作品タイトル不明
第二百九十七話 お叱りを受けよう
『今の我の体内を駆けめぐるのは魔王のクラスに相当する魔物のコア。故に未だ我が内を荒々しく暴れ回っておるようだな』
部屋に駆けつけてきた白き一団と護剣の四竜である西白候ビャクの他に、東青候セイと南赤候スザもやってきたところでナーガが口を開いた。その声には張りがあり、まるで悪魔襲撃前の神竜帝ナーガに戻ったようだった。
『以前のような清流のような気配ではなく、マグマの如き猛々しき竜気を感じますな。だが、かつての神竜帝に匹敵するであろうことは分かります』
南赤候スザがそう言って頷く。確かに目の前のナーガは、動力球(小)を付けていた頃に比べて強力な、そして活性化した竜気を放っている。動力球(小)をコアとしていた時の辛うじて生きているという感じではなくなっていた。
『レインボーハートの頃に比べれば8割と言ったところか。しかし、この第六天魔王の血珠は未だ成長の余地がある。慣れれば、もう少し上手く使えるであろうしな』
『しかし、コアを変えるって言うなら始めからおっしゃって欲しかったですよ。とんでもない気配を感じて、封印宮からカッ飛んできたんですから』
東青候セイはそう言ってため息を吐いた。それはこの場の誰もが感じていたことなので、皆一様に頷いていた。
『すまぬ。つい、年甲斐もなくはしゃいでしまってな』
実際には、あまりにも「褒めてー褒めてー」という感じの笑顔を風音が振りまくので、ナーガは「じゃあ交換しちゃおうかなー」とノってしまったのである。もっとも奥さんに原因をなすりつけるような真似をナーガが行うはずもない。
そしてナーガの言葉にはジンライだけが「仕方あるまいよ」と、うんうんと頷いていた。そのジンライの周囲では(アンタは最近はしゃぎすぎだろう)と何人かが思ったのだが、ジンライが気付くことはなかった。そもそも自分のやりたいことをやるために家庭を顧みないような父親失格男である。基本、自分本位の人なのだから仕方がない。
『まあ、無事ならば良いのですが、こういうことがあるときには事前に教えてください。御身は我々竜族にとってなくてはならない存在なのですから』
この部屋の中で唯一の東洋竜の西白候ビャクがそう口にする。ナーガも苦いお顔をしてすまんと返す。
『それにしても、コアの交換ですか。普通は簡単に出来るものではないのですけどね』
西白候ビャクはなおもそう言ってため息を付いた。以前の動力球(小)を入れるときも同調が上手く行かず、結局は風音の力を借りて繋げていたのである。
「そうなんですか?」
そう尋ねたのは弓花である。弓花の召喚する魔狼クロマルはチャイルドストーンを後天的にコアにした魔物であるので、今の言葉が気になったのだ。
「ええ。コアというのは魔物、つまりは魔力を主エネルギーとして生きる存在に対し魔力を生成し提供する最重要な部位です。コアを代えても動力源との同調が上手く行かなければそのまま死んでしまいます。まあ、命がけなのは間違いありません」
「けど、ウィンドウの機能を使えば、問題なく同調は可能だよね?」
アオの話に風音が反応する。そしてその風音の確認の言葉にはアオも頷いた。
「そうですね。プレイヤーの持つ、ゼクシアハーツのウィンドウを模倣したものならば可能です。まったく乱れることなく確実に同調させますからね」
「はー、相変わらず、訳が分からないくらい高性能なのね」
弓花がそう言って眉をひそめた。ウィンドウの能力には何度も助けられている身ではあるが、その正体が一切不明ではあるというのは不気味なことこの上ない話であった。
「これこそいわゆる『チート』とか、そういう類のものなのでしょうね。私にもいまだにこれがなんなのかは分かりませんが」
弓花の言葉にアオが肩をすくめて答える。
「アオさんは800年は生きてるんですよね。その間にも調べたりはしなかったんですか?」
「調べましたよ。調べた結果、私たちでは解明できないことが分かりました。非常に高度な魔術で組まれているのは間違いありません……が、その構造は複雑すぎて手に負えないのですね」
「そんなに難しいものなの?」
「恐ろしく高度な重構造魔術式です。組み合わされたひとつひとつの術式がひどく複雑な上に圧縮されて、数百万の単位で並んでいます。そしてそのひとつでも解除出来た者を私は知りませんし当然内容の確認すら出来ておりません。例えるなら精密機械の回路のようなものにまで進歩した魔術式のようなのです」
その言葉には風音も弓花も直樹も複雑そうな顔をする。
「まあ、動作保証だけはしますよ。800年かけてバグ一つありませんから」
そうアオは苦笑して話を打ち切った。自分でも理解の及ばぬものを使うことには抵抗がある。しかしこのウィンドウは日常をゲームに落とし込めてしまえるくらいに便利すぎるのだ。竜族の繁栄のための力を欲するアオにしてもこれを利用しないという道はなかった。
『まあ、なにはともあれ、心配をかけたことはすまなかった』
そしてナーガが話を戻す。
『いえ。しかし、その猛々しき竜気を少し抑えることは出来ぬのでしょうか』
そのナーガに西白候ビャクがそう返した。確かにナーガから発せられる威圧的な竜気をこの場にいる全員が肌にピリピリと来るほどに感じていた。特にティアラやエミリィなどは当てられすぎて顔が青ざめている。これこそが正真正銘の『魔王の威圧』というものである。
『まだ慣れておらんのでな、まあ、もう少し慣らしていけば落ち着くであろう。重ねて詫びるが、しばらくは迷惑をかける』
『いや、ナーガ様はこれぐらい、ピリピリしてインパクトあった方が良いと思いますよ』
「だな。うちの竜騎士どもが見たら腰抜かしそうだけどな。ま、それはそれで楽しみだ」
東青候セイとライノクスは、このナーガの変化に歓迎であるようだった。もっとも、こうした変化自体は他の護剣の四竜たちにとっても歓迎するところではある。
竜族は基本、実力主義。いかに、これまで竜族を纏め上げていたとはいえ、動力球(小)をコアとしていたナーガではいずれその権威が落ちるのは目に見えていた。しかし、今のナーガはどうだ。荒々しく禍々しさこそ孕んではいるが、かつての頃に匹敵する竜気を取り戻し、その威圧はまさしく支配者のソレである。
多少、凶悪な存在になろうとも、それで敬愛する神竜帝が復活するならば結構な話だとは里の者ならば誰しもがそう思うだろう。
「あーでも、旦那様が現役復活なら、あの黄金剣は返した方がいいかなあ?」
風音は自分がもらったものを思い出し、ナーガに尋ねた。風音の受け継いでいる召喚剣『黄金の黄昏』は竜族専用の召喚体の剣である。
ナーガから将来的にタツオに渡すように頼まれたものだが、復活したナーガならば剣を使うことも問題はないだろうし返した方が良いのではなかろうかと風音は考えた。
『いや、あれは汝が持っておけば良いだろう。我には別の得物が手に入ったのでな』
そう言ってナーガはニヤリと笑って胸の血珠へと手を当て、そして力を込める。
部屋に更なる張りつめた空気が流れるが、その場の全員が出てきたそれに目を奪われた。
なんと『第六天魔王の血珠』からズルリと10メートルクラスの赤い水晶の巨大剣が出てきたのである。いや、それは剣ではなく、どうやら『刀』のようだった。
「でっかいねえ。格好いいねえ」
『おお、勇ましいです父上』
旦那の雄志に目を輝かせながらの風音の言葉に、タツオもくわーと興奮気味に同意する。その反応にはナーガも満足そうに頷いた。
『コアの記憶にあったのだ。これは以前の持ち主の武器のようだな』
それは確かにキング・オダノブナガの持っていた大太刀と同じ形をしていた。大きさは3倍以上はあり、刃は赤い宝石と化しているが。
そしてナーガは剣を一振りすると「ふむ」と頷いた。どうやら想像以上に馴染んでいるようである。そして何かを思いついたようで風音の方を向いた。
『カザネよ。どうであろうか。これから竜体化して我と稽古でもどうかな?』
ナーガがそんなことを尋ねた。夜の稽古ではなく昼の稽古である。大変健全でよろしい話だ。
「あ、いいねえ。それ」
風音もその提案になんの戸惑いもなく同意する。
そして風音と「私たちも」と勢い勇んで挙手した護剣の四竜たちはナーガに連れられて中庭にて稽古を行うこととなった。
竜体化によりスキルを使えない風音ではあるが、普段の修行で体に染み込んだものまでは消えはしない。3メートル魔剣『断頭』と召喚剣『黄金の黄昏』の二刀流にて風音は相対しナーガに挑んだ。もっとも20メートルvs7メートルと、サイズからして負けている上に地力も遙か上とあっては本当に稽古を付けてもらっただけではあるが、普段はこのサイズの相手がいないので風音にしても新鮮な気分であった。
なお、その後にジンライから英霊ジークとの対戦を希望されたので「今日は疲れてるし明日で」と風音は返した。すでに前回の英霊召喚から10日以上は経っている。『第六天魔王の血珠』も無事ナーガへと移植完了したし、今度は風音がジンライのために一肌脱ぐ番であった。