリスタルドラゴンから進化した存在。それ故にここまで子を為せなかったそうですが、それがここにきて奥方を娶った。さて、今目の前のクリスタルドラゴンとのハイブリッドならば子を造れるのでは?」
「待て。それは、ということはだ。あの子竜は?」
ゼンドーも確かに聞いてはいたのだ。タツオが風音を『母上』と呼んでいたのを。
「戯れ言ですゼンドー様。私の突飛な推測の、ただの世迷い言です。とはいえ、もっと大きな後ろ盾が控えているからカザネ様はミンシアナだけではなく国を跨いで権力を手にし、好きに動いていることを容認されているのかも……なんて思ったりもするわけです」
そう言われてゼンドーが唸り、それから風音たちの方へと再度視線を向ける。
「ただでさえ手に余る立ち位置だと思っていたのに、さらに西だけではなく東の竜の里まで後ろにいるかもしれないのか。それでは、この在国中にカザネ様方に何かあったりでもしたら……」
「アモリアは消えかねませんね」
あっはっはと笑うミサリにゼンドーが「笑い事かッ!?」と声を上げる。それから頭を抱えてため息をついた。
「しかし、であれば……これからどうすれば」
「特に何をする必要はありませんよ」
「何?」
ギョッとした顔のゼンドーにミサリはすました顔で笑みを見せた。
「今のあくまで私の推測に過ぎません。あちらも隠してるようですし、そんなものを配慮して余計なことをしても下手に面倒をおしかねませんしね。国王陛下もそう仰ってました」
「兄上が……そうか」
ゼンドーが口元に手を当てて頷いた。昔からゼンドーは兄の判断に全幅の信頼を寄せている。だから王位継承権でも彼らが揉めることもなく、今も王はゼンドーを補佐としているのだ。
「なるほどな。承知した。しかし、本当に何かあればことだな」
「そうなればソルダードと同盟でも結びますか」
「それこそ冗談だろう。特に今のあの国の情勢ではな」
そう言ってゼンドーは肩をすくめる。ソルダード王国。政変により現在は一部を除いた王族は抹殺され、反抗勢力となった貴族たちも軒並み壊滅させられたとゼンドーは聞いている。
それを命じたのは簒奪王バローム・ソルダード。そんな男と組むことをゼンドーは当然良しとはできない。それがカザネ同盟という国を守る傘を彼らは欲している理由のひとつでもあった。