軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百四話 魔王を起こそう

風音は今、 微睡(まどろ) みの中にいた。

覇王の仮面は王を欲し、第六天魔王の鎧と大太刀も王を望んだ。

ゼクシアハーツ内の説明では、プレイヤーの性格設定を変えるだけのシロモノだったが、現実の世界では、意思を歪める呪いのようなものとなっているようだった。

風音は強烈な魔法の武具からの精神汚染により、現時点で正気というモノを失っていた。狂ったままに王を求め、かつて演じた魔王カザネリアンという虚像を演じ、名を改め魔王アスラ・カザネリアンと己を定義付けた。

そして風音は今、 微睡(まどろ) みの中にいる。

自身の全力を出して、魔王として振る舞い、仲間たちと戯れている。

それはとても楽しい。そう、楽しいことだった。だから笑う。

今の風音にはすべてが理解できていた。

何故この世界が存在しているのか。

何故プレイヤーがこの世界にやってくるのか。

そして自分は何なのか。

あの日、『弓花を救うためだけ』に最後の人の部分を切り離してこの世界に降ろした自分が、こうして再び人として振る舞えるということ。

ここが永劫ともいえる時の牢獄の中で、ようやく手に入れた理想の世界だということ。

そしてそれを望んだ心を切り離したはずの自分がこうして喜びを感じているということ。

風音には今あるすべてが輝いて見える。

涙が溢れて止まらないのは当たり前だろう。己の境遇に絶望し続け、同時にどれほどこうなることを渇望してきたことか。父と母とも別れ、唯々その時を待った。呪わしいほどに救いを求めてきた。何度も裏切られ、貶められ、それでも友を、弟を、仲間たちを護り続けてきた。

そうして長き時の末、意思と呼べるモノは複雑化し、己を維持するためのモノへと変わり、それはもはや人とは言えぬ、護るという機能だけに特化した存在に成り果てた。

そこまでしてようやく手に入れた弓花が、直樹が、ゆっこ姉がいるこの世界がどれほどの奇跡かを……

「時間切れです風音さん」

唐突に声が響いた。

「トランス状態は古来から神を下ろす手段とは言いますが、精神汚染を受けた影響で繋がりやすくなってしまったのでしょうね」

真白い世界。ここは風音の精神の内側であるにも関わらず、それは現れた。

「バックドアの存在も考えておくべきでした。まあ私もそこからここに入ったわけですが」

風音がその声を認識するとそこにいたのは神様少年のノーマンだった。

そしてその精神世界にあって唯一のものであったはずの風音はノーマンという存在の出現により、世界の内側で自身という存在を生み出す。唯一ではなくなった以上、個という殻は必要だった。

「意図したわけではないのでしょう。あなたが無意識にその体へのパスを作っていたのも仕方のないことでしょう。戻りたいという気持ちも分かります。ですが、そろそろ離れないとその器が壊れますよ?」

その言葉に風音は頷く。夢の時間はどうやら終わりのようだと悟る。

そして風音という存在はゆっくりと重なりが解け、二つへと分かれた。

一方の風音はひどく満足そうな顔をして、そしてもう一方の風音はパチクリともうひとりの風音を見て驚いている。だが満足そうなもうひとりの風音の顔を見ると驚いていた方の風音も笑みを浮かべ、相手の風音も頷いた。

そしてノーマンが告げる。

「風音さん。ここでのことをあなたはおそらく覚えてはいないでしょう。ここで知り得たことはあなたの中にはもうありませんし、多少の記憶に残っていたとしても夢のようなものとして記憶の底に沈殿することでしょう」

「私は……?」

風音の問いに様々な意味が込められていた。それにノーマンはゆっくりと答える。

「あなたは由比浜 風音。遠き世界から来た異邦人、プレイヤーの一人です。あなたは生まれ方が特殊であっただけで、特別ではなく重要でもない。ただ好きに生きて好きに死ねる。世界の機構に組み込まれた我々とは違うモノです」

それだけが由比浜 風音という存在の真実なのだとノーマンは言う。そして、そうでない部分は今はノーマンの横にいる彼女なのだと風音も理解する。

「ああ、そうだ。バックドア対策ですが、一応オマケを付けておきましたので目が覚めれば元に戻ってるはずです」

「は?」

先ほどまでとは違う空気になったことを悟った風音が首を傾げる。

「まあ、残り一分程度ですが、収拾はお任せします。いや、そもそも私はあなたのミスのせいで駆り出されたみたいなものですしね。フォローまでは知りませんよ」

「あれ、ノーマンさん。なんか、怒ってる?」

妙な迫力のある言葉に風音が戸惑うがノーマンは笑ったままだ。

「さて、東の国から取り寄せたセンベイなるものをサヤマ茶というのと一緒に楽しんでるところに緊急スクランブルですよ。今頃はレゾンにみんな食われているかと思うと忸怩たる想いです」

そう言って肩を落としてため息を付いた後、ノーマンはそれじゃっ!と言って、消えていく。ノーマンの横にいる風音もまた、手を振って消えていく。

「あ、ちょっと待って!?」

風音は呼び止めるが、だが世界は閉じていく。夢が覚めていく。

そして現実に帰還する。

**********

「むっ!?」

風音が目を覚ますとそこは暗い箱の中だった。

「お、動きが止まったぞ」

『ブッ倒しましょう師匠』

外から声が聞こえてくる。風音はゲッと思い、反射的に行動を開始する。

そしてロクテンくんの鎧のいくつかの場所に設置してあるゴーレムアイを動かす。一体どうやって察知しているのかは不明だが、タツヨシくん等への情報連携により、視覚などがゴーレムにも存在していることは実証済みだ。風音はその性質を利用し、こうして狭く視界のほとんどないロクテンくんの中でも設置した小さな目だけのゴーレムと情報連携で繋がることでほぼ360度の視覚を獲得していた。

『もうそろそろ、動かなくなるハズなんですけどね』

「弓花よ。待たんでも、べつに 風音(アレ) を倒してしまってもよいのだろう?」

「だめだよ!?」

反射的に風音が声を返すが「む、抵抗しよるか」『もうちょい、小突いてやりましょう師匠』などという声が聞こえる。

(ヤバい。なんだか分かんないけど、弓花とジンライさんと戦ってる!?)

よく見れば、狂い鬼やユッコネエ、ミノくんやコクエンくんも仲間たちと戦っている。原因は不明。先ほどまで誰かと喋っていた気もしたが、まったく思い出せない。

思い出せないが、状況を整理すれば、どうやら自分がロクテンくんに入り込んで大暴れしたのは間違いないようだった。スザが地面で悶えているのもドラゴンフェロモンの影響だろうと思われる。そして魔力ももう残り少ない。

(あかん。もう詰んでますわ)

風音はうわーという顔をする。

「ええい。ほら、私だよ。風音だよ。みんな、争いはいくないよー」

ヤケクソにそう答えるが『負けそうだからって風音の声色を使って』「卑怯な。なんというやつだ!!」とか返ってくる。何しろ、手は止まっていないのだ。戦闘自体は継続中である。

(どうしろっていうのさーーー!!!)

こういうときはアレだ。アレしかない。風音はもはや、アレに頼るしかないと覚悟を決めた。そう、いつだってそうだった。人類はアレを行うことで幾度となく困難を乗り越えたのだ。

そして風音は覚悟を決めた。それは弓花とジンライにも伝わったようだ。

『時間切れ前にひと勝負来るか!?』

「ええい、往生際の悪い!!」

そんな声が聞こえてきたが、しかし気にしてはいけない。風音は飛びかかる二人に対し、こうするしかなかった。誠心誠意を持って謝罪し許しを請う。記憶にはないが悪いのは自分なのだ。ならば、やることは一つだ。

6本の腕の武器を放り出し、そして膝をついて深々と頭を下げる。

それはすなわち『土下座』。風音はロクテンくんのすべての力を振り絞って土下座を行った。凄まじい速度で、一気に土下座モードへとチェンジした。そして奇跡は起こった。

『ぐふぉっ!?』

「ぬがぁっ」

戦闘を放棄した風音の行動は弓花たちには完全な予想外だったのだ。あまりの速さで身体を前に突き出したことで背中の四本手が上手い具合に飛び出した弓花とジンライへと激突したのだ。完全な無防備な状態で受けた二人は大きく吹き飛んだ。

「すみませんでした!!」

しかし風音は目をつぶって罵倒を覚悟し、その場で土下座をしている。二人が吹っ飛んだことなど気付くはずもない。

そして魔王は勝利を収めた。決め手は土下座パンチ。戦いを収めようと身を呈した少女の祈りが奇跡(物理)を生んだのである。