作品タイトル不明
第四百十七話 空を落ちよう
弓花の頭の中は今、真っ白になっていた。
(何これ? テレビで……見たことが……)
眼下に大地が見えた。地平線が見えた。海が見えた。雲が見えた。
そして弓花は己のいる場所を知り、全身が凍り付く思いがした。実際、現在の気温はマイナス75度。本当に凍り付く寒さなのだ。
そして弓花は周囲を見る。ジンライは若干離れた位置にいるが、結界内ほど距離が遠いわけではないようだった。ライルとエミリィとシップーは纏まっている。ライルの風の加護で三人が護られているのが弓花には分かる。ジン・バハルは召喚が解かれたようだ。戦闘も終わり、ジンライがそれどころではない状態になったからだろう。
また、不滅の馬車の中には、意識を失ったティアラと、介抱しているルイーズが乗っている。馬車の中のルイーズの顔が驚愕に包まれている。無理もない。弓花たちに比べて視界が限定される馬車の中では、今なにが起きているかも分からぬ状態のはずだ。
そして、弓花は今も完全竜化の状態だが、もうじき竜気も尽きる頃だった。どのみち、この高度では仮に竜気が満タンでも飛び続けるのは難しい。
そして現在の状況を考えれば、出来る限り風の加護を維持しようと弓花は完全竜化から竜人化へと変化を切り替える。生身でこの空間に放り出されることは避けたかった。
(けど、それって今の状態の維持をしてるだけだよね)
落ちるまでに助かる手段が見つからなければ、どの道人生終了だ。しかし、完全竜化はもう使えず、今天使の腕輪を持っているのは風音だから天使化も完全鳥化も出来ない。マサムネの刃身一体もこの状態での使用の意味はない。
また、ライルも今はドラゴンのような竜気を纏っているが翼が生えているわけではない。この高度で飛べるかどうかはともかく、フレイバードを召喚できるティアラも意識を失っている。その他に空を飛べる手段もなかった。
(なんにも考えつかない。どうしよう?)
弓花の心の中に絶望が生まれ始める。どうにかしたい。でもどうにもならない。
(私は……私がどうにかしないと)
そうは思うが、何も思いつかない。
不滅の馬車の中ならばもしかしたら……とも思ったが、確かに不滅シリーズの馬車自体は破壊されず無事な可能性は高い。しかし、中の人間が無事なわけはないだろう。衝撃にやられて中でクラッシュされてしまう。
何もない。
何一つ手段がない。
弓花は、眼下の大地を見ながら、思い浮かべる。
ひとりの親友の顔を。
あのチンチクリンを。
「……ごめん、風音。もうダメかも」
弓花は、仲間たちを護りきれないことを親友に詫びながら空を落ちる。
そしてさらにその場より離れた下方から、何かが猛烈な勢いで迫っていることを弓花たちはまだ知らない。救いがすぐそこまで来ていることをこの時点では、まだ……
**********
『ウワァアアアアアアアアア!』
そして風音は飛ぶ。飛び続ける。
全速力で翼を広げ、風の加護を最大限に使い、その竜の身体で突き進む。
イッセンマンバッファローたちのいたヴェッサ高原を抜けた風音たちはジランの街付近の街道へとたどり着き、弓花たちの足取りを追っていた。弓花たちの匂いは途中で途絶えたが、途絶えたところから別の臭いがあることに気付き、それを追跡し続けていた。
自分は竜体化でドラゴンとなって飛びながら、ユッコネエに『犬の嗅覚』で探させて、時折 無限の鍵(インフィニティ・キー) を使ったダウジングで方向を決めながらも、ずっと探し続けていた。
その途中ユッコネエがライルの臭いをかぎつけた。
それはライルが一度死に、その魂が 魔力の川(ナーガライン) に吸い込まれそうになっていたときの残り香であり、そうした事実までを風音たちが知るはずもなかったが、しかし方向はそれで掴めた。
続いてルビーグリフォンの強烈な魔力が結界を超えて周囲に放たれたことで、さらに詳しい場所まで特定できた。それが遙か上空だと風音たちは気付けた。
それらすべての出来事は偶然ではない。風音たちと弓花たち双方が現状を打開すべく努力し続けてきた結果として、風音は弓花たちの居場所を突き止められたのだ。
そして風音は飛び続ける。長距離の移動が経験値となり、竜体化のスキルレベルは3へと上がり、風音は9メートルの成竜間近のドラゴンへとその姿を変えていた。
だが、足りない。このままでは届かない。
高さが足りない。風音はもう3000メートルは登っているはずだが、弓花たちは遙か上にいる。
そして、その上に距離も離れすぎていた。絶対的に遠いのだ。今のままでは間に合わない。
「姉貴、このままじゃあ!?」
『母上ッ!』
風音ドラゴンの背に必死でしがみつきながら直樹がそう口にする。ユッコネエとタツオも険しい表情で見ている。そして風音にも分かっている。どんなに全力で進んでも届かないと。
(いやだ、そんなのは……)
風音はなおも飛ぶ。しかし、このままでは間に合わない。
『ヤだ。絶対に間に合わせるッ』
そう叫ぶ風音の速度がさらに上昇する。天使化による鳥の翼が肥大化していく。ドラゴンがさらに成長したようだった。しかし、足りない。どうしても届かない。
(考えるんだ。何かあるはずだ)
思い浮かぶのはスペリオル化だ。今、風音がすぐさま自身を強化出来る手段はソレしかない。
(無色の竜帝なら、もっと速く飛べるの? 千技の魔王ならスキルが強化される? 光輪の天使長なら? 進化の魔獣王なら?)
考える。どれが正解で、どれが不正解か、そもそも正解はあるのか?
そこに答えがあるのかすら分からない。しかし決断は迫られる。
永遠にも等しい一秒が間近に迫る。
そして、声が聞こえた気がした。
親友が謝る声が、風音の心に響いた気がしたのだ。
それが魂の奥底に眠る最後の扉を開かせる。
遙か昔の記憶。すべての始まりは親友の謝罪から。
それが、風音に『再び取り戻す為にここまで来た』ことを思い出させた。
そして、スペリオル化の選択肢を風音は見る。
(これ、全部が私の可能性だというなら)
そのすべてをと、風音の意志が、ウィンドウの選択肢という枠を取り払い、
(一瞬でもいいから力を与えて!弓花たちを救える力を私にッ!!)
そしてひとつの道へと至る。
直後、
唐突に、風音の竜体化が解ける。
「ちょっ、姉貴ぃっ!?」
「にゃーー」
『おおっ!?』
直樹とユッコネエ、タツオが空中に放り出される。しかし、そのまま落下しなかった。何かの力場に包まれて、直樹たちはその場で浮遊している。
「これは?」
「急ぐよ!」
直樹の訝しげな表情は、しかし目の前の姉の姿を見て固まった。
「姉貴、その姿は?」
そこにあったのは大きな角を生やし、天使の翼とドラゴンの翼の二対をはためかせ、背に光輪を、そして猫の尻尾と耳をつけて虹色の瞳を輝かせた牙の生えた姉の姿だった。
「姿? いいから飛ぶからね」
そう口にした途端に風音の身体から膨大な魔力が噴き出て、風音が発動させていたスペル『フライ』に注がれていく。その大量の魔力は風音の内からではなく、天より流れてくる 自然魔力(マナ) から『フライ』に注がれていくのだ。
その天より流れてくる 自然魔力(マナ) とは、つまりは 魔力の川(ナーガライン) そのものを指す。それはすなわち白の剣やルビーグリフォンなどの守護兵装に使われるほどの膨大な 自然魔力(マナ) を風音が操っているということでもあった。
そして風音が飛び続ける。
ドラゴンの飛行とは違い『フライ』という魔術は魔力によってその範囲と速度を強化することが出来るスペルだ。そして 魔力の川(ナーガライン) から流れてくる膨大な魔力をすべてスペル『フライ』にそそぎ込めば速度は限りなく上昇する。
そうして、まるで弾丸のごとき勢いで風音たちは上昇していった。力場が空気と摩擦を起こし、まるで流星のように輝きながら舞い上がる。
**********
その輝きを弓花は見た。遙か彼方から何かが飛んでくるのが見えた。
そして弓花はその気配が彼女の知る人物のものであることに気付き、
「風音っ!」
その名を叫んだ。風音もそれに気付いて手を振ってくる。しかし、弓花は少しだけ(うん?)と首をひねった。
弓花の瞳に映ったのは確かに風音のようだが、弓花の知っている風音とはどこか姿が違っていた。
大きな角が生えて、天使とドラゴンの翼が合計で4つあって、猫耳と尻尾まで生えていた。眼が虹色で、牙も生えている。あと背中に光の輪っかがついていた。実に統一性のない姿である。
(なに、あれ?)
そう弓花は思う。分かりやすくその姿を説明すれば『僕の考えた最強のキャラ』といった感じだろうか。特に猫耳があざとすぎて節操がないようにも感じられた。しかし、弓花はその思いを非常時という便利な言葉を用いて相殺する。
弓花だってそのようなことを救い主に口にするほど空気の読めない女ではないのだ。言及については後でしようと考え、風音を見た。
そして目の前まで迫ってきた風音は周囲すべてをスペル『フライ』を広げて包み込む。それは結界から放り出されたホーリースカルレギオンの骨やタツヨシくんノーマルまでをも範囲に収めた。
「あんた、こんなに魔力を消費するようなことをして大丈夫なの?」
そのあまりにも大きな魔力の流れに気付いた弓花が尋ねるが、風音は頷いてそれを肯定する。
「いや、ソレは問題ない……けど」
風音がそう返したが、その表情は余裕がないようだった。
「けど?」
「時間が残り一分もない。降りるまでに間に合うか分からない」
風音の言葉に弓花の顔が固まる。そして弓花は恐る恐る尋ねた。
「どうするのよ?」
「ともかく、フライの影響下なら気圧差とかも問題ないはずだから、このまま全速力で落ちるッ!」
「ええーーーーーーーーーー!」
弓花の叫びとともに、風音たちは大地に向かって加速して落ちていく。仲間たちはその状況に全員が凍ったような顔になるが、しかし風音は仲間たちの反応を気にしている余裕はない。
ウィンドウのカウントが残り30秒を示す。
「あ、間に合わない」
「うそっ!?」
「マジかよ姉貴」
後ろの叫び声を無視して風音は「こうなったら」と背中の光輪をつかんだ。
「持てるんだソレ?」
ツッコミは無視して風音はそれにスキルを込める。
そしてただ一つのことをインプットされた光輪は、下に向かって風音に投げ飛ばされ、そして消失する。
「これでどうだぁあああ!」
そして、次の瞬間には地面に転移した光輪は指示されたスキルをその場で発動させた。すると大地が盛り上がり、ズズズズズ……と土がせり上がっていく。凄まじい速度でそこに円柱上の何かが造られ昇っていく。そして、降り注ぐ魔力の流れが周囲の空間を歪め、巨大な魔力光の柱がそこに現れていた。それは恐らくはツヴァーラ全土で見られるほどの巨大なものだ。
さらには周辺の岩場がまるで渦を巻くように中央へと流されて蟻地獄の巣のようになっていた。
「行ける?」
「ギリギリかな。あ、そうだ。弓花。手をとって」
「え?」
「早くッ!」
風音の必死の叫びに弓花の手が風音の手と重なる。そして手を握った弓花がモニュモニュと風音の手を揉み始めた。
「えっと、なんで気持ち悪い動きなの?」
「いや、今ちょっとエロい気持ちになっちゃって。人の肌に触れたからつい……」
「なんでさ!?」
そう叫ぶ風音だが時間はない。気にしていても仕方がない。完全竜化から竜人化に変わったことで弓花のエロい気持ちが若干戻ってきたことなど、今この場で考慮しておくことではないのだ。
「もういいから。『友情タッグ』ってスキルで私と弓花と共鳴させる。それでパワーを上げられるはずっ。いくよぉっ!!」
そして、風音と弓花の握られた手が輝きだし、風音たちの落下と円柱の上昇が加速する。そのまま高度約1600メートルにまで円柱が到達したところで、風音たちももう円柱の間近に迫ってきていた。
「ギッリギリィィィイ!!」
ウィンドウのカウントが残り2秒の時点で風音は急減速する。フライの魔術で造られた力場が円柱の頂点とぶつかり、バチバチと放電が起こる。そして、ゼロ秒ジャストにはフライの力場も霧散し、風音たちは無事、円柱の頂上にたどり着いた。
「ま、間に合った」
そう言いながら風音はぐったりとその場に膝をついた。他の仲間たちも同じように倒れ込んだ。馬車の中のルイーズもその場でグッタリと座り込んだようだった。
「なんだか知らねえけど助かった。カザネの力か……」
「うー頭がグルグルする」
「うむ。寒い」
「あーなんとかなったのか、さすが姉貴だぜ」
『母上、凄いです』
「にゃー」
仲間たちが口々に安堵の声を上げ、そして周囲を見渡した。
「それで、ここどこなの?」
弓花にもソレが何かの建物であることは分かったが、さすがに俯瞰的に見なければ、そこがどこの何に該当するのかは分からない。そして、風音たちの降りた場所は塔の屋上であった。1600メートルの巨大な塔の屋上であったのだ。
実のところ、風音が光輪に込めたスキルはゴーレムメーカーによる塔の生成であった。それを 魔力の川(ナーガライン) の魔力をありったけ注いで、ただひたすらにコピーアンドペーストの要領で階層を増やし続けて、上昇させていたのである。
そうして出来上がった塔の高さは1600メートル。階層は実に406階。また、この塔は地盤に固定させるために地下階層も同時に生成されていた。そして地下も上と同じく406階まで存在していて、つまりはこの建造物は合わせて812階存在する。
また、その姿は山々などに邪魔されていなければ、かなり遠くからでも見えるほどに巨大であり、ご丁寧にその外装は真白くコーティングされていて、周囲の壁は女神像などが飾られた華美なものであった。風音もライブラリから塔サンプルの一番最初のものを使用しただけだったのだが、予想外に豪華な出来映えとなっていたようだった。
その巨大な塔を、ツヴァーラの人々はその日、呆気にとられて見ていたそうだ。突如出現した白亜の塔が一体いかなる理由で生まれ、また自分たちにどういった影響を及ぼすのだろうかと。あるいはツヴァーラという国が消える前兆なのではないかと怯える者も少なくはなかったという。
ともあれ、この世界における最大級の大型建造物がこうして誕生したのである。特に使い道もなく。