作品タイトル不明
第三百十二話 対決をしよう
◎リザレクトの街 中央闘技場 観客席
「ほう。あやつにしては出し惜しみなしの最初から全力か。珍しいな」
目を細めてそう口にするジンライに風音も頷いた。
「そうだね。 血染めの狂戦士(ブラッディベルセルク) として生きることをいよいよ受け入れたんだろうね」
『母上、ユミカ勝てますか?』
タツオも手に汗握ると言った心持ちで弓花とバロックを見ている。
「んー、変化前のノーマルな状態だったら分かんないけど、さすがに完全狼化した姿なら勝てるんじゃないかなぁ?」
「どうであろうな。実際、ここまで無敗なのだ。単純に腕が良いだけとは思えぬ」
風音の言葉にジンライが反論する。
「ま、モンゴールスモーファイターは近接戦ではバカ強いからねえ」
そのジンライの言葉には風音も素直に頷いた。
「そもそもモンゴールスモーファイターってのはなんなんだよ?」
ライルの言葉だが、それはこの場にいる白き一団全員の気持ちだった。
「リキシの体型変化を嫌った人用の派生ジョブだよ。リキシは大型魔物戦に、モンゴールスモーファイターは対人戦に強いって言われていて、彼らの使う 破裏手(はりて) は私のマテリア」
「む、試合が始まったぞ」
風音の言葉を遮るジンライの声に全員の視線が闘技場の中央に向けられる。まず仕掛けたのは弓花だった。
◎リザレクトの街 中央闘技場
『シッ!』
弓花の、神狼化の先、完全狼化の速度は速い。
「速い。だがっ!?」
バロックはランクA冒険者である。冒険者達が戦う魔物という存在は人の能力を上回るモノも多い。しかし冒険者がそれに抗せぬようでは待っているのは死だけだ。
故にバロックは目の前に迫る銀の閃光に対し、ジャストのタイミングで渾身の 破裏手(はりて) を突き出す。それはただの 破裏手(はりて) ではない。雷を帯びた 雷神倶(らいじんぐ) 破裏手(はりて) だ。
そして銀の閃光と巨大な雷の手形が激突する。二つのエネルギーが接触すると魔力風が吹き荒れ、そして銀の光が吹き飛び霧散した。
「銀のオーラを弾いた!?」
直樹が目を見開く。神狼化した弓花の纏う銀のオーラは、その能力を促進させ、攻守ともに強化をもたらすモノである。特に『深化』によって完全狼化した弓花のそれはもはや物理域に突入するほどに存在濃度が高く、集中してぶつければ一種の凶器のようにも扱える。しかし、それが弾かれた。
「そうか、さっきカザネが言おうとしたのはこのことか」
ライルがさきほど風音が口に仕掛けた言葉を思い出した。そう、リキシやモンゴールスモーファイターの 破裏手(はりて) は風音のマテリアルシールドに似た能力なのだ。
だが、驚くのは早い。
「フェイントは失敗だったようだぞ、ユミカ」
ジンライがそう笑う。ティアラとエミリィがアッという顔をするが、弾かれた銀の光の中にはいるべき人物がいなかった。
「甘いわッ!」
しかしバロックは慌てることなくダンッと四股を踏む。すると大地に激突した足から衝撃波が生まれ、放射状に不可視の壁が発生するのが土煙の流れで見えた。
そして、次の瞬間には、誰もいないはずの地面を完全狼化の弓花が転げていたのだ。多くの人間がそれに驚きの視線を向ける中、状況を把握している実力者は「ほぉ」と感嘆の声を上げた。
(銀のオーラを囮にスニークスキルで背後に回ろうとしたんだね。でも相手もそれに気付いた)
風音が目を細める。伊達ではない筋肉男。是非とも撫で回したい。風音はそう感じていた。
(ふむ。想像以上にやる)
ジンライも目の前の男の実力が想像以上であることに笑みを浮かべる。できれば今すぐにでも飛び込みたいくらいだとジンライは思っていた。
(真剣な姉貴の顔、良い。凄く良い)
いつも通りである。
もっとも、外野が何を思っていようが、当事者には関係のない話。弓花は不意を付くはずが弾き飛ばされたことには驚愕しつつも、状況の分析を測っていた。
(オーラをフェイントだとは気付いたようだけど、こちらの位置までは把握できなかったっぽいか)
だからこそ、全方位の衝撃波を放ったと弓花は見抜く。だからといって同じ手が二度通じるような相手ではあるまいとも理解している。つまりはこの指し合いはバロックに軍配があがったという事だった。しかし勝負はまだこれから。弓花はギュッと槍を握り、
『仕掛ける!』
転げた体を一瞬で立て直し、突進しようとする。だが、相手もそれを許すほどにお人好しではない。
「ォォオオオオ!!」
叫び声とともに凄まじい勢いでソレが迫ってくる。それはバロックの 淵釜翅(ぶちかまし) である。まるで巨大な釜が一直線に投げつけられ、そのまま奈落の淵へと落ちていくかのような速度で弓花へと飛んでいく。
だが『それこそ』を弓花は迎え撃つ。
迎え撃つ技はバーンズ流槍術『反鏡』。それは自らの闘気を極限まで圧縮し、接触した対象から受ける衝撃を反射して返す技だ。
「ぐあっ!?」
そして、その奥義がバロックを一気に弾き飛ばした。
淵釜翅(ぶちかまし) の威力がすべてバロック自身に返ってきたのだ。それはもう恐るべき威力だった。
「ぐっ、うぅうおおおおお!?」
10メートルは吹き飛ぶバロックに、弓花は追撃する。これで、すでに王手……ではなかった。
(やはり甘いッ!)
バロックはそう笑い、態勢を整え両の足で踏ん張りながら、両手を持ち上げて、
パーーーーーーーーンッ
と手のひらと手のひらを凄まじい勢いでぶつけあった。
それは獅子騙しと呼ばれる猫騙しの上位技。 雷神倶(らいじんぐ) 破裏手(はりて) 同士を激突させ、獅子をも騙す爆発的な閃光と轟音を放つ恐るべき技だが、しかし目の前には……
『グオォッ!!』
張り裂けんばかりのに咆哮する銀の狼がいた。発したのは魔除けの効果としても効力のある狼の咆哮のスキル『ホーリーボイス』。あらゆる対象を鎮める力を持つそれを高出力で発することで弓花は獅子騙しの音の魔力を無効化していた。もっとも無効化したのは音のみ。発せられる光は消せないが、だが視覚が使えなくとも異常発達した他の感覚器官が完全狼化にはある。
「くそったれッ!?」
バロックはひきつった笑いを浮かべ、目を見開く。
『槍術『転』!』
わずか一瞬。バロックの視界が目の前の狼女から、空、そして全身に浸透する衝撃の後、槍の先が首筋にはあった。
「あー、クソ。俺の負けか」
そして漏れる敗北の言葉。槍の柄で引っかけられて、一気に地面に叩きつけられたのだろう。そして首には槍が突きつけられている。地面にたたきつけられたダメージで身体もしばらくは動くことはないだろう。であればもう、勝敗は揺るがない……とバロックは理解する。
そして審判がさっと手を挙げて「勝者、ユミカ!」と宣言した。
その宣言とともにワッと湧く観衆を前に、弓花は槍を突き上げ、思いっきり遠吠えを行った。その姿は古代に存在していたという獣神が獲物を狩り殺したことを喜んでいるかのようであった。
◎リザレクトの街 商業区 中央通り
「いやー、バロックさんも良い人だったねえ。もうすごく堪能したよ」
風音がホックホクの顔で街を歩いている。試合後にバロックが自分の後援者である人間を小突きながら、白き一団の元に現れたのだ。
試合前のヘイトスピーチで口にしていた出任せ集団などと言っていたことの詫びとして深々と謝られた。あのシナリオを書いた後援者も怯えながら謝っていた。というか弓花相手に涙ぐんでいた。怖いならやらなければよいのに。
もっとも風音たちも様々な悪評には慣れていることもある。弓花に対するファイトマネーもかなり弾んでもらったし、風音がお触りを要望したぐらいで、それ以上のことはなかった。
「バロックさん、タツオにもまとわりつかれて顔ひきつってたけどね」
「ナオキの方が酷かったですわ」
弓花とティアラがゲンナリしている。直樹が姉の行動にいつも通りに騒ごうとしたところを、風音はスキル『魔王の威圧』で抑えつけた後、スキル『タイガーアイ』で金縛りにしたのだ。つまり本気だった。寧ろバロックがビビってた。あと、タツオも風音にならってなんとなくバロックにプラーンと張り付いていた。
なお、エミリィは今は直樹の看護中である。少し金縛りを強めすぎてまだ動けないようだった。
もっとも弓花の機嫌は悪くない。今は闘技場からの帰りに買ったオニューのワンピースを着て、髪もいつものポニテを下ろしている。風音も弓花の見立てた服を買わされて着替えている。子供用だが。
そして弓花の予想通り、ここまで印象が変わった状態なら誰も弓花を 血染めの狂戦士(ブラッディベルセルク) とは思わないようだった。ちなみにナンパ的なのは風音がスキル『魔王の威圧』の視線モードで撃退している。魔王スキル、便利すぎである。
「あの 血染めの狂戦士(ブラッディベルセルク) って魔狼を生で食いちぎって、あんな狼そのものになっちゃったんだって」
「うわぁ、本当にそれ。もう、人間辞めちゃってるよねえ」
「怖いねえ。近付いたら危険だよー」
途中、そんな声も聞こえてきた。
噂は広がりやすい。今現在も 血染めの狂戦士(ブラッディベルセルク) は魔狼を殺しただけでは飽きたらず、その場で口元を血塗れにしながら魔狼をガツガツと喰らい、呪いで狼になってしまったのだという話が駆けめぐっている。なるほど、血染めの狂戦士の血染めとは、魔狼を喰らったときの返り血だったのか。その話を聞いたみなさん、ご納得である。
「…………」
「うん、どうしたの風音?」
「ううん、なんでもない。弓花は今回がんばったよね。頭なでて上げよっか」
「いいわよ。いきなり何よ」
「ううん、なんでもないよ。なんでも」
風音の瞳から一筋の滴がこぼれた。確かに今の弓花を 血染めの狂戦士(ブラッディベルセルク) と結びつけるモノは少ないだろう。だが 血染めの狂戦士(ブラッディベルセルク) の伝説は着々と育ちつつあるのだ。
未だ自分が何をしてしまったのかを知らない親友に風音はそっと涙しながら、街を歩いていく。そして早くこの街を去るべきだと考えた。親友を悲しい顔にしないためにも一刻も早くこの街を……