作品タイトル不明
第六百七十五話 豪華な宝箱を開けよう
「スキル・影世界の住人」
そう直樹が唱えると風音と同様に直樹の身体が自分の影の中に沈んでいった。続けて先ほどのチンチクリンサイズよりも大きめの、淡く青い光を内に宿す黒いモヤが影から出現した。
「これが直樹のアストラル化か」
それを見て弓花がそう呟く。他の仲間たちも興味深そうにその姿を見ている。先ほどの風音の時にはすぐさま解除されたのでじっくり見ている余裕もなかったが、改めて見てみると集中してその姿を捉えていないとだんだんと薄くなっていくようだった。
「なるほど。アストラル化、精霊になる力を手にいれたわけね。まあこのパーティだと普通に戦った方がいいんでしょうけど」
「なんでですか?」
ルイーズの言葉に弓花が問うが、それにルイーズが少しだけ面白そうな顔で「ほら、こうよ」と言って弓花をモヤの前へと押し出した。
『うわっ!?』
するとモヤは悲鳴を上げて弓花から飛び退いた。そしてその場で黒いモヤが晴れて直樹が元の姿に戻ったのである。
「あ、戻った」
「解除したんだよ。弓花……お前、なんかキッツイなぁ」
「ちょっと、それどういう意味よ」
弓花が抗議の声を上げたが意味はまんまである。それから少し笑いながらのルイーズが弓花にフォローの言葉をかける。
「まあ、今のユミカの装備はちょっと闇の精霊にはキツすぎるのよ。何しろ、素材が素材だからね」
「素材? ああ……」
その言葉に弓花も気付いたようである。直樹もうんうんと頷いている。
何しろ弓花が身につけている神狼の鎧は神聖力を常時発生させており、背負っている聖者の槍ムータンも蛇蝎
銀の鎖と竜血布で封印しているにも関わらずアストラル化した直樹にはまるで太陽のように見えていた。
恐らく刃を取り出されれば、それだけで直樹はダメージを受けてしまうだろう神聖力が放たれている。
要するに怨霊などを含む闇属性のアストラル体にとっては天敵そのものと言える存在のそばで共に戦うのは自殺行為であるのだ。
「ま、単独で戦うときには使えるだろうし、どちらかというと偵察向きのスキルだけどね」
風音がそう付け加える。それから風音はライルの方を向いて口を開いた。
「そんじゃあ直樹のスキルについては戻ってから特訓で慣れてもらうとして。ライル、そっちの黒玉はひとまず預かっておくよ。エクスに食べさせても良いけど、親方にも見せておきたいし」
「了解。そんじゃあ。よっと」
ライルが風音に 暗黒物質(ダークマター) を投げて渡した。それを受け取った風音がその黒い玉を見ながら目を細める。
(エクスに食べさせるにしても、さすがに全部は勿体ないかな。やっぱり。まあ、せっかくだからこれで夜王の剣の改造でも親方にお願いしてみようかな)
神々の炎がある今なら、そうした加工も可能だと思った風音は続けての素材へと目を移していく。
「ええと。ベヒモス・ビーストは狂い鬼が完全に吸収しちゃったし素材もないからあとは 人をそそのかす者(サイタン) の素材だね」
風音は先ほどからケイローンを分離させたタツヨシくんズやロクテンくん、それにホーリースカルレギオンなどに集めさせた 人をそそのかす者(サイタン) の鱗や肉を見る。
腕や翼などといったものに変わった鱗はすでにしなびていて使い物にならないようだが、剣に変化した鱗は問題なく利用できそうに見えた。
「うーん。この剣は結構強力そうだけど、別に今のメンツの装備と交換するほどではないんだよねぇ」
風音がそう言って 古き蛇の剣(サイタンソード) を振り上げる。それは神力を纏う強力な武器ではあるが、素材の力に頼った造りは甘い剣であり、今のパーティで必要としている者はいなかった。
「数は……数十、いや百本以上はあるみたいだな」
直樹がその武器の数を数えようとして諦めた。何しろ千手観音のように構えていた相手である。実際に戦闘に使用したモノ以外の見せ玉の剣も多かったのである。
ゲーム中ではそれでもドロップする剣の数はもっと少なかったはずだが、現実であるこの世界では剣と鎧を着ているのに倒しても武器も防具も入手できないというようなゲーム的制約はないため、すべて入手可能となっていた。
「姉貴の『ソードレイン』もスキルレベルがアップしたみたいだし、アダマンチウムソードの代わりにこいつを使ってみたらどうだ?」
その直樹の提案に風音も「そうだねえ」と頷く。先ほど風音も『刃竜』と名付けた技もあることだし、まんざらでもなさそうであった。
「あとは変わっていない鱗の方はだが……これを鎧などにするのは難しそうだな。発せられているのは恐らく神力だ。こんなものを集めて身に纏えば精神を確実に浸食されるわ」
ジンライが鱗のひとつを手にとってそう口にした。人の身では耐えきれぬ力が放出されている。鱗一枚一枚ならばまだしもそれを集めて防具を造っても常時、毒を発しているものを使いこなせる人間はそういない。それに対しては風音も少しばかり眉をひそめながら口を開いた。
「まあ、使い道は考えてあるからひとまず回収だけしよう。あとは肉の方だね」
風音がその肉を見る。ほとんどはルイーズのジャッジメントボルトによって吹き飛ばされて消し炭となっていたが、いくつか回収できた部位は存在していた。もっともその肉にしても鱗よりも神力が高く発されていて、とても人間の食べられるようなものどころか、
「にゃー」
「なー」
「ウォンッ」
とユッコネエたちのいずれも顔をしかめて拒絶の声を返してきていた。とても食べられそうもないようである。
『はて。こんなに美味しそうなのに……』
その中でタツオだけが 人をそそのかす者(サイタン) の肉を前にして物欲しそうな顔をしていた。
「いやタツオ。これはちょっと、危ないと思うよ」
そう言って遠ざけようとする風音にタツオがくわーっと抗議した。食べたいようである。
「タツオ。本当にこれを食べるの?」
『味は濃そうですが、美味しそうですよ母上?』
風音の問いにタツオがそう返す。すると、そんなやりとりにしている親子に太い声で口を挟む存在がいた。
『カザネ、喰わせてやってみろ。恐らくはそれで良い方向に進むだろう』
「ジーヴェ?」
ライルが己の分身でもある槍を見る。声を出したのはジーヴェの槍であった。また驚いた顔のライルにしても他のメンバーとは違い、ちらちらと 人をそそのかす者(サイタン) の肉を見ていた。それはタツオの反応に近いものがあった。
『同じ竜族の我には分かる。我よ、我にも分かるだろう?』
「ああ、まあな。俺の中に流れる竜の血が……なんていうか故郷に帰りたがってるような、そんな何かを感じてるようだぜ」
そのふたりの抽象的な言葉に風音が「うーん」と唸った。それからタツオを見て、再度尋ねる。
「大丈夫なのタツオ? 何かおかしいと思ったらすぐに吐き出せる?」
『お任せをッ』
タツオがドンと己の胸を叩くのを見て、風音は頷いた。
それからスキル『食材の目利き』でその肉を見定め、タツオのための適切な部位を選び、あらゆる食材に適応し姿を変える究極の調理包丁である『竜牙の食斬刀』を使って切り分けていく。
まるで熟練の料理人のような捌き方に回りの人間がおおっと声を上げたが、それも『竜牙の食斬刀』によるものである。異世界料理ものであれば大活躍したはずの調理包丁だが、残念ながら次の出番はいつになるやらである。
「おーし。一応スキルでも見たけど、確かに大丈夫そうではあるね。けど気をつけて食べてよタツオ」
カザネがそう言いながらその肉を不滅シリーズの皿に盛ってタツオの前に置いた。
『ありがとうございます母上。それではいただきますっ』
それをくわーっと鳴いてタツオが美味しそうに食べ始めると、普段から全身から発せられていた暖かい七色の輝きが増していき、さらには頭の角や身体を覆ういくつかの部位から生えていた水晶の結晶体の内側に白いボワッとした炎のようなモノが宿ったようだった。
「これは神力……か?」
それを見たジンライの目が細まり、その輝きの正体を看破する。この神力とは、神聖力や闘気、魔素等といった変質した魔力の一種ではある。
しかし、それは主に神々の領域の存在のみが操るものであり、神以外ではジンライの持つ白の竜牙槍『神喰』やその素であるグングニルが発しているものだ。
またドラゴンにしても竜気をある程度神力に昇華できて初めて成竜から神竜と呼ばれるものになるのである。
その神々しい輝きをまさしくその身に宿したタツオがくわーっと鳴いた。
「どうタツオ。なんか苦しくない?」
『はい。母上。こう体の中にあった何かが解放されたような、サッパリした感じがします。すごく体が軽いです』
そう言いながらタツオがシュッシュとジャブを打っている。誰に似たのだろうか。
ともあれタツオは何かしらの進化を遂げたようである。そこにジーヴェは声を上げた。
『我ら竜種は、神の位より落とされた種であるとも言われている。この肉はその源流を呼び起こす。つまりタツオは幼くして神竜となった稀有な存在と言えるだろう。まあ、だからといってあのナーガやクロフェと同等の実力を得たわけではないが、そこに並び立つ資格は得た』
その言葉に風音や一同が「なるほど」と頷いた。それからジーヴェがライルに尋ねる。
『それでライルよ。お前は良いのか?』
「俺は……」
ライルが躊躇いの顔で、その肉を見ている。
『確かにそれを喰らえばお前はもう一歩、こちら側に踏み入れることになる。人を超えた存在、或いは人から外れた存在にまた一歩近付いてしまう。それを恐れる気持ちも同じ存在である我には分かるがな』
「……だな。だけど、こればっかりはな」
ライルはやはり踏み出せない。少なくともまだそれを食べようという気ではないようだった。
「ふーむ」
そのやりとりを見ていた風音が少しばかり考えてから残りの肉を切り分けると、その周囲をスキル『水晶化』で固めてからライルに差し出した。それを見てライルが首を傾げた。
「カザネ?」
「今回はアドバイスももらったしね。硬度は低くしてあるから割れば水晶化が解けてお肉も取り出せるはずだよ」
その言葉を聞いてライルもその肉を封じた水晶を手にとり「お、おう」と頷いたのである。
「まあ、食べるかどうかの判断はライルがすればいいよ。それで不甲斐ない弟に代わって『お、おで、もうにんげんじゃない』って言ってくれると嬉しい」
そう言って風音はにっこりとライルに極上の笑顔を見せた。なおこの時ばかりは直樹もライルへの殺意を宿らせず「まだ引っ張るのかよ」とぼやいていた。風音は結構しつこいのである。
それから回収作業をあらかた終えた辺りでティアラが目覚め、メフィルスも再召喚されてようやくフルメンバーに戻ったのである。
『すまぬ。余が不甲斐ないばかりに……』
「わたくしももっとお爺さまを強化できていれば」
そして、現在の状況を聞いたふたりがすまなさそうに仲間たちに謝る。一番大事なときに意識を失っていたとあって落ち込んでいるようだが、風音は「まあまあ」と良いながらティアラとメフィルスを豪華な宝箱の前まで連れて行く。
「ほらふたりを待ってたんだからさ。一緒に見よう。ね?」
「カザネ……はい。分かりましたわ。落ち込んでいても仕方がないですものね」
そう言ってこぼれ落ちた涙を拭ってティアラが笑みを見せた。
「ほらほら、さっさと開けてくれよ。もう待ちくたびれたぜ」
そんなやりとりの前でレームが両腕をブンブン震わせながらそうボヤく。時折説明しておかないと忘れてしまいそうだがチンチクリン二号、実は現役女王様である。
「はいはい。そんじゃあお待ちかねのお宝ターイムッ!」
そして全員の期待の視線の中、風音が一歩前に出てガバーッと一気に宝箱を開けた。それには全員が身を乗り出して、その中を見たのである。
「これは?」「なんですの?」「魔法……具?」「確か機械ってヤツよ、これ」
そして、そんなやりとりがされる中、この場でそれを見て目を丸くして驚いていたのは人物が三人いた。
「風音。これって?」
「う、うん。ゆっこ姉も見つからなかったって言ってた……あれだ」
「へえ。こりゃあ、面白い。確かにイベントで入手するはずのものだから普通は手にいれられないもんな」
そう言い合ったのはプレイヤー三人組。
そして宝箱の中にあったもの。それは妙にレトロチックな形をしているがゲーム中でも見たことがある、風音たちの世界では日常的に存在していた『カメラ』であった。