作品タイトル不明
第六百二十四話 スッパリと斬ろう
「「 着脱(キャストオフ) !」」
ふたつの声がその場に響き渡り、風音の服が消したんだ……りはしなかった。風音が脱ぐ必要はない。『最速ゼンラー』を使う必要などなかった。ただのノリである。そんなこと、誰もが分かっていたことのはずなのだ。
だが目の前の英霊ジークは別だ。滅びの神剣『アースブレイカー』使用のためのリソースを得るために彼は己の護りを解く必要があった。そのための脱衣だ。
そして神帝の外套と呼ばれる赤いマントが魔力風によってハラリと外れて宙を舞い、聖白銀の全身甲冑セラフィンの留め具が外れると続けて全身を覆っている装甲もその場で弾け飛んだ。さらにはその勢いでインナーもビリビリと破られ、その内から鍛え上げられた端正な胸板が姿を見せた。
「むほっ」
風音の視線が目の前の背中に集中する。銀の長髪が揺れてその隙間から垣間見える広背筋の美しさに思わず鼻の穴がプクッと膨らむ。興奮が抑えきれない。しかし前回の反省もある。風音は努めて平静を装っている風に自分を律しようと口をギュッと閉じた。おさわりはしない。ただ落ち着いて見ているだけ。もっとも無意識に少しだけ指は動いていた。それまるでサワサワサワサワと 百足(ムカデ) の足のような動きをしていた。
対して英霊ジークはギリギリと歯軋りしながら耐えていた。分かっているのだ。己も風音なのだから、気持ちが分からんでもなかった。だからこそハッキリと理解している。普段の直樹が放つ視線と同じネットリとしたものが背中に向けられているのが痛いほどに分かっている。
前回のように欲望丸出しのオーラは放っていないが、漏れ出る気配は隠せない。この感じであれば戦いが終わればすぐさま飛びかかり頬摺りをしようとするだろうと英霊ジークは考える。或いは長年の夢であるお立ち台にいるマッチョお兄さんのパンツにお札を差し込む行為を実践しようとするかもしれない。
「むっ?」
そして英霊ジークがチラリと後ろを見ると、ソロリとお札をアイテムボックスから抜き出して握りしめている風音の姿があった。完全にやる気である。
英霊ジークはギリギリと歯軋りをして、色々なことを必死に堪えながら金のジルベールへと向き合った。その表情は険しく、金のジルベールが一歩引いたほどであった。
『なるほど。使用者から力を奪う。それも尋常ではない量を……というシロモノであるか』
慎重に、感心するように金のジルベールが口にした内容自体は事実だったが、それにプラスアルファで加味されている問題点に金のジルベールは気付いていなかった。どちらにとっても幸いなことに。
『そのような剣を使いこなせる者など、果たしてどれほどいるものか。そもそも使えたとしても使用者の魔力供給のパスは破壊されて二度と戦えぬ身体になりかねんぞ』
その言葉に下も脱げないかなーと思っていた風音が「え?」と素で顔を上げたが、詮無きことである。
『呪いの魔剣というのも生易しい。造った者は気が狂っているとしか思えん』
無論、それが普通の人間相手のものであれば金のジルベールの言葉は正しい。しかし制作者である達良は狂っていたわけではない。すべてはジークという存在を把握した上で、もっとも最適な装備を生み出したに過ぎないのだ。他の誰にも扱えない召喚体だからこそ、英霊ジークという存在のステータスを知っている人物だからこそ造れた特別な武器。それが滅びの神剣『アースブレイカー』なのである。
「使用者を選ぶ。勇者が手に取る剣はそういうものだ」
英霊ジークは金のジルベールの言葉にひとことそう言い返して一歩を踏み出した。それはあまりにも自然な歩みで、金のジルベールがふと見たときにはもう目の前に英霊ジークの姿があった。
『なっ』
敵の接近に気付いた金のジルベールがとっさに夜帝の剣を前に出した。斬撃が来ると把握したのだ。もっとも目の前の尋常ではない剣の輝きを見れば、当然まともに受けることはできないだろうと金のジルベールは思う。かといって避けきる技量はない。ならば受け流して、どうにか、
『あ?』
一閃。
上から何の変哲もない一撃が振り下ろされた。その剣の軌跡に沿って空間が歪み、そのまま夜帝の剣ごと金色の鎧が真っ二つに斬り裂かれた。
それから英霊ジークは斬り裂かれ、地面に崩れ落ちていく金の鎧を観察する。再生する様子はない。鎧が切断された事象を元に戻そうという気配がない。そもそも金のジルベールの中にいた魂は自身が滅んだことも気付かぬほどに、今斬られた時点で完全に消失していたのを英霊ジークは把握していた。
「ふむ。やはり勝負にならんか」
英霊ジークがそう言って目の前の鎧を見る。わずかばかり口元が緩み、その次の瞬間には英霊ジークの顔が少しだけ焦ったような表情に変わった。
「あ、いかんな」
そして英霊ジークは慌てて剣を天へと掲げた。
「へ?」
それにお札を持って駆け出そうとした風音が首を傾げるが、次の瞬間には『アースブレイカー』からとてつもないエネルギーの奔流が放たれて天へと光の柱を生み出していった。
「うわぁあああああああ」
そのあまりのことに風音が驚き目を丸くして叫んだ。英霊ジークも光を放ち終えると、そのまま自分の行為に呆れながら、力を解き放ち終えた『アースブレイカー』を落として地面に突き刺さった。そして何の力もない銀色の剣へと戻っていったのである。
「ふぅ、少しだけ気が緩んだだけでこの有様か。本当に難しい剣だ」
地面に突き刺さったソレを見ながら英霊ジークは眉をひそめながらそう口にする。勝利した際のわずかな気の緩みが留めていた力を抑えきれなくなったのだ。この『アースブレイカー』は恐ろしいほどに緊張感と集中力を強いる剣だった。
「とはいえ、後数度実戦を積めば使いこなすことはできるか」
英霊ジークはそう実感する。ともあれ、これで首謀者らしき存在は二体とも討伐した。残りは……
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「ジークも終わったか。残りは……と」
すでに人に戻った弓花は一息つきながら、周囲の状況を眺めていた。
神狼の腕輪(フェンリルリング) による獣人の神狼族への変化は二十分だが、スキル『深化』によって強力になった分、変化時間は十分に減っていた。だが、 解放神狼(リバティフェンリル) 化はさらにその変化時間を短くするようで、ほぼ同時に出てきた英霊ジークが消えるよりも先に弓花の変化は解けていた。
そんな弓花が見ているところ、風音と英霊ジークは金のジルベールを倒した後にふたりで妙なやり取りをしているようだった。
一方でウォーレンボアとライルたちだが、ホーリースカルレギオンの参戦によりブラックポーションの影響を抑えたことで優勢に代わり、もうじき勝利というところにまで行きつつあった。
一方でジンライの戦いの場は遠く、その様子も見えはしないが弓花としては特に心配はしていなかった。どちらかといえばやりすぎていないことだけが気掛かりだった。そして、自分の受け持ちの相手ではあるが……
『っすーー。主様がーーー』
イリアドラゴンは弓花の背後で、やはりボール状のままアーマード狂い鬼とクロマルに囲まれて身動きの取れない姿で叫んでいた。もっとも夜帝の剣がすでに破壊されているためその身の黒色は徐々に落ち始めていたし、弓花は『事実』を知っているためにジト目になってイリアを睨んだ。
「あーもういいですから。風音から聞いてますよ。イリアさん操られてないんですよね?」
『ふぁっ!? ふーふーふー』
ギクリとしたイリアが口笛を吹こうとしたが、ドラゴンの身ではソレもままならない。また、そのやり取りに狂い鬼とクロマルが目を細めてイリアを睨みつけてさらにビクリとした。
『ええとっすね。いや、あの剣の支配力を受けてたのは確かっすから、自由に動けなかったのは本当だったんすよ。マジでマジで』
三つの視線を受けたイリアドラゴンがおっかなびっくり言葉を返す。そしてドロンと煙を出すと丸まった東洋竜が消え、その場には元の姿に戻ったイリアが大の字で倒れていた。
「はあ、体中が痛いっす。まったくやられっ放しっす。もう勘弁して欲しいっすよ。こっちも一応命賭けだったんすから」
そう言いながらイリアが肩をすくめた。
「まあ、風音も確証あったわけではないですしねえ。ひとまずはイリアさんにノッたって言ってましたけど」
それが、弓花が青のジルベールを倒した後に風音から聞いた言葉であった。元々アーティファクト 真実の目の額飾り(ホルスアイ・サークレット) を使用するゆっこ姉ですらその心が読めないのがこのイリアという忍者であると風音は聞いていたのだ。以前に悪魔に捕らえられていたときも、その能力があったからこそ拷問にも耐え、洗脳もされていなかったと風音は知っていた。またその能力があるからこそ、この世界の住人の中で唯一イリアはゆっこ姉が友人と呼べる相手となっていたのだ。心が読めないからこそゆっこ姉はイリアと正しくコミュニケーションが取れる。こっちの友達がひとりなのは別にゆっこ姉がコミュ障だったからではないのだ。 真実の目の額飾り(ホルスアイ・サークレット) という優れたアーティファクトのせいで友達を選べなかっただけなのだ。
そんなイリアが操られているということに得心いかなかった風音はひとまずは召喚体である狂い鬼を使ってイリアを隔離することにしていたのである。
「ま、いいっす。ユミカっち、戦況はどうっすか?」
大の字に寝転んだイリアが弓花に尋ねる。その言葉に弓花が再び戦場を見回しながら口を開いた。
「ええとライルたちが勝てばひとまずは完了って感じです。師匠の方はまだ分からないけど悪魔の手先っぽいリビングアーマーも二体仕留めましたし、もう終わりますよ」
その弓花の返答にイリアが首を横に振る。
「いや、まだいるっす」
「え?」
呆ける弓花にイリアがいつもとは違うまじめな顔で口にする。
「とりあえず分かってることだけ言うっす。本命はカザネっちの卵っす」
「ああ、さっきあの子もそう言ってたけど」
青のジルベールの動きで風音は狙いが何かを把握していた。故に風音は今回フォローメインに回って卵を常に護った形で戦っていた。だが問題はもうひとつあった。
「青いヤツはウォーレンを護送している馬車を襲いに言ったって聞いてるっす。それに金色のはあっしらのアジトに強襲して右腕を取り返しにきたっす。そんでもう一体いるはずなんすよ。冒険者たちを誘導してここまで来た赤い鎧が」