作品タイトル不明
第六百七十六話 炎と共に消え去ろう
◎ゴルディオスの街 白の館
「あー疲れたー」
その言葉と共に白の館の扉が開かれた。そして館の中に入ってきたのは白き一団の面々であった。
『ようやく戻ってこられましたね母上』
「だねえ。今回は疲れたよ」
風音と、その頭の上に乗っているタツオのやり取りにほかの仲間たちも強く頷いていた。
すでに 人をそそのかす者(サイタン) たちとの戦いからは一日が経過しているが、風音たちは今も全員が疲れた顔をしていた。翌日になっても疲れの取れなかった風音たちは、 人をそそのかす者(サイタン) と戦った隠し部屋で夜を過ごし、そのまま直樹の 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) の長距離転移が可能になった時点で探索もせずにすぐに 金翅鳥(こんじちょう) 神殿を出たのであった。
「おお、お前たち。帰ってきたのじゃーな」
「にゃー」
そこに黄金のガウンを羽織ったクロフェと、クロフェに抱かれた子竜ソル、それにカルラ王が顔を出してきた。
「にゃー」
「にゃーにゃー」
そしてソルがするりとクロフェの腕から抜けるとユッコネエヘと飛びつき、そのまま二匹で中庭に行ってしまった。
「むう。ソルはワシよりもユッコネエの方に懐いているのじゃー」
「まあ、毎日会える訳じゃあないから甘えてるだけじゃあないかな」
ぐぬぬ顔のクロフェに風音がそう返す。
それから風音はカルラ王の方に視線を向けた。カルラ王が風音たちをまるで何かを探るような目で見ていたのである。
「なんか言いたそうな顔してるけど、何かあるの?」
その風音の問いにカルラ王は「ふむ」と口にする。
「どちらかと言えば、私の方があの場で何があったのかを聞きたくてな」
そのカルラ王の言葉に風音の目が細められた。どうやらカルラ王は 人をそそのかす者(サイタン) 戦のことを認識できていないようであった。
「ダンジョンの中のことなのに、何が起きたのかが分からないの?」
「ああ、お前たちが第五十五階層の隠し部屋で何かと遭遇したのだろうとは理解しているが、それはこちらからは一切確認できていない」
その言葉は風音たちには意外なもので、特にルイーズが前に身を乗り出して尋ねた。
「確認できていないってそんなの……ダンジョンマスターなのよね、あなた?」
その言葉にはカルラ王は自嘲気味な笑いをしながら肩をすくめて頷いた。
「まあそうした立場だがな人間。しかし、私にも分からぬことはある。特に世界の仕組みが働き、空間自体が隔離されれば当然のように私にはそれを覗くことはできない」
そのカルラ王の言葉を聞いて風音は少しだけ考えてから口を開いた。
「うーん。確かにそういうのっぽかったけど」
続けて風音は「でも」と付け加えた。
「だったら中のことはノーコメントだね。どうせダンジョン潜ってる途中にある程度は見られてバレるんだろうけど……だからって手の内を明かすような情報は出せないよ」
「まあ、そうだろうな。つまらないことを聞いたな。すまなかった」
カルラ王が「フッ」と笑って謝罪した。その姿が妙に様になっていて弓花が少しだけ顔を赤くしたがすぐに正気を取り戻した。
それから話が一段落したと考えたクロフェが風音、というよりもその頭の上に乗っているタツオに声をかける。
「タツオ……ところで、いつもの黒炎装備は良いのじゃー?」
『それがですね。ちょっと問題があるのですクロフェ様』
タツオがくわーっと鳴いた。その言葉にクロフェが首を傾げると、風音が代わって説明をする。
「あー、それがねえ。タツオの身体の水晶の中にある光が黒炎装備を透過して輝くからあんま意味がなくなっちゃってさ」
「光が透過……ふむ。いや、それは……」
タツオから生えている水晶内の光の塊。それを改めて見てクロフェが目を見開いた。
「神力。そんな馬鹿な!? まだ幼竜のタツオがそれを発せられるはずが……」
どうやら驚きのあまりのじゃー言葉も吹き飛んだようである。その横ではカルラ王が興味深そうにタツオを見ていた。
「神力か。なるほど、あの隔離空間でそうしたものと戦ったということだな。神かそれの属した何かかは分からないが」
そのカルラ王の予測は正しいもので、風音も頷きはしないものの肩をすくめて肯定の姿勢を見せた。
「とりあえずは今までみたいに黒竜の子供ってのは難しくなっちゃったから、今後は方針を変えようかなーって。変に勘ぐられるよりは素直に姿を見せようかと思うんだよね。旦那様の子供ってのは明かさずにダンジョン内で会った魔物の肉を食べて進化したってことで説明する方向で……」
「なるほど……なのじゃー。ナーガの子として明かすよりは良いかもしれんのじゃー。しかし狙われるかもしれぬのじゃー」
『覚悟の上です』
クロフェの忠告にタツオがくわーっと鳴いて応える。
タツオにしても黒竜の子供であることを装うのが自分にとっての安全であることは分かっている。しかし、神竜帝ナーガと神竜皇后カザネの息子という正体を明かせずにコソコソしているような現状を良く思っていたかと言えば当然そうではなかった。
『私にはもう自分の身を自分で守るための力はあります。もう、己を偽る時期は過ぎたのです』
そう言ってタツオがくわーっと鳴いて握り締めた拳を突き出した。
「おお、いいよタツオ、格好いいよタツオ」
その姿を風音がパシャパシャパシャパシャとカメラのシャッターを切り始めた。その後ろで弓花が「あー、また始まった」とぼやいたが風音は気にしない。
「なんなのじゃー? それはなのじゃー?」
尋ねるクロフェに風音は答えずに、カメラを向けて一枚シャッターを切った。
「のじゃー?」
何かをされたのかとクロフェが声を上げたが、特に何も起きていないようだと理解し、それから風音を見た。そのクロフェに風音が少しだけニンマリと笑いながら、カメラを両手で持ってソレに魔力を送ってからボタンを押した。
「ポチッとな」
するとカメラのレンズの下の細長い口からニューッと紙が出てきたのである。その紙を風音がカメラから抜いて手で振ってからクロフェへと見せた。
「ほぉ。ワシとカルラ王が写っておるのじゃー」
クロフェがそう言って感心した声を上げた。その横ではカルラ王も興味深そうにカメラを見ている。
「魔力を物質変換したか。それはイシュタリア文明の系統の魔法具だな?」
「えーと。確か、そうだよ?」
風音が若干頼りない声で返事をする。
この風音が持っているカメラは魔導カメラと言い、ゲーム中では古イシュタリア文明の遺跡から発掘された使い道の分からない魔法具であると説明がされていた。それを偶然主人公が入手してカメラと理解して使い始めるのだが、何分最初のチュートリアルストーリーでの話であるので風音はほとんど忘れていたようだった。
また、写真自体はウィンドウの機能でそのままデータ保存ができ、出力は魔力を物質化した写真をインスタントカメラのように出せるという便利仕様である。
「姉貴。それ、後で俺にも貸してくれよ」
「いいけど変なことに使わないでよ」
直樹の言葉に、訝しげな目で風音が視線を向けた。それにビクッとしながら直樹が言葉を返す。
「あ、当たり前だろう。ははは、姉貴ったら何を馬鹿なことを」
「ちなみにエッチいのは撮れないからね」
風音の衝撃的発言に直樹の顔色が変わる。
「なにぃ!? いや、なんでだ?」
その直樹の言葉に風音の視線がさらにキツくなったが、予防線は最初に張っておくべきと思い、そのまま話を続けた。
「ゼクシアハーツは健全なゲームだからね。ソレに沿ってカメラも制限が入るみたいなんだよ。さっき、弓花のパンツ撮ろうとして謎の光線が入って撮れなかったのは確認できたよ」
その言葉に弓花が顔をひきつらせながら直樹に口を開く。
「いきなりズボンめくって激写とか……あんたの姉は時々信じられないことをしてくるんだけど」
「いや、いいじゃん。女同士なんだし弓花のなんて」
「あたしのなんて!?」
弓花がギリッと睨み、直樹が後ずさった。そんなふたりを置いておいて風音がぼやく。
「ま、とりあえず今回の探索は疲れたし、今日は温泉にでもドップリ浸かっておきたいよ」
「では入ってくるが良い。今日も良い風呂だったぞ」
そうサッパリとした顔でカルラ王が風音に言う。ソレを見て風音が少し疲れた顔で返事をする。
「まったく、あんたはいつも楽しそうだね」
「おかげさまでな。まあ、それも今日で終わりだが」
その言葉に風音が首を傾げた。
「ダンジョンから離れられなくなる……ってヤツだったっけ? けど、余裕はまだあるはずじゃなかったの?」
「その予定であったがな。お前たちの遭遇したイレギュラーな存在を形成するために結構な力を持って行かれたのでね。もう地上に出てくることはなくなるだろうな」
その言葉にその場の全員が何とも言えない顔をする。それを気にせずカルラ王は風音に対して、何かを懐から取り出して手渡した。
「おっと、何これ?」
「駄賃だ」
風音の問いにカルラ王がそう返す。風音は投げ渡されたものを己の顔の前に持ってきてから「鍵?」と口にした。
「そうだ。それがあれば七十、八十、九十階層。それぞれに存在する扉を開くことができるはずだ」
その言葉に風音以外のメンバーもザワッとなって、風音の持っている鍵らしきものを見た。黄金でできているらしい、複雑な形状をした鍵である。それを見ながら風音がカルラ王に尋ねる。
「何があるの?」
「それは己の目で確認するが良いさ」
そう言って笑ってからカルラ王は続けてジンライを見た。
「さて」
「なんじゃ」
カルラ王の視線がジンライに向けられ、ジンライは眉をひそめながらカルラ王に問う。だがカルラ王はその言葉に答えずにニヤリと笑うと、次の瞬間にはジンライの足下から唐突に黄金の炎が吹き出した。
「師匠ッ!?」
それには弓花を含めた何人かが声を上げる。シップーが「なー」と鳴いたが、その炎の中にいるジンライは涼しい顔でカルラ王を見ていた。その視線を受けてカルラ王は嬉しそうに微笑んだ。
「やはり、超えたか」
「見ての通りだ」
それは魔力を用いた力を透過するバハル流奥義『森羅万象』であった。今のジンライはかつて通用しなかったカルラ王の黄金炎に見事に適応していた。
「さすがだジンライ。であれば、願わくば私を貫く刃はお前であって欲しいものだな」
そう言って静かに笑ったカルラ王はその場で黄金の炎となり、そのまま消滅していった。そしてこの日よりカルラ王の姿がゴルディオスの街で見られることはなくなったのである。