作品タイトル不明
第百九十六話 先頭に立とう
時間はわずかばかり巻き戻る。
デイドナの街の人々が恐怖におののいている頃、風音のリーダーとしての決定により白き一団はパラムの街を出てデイドナの街へと向かっていた。デイドナの街の襲撃は悪魔の罠である可能性があったが、だが放っておけば住人が皆殺しにされるのは確実であり、それを良しとはできなかった。
◎ハイヴァーン公国 ドラゴンロード デイドナの街方面
「アンガスさんたちは引き留めておくべきだったなぁ」
馬車の中で風音がそうぼやいた。
アンガスは頭の中身はパーだが実力だけはあった。なのでドラゴンベア討伐でも役に立ちそうではあったのだが、残念ながらあのトンファー使いたちは鳳飛竜という、異様に豪華そうな色の飛竜に乗ってさっさとドンゴルの街に戻ってしまったようだった。
「まあ、運がなかったと思って諦めようよ」
ぼやいた風音の横で弓花が苦笑してそう口にする。
そして風音たちは馬車の真ん中のテーブルに広げた地図を見る。それはデイドナの街の周辺の地図だ。ギルドから借りた連絡掲示板に書かれた魔物の密集地帯と併せて確認する。『這い寄る稲妻』の進攻ルートを決めるために。
「ふむ。まあ、作戦と言ってもいつもとやることは変わらんか」
珍しく馬車の中で座っているジンライがそう答える。なお御者席には直樹、エミリィ、ライルが座っている。
「変わらんってのはどういうことだよジンライ?」
そう口を出したのは馬車の中で唯一の白き一団ではない人物である。パーティ『ソードフィッシュ』のリーダー、グロリアス・ディーン、彼はパラムの街にいた唯一のランクA冒険者で、ジンライとも知己の仲だという。
そのグロリアスの仲間は今はヒッポーくんハイとクリアや、風音が作った通常のヒッポーくんに22名ほど乗って追ってきている。『ソードフィッシュ』は熟練冒険者であるグロリアスが集めた23名のパーティだ。なんでも慰安旅行中だったらしく、グロリアスも「ついてねえや」とジンライと再会したときに笑っていた。
そんなグロリアスにジンライはニヤッと笑う。そして『這い寄る稲妻』のことをさも自慢そうに告げた。グロリアスはそのことに懐疑的な目を向けたが、だが横で併走している騎竜ライエルにはギルドマスターであるベンゼルが乗っている。まさか子供の冗談で担ぎ出されるわけもないと考えを改める。
「それで、その後はこの嬢ちゃんのゴーレム軍団で投石と滅多討ちをして、俺らはその護衛ってわけだな。つか、全部この嬢ちゃん頼りじゃねえか」
グロリアスが口をへの字にする。確かにジンライの言葉通りならば形勢の逆転も可能だろう。だがあまりにも自分たちの立場がない。それをジンライは笑う。
「プライドなど犬にでも食わせておけ。デイドナの街を救うことが先決だ」
ジンライは完全に開き直って、そう答えた。
「しかもジンライくん、今回はあたしの護衛だもんねえ。まったく良いとこなし!」
そしてジンライの横でルイーズが嬉しそうにそう言う。
『そう言ってやるなルイーズよ』
メフィルスが同情的な視線をジンライに向けるが、しかしこればかりはどうしようもない話である。
かつて風音たちが対峙した最上位悪魔のディアボですらルイーズを警戒していたのだ。今回の件が白き一団を狙う悪魔の仕業だとすれば、ルイーズが狙われる可能性は非常に高かった。なので白き一団でもっとも信頼の置ける実力者であるジンライがルイーズの護衛に付くことになったのだ。
ジンライとしては『這い寄る稲妻』でぶっ飛ばした後に颯爽とドラゴンベア狩りをしたかっただろうが、こればかりは仕方がない。だが、メフィルスの言葉にジンライは暗い笑いを浮かべた。
「ま、悪魔が相手ならディアボのリベンジができるわけです。そっちの方が楽しみですよ」
ディアボ戦では、その前のエルダーキャットとの打ち合いにより痛めた身体を引きずっての戦闘だった。だが今はもうあの頃の自分ではない。若返りを繰り返し、身体は充実し、そしてかつてのように二槍を扱える。既にジンライは全盛期であった頃の自分を超えていると自負していた。それにあの黒岩竜の牙から造られた竜牙槍であるならば、あのディアボの防御フィールドすらも貫けるだろうとジンライは考えている。
そうして、もうじきデイドナの街に辿り着く。それぞれの立ち回りを確認し、弓花や直樹たちはベンゼルとともに騎竜ライエルに乗ってデイドナの街に向かうことになる。
すでに戦いは始まっているだろうが、ここで風音たちの介入によって一気に形勢を逆転させる。その際にデイドナの兵士や冒険者たちの音頭をとる役回りが必要だったのだ。
◎デイドナの街 近辺
「よーしよし。弓花たちは街に入ったねえ」
そう言って風音は手綱を握る。
「カザネ、無茶はしないでくださいね」
馬車を降りたティアラが心配そうな顔で風音を見る。それに風音は「あいよー」と親指を立てて返す。
今馬車の中にはタツヨシくんドラグーンしかいない。御者席にも風音だけだ。ここで風音は仲間たちと行動を分けることになっていた。
弓花、直樹、ライル、エミリィは街の中から兵と冒険者を先導するため、すでに騎竜に乗って街に向かって飛び立っている。
この場では量産タツヨシくんA・Bに投石攻撃をさせつつ、ソードフィッシュ、ティアラのフレイムナイト10体、風音のクリスタルナイトーさん10体によって正攻法で敵を討つ予定だ。
そして風音は単独で、既に必勝パターンとなっている『這い寄る稲妻』で敵を蹂躙する。『這い寄る稲妻』は地竜を薙ぎ倒すほどのパワーを持っているが、しかし数が数だ。途中で止まってしまうかもしれないが、そのときは出たとこ勝負だと風音は口にする。無茶な言葉だが、風音とてむざむざやられる気もない。現時点における最大戦力でもって対峙すると豪語した。
「さってと、さすがにあの狂い鬼の時以上の数と質ってのはおっそろしいねえ」
そうおどけた風に言うが風音の顔は強ばっている。怖いわけではない。直樹たちを追って見ていた遠隔視で大勢の人の死を目撃していた風音は、かつてないほどにその心に怒りを燃やしていた。その様子を見てジンライが声をかける。
「落ち着いていけ。怒りは視界を曇らせるぞ」
その言葉に風音はギョッとした顔をした後に苦笑する。そして「さすがに年の功には勝てないね」と口にした。確かに視野が狭くなっていた自分を反省し、にんまりと笑顔を作る。自分のペースは崩さない。それこそが風音の強さの秘訣だ。
「ま、そんじゃあじっくり、ゆっくり、ねっぷりとやりますか」
だが心の中に静かな炎は残しておく。静かに、強く風音は内なる炎を燃え上がらせた。
そして、飛び出した紫の雷光が戦場を駆け抜けていく。
その『這い寄る稲妻』がドラゴンベアを蹂躙する光景はデイドナの人々を驚愕させ、そして絶叫させた。それは絶望ではない。渇望の叫びだ。戦いが始まる前から重くのしかかってきていた死を振り払う咆哮だった。
◎デイドナの街 石壁上
「な、なんだ、ありゃあ!!?」
ルインズが目を丸くして、それを見た。ドラゴンベアの群れの中を走っている紫の雷。何体ものドラゴンベアをひき殺し、弾き飛ばし、そして駆け抜けている。
「おっしゃあ!やっちまえ姉貴っ!!!」
直樹の叫びに直樹の腕の中にいるイリアが「アネキ?」と首を傾げた。
「おい、バカ弟ッ」
叫ぶ直樹の頭がガツンッと一発はたかれる。
「いっつー。弓花、イテえよ」
直樹が殴られた頭を抱えながら、後ろに来ていた弓花を見た。
「いつまでもセクハラ行為してないで、ちゃんと役割を守りなさい」
「わーってるっての。そんなわけだからイリア、自分で歩けるか?」
「う、うん」
イリアは目の前の状況も、直樹も、直樹を叩いた女性も、ついでにライバルのエミリィがいることもすべてが理解の外だったが、だが状況が変わったことは分かっている。
「血の気の多いのが下で待ってるからね。一気に突入して一気にしとめるよ」
そう口にする弓花に直樹が「へいへい」と返す。その近い距離感のふたりにイリアは猛烈な脅威を感じてエミリィを見るが、対するエミリィも「やっぱり、そういうことなの?」というような顔を二人に向けているのを見て、この槍を持った少女が敵であるとイリアは理解した。
そんな少女たちの勘違いにも気づかず、弓花は石壁を飛び降りる。途中で空中跳びで制動をかけ、そのまま地面に着地すると、魔物たちに向かって走りながら竜結の腕輪を用いて竜人化する。そして虹色の光を照らしながら、ドラゴンベアの中へと飛び込んでいった。
「すっげぇ!?」
その様子をライルが目を丸くして目撃する。
弓花が愛槍のシルキーをふるう度に、ドラゴンベアがバッタバッタと倒れていく。炎のブレスもほとんどダメージになっていないようだった。これは弓花の周りにある虹色の光、闇属性以外の攻撃を遮断するレインボーカーテンの効果だ。今回、ブレス攻撃を遮るために弓花は自前ではなく風音の竜気をもらって竜人化していた。
そのまま弓花が正門前のドラゴンベアの群れを蹴散らすと、半壊した門がゆっくりと開いていく。そして街の中から最後の特攻を覚悟していた男たちが、今や生き抜く活力に満ちながら弓花の背後に向かっていく。
「ぶっ潰すよ!!」
そして、弓花が槍を掲げて声を上げ、それに男たちが叫び返すと、全員が一斉に駆け出し謎の光に蹂躙されて動揺しているドラゴンベアたちに襲い掛かる。今や狩るものと狩られるものの立場は逆転していた。それはまだ勢いだけのものだが、しかし今や彼らは死を待つだけの存在ではなかったのだ。
「いくぞ、ライル。ボサッとしてるなよ」
その弓花たちの進軍を凝視しているライルに直樹が声をかける。これから彼らもあの戦列に加わるのだ。そのためにここに来ているのだ。
「わーってるっての」
そしてライルも直樹とともに石壁を降りて戦列に参加するために走り出す。それを見送りながら魔力切れになったイリアはルインズとともに休憩地点である冒険者ギルドの方に向かっていく。
「まったく、何が起きてるんだ?」
ルインズがイリアと共に石壁を降りると、そこは先程までの悲壮感が嘘のように活気づいていた。確かに闘いは苛烈で、これからも負傷者や死者は出てくるだろう。だがつい数刻前までとは明らかに違う空気の街の様子にルインズは狐に摘ままれたような顔をしている。冒険者たちもそうだし、街の住人たちの顔も生きるための必死さに満ちていた。それを見ながらイリアはこう口にする。
「何が起きてるって、決まってるじゃない。私たちは生き続ける機会を与えられたのよ。こんなに素晴らしいことはないわ」
さて少し休んだらあの戦場に戻らなければ……とイリアは思う。どうやらもうひとつの戦場に圧倒的な敵がいるようなのだ。敵認定された当人をよそに少女たちの思いは燃え上がる。そしてそう考えられる今にイリアは感謝しながら歩き続けた。