軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百五十二話 半生を語ろう

ジライド・バーンズの半生は、父であるジンライ・バーンズの背中を追う半生であったと言っても過言ではないだろう。

ジンライ・バーンズ、元の名をジンライ・ハクアという。

彼はハイヴァーンの首都であるディアサウスから南に位置するソラエの村の出身で、村を出て首都ディアサウスまでたどり着き、そして冒険者を始めたのだという。

このジンライという男は言ってみれば才覚がなかった。身体能力も低く、魔力も弱い。教養があるわけでもないし、覚えが良いというわけでもなかった。ないない尽くしではあったが、だが強くなるための頭は働いた。効率よく戦う道を探し、力がなければ補い、弱ければ鍛え、ただ一筋に強者となるべく足掻き続け、やがてはディアサウスでもっとも格式のあるバーンズの道場へと入ることを許され、20になる頃にはハイヴァーンの中でも有数の実力者に数えられることとなる。

そして、紆余曲折ありジンライはバーンズの長女であるシンディ・バーンズと夫婦となり、二人の間にジライド・バーンズが生まれることとなった。正確にはジライドが生まれたことで、夫婦とならざるを得ない状況になったのだが、ジンライもその点では責任をとるという選択を自らしたと考えているので、特にそこにしこりはない。

そしてふたりの間にジライドは生誕した。

しかしジライドが生まれた当初こそジンライもバーンズの家に留まってはいたのだが、気が付けば数週間、数ヶ月、数年と家を離れて冒険者として旅に出る期間が広がっていった。

故にジライドは幼き頃から父親の姿を見ることは稀であった。だが、それでも時折戻る父は厳しく、時に優しく、なにより母が父を慕い続けていて、その関係も円満ではあったのだ。

本来であれば仕事でもなく、ただただ己を鍛える為だけにひとり旅立ち、家に寄りつかぬジンライは父親失格と言われたとしてもおかしくはないし、実際バーンズ家の他の者はそう口にしている者も多い。しかし牙の槍兵という二つ名で呼ばれるほどの父親の背中にジライドは憧れていた。確かにまるで顔を合わせぬ父だが、ジライドにとっては誇らしい自慢の父親だったのは間違いなかった。

そして時は流れていく。ジライドもただ父の背中を追うだけの少年ではなくなっていく。いつしかジライドはバーンズの槍術を極め、上級騎士にも任命されることとなる。また飛雷竜モルドと竜騎士契約を交わし、竜騎士団の中でも頭角を現してきたのもこの頃だった。

だが、確かに強くなったジライドではあったが、時折戻る父には一度たりとて勝てたことはなかった。どれほど努力しても勝てない。その身体能力も、魔力の量もジライドの方が大きく上回っているにも関わらず、ジライドは父に勝てなかった。

しかし、そこでジライドが卑屈にならなかったのは、父もまた同じ悩みを抱えることを知っていたからだ。

ライノクス・クラウ・ハイヴァーン。ハイヴァーン公国の大公にして世界最高の槍使い。槍聖王などの二つ名で呼ばれ、聖槍グングニルの使い手でもある。ジライドはこの男に次ぐ実力者と言われることもあるが、その差は天と地ほどの差があるとジライドは理解している。

そしてジンライはそのライノクスに一度たりとて勝ったことはないそうだ。あの男を負かすことこそを生涯の目標としていると父自身が公言していた。

あんなにも強い父にも届かぬ相手がいる。自分が父に対してそうであるように、父も追う者として戦い続けていることをジライドは知っていたのだ。

やがてはジライドも妻を娶り、子を成した。そして、ついには竜騎士団の将軍にまで登り詰めた。それはジライドのこれまでの人生の中でもっとも輝いた頃だっただろう。だが今より4年前に父であるジンライに事件が起こった。

詳しいことは聞けなかったが敵をしとめ損なった……だけではなく、牙の槍兵の名の由来である二本の槍の片方をも破損してしまったのだという。

ジンライはその破損した片方を修復し、ジライドの息子のライルに贈ったが、それは同時にジンライが二槍使いを止めると言うことも意味していた。

すでにジンライも50半ばとなり、肉体のピークもとうの昔に過ぎていた。そして、ついには二槍を操る集中力も体力もなくなってしまったようだ……と力なく口にする父にジライドはかけられる言葉がなかった。

再び去るジンライの背中が小さく見えたのは気のせいではないだろう。例え槍を一本に戻そうともそれでも武を極めてみせると言っていた父だが、ジライドはすでにジンライがそこから先に未来を見てないと感じていた。母も心配そうな顔をしていたが、だが父にかけられる言葉はなかったのだ。

そうして時は過ぎ、ジンライはミンシアナの街のひとつに道場を築き、そこで冒険者として過ごしながら、自らの後継を探し始めたと風の噂でジライドは聞いていた。

だが数ヶ月前からおかしな話がジライドの耳に入り始めたのだ。

曰く、牙の槍兵が年端も行かない少女たちを囲ってハーレムを築いている。

曰く、牙の槍兵がツヴァーラの温泉街の女将を連れて温泉三昧である。

さすがにジライドも冗談だろうとは思った。だが、噂の真偽はハイヴァーンでは分からない。母が毎日難しい顔をしているのも気にかかった。故に、飛雷竜モルドに無理を言ってミンシアナまで赴き、ことの真相を確かめようと考えたのだ。

だが、ウィンラードの街で出会ったギャオという獣人の男から聞いた話はジライドの心を大きく揺さぶった。そこで聞いたあまりにも下劣な父の所業に、まさかとは思ったが、だがあり得ないとも言えなかった。生涯をかけて生み出した二槍流を捨てた時点で、父が自棄になってしまっていたのはジライドも感じていたことだった。

いや、そもそもがかつての恋人と寄りを戻したとあれば母を捨てたということである。或いは以前より繋がっていた可能性すらも……それをジライドは許せなかった。

ジライドにとって父という存在は強くあって初めて父だった。それは表面上の実力だけではなく、心根の強さという意味も含めてのものだ。

尊敬はしていても、その実、ジライドは父が強い存在であることを条件としてジンライを認めていたのだ。そうでなければ、己という子供よりも武の道を取った父を許せることは出来なかった。母をおいてひとり旅だった父を許すことなど出来はしなかった。

そして父への敬意が根底から崩れたとき、ジライドの中で父親という存在は切り捨てられた。或いは自分の中にある信奉すべき父親の存在と、汚らわしい裏切り者を分けておきたかったのかもしれない。

もっとも、これは後ほど誤解であることが判明する。微妙に誤解ではないのだが、再び二槍を取り戻したジンライはジライドにとっての敬愛すべき父親の姿に戻っていたのは確かであった。

だが、そこに至るまでの道程の中でジライドは致命的な失敗を犯していたのだ。

「あの淫婦が親父を交えた50人の男どもと大乱交パーティを開いたと。確かな情報だ。間違いない」

どうやらジライドは、まったく事実無根の言葉を少女に投げかけてしまったらしい。こともあろうに少女に対し 淫婦(ビッチ) 呼ばわりしたのだ。その後にジライドは確かに謝罪し、それを無礼な発言をしたことについては少女から一応の許しは得ていた。

しかし東の竜の里ゼーガンから神竜帝が妻を娶ったという報告が届いたことでジライドの発言と行動は一気に重大事案として浮上してしまう。

聞くところによれば、あの風音という少女は神竜帝ナーガの元に嫁ぐべく、異国より来た水晶竜の姫だという話だ。であれば、父たちの所属する白き一団とは竜の姫の護衛団であったのだろう。それを売女呼ばわりし、父のハーレムなどと口にしてしまった。

ハイヴァーンという国が仕えるべき主君に唾を吐きかけ、なじったも同然の行為をハイヴァーンの将軍自らが行ってしまったのである。

またジライド自身は言い訳などをするつもりもなかったが、そのジライドの所業をドラゴンたちが聞いていたことも問題だった。それこそ風音がただの人間として扱われていた頃であるならばドラゴンたちにとっても苦笑いで済む話であったが、現時点においては竜族の名誉に関わる問題であり、それを多くのドラゴンに知られてしまっていた。

そしてことの重大さを重くみたハイヴァーン公族は竜族侮辱罪を持ってジライドの投獄を決定。また現時点において神竜皇后と風音の繋がりは秘とされているため、表向きは魔狼討伐による負傷として表舞台から姿を消すこととなる。

さらに投獄より前に自主的にドアを磨いていたのを、周囲が目撃しており、負傷の原因が風音にあるのでは……という微妙にズレた噂が流れることにも繋がることとなったが、噂は噂であるのでそのまま放置された。下手に否定すればやぶ蛇になりかねないと考えたのだろう。

そのまま秘密裏に投獄されたジライドは極刑すらも一度は検討されたが、すでに神竜皇后からの許しを得ているという話もあり、うかつな処分も出来ない状況だった。なのでジライドの処分は一旦保留となり、ジライドはもう一週間はこの牢獄の中で過ごしていた。そしてずっとひとつのことを考えていた。

(あの少女への侮辱、許されぬことだ。それを言い訳する気はない。その事実を否定する気もあるわけがない。だが父上への疑いをかけたばかりか、私は父の任務すらも妨害し、バーンズの家名も地に落としてしまった)

それは後悔だ。既に終わった過去、そこで何故自分があんな愚かなことをしてしまったのかという後悔。

(ならば、いっそ自害すべきか)

それは何度となく、考えていることだった。

「死ぬにはちょうど良い日ではあるしな」

外は快晴。このまま自分が死に、その魂がナーガラインの流れに乗れるのだとすれば、そこから見える光景はとても綺麗なものだろうと考える。

もっとも、それは単なる甘えだともジライドは分かっている。自分が死んだところで、それは自己満足でしかない。その後の誰かに迷惑を押しつけるだけの下劣な行為だ。そんな恥知らずなことはジライドは出来ない。

「早まるなーーーーー!!!」

だが、その呟いた一言を冗談と流せない者もいた。そもそもジライドの呟きは誰かに聞かせるためのものではなかったのだが、この牢獄の中では反響して聞こえてしまったようだった。

そしてジライドが牢獄の入り口の方を見るとチンチクリンが涙目で立っていた。