軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百十一話 狼になろう

弓花が領主に持ちかけられた話は今年度の大闘技会第三位である弓花と、闘技会に登場してから無敗を誇るバロック・ジーニアスのエキシビジョンマッチであった。

昨日の領主とのやり取りは契約書を交わしたものでもなく、ただの口約束。すでに宣伝も行っていた。だが、領主としても前大闘技会の立役者の風音と弓花に不興を買ってまで強制的に試合を組みたいわけでもない。弓花の様子を見て試合が難しいようだったらなかったことにするとも口にしていたが、弓花はバロックとの試合を受けることにした。

「試合は午後か。そうなると竜船の予約はキャンセルしといた方が良さそうね」

そう言ってルイーズはチケットをヒラヒラと振った。

早朝訓練に参加していないルイーズは冒険者ギルドに寄るついでに午後の便の竜船の乗船券を購入していた。

「ごめんなさい」

弓花が謝る。

「でも、私がもっと強くなるためには、もっと色んな経験が必要だから……機会があれば受けてみたいんだよね」

その弓花の様子をルイーズは微笑みながら「ま、別にいいわよ」と返した。仲間が強くなるのに反対する理由もない。

「それで勝てそうなの? 相手、結構やり手だそうじゃない?」

ルイーズもここまでの旅の間で限りなく成長した弓花の実力を知っている。しかしだからと言って弓花の実力が天下無双の域に届いているわけではない。負ける可能性などいくらでもある。

「あのバロックって人、モンゴールスモーファイターらしいんだよね」

弓花の横にいた風音がそう答える。

「聞いたことのない名称ね」

ルイーズが首を傾げる。

「リキシは知ってるよね?」

「ええ」

ルイーズはそれは知っていた。それはサムライ、ニンジャ、サラリーマン、自宅警備員などと同様に東の島国の代表的な職業である。元仲間でクノイチのイリアからもルイーズはリキシのことをある程度聞いていた。基本裸で、紐で大切な場所を隠して闘う拳士だと。

「確か、土俵結界を張って、 破裏手(はりて) で衝撃波を出す東洋の魔法拳士のことよね」

ちなみにモンゴールスモーファイターはリキシの互換職業で、痩せてるリキシ的なジョブである。モンゴルのブフと呼ばれる格闘技との関連性は実は格好以外はなかったりする。

「うん、それ。リキシに比べてパワーがないけど、スピードはあってかなり強いハズ」

「そんなに強いわけ?」

ゼクシアハーツでは東方系のシナリオは拡張ディスクで追加されるため、それをプレイしていない弓花はその職業を詳しくは知らなかった。

「うん。リキシよりも対人戦に特化してる面があるし、この地域でスモーに慣れてる人も少ないハズだからそういう点でも勝ちを拾いやすいタイプだと思うよ」

風音の言葉に弓花も顔を引き締める。

「大丈夫ですわ。ユミカなら勝てますわよ」

ティアラの言葉にタツオもくわーと鳴いた。ちなみにユッコネエはジンライ達への連絡のために宿に戻っている。

「うん、がんばるわ」

そう言って頷く弓花に、風音が声をかける。

「弓花、右下からの中心線に向かっての47度上だよ」

その真剣な表情の風音の助言に弓花が、その意図を考える。

(そこにあの男の隙が……あると?)

「そこがバロックさんの大胸筋がもっとも美しく見えるポイントだから、忘れないで」

すごくどうでも良い話だった。

ゴホンとルイーズが咳払いをする。

「まあ、弓花の試合はともかく、これがあるんじゃどの道、留まるしかなかったのよね」

そう言ってルイーズが事務所の真ん中にあるテーブルにデンッと置かれている黒いポーションに手をかけた。それは冒険者ギルドで借りたブラックポーションだ。

「悪魔の臭いがするね」

「よく覚えておいてね。もし持ってるヤツがいたら容赦なく取り上げて」

すでに冒険者ギルドでは悪魔狩りによって、ブラックポーションが悪魔によるものであることは判明しているらしい。そして、ブラックポーションは禁制扱いとして取り扱うことにもなるとのことだった。

「それにしてもよくもまあこんな危険なものを作ったものね」

ルイーズがそのポーションを持ってプラプラと揺らす。確かにルイーズも悪魔の気配を感じる。風音ほどではないが、巧妙に隠している上位悪魔でもない限りはルイーズも悪魔狩りとしての能力で悪魔の気配は分かる。

(ほとんど意思は感じないけど、悪魔の種子を薄めたモノなのは間違いないか)

徐々に悪魔を取り込んでいけば、いずれは悪魔の眷属として逆に取り込まれるだろうシロモノだ。確かに一時的に能力は上昇するかも知れないが、それは悪魔に魂を売り渡すのとほぼ同じ行為である。

もっとも悪魔契約というのは安易に強大な力を手に入れる方法として実績のあるものだ。その事実が知れれば、逆に簡単に悪魔の力を得る手段だと考えて手を出す者が増える可能性もあった。

「出元はソルダードなんだっけ?」

「という話だけど、あそこは今、国自体が不安定だし因縁もあるから悪魔狩りも迂闊に入れないのよねえ。まあ、今は悪魔狩りに頼るのも危険だし、動き辛い状況でもあるしね」

悪魔狩りを取り仕切るキャンサー家の家長であるゼクウ・キャンサーが悪魔である疑いがある以上、下手をすれば悪魔狩りが出元という可能性すらある。

もっともキャンサー家のような悪魔狩りの家系でない者は大抵が悪魔の被害者で復讐者である。キャンサー家にしても大半が悪魔を討伐することに人生をかけている者がほとんどのはずである。基本的に悪魔の力を借りるなど、組織内で発覚すれば処刑も免れないはずなのだから、悪魔狩りの扱いは非常に難しいところだ。

「とりあえずは用意しちゃいましょ。 血染めの狂戦士(ブラッディベルセルク) さん」

「はぁ、その名前は勘弁してよルイーズさん」

おかしそうに笑うルイーズに弓花は苦笑いをする。その心境はすでに諦めの境地であった。

◎リザレクトの街 中央闘技場

(はぁ〜)

相変わらずの弓花がため息を付いた。自分でもビックリするくらいのローテンションである。

何が悪いかと思えば、やはり先日のボロ泣きがいかんかったのだろうなぁ……と弓花は思う。

ジンライが小型竜船の操作を誤って墜落しそうになったのである。大人なのだから、もっとしっかりして欲しいと考えてたら、気が付けば悲しくて涙が溢れていた。それからすっかりテンションが落ち込んでいるのだ。

それに 血染めの狂戦士(ブラッディベルセルク) の追い打ちである。気分を晴らそうにもきっかけが欲しい。

(そもそも、こんな格好で出歩くのが良くなかったんだよねえ)

弓花は自分の装備を見る。アダマンチウムで補強した白銀の軽装鎧一式に親方からもらった白銀の槍シルキー、それに竜骨の盾とシルフィンブーツに神狼と竜結の腕輪。

シルフィンブーツは意匠がこらされていて見れる靴だし竜結の腕輪は微妙だが神狼の腕輪は最高品位の芸術品である。

だが、他はやはり女の子の着ているものじゃない。こんな格好に慣れすぎてる自分がいかんのだろうなあ……と弓花は思った。いくら殺伐とした世界だからとジャージ気分で鎧を着て出歩くのに慣れすぎたのだ。

(お金ならある。街を出るときにはもっと服に気を使おう。そうすれば誰も 血染めの狂戦士(ブラッディベルセルク) だなんて思わない)

ここ最近はお姫様のティアラに、お姉さま系のルイーズ、それにやっぱり快活で可愛い系のエミリィなどといっしょにいて、多少は自信のあった自分の顔の評価が下がっている気がしていた。安らげる顔はチンチクリンぐらいだった。

(出掛けるときには髪型も変えて、もっとオシャレをしよう。異世界だからって、周囲が殺伐としてるからって、そうした部分を怠っては駄目なんだ)

そう弓花は考えると、だんだん気分も晴れてきた。

「よし終わったらワンピースを買おう!」

弓花はグイッとコブシを握りしめて、そう宣言した。

「は?」

目の前から疑問の声が漏れる。弓花がその方を見るとマッチョなハゲがいた。一瞬弓花はまたボーッとして変なところにきたかと思ったが、周囲にはかなりの人が座席に座って声を上げている。

そして、審判の人とマッチョハゲが目の前にいる。そうここは闘技場だった。

「随分と余裕みたいだな 血染めの狂戦士(ブラッディベルセルク) 」

額に青筋を立てながら、マッチョハゲことバロック・ジーニアスが呟いた。午前中は煽りに煽って白き一団に対するヘイトスピーチを行っていた男であるが、実のところバロックは白き一団のことなど良くは知らない。

元々はここと東の島国ジャパネスの中間ほどの場所にあるモンゴール帝国出身の拳士であるバロックは大武闘会が開始するとの話を聞いてこの街にやってきたのだ。だが、この世界の旅の予定到着日などあってないようなもの。ものの見事に大会に間に合わなかっただけでなく、クリスタルドラゴン討伐の緊急依頼で実力者がこぞって街を離れた後の出涸らし状態だった。

そうした状況で、次の大会に参加するために、とりあえずは闘技会で出て勝ち続けていたバロックだがここまでの間に手応えのある相手はなかなかいなかった。

そして久方ぶりに強者との対戦の話が舞い込んだのが昨日。興行側の指示に従って煽りを行ったのも、あまり乗り気かどうか分からない相手を壇上にあげるための止むを得ない方法だとは思ったが、しかしやってきたのは小娘一人である。

「やる気あんのか、テメェは!?」

そう怒鳴りたくなるのも無理はないだろう。戦いの雰囲気ではない。大闘技会のチラシの顔から恐ろしく若い娘であることは知っていたが、実際に会ってみるとこれから戦うどころか、年相応の少女らしくこれから服でも買いに行くかのような雰囲気だったのだ。

「あーはい。よろしくお願いします」

ともあれ、そんなバロックの心情など弓花は知らないし、気付いてもいない。怒りの表情も戦いのための威嚇だろうと捨て置く。そして自然体で槍を構えた。

(要は普段の私と戦いの私を分けて使うってことなんだよね)

そして弓花は神狼の腕輪に力を込める。

(だったら、いっそインパクトで誤魔化そう)

神狼化からの『深化』による完全狼化。

目の前で厳つい、明らかに人のそれとは違う関節の二本足の狼の姿となった弓花には、さすがにバロックも、審判も、観客も驚きの目で見ている。

「ライカンスロープ……」

バロックは獣人族の中でもごく僅かにしかいない特殊能力持ちの名を口にする。

(舐めてたのは俺の方か)

両腕の魔物の甲殻で造った手甲をギュッとバロックは握りしめる。目の前の銀の獣はただ獲物を狩るための研ぎ澄まされた意志を放っていた。

「なるほどな。大闘技会でも獣人になったって聞いていたが、それがテメエの本性か」

それは違うのだが、この際どうでも良い。要は普段の姿でなく、この狼の姿こそを 血染めの狂戦士(ブラッディベルセルク) だと定義付ければ良いのだ。

『そんじゃ、行きます』

そして銀の輝きを放ちながら、弓花は突撃する。