作品タイトル不明
第四百八十五話 カンナさんを語ろう
◎トゥーレ王国 モザン街道
トゥーレ王国の西に通じる街道を茶色い二頭の馬に牽かれる黒い馬車が進んでいる。それはカザネの偽装水晶馬と装甲の剥がれたサンダーチャリオットであった。
牽いているのがヒポ丸くんではないため、いつもよりも速度は遅い。とはいえ時速60キロは出ているのだからこの世界基準では十分に速くはあった。
そんな馬車の中で、カンナはひとり、その馬車の乗り心地に呆気にとられていた。
「はーこりゃ、楽だわ」
まるで羽のような柔らかさの座席に腰を預けながらカンナはそう口にした。実際、このサンダーチャリオットの内装は非常に豪奢なものであり、カンナが今まで乗ったどの乗り物よりも乗り心地が良かった。その上にクーラーのような空調も利いていて、かなりの速度で走っているにも関わらず馬車の中の揺れはほとんどなかった。
「凄いねぇ、この馬車」
カンナの喜びの声に風音は若干テンション低めで言葉を返す。
「うん。自慢の馬車だね。今はちょっと貧相で残念な感じだけどね」
風音としてはいつもの紫電結界を張り、強固な装甲に護られたサンダーチャリオットを見せてやりたかった。ヒポ丸くんが牽いている雄姿を見せたかった。風音は自慢の愛車を見せられない今の状況が非常に口惜しいようであった。
そんな風音にカンナは「アハハ」と苦笑で返した。残念ながらカンナは普通の感性の持ち主なので、風音とは思いを共有できなかったのである。
(なるほどなー、こりゃアングレーさんらが欲しがるわけだ)
カンナは朝方のドラゴンやこの馬車を見て、改めて自分に風音との接触を依頼してきたアングレーの気持ちが理解できるようになっていた。
実のところ、風音たちに同行しているこのカンナという女性はリンドー王国の商人アングレー・メッシと繋がりのあるプレイヤーである。
カンナはアングレーの協力者で、これまでも各地を転々としながら情報屋として動き、アングレーに有用な情報を流したり、買い付けを行ったりもしていた。そしてカンナは、約二ヶ月ほど前にアングレーとオウギに風音たちと接触するよう依頼されていた。
相手がプレイヤーで女の子でもあると聞いて同姓のプレイヤーと会ったことのないカンナはすぐさま了承し、当初はカザネ魔法温泉街で待っていたのである
(あんときは全然会えなかったんだよねえ)
カンナは当時のことを思い出して苦笑する。
カザネ魔法温泉街では、風音が領主という立場であった為、ほとんど近付く機会もなかった。なので、カンナは風音たちが向かうであろうゴルディオスの街で先んじて待つことにしたのだ。
パーティ『オーリング』のメンバーとなったのは偶然ではない。その理由は風音たちの知り合いだからと言う面が大きかった。
しかし、オーリングのメンバーであるユズが故郷のトゥーレ王国に呼び出され、カンナも同行したことでまたも接触の機会を逃していたのである。
(んー、仲間だもんね。見捨てるわけにも行かないし)
当初は仮のメンバーとしてパーティ入りしていたカンナだが、気が付けばオーリたちとは自然に気の置けない仲間という間柄になっていたのだ。7年前にこの世界に飛ばされたカンナはここまでに様々な経験を経ていたがその彼女にしても、オーリングというパーティは非常に居心地の良いモノだった。今や彼女にとってオーリングはかけがえのない仲間になっていたのだ。
「そういえば、カンナさんはオーリさんたちとはゴルディオスの街で仲間になったってことですけど」
ひとり考えにふけっていたカンナに弓花が口を開いた。現実に引き戻されたカンナが弓花の方に顔を向けた。
「え……うん、そうだけど?」
「そうするとカンナさんも元の世界に戻るためにダンジョンに挑んでるんですか?」
弓花の言葉にカンナが首を傾げた。何を言われているのか分からなかったのである。
「どういうことかな?」
カンナの問いに弓花は「あれ?」という顔をして、横で聞いてた風音も「オーリさんから聞いてないの?」と口にする。
「えーと、オーリさんも私たちの世界に行くために、今ゴルディオスの街にいるんですけど……」
その弓花の言葉にカンナは目を丸くする。
「いや、私はほら……特にオーリくんたちにはプレイヤーって伝えてないし。それよりも元の世界ってどういうことかな?」
それはカンナにとってはまさしく寝耳に水の話だったのである。
そして、カンナがその話を詳しく聞いてみると、まずオーリングのメンバーであるオーリはプレイヤーの子供であるとのことだった。その言葉を聞いてオーリの面影にどことなく日本人っぽい印象があったのをカンナも思い出し、納得した。
オーリは父の故郷である日本を訪ねるためにゴルディオスの街のダンジョンを攻略しているそうである。カンナはそのことを知らなかったが、同時にそれも仕方のないことだろうとはカンナも思う。
カンナは自分がプレイヤーであることをオーリに告げてはいなかったし、オーリも自分がプレイヤーの子供であることなど秘密にする以前の問題としてカンナに話す理由はないのだ。
またカンナの興味をもっとも引き寄せたのは当然元の世界に通じる穴のことだ。なんでも、ゴルディオスの街のダンジョンの最深層には元の世界に通じる穴が存在しているらしいのである。
実の処、カンナもダンジョンの最奥に別の世界の入り口があるという話を聞いたことがないわけではなかった。
しかし、いくつかの情報を集めた結果、その先がカンナの知る世界ではないという結論に達し、現在では諦めてもいたのだ。
ところが、風音たちは誰が……ということは伏せていたが、実際に信頼ある人物がその穴から元の世界を確認したというのである。それはカンナの知らない情報だった。
(となると、オウギさんやカトウさん、ヤマベさんにも知らせた方がいいね)
カンナには風音たち以外にも繋がりのあるプレイヤーが三人いる。オウギとカトウはともかく、ヤマベは帰りたがっているのはカンナも知っていた。であれば、ダンジョン攻略に協力してくれるかもしれない。
「姉貴。魔物が近付いてるみたいだ」
そして、他のプレイヤーのことを考えていたカンナの耳に御者席にいる直樹からの声が入ってきた。
「マジで?」
直樹の言葉に風音が声をあげる。
「ああ、ここから先にブラッドビーかな? が結構な数……40匹くらいはいるな」
直樹は遠隔視と周囲警戒を行っていた。スキル『察知』も併用することでかなりの精度で敵の発見が出来るようだった。
「避けるのは難しそう?」
「森を抜ければ……けど後に残しておくと犠牲者は増えるな」
「増える?」
直樹の言葉に風音が問う。
「正面にすでにやられた馬車がふたつある。要するに蜂どもは味を占めてその場に居座ってやがるんだろうな」
直樹の言葉にその場にいる全員が眉をひそめた。
「虫系にはトルマーナ石の効果は薄いからねえ。そんじゃあ、倒そうか」
風音は即座にそう判断した。人に害する魔物の退治は冒険者のお仕事であるのだ。
「全員で行くか?」
ジンライの問いに風音が首を横に振る。
「そこまではする必要はないね。私とユッコネエと……えーと、お爺ちゃんで行こうか」
その言葉にジンライがガッカリしてメフィルスがガッツポーズを取っていた。なお、メフィルスは場所取りの問題で幼体グリフォンの姿である。
「あ、私も行ってもいいかな?」
その中でカンナがひとり挙手した。
「カンナさん?」
予想外の参戦希望に首を傾げる風音にカンナが笑って答える。
「ここらでちょっと私も実力を見せた方がいいと思うしさ。それにほら、ずっとお客さん扱いってのも性に合わないんだよ」
カンナはオーリングを助けるために風音たちの力を頼った。だが、だからといってカンナは自分が傍観者でいるつもりはなかった。
「蜂系だからアナフィラキシーショック効果もあるよ?」
蜂系統の魔物は針の二回攻撃で即死効果が発動する場合がある。心配そうに告げる風音に、カンナは笑って足をポンポンと叩いた。
「だいじょーぶ。おねーさんに任せなさいな」
カンナは力強く笑い、そう答えた。
カンナとて冒険者なのだ。そして風音たちよりもこちらの世界には長く居て、ここまでに魔物たちとも幾度となく戦い続けていた経験がある。故にカンナのその自信は実力に裏打ちされているものだったのである。