軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百十一話 その球を運ぼう

大竜御殿、神竜帝の間。そこは以前の荘厳な姿が見る影もないくらいに今や荒れていた。左右の壁には竜のセイとスザが倒れており、辛うじて息をしている状態だった。そして主の免れぬ死とそれを防げなかった己の無様さに声を殺して涙していた。

『カザネ……不甲斐ない夫ですまんな』

中央にてもはや最後の力で語りかけるナーガに、風音は悲しい笑顔を浮かべて首を横に振る。そこまで傷つき、倒れても、その左手の卵はまったく傷ついていなかった。ナーガは我が子を守り抜いたのだ。そんな相手を不甲斐ないなどと風音は思えない。

「けど、たった半日だったね旦那様」

そう言って苦笑する風音にナーガも少し可笑しそうに笑う。

無念ではある。だが、最後に託せる時間はある。ナーガにはそれだけで十分だった。

『この子を頼んで良いか』

そういってナーガの左手から卵が差し出される。

「うん。私の子供……でもあるものね」

『ああ、我らの子だ。強くあって欲しい』

それはナーガの夢だ。自分が本当に仲間となるための一筋の希望だ。その未来を自分が目にすることは叶わぬが、しかし、目の前の少女ならばきっと叶えてくれると信じられる。

「名前は……決まってるの?」

『いや、そこまで考えてはいなかったな』

そういわれてナーガは唸った。

『何か、あるか?』

少し情けない声だった。それに風音は微笑し、そして答える。

「うん、じゃあタツオで」

即答であった。風音は名前を付けるのが早い。そのセンスは別として。

『ふむ、タツオか。それが良いのかは分からぬが、だがお主が付けたのであれば良い名なのであろう』

ちなみに漢字で書くと竜男である。女性体だったらどうするつもりなのだろうか。

「でも、本当にもうダメなの?」

風音が悲しそうにそう尋ねる。まだ話せる。諦めには早いのではないかと思ってしまう。会って半日と経っていないが、だが目の前の竜が風音にとって特別な存在になっているのは間違いなかった。

『ああ、我はクリスタルドラゴン。他の者の竜の心臓では代用が聞かぬのは転生竜の儀式と同様よ』

ナーガの心臓もレインボーハートと呼ばれるものだ。今はすでに壊されているが。黒の軍勢の破城槌によって破壊されたのだ。完全に粉々だった。

『あらゆる生き物と親和性が高い心臓球か、最低でも深層階クラスのチャイルドストーンがなければ我を維持することは出来ぬ。かといってそう都合良くあるものでもないしな……まあ、仕方あるまい』

竜の心臓ならばこの御殿にも存在している。それは害竜と呼ばれた竜の心臓だ。転生竜とするのが適正かどうか分からぬため保管されているものだった。だがダンジョンの最深層にある心臓球や深層階クラス、つまりは80~100階クラスのチャイルドストーンなどはここにはない。ハイヴァーンの宝物庫にはあるだろうが、ここまで持ってくる前にナーガの命は尽きるだろう。

そして風音は愕然としながら声を上げた。

「あ……あああ、ああああああ……」

『こんな我のために悲しんでくれるのか。本当に良い妻を娶って』

「あるっ!!」

『は?』

風音の言葉にナーガの目が点になった。

◎東の竜の里ゼーガン ドラゴニュートシティ

「ふう、一段落ってところかな」

そう言って一息ついた弓花は、今はドラゴニュートシティの大竜御殿側になる南門の前にいた。

風音たちが大竜御殿で戦っている一方で、竜人の街であるドラゴニュートシティでも戦闘が始まっていたのだ。北からの軍勢は里の竜が総掛かりで応じていたため、街までの到達はなかったが、大竜御殿からの魔物の進撃は止まらなかった。

里に住む竜人たちはドラゴンの血を引いているだけあって、やはりそれなりに強いのだが黒い魔物相手ではかなり圧され気味だった。黒い魔物たちは個々のスペックが元の魔物よりも相当に上がっていて、想像以上の強敵だったのだ。

戦闘には弓花以外にもライル、エミリィ、ティアラ、ルイーズも加わったが、特に前線に立つライルには荷が重い相手だった。タツヨシくんノーマルを盾にして辛うじて生き残れたという感じである。

またルイーズの様子もおかしく、それは北から放たれた光を見てからさらに強くなっていった。現在は倒れた魔物を運び出して、調べているようである。

(ルイーズさんはこれが悪魔の可能性があるって言ってたけど)

それがどういう意味を持つのかは弓花には分からない。だがあの魔物の白い仮面に噛まれて何かを注入されると、噛まれた竜人が黒くなってこちらを襲ってきたのは見ている。ゾンビ兵だと周囲では呼んでいたが、ルイーズに言わせれば悪魔の種子によるものだろうということだった。

とはいえ現在は戦闘も終了である。それは突如として魔物の集団が消え去ったためだ。ルイーズによればこれも悪魔の技である転移術だろうということだった。

(うーん、風音や師匠も戻ってこないし、こっちも落ち着いたなら大竜御殿に一度行ってみるかな)

そう弓花が考えていると、竜人族から声が挙がった。

「竜様がやってくるぞ。見たこともない竜様だ」

「虹色の竜気を帯びてらっしゃるぞ。もしやあれが神竜皇后様の真のお姿か」

「なんとまばゆい。なんと美しいお姿か」

そう口々に聞こえる声を聞いて弓花が空を見上げると、確かに竜となった風音が空を飛んでこちらに下りてきていた。すでに日が暮れて夜になっている。闇夜の中を飛ぶ風音の竜の姿は確かに美しかった。

『弓花ーーー!ヒポ丸くんどこーー!!』

もっとも声を聞いてしまえばその神々しさも弓花の中ではどこかに吹っ飛んでしまう。風音の声に弓花が「こっちーー!!」といって手を振る。

それをめざとく風音が見つけるとバサァと翼を広げており立った。周囲の竜人たちが膝をついて頭を下げる中、弓花が風音に尋ねる。

「ちょっと、その格好どうしたの? 師匠や直樹は一緒じゃないの?」

その弓花の言葉に風音は一瞬戸惑いを見せるが、だが首を横に振って目の前に来たヒポ丸くんを掴んで再度翼を広げる。

『ごめん、詳しい話は後で。とりあえず落ち着いたら大竜御殿まで来てッ!待ってるから!!』

そう言って風音はそのまま大竜御殿に向かって飛び去っていった。

「ちょっと、少しは説明して行きなさいよーー!」

弓花の声が響くが風音は待ってはいられない。間に合えと叫びながら大竜御殿へと戻っていく。

◎東の竜の里ゼーガンより北部の森

風音が急ぎ大竜御殿に戻っている頃と同時刻、東の竜の里を北に越えてハイヴァーンの国境地帯にある森の中に4つの人影があった。

「思ったよりも苦戦なされたようですな」

そう告げたのは老体の姿をしたゼクウだ。彼は左手に一回りは大きな竜の心臓を抱えて立っていた。成竜の中でもさらに成長した竜から取れるものを神竜の心臓という。ゼクウの持つのは神竜という領域に足を踏み込みつつあった北黒候ゲンの心臓だ。

「いやー、やられちゃったしねえ。風音ちゃんもだけどあのおじさんも怖いわー」

対する少年の姿のエイジは見た目こそ普通だが、明らかに戦闘前に比べてその波動が弱っていた。

「ほぉ」

エイジの言葉にゼクウが意外そうな顔をする。エイジが苦戦するとしても神竜帝ナーガか『護剣の四竜』のどれかだと思っていた。実際ゼクウがしとめた北黒候ゲンは手強かった。切り札であるジャッジメントボルトの『ひとつ』を使うことで辛うじて倒せたというほどに。

「カザネというとプレイヤーのひとりでしたかな。おじさんというのはどなたか?」

ゼクウの問いにエイジが素直に答える。

「ジンライっておじさんだよ。確かお爺ちゃんのお孫さんとデキちゃってる人じゃなかったっけ?」

その言葉にゼクウがなるほどと頷いた。そしてあの孫の人物鑑定はやはり相当に高いものがあるなと感じた。もっともゼクウは予想よりも早くの撤収に孫との再会が出来なかったことを心の中では残念がってもいた。

(まあ良い。いつでも収穫は出来るしな)

焦りはない。より成長してから食べればよいのだと考える。ゼクウには時間はいくらでもある。

「こちらもしとめ損なった」

ゼクウが孫のことを考えている後ろでは黒い甲冑が無念そうに南を見ていた。どうやら倒し損なった敵がいたらしい。しかし主の命は絶対だ。ゼクウとて己の魔軍を思う存分に奮ってみたくはあったが現在は強制転移で所定の場所に送還している。そして彼らの主が口を開いた。

「目的のもの……手に入った」

そう言って悪魔王・雪人はハガスの心臓を取り出した

「これがその……」

ゼクウがそれを見て感嘆の声を上げる。何かしらの封印がかけられているようだが、それはゼクウの手に持つ竜の心臓よりも一回り、普通のものよりもふた回りも大きい。それは確かに竜の王たる風格があった。

それこそが彼らの目的。プレイヤーの率いるパーティなどそもそも彼らには興味はなかった。プレイヤーから直接奪わなかったのも、この竜の里を魔軍の試運転に使うことを決めたからに過ぎない。

ハガスの心臓の奪取はなった。そして彼らの目的に一歩近づいたのだ。そう思っていた。この時点では……