軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百十二話 旦那様と呼ぼう

◎大竜御殿 神竜帝の間

「あいつ等の悔しがる顔が目に浮かぶようだよ」

悪魔の襲撃から翌日の神竜帝の間に憎々しげに笑う風音がいた。

その笑い顔を端的に言えば彼の大先生であるFではなくやはり大先生であるAといった感じである。ドーンである。フオッフォッフォッフォ的な笑みである。

そしてその場に一緒にいるアオとナーガも風音同様のA的スマイルで笑っていた。

「ま、最終的な保険がかかってて良かったと思いますよ。本当に」

なぜかいる西の里の竜族のアオがそう言う。なお彼は人化がデフォの状態のようで風音の横に座って笑っていた。

『我のかける予定であった封印術よりも数段上のものがかかっておったからな。まあよほどよく見ねば気付けぬが』

そう口にするナーガから出ている竜気は以前に比べて薄い虹色になっていた。そして心臓部には風音のヒポ丸くんの中に入っていた動力球(小)が収まっている。

風音は以前に動力球(小)が深層階のチャイルドストーンのようだと親方が口にしていたのを覚えていた。そしてその後の風音の迅速な行動によりナーガはコアの移植に成功し一命を取り留めていたのである。

もっとも出力は低いので、かつてのような強力な力はもう使えないが生き延びれたというだけでもナーガにとっては望外の奇跡であることには違いない。

そしてそれを成した風音はアイテムボックスから 無限の鍵(インフィニティ・キー) を取り出す。これが勝利の鍵であった。

「ま、これを使ったからね。アーティファクト『 無限の鍵(インフィニティ・キー) 』のロック機能を」

アーティファクト『 無限の鍵(インフィニティ・キー) 』、それは解除という概念を持つものならばあらゆるものを解除してしまう周回プレイヤー専用のレアアイテムだが、このアイテムの能力はそれだけではない。何故ならばこれは鍵なのだ。故に開けるだけでなく閉じることも可能なのである。といってもゲーム中での使用目的は大事なアイテムを誤って使用しないように、アイテムにロックをかけるだけの遊び機能だ。この世界でもその意味合いは変わらないが、しかしシンプルなだけにその効力は絶大のようだった。

「これのロック機能は強力だからね。連中があれを解除できることはないよ」

風音の見立てではアーティファクトはウィンドウやダンジョンと同じカテゴリのシロモノ。ゲームシステムを再現するその謎の技術を解除する方法は、800年生きたアオですら未だに紐解けないブラックボックスだ。

クヒヒヒヒヒヒ……と風音が笑う。よほどあの悪魔たちに腸煮えくり返ったのであろう。恐ろしく嬉しそうな顔だった。連中が「あー使用できないー」「なんでー」「カザネ様許してー」とボロ泣きしている姿を夢想しながらヒヒヒと笑っている。早急な現実への帰還が求められる状況だった。

もっともナーガとしては素直に笑ってもいられない。

『しかし、それではカザネが危険ではないのか?』

そのナーガの不安にはアオが答える。

「その点に関しましては、封印は私の秘術と言うことにして情報を流しておきますよ。アーティファクトはひとり一つの原則な上に紅の聖柩を風音さんは普通に腰に下げていて連中も見てるでしょうからね。なのでナーガ様も話はここだけでということでお願いします。この事実を知っているのは私と風音さんとミンシアナのユウコ女王、そしてナーガ様だけです」

そのハガスの心臓に掛けられたロック機能は風音が心臓を受け取ったときに無限の鍵の存在を知っていたゆっこ姉から提案された保険だった。アーティファクトはウィンドウ同様に人知を越えた存在だ。封印術としてみれば最強のものだろうと。

「ま、本当に漏れないようにお願いするよ。私もさすがにあれから守り通すのは無理だもの」

風音は風音で匙を投げている。連中には腹が立つが、あの規模で仕掛けられればただのいちパーティでの対処は不可能だ。

『そうなると敵はアオ殿に向くわけだが』

そのナーガの言葉にアオが凶悪な笑みを浮かべた。

「楽しみですね」

そう口にするアオの凍るような殺気がこの場を支配する。

亡くなった北黒候ゲンはアオが転生竜の儀式で産んだ子供だ。その他にビャク、スザ、セイもアオが転生竜の儀式で産んだ竜だった。彼は西の竜の里だけでなく東においても里の復興に注力したひとりである。故に今彼が抱いている負の感情はあまりにも深い。それを理解した上でナーガがたしなめる。

『アオ殿。あまりこの場で悪感情を抱くなよ。我が子が怯えてしまうやも知れぬ』

そのナーガの言葉にアオがハッとした顔になる。そして「すみません」と謝罪する。その横で風音が「大丈夫だからねえ」と抱き締めている卵を撫でる。中で動いているのが分かると風音の頬が緩む。

「くふふ、ねえ旦那様ー」

『なんだ?』

「呼んだだけー」

『ふっ』

ナーガと風音が笑いあう。その様子を見てアオが「ああ、仲よろしいんですね」とつぶやいた。

そんな三者会談が行われている今は悪魔の襲撃から翌日の昼である。

昨晩の戦闘が終わったからといって当然一段落というわけではなかった。寧ろそれ以降の処理の方が忙しいといえば忙しかっただろう。

まず最初に風音が立ち合ったのはナーガの心臓移植手術である。もはや死の寸前であったナーガから破損したレインボーハートを取り出し、動力球(小)を設置する大手術だ。

最初は亡くなった北黒候ゲンを除く『護剣の四竜』の全員で動力球(小)を埋め込み、続いてナーガの魔力の同期をとっていたのだが、しかし虹色の竜気を扱うのは難しく、最終的には風音がウィンドウの機能を働かせて調整を行った。すぐさま完了したときにはビャク、スザ、セイも驚いていたが、風音としてもつくづくこのウィンドウって規格外なのだなと感心していた。

そして戦闘については前述した『護剣の四竜』の一体である北黒候ゲンが死亡しているのは確認された。そのほか54体の竜が死亡。18体の竜が、あの黒い悪魔に噛まれて黒化して敵側について、そして消えてしまったのだという。竜人の被害にしてもバカに出来ない数の死傷者がいた。

なお、西の竜の里ラグナの長の補佐である蒼焔のアオがなぜここにいるのかといえば、それはアオもゆっこ姉から風音たちと同じメールを受け取っていたからである。

メールに書いてあった心臓と悪魔の単語に言いしれぬ不安を感じたアオはまずは王都シュバインのユウコ女王に会いに行ったそうだ。そして呪いによって意識を失ったゆっこ姉を見て、ハガスの心臓が狙われている可能性に思い至り風音たちを追ってここに来たのだという。

本日の早朝にたどり着いたアオは「間に合いませんでしたが」と苦笑したが、メールを受け取ってから4日でここまで来たのだ。距離を考えれば本当に無理をしてここまで来たのが分かる。今は落ち着いているが、来たときには疲労で今にも倒れそうだった。

「それで、ゆっこ姉の呪いも 無限の鍵(インフィニティ・キー) で解けるんだよね?」

風音がアオにそう問う。ゆっこ姉は現在呪いのせいで意識がないらしく、メールの返信がこないのも無理はない状況のようだった。そしてその呪いというのはアオでも解けないほどに強力だが、風音の 無限の鍵(インフィニティ・キー) ならば可能だろうとアオは答えていた。

「ええ、あなたが対処したというメフィルス王の呪いを解く手順と同じ方法で可能なはずです。ただ、あなたのアーティファクトであることは知られてはなりませんから、秘密裏にあなただけをミンシアナに連れていって解除してもらおうと思います。よろしいですか?」

「うん。勿論」

ゆっこ姉のことならば、アオに頼まれるまでもない。もっとも風音は「だけど」と続けた。

「それはこの子が生まれてからだね」

「確か、儀式は昨日に行ったのですよね?」

アオが卵を見ながら尋ねる。

『うむ。必要な知識や意識の焼き付けも完了している。まあ目覚めるまで後一日か二日と言うところだろう。だが、我がこの有様なのでな。その道中には我が子タツオも一緒に向かうことになるだろう』

ナーガの言葉に、アオが風音をみる。

「タツオ?」

「いい名前でしょう」

風音はエヘヘと笑いながら卵を撫でている。

(悪くはないですけど……まんまというか、いや、まあいいでしょう)

生後間もない竜は親の竜気を吸って成長する。動力球で産み出される人工の竜気ではタツオを育てるには危険で、なのでタツオは風音が育てることになっていた。

「タツオー、お母さんでちゅよー」

そういって卵を撫でている風音はすっかりママさんである。こんな老齢な竜が幼子に子供を産ませて育てさせるとは……

(犯罪の匂いがしますね)

アオが心の中でそうつぶやいた。ボテ腹、幼な妻、子育て、幼女ママ……そんな単語が頭に浮かぶ。アオはかつてエロゲーマーでもあった。それも「ボテ腹ロリは正義」などと某掲示板に書き込んでいたこともあるかなり特殊な嗜好を持つ恐るべき男であったのだ。なお通報しますたと書かれてちょっとビビって窓の外を見たりするシャイボーイだったりもした。アオの主観時間ではもう800年以上も前のことだ。

◎東の竜の里ゼーガン ドラゴニュートシティ 中央病院

目が覚めるとそこはどこぞの病院の一室であることは分かった。ディアサウスでも一週間泊まっていたのだからそこが病室であることは、なんとなく理解できた。

(確かあの悪魔小僧と戦って、その後カザネと少し話したのだったかな)

あのときの風音が泣いていたのをジンライは覚えている。大丈夫だといって頭を撫でてからの記憶はないが、恐らくはそれから病院に運ばれたのだろう。

そして周囲を見渡すと、そこには泣きはれている弓花と孫たちとティアラがいてジンライはギョッとなった。

「何故泣いておる?」

そのジンライの問いに答えず弓花はジンライの胸に飛び込んだ。

「だって、だってですねえ。腕が、腕がもう戻らないって」

そして弓花が泣き崩れる。後ろに控えている三人もボロボロと涙を流す。彼らはジンライのここまでのたゆまぬ努力を知っている。それがこんな形で奪われたことを嘆いていた。

「ふむ」

だがジンライにしてみればそうではない。確かに右腕は無くなっている。この世界には再生治療の魔術もあるのだが、腕が戻らないということは、おそらくあの悪魔にアストラル体ごと喰われたのだろうとジンライは考えた。だが悲観する気持ちはまったく湧き上がってこなかった。

(あの感覚は……消えてはいないか)

それどころか今は恐ろしく清々しい気分であった。

「くく、く、あはははははは」

だから笑った。心底喜ばしいとばかりに笑った。それを見て弓花もライルもエミリィもティアラも目を丸くする。

「お医者さん呼んだ方がいい?」

「あ、頭のか?」

エミリィとライルの失礼なやり取りに、ジンライが「ボケとらんわい」と返すと、ジンライはどうにか笑い止んで、そしてこう告げた。

「いや、極意を開眼したのよ。あの悪魔小僧との戦いでついにワシは到達できた」

その言葉に弓花は「?」という顔になった。それはライルもエミリィも同様だ。ティアラはさらに首を傾げた。

もっともジンライもそれを分かってもらえるとは思ってはいない。だが、実感としてあるソレをジンライは今も感じている。

失ったものと比べても余りあるとさえ考えるジンライの表情はかつてないほどに晴れやかであった。そして、早いところ退院してそれを弟子に示してやろうとまるでイタズラ小僧のように笑うのだった。