軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百二十話 筋肉を愛そう

「生えてくる筋肉ってのは季節ごとに代わるモノなんだったっけ?」

つい先ほど見かけた上腕二頭筋を思い出したのだろう。直樹は、己の頭に浮かんだ疑問をそのまま口にした。それを聞いた風音が驚きの顔をしたが、ティアラはそれには気付かず直樹に相づちを打った。

「そうですわね。大陸を移動して遙々やってくる上腕三頭筋の群れが、幸せを運んでくるので、それが大地に降り注ぐことで少し筋力が上昇するらしいですわよ」

さすがに、ティアラは王族の娘だけあってそうしたものには詳しいと直樹は感心する。直樹もこの世界に来て三年しか経っていないのだ。まだまだ知らないことも多いのである。

「もっとも、ただ鍛えているだけではな。必要なのは卵だナオキ」

ジンライも直樹に対して、わかりやすく説明をしてくれているようだ。

「ふむ、ワシも少しおかしいか?」

そして若干ジンライは首を傾げる。何かが引っかかるようだ。

「ほら、無駄話はそこまでにして。さっさと進むわよ。ねえ、リーダー?」

「う、うん。でも、見たところ戦闘の跡もないようだし、やっぱりランクSの人を追い越したのかな?」

どこか腑に落ちない顔の風音が周囲を見回しながらそう口にする。

「闘争の気配もない。戦闘が行われたようには思えんな」

ジンライも自身の感じたことを口にした。もっとも、まだ街に入ったばかりではある。廃都となったとはいえ、元々は大都市でかなり広いのだ。どこか別の場所で戦闘があったとしても否定は出来ない。

「ところで師匠、昇格出来るランクってAまでだって聞いてるんですけど。ランクSって、どういうものなんですか?」

弓花がそう口にしてジンライに尋ねる。弓花も風音もまだランクSの冒険者に遭遇した記憶はない。弓花もどういった存在なのかというのはおぼろげながら聞いているが、詳しく知っているわけでもなかった。

「ふむ、そうだな。まあ、今お前が言ったように基本的に昇格できるランクはAまでしかない。どれだけ強かろうとA以上の昇格はないのだ」

今まで弓花たちが遭遇したランクAというとウィンラードの街で出会ったガーラ、パーティ『オーリング』のオーリやパーティ『ソードフィッシュ』のグロリアス、それと魔狼退治で一緒だったパーティ『カイロス』のボランやオルドロックの洞窟で遭遇したザックなどがいる。大闘技会の上位もランクAである者が多かったはずである。

「ランクAともなれば、そもそも個人としての名が売れてくるのでな。ランク名など目安でしかないし、自分宛の指名依頼も入るし、そうなるとあまりランクにこだわるようなこともない。ランクAは冒険者ギルドからの待遇が良い分、義務も増えてくるから面倒なことも多いがな。まあそれは良いか。対してランクSだが、これは昇格扱いではなく、完全な別枠なのだ」

「確か一国にもせいぜい一人か二人くらいしかいないんだっけ?」

風音の問いにジンライは頷く。

「そうだ。たった一人で軍隊を相手に出来る者、戦術規模での影響を与えることが可能な者、そうした冒険者が発見されると冒険者ギルドから指名が入るのだ。昇格ではないし、ランクCからでもSにされる者もおる」

ジンライはそう言いながら、風音のいくつかのスキルを思い起こした。風音のスキル、特に『魔王の威圧』が表に出てくればまず間違いなくランクSに指名されるだろうとジンライは考えていた。

「もっとも、さきほどどれだけ強かろうと……とはいったが、まさしく一人で軍隊に匹敵できる実力が認められればランクSに指名されることもある。かつてライトニングと呼ばれた男もマーロン軍の部隊をたったひとりで剣だけで壊滅させることでランクSに指名されたことがあったようにな」

『ライトニング』。それは大武闘会で、決勝戦でゲンゾーと対峙した男の二つ名であった。

「なるほど。けど国ごとにひとりかふたりってんなら、ここに来る人も予想は出来るんじゃないの?」

そう尋ねる風音にジンライが難しい顔をした。

「どうだろうな。ウォンバードの街は国境に近いし、竜船での移動もある。ミンシアナを拠点にしているものとは限らん以上は絞るのは難しいだろう。ユウコ女王も知らなかったのであればミンシアナを拠点としているとも思えんしな」

ランクSとは監視の意味合いも含まれている。拠点としている国の上層がその行動を認識していないとは思えなかった。

「うーん、そっかー」

「それにランクSの情報は基本的にあまり流れてこんのだ。故にワシが詳しく知ってるランクSは一人しかおらん」

「それってあのオカマの人だよなジイさん?」

ライルの言葉にジンライが「うむ」と相づちを打つ。

「オカマ?」

オカマとはあのオカマだろうか。お姉言葉の人のことだろうか。風音の中に疑問符が浮かぶ。

『オカマとはなんですか母上?』

「男なんだけど女装して女の人のように振る舞う人……かな?」

頭の上のタツオの質問には風音はそう答える。

「そう、それで合ってる。マーゴ・ベルベットさんっていうハイヴァーンのランクSだよ。うちの親父とも友人で、ジイさんも会ったことあるんだわ」

「まあ、味のある男ではあったな」

「私、あの人、苦手だわ」

ライルの説明にジンライは頷き、エミリィが苦い顔をする。

「あやつは女をあまり好かんようだからな。ふむ」

ジンライはそう言いながら周囲を見回す。崩れた建物、地面には鍛えれば硬くなりそうな小さな筋肉が生えている。何か違和感がある気がしたがいつもの光景だった。

「ジンライさん、どうしたの?」

「いや、別に……」

「ジイさん、さすがにあの馬車を長時間動かしてたんだし疲れてるんじゃないか。あの大臀筋に座って少し休んだらどうだ?」

ライルが転がっているピンク色の筋肉を指さす。ブルルンと蠕動している。思った以上に生きがよいとジンライは感じた。

「年寄り扱いするでない。餌のささみも持っておらんのに座るのは失礼だろうに。それに今のワシはジライドよりも若いのだから、問題ないわ」

だがジンライは誘惑に負けず反論をする。それにはライルが肩をすくめたが、ジンライの視線は大臀筋に釘付けだった。油を垂らして光らせてみたい誘惑に駆られていた。

「だが、まあ少し大臀筋を愛でる程度なら良かろう。お前も地面に広がる広背筋に転がっておれ。子供らしくな」

「ちっ、ガキ扱いするなよ」

「別にいいじゃないか。俺も悪くないと思うぜ」

ふてくされるライルを直樹がなだめ、そしてジンライの言う広背筋に自分も寝転がる。ティアラもエミリィもそれに従うようにいっしょに寝転がった。

「あーあ。仕方ないわね。あたしもちょっと上腕二頭筋にもたれさせてもらおうかしらね」

『仕方あるまいて』

『私もお供します』

メフィルスを抱えたルイーズが通りに生えている逞しい上腕二頭筋のそばに背を預けると、タツオもいっしょにもたれてた。大地に延びる血管がドクドクと動いている。

「仕方ないって……ルイーズさんまで。まったく。風音、私たちも少し愛でようか?」

「愛でる? 何を?」

不可解そうな風音の顔に弓花は空を見上げながら、トロンとした笑みを向けた。

「大陸を渡って飛んできた大腿四頭筋がいるじゃない。あそこまで見事に鍛えられたものなら申し分ないでしょう。卵がないから残念だけどオカラを今度持ってくる約束をすれば許して貰えるはずだからさ、片方は私がもらうからもう一方はあんたにあげるわ」

そう言って、弓花は飛んで降りてきた大腿四頭筋に飛びかかり、頬を埋めた。ライルもすでに広背筋に転がっている。ジンライも大臀筋に腰を下ろしている。周囲には膨らんだ胸筋が立ち並び、それらすべてが脈打ち、世界を埋めてゆく。筋肉から上気した湯気が雲を造り、汗の雨が降っている。そんな世界を直樹たちは体感していた。

ここは 筋肉の森(マッスルフォレスト) 。人が心赴くままに筋を愛でる正常ならざる理想郷。

そして風音はただひとり、立ち尽くしていた。