軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百十九話 ヤマなしで行こう

ミンシアナ王国のジーク王子の生活はその日を境に激変したといっても良かった。

千のオーガの討伐者。竜駆りし白竜王。白剣の継承者。

様々の名で讃えられ、ミンシアナにジークありと謳われる若き英雄のことは国中に伝え広げられた。オーガ戦後の王城での謎の爆発もその話題の中に影を潜め、王都シュバインは活気付いていた。

しかし話題の中心であるジーク王子は今、孤独であった。

あのオーガ討伐以降、ユウコ女王は深い眠りについてしまった。

あの黒い少年の放った黒い雷の呪いは誰にも解けず、その身体は日に日に、僅かではあるが、少しずつ弱りつつあった。

公の場では、オーガ討伐の指揮の疲労により静養しているとしているが、残念ながら未だ回復のめどはない。討伐の2日後に東の竜の里のアオが尋ねてきたが、しかし呪いを解く色よい返事はなかった。

そして悪魔が化けていたディオス将軍は死んではいなかった。飛竜便で移動中に悪魔の襲撃を受けて殺されかけ空中から投げ落とされたものの、落ちた先が深さのある川だったようでどうにか逃れたそうだ。傷つきながらも自力の足で王都までたどり着いたのだが、悪魔を呼び込んだこと、そして千のオーガをみすみす王都まで攻め込ませた咎により秘密裏に投獄された。今は処刑を待つ身である。

また王子お付きであったサキューレは咎人の娘が王子の側にいるのは相応しくないとして、その役目を外されていた。さらに王宮騎士団の面々も女王を護ることが出来なかったことから任を解かれ、王子からは離された。

そのため現在ジーク王子の周囲にいるのは綺人騎士団と呼ばれる貴族の息子たちによって結成された騎士団であり、ジークに対する敬意こそ払いはするが、周辺への傲慢な態度が目立ち、城内の評判は最悪であった。

そして今この国を取り仕切っているのは、ボルトア大臣を筆頭とした文官等であった。今回起きた軍の失態を理由に彼らは一気に勢いを取り戻していた。

文官を取り仕切っていたローレン・カーン亡き後、ユウコ女王も無能集団と考え、殺さずコントロールできると踏んでいた連中ではあったが、さすがにユウコ女王とディオス将軍の二本柱が崩されては女王派と呼ばれる王国軍を中心とした派閥では抗することは難しかった。

また女王が眠りについてから一週間と少し。今はまだ静養と言い訳も出来るが、やがては現状を良しとせず、ジークを王にするための動きが起こるだろう。そしてジークはまだ若い。現状から考えればボルトア大臣が王に変わって政治を取り仕切る摂政となることは想像に難くない。

風音たちとの旅を経て、人間としても戦士としても成長を遂げたジーク王子ではあるが、しかし政治の方面には疎い。未だ教育の途上にあり、であれば王に変わって政治を取り仕切る人間が必要なのは事実ではある。今のままでは文官派を止める大義名分は何もないのである。

もっともジーク王子はそのような事情からは蚊帳の外にあった。当然ではあろう。今の彼は英雄として、御輿として担がれるだけで手一杯で、そうした状況を理解していない。正確には理解できないように情報を封じられている。周囲にいる者がほとんど変わったことには確かに疑問を持ったが、しかしそれらの事情自体はまったく謂われのないものではない。

さらに現状の英雄としての役割に没頭させられるジーク王子にはそれを疑問に感じる余裕もない。疲れる身体を引きずりながら、母の代わりを演じることに精一杯な少年に、それ以上のことを求めるのは酷な話ではあった。

「お忙しいようですね。まことに」

現状の女王派で唯一ジーク王子のそばにいるガルア・バルラがそう口にした。彼は風音暗殺を企てた男ではあったが、今では一転して風音信奉者となっていた。ならば王子と馬が合うのはもっともなことで、なおかつ蓄魔器の開発をツヴァーラと共に共同研究している手前、現時点では代理を用意するわけにもいかず、比較的以前と同様の立場のままだった。

また、さすがに王子の周辺からすべての人間を外して、王子に不審がられることは避けたかったボルトア大臣はひとまずは気心の知れているガルアを世話係として王子に付けていた。むろん綺人騎士団がそばにいる時限定にはしてある。よけいなことを口にされてはたまらない。

「うん。でもお母様が目覚めてもガッカリさせないように頑張らないとね」

そう口にするジーク王子だが、目の下の隈を化粧で隠して歩いている。母親が倒れてからの激務だけではなく、空いている時間をすべてユウコ女王のそばにいて声をかけ続けているのだ。

「ま、がんばりすぎて倒れないようにしてください。女王陛下もそんなことは望んでおりませんでしょうし、カザネ様とてそうでしょう」

その言葉にジークが微笑む。おそらくは風音たちといた頃のことを思い出しているのだろう。

「うん。でも僕もカザネに相応しい男になるって決めたからね。カザネが誰かと添い遂げてしまう前に僕も早く成長しないと」

まさか離れてから一ヶ月半ぐらいで風音が子供まで作っていると知らないジークがそう言って笑う。

「さてと、今日もお母様にお会いして、いつ起きてくださるのかお聞きしないとね」

「ははは、それは良いですな。わたくしめもひとつお尋ねしてみますか」

そうふたりで笑い合いながら女王の寝室へとたどり着く。綺人騎士団所属の警護兵が敬礼をし、扉を開ける。するとそこには、ユウコ女王が笑顔で待っていたのである。

「お、お母様?」

驚きの顔で見ている息子に微笑みかけるユウコ女王に、外で警護していた綺人騎士団の面々も驚きの顔だった。そして女王の横にいる知らぬ人物がいることもまたそうだ。もっとも知らぬのは綺人騎士団だけであって、ジーク王子はその人物を知っていた。西の竜の里ラグナの長の補佐役を務めている竜アオその人である。

「何ヤツだ!?」

綺人騎士団が、部屋に入り槍をアオに突きつける。それをユウコ女王が「良い」と言って下げさせる。騎士団の若い兵は「しかし」と口にするが、ユウコ女王の視線がソレを許さなかった。

「まあ、警戒されるのも仕方がないことですがね。外から入らせていただきましたので」

そのアオの視線に先にはベランダの窓が開いていた。それには綺人騎士団がギョッとする。そのベランダに通じる扉は一見普通の扉ではあるが、強固な護りの魔術がかけられているはずだった。破ることは勿論、外から触れるだけでも周辺の兵に警告音が伝わるように出来ているはずだ。なんでもないように入ってくるようなことなどできようはずもないのだが……と、考えるが、しかし現実はこうだ。

「そんなことよりも、ユウコ女王」

アオの視線にユウコ女王が、涙を浮かべる息子の姿を認めて、頷く。

そして泣きながら母親の胸に飛び込むジーク王子に、ガルアも目頭が熱くなる思いだった。そしてユウコ女王はジークの頭を優しく撫でながら「あなたにも苦労をかけたようですね」というガルアに声をかける。

そのユウコ女王に対しガルアは「お目覚め、おめでとうございます」と笑顔で返した。

そしてユウコ女王は目を覚ました途端にすべては良い方向に回り始めた。

ディオス将軍は投獄から解かれ、オーガ討伐を成し遂げた軍の功績を称えられて元の地位に返り咲いた。サキューレも王子の世話係に戻り、王宮騎士団も元の任に戻された。

対して綺人騎士団はお役目ゴメンとばかりに早々に解散させられた。元々、文官らの肝煎りで結成されたものの、ユウコ女王の手により大して役目を与えられず飼い殺していた騎士団だったのだ。それが王子付きの役割になった途端に調子に乗って働いた狼藉がすべて洗い出され、ものの見事に砕け散った。

東の竜の里の復興のためにアオは早々にその場を立ち去り、そしてこの国はユウコ女王の治めるいつものミンシアナ王国へと戻ったのである。

なお、ユウコ女王が目覚めた後、ボルトア大臣の姿だけは消えていた。