軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百十五話 風になろう

親方が唐突にやってきて帰っていった日より二日経った。

「ぶぅ」

弓花がむくれていた。

それは昨日の予選会のことである。まあ順当に本戦までは勝てるだろうと予想はできていたが弓花にとっては初めての公式試合である。緊張して当然で、だが仲間の応援もあるだろうしと思って観客席を見たらティアラと直樹しかいなかったのだ。肝心の親友と師匠は外で爆走して忘れていたのであった。

「すまん。つい、時間を忘れていた」

「ごめんね弓花。ちょっと風になってた」

風音とジンライが弓花に申し訳なさそうに謝っている。元々勝てると思えた試合だ。見なくても問題ないと思ってた!……とか言えれば良かったのだが、ちょっとドライブしたらすぐに戻って応援に行くと約束までした後である。言い訳のしようもなかった。

「もういいですけどねえ」

弓花も2人に悪気がないのは解っている。ちょっと風になりたかっただけなのだ。だから仕方がないのだ。そう弓花は諦めていた。

「確かに師匠の言うとおり、試合自体はスムーズに勝ちましたけどね。妙にジロジロ見られてました」

「あーそれは弓花がジンライさんの弟子だからだろうね」

『10年前の優勝者の弟子が参加しとるというのは大層な話題であるからの。賭けの対象として魅力的に映っておるのだろうよ』

ルイーズがいないのでティアラの腕の中にいるメフィルスがそう口にした。

「そういうもんですか」

『そういうもんよ。本戦ではその比ではない人の群れを見ることだろう。覚悟しておくことよの』

弓花の問いかけにメフィルスが頷く。

「まあ、弓花もミナカさんも明後日の本戦出場か。ついでに直樹も」

「ついでっていうな。つか、さすがに優勝までは厳しいけどな」

「弱気だねえ?」

風音の言葉に直樹が唇をとがらせて答える。

「弓花にまったく歯が立たねえんだもの。こっち来て3年ぐらいの差があるはずなのに自信なくすよ。まったく」

そう言って直樹は溜息を吐く。

「お前は今まで冒険者としては鍛え上げていたようだが、対人を想定した戦闘経験は少ないようだからな。まあ、若いんだ。これからだろうよ」

「分かってますよジンライ師匠」

直樹はいつの間にかジンライを師匠と呼んでいた。毎朝と夕方の稽古に参加もしている。

「あんたの、あの剣をビュンビュン飛ばすヤツ使えないの?」

風音の問いに直樹が首を横に振る。

「あれ、タメが必要だしなあ。姉貴のスキル・チャージと同じだよ。どっかで相手を足止めできないと出せない」

「闘技会の形式だと相手との距離が近いものね。あんたのアクティブスキル系を使う隙すら難しいわよ」

弓花の言葉に風音も「そうだねえ」と答える。

闘技会の基本的な形式としては、闘技場の中心で最初に互いの武器を打ち合ってから配置に付き、そこから闘う形だ。開始時の間合いが既に斬り合うギリギリの射程となっている。昔からそういう形式だし、あまり離れすぎて大技連発されると死人が出やすいという事情もあった。

なお魔術は補助系と魔法剣、魔剣の類は認められている。攻撃魔術は禁止。そもそも魔術師がタイマンで闘うことを想定していない。魔術の戦闘がエヌジーなのはこれも死人が続出するためである。

また同様の理由で召喚も禁止となっている。通常召喚はともかくチャイルドストーン召喚などは普通に冒険者数人で挑むようなものを呼び出すのでオーバーパワーと見なされる。なお、魔術師は戦闘ではなく、放つ魔術の出来を競う大会が存在しているのだが、それはこの街では行われない。

『ところでルイーズは今日もおらぬのか』

「うん。忙しいみたいだね」

風音は昨日もミナカの様子を観に来たルイーズに会ったが、どうも想像以上に悪魔と契約している冒険者が紛れ込んでいるようだった。

「ちょっとなんかありそうな量だって話でね。本当なら大会を中止にしたいって言ってたよ」

「それは随分と深刻そうだな」

ジンライが唸る。

「といってもさすがに中止にはできないでしょ。ここまでやっちゃあ」

「そうだねえ。無理だって言ってた」

弓花の言葉に風音が頷く。大会は既に最後の予選が今行われているのだ。そしてそれが終われば明日から本戦が四日間行われる。

「しかし狙いが分からぬのではな」

「一応、対戦表を操作して悪魔使い同士で潰しあわせる予定だってさ。そうすれば最悪何かあっても無関係の参加者の犠牲は少ないだろうからって」

「……ふむ」

ジンライが不機嫌そうな顔をする。対戦表の操作など無粋と考えているのだろう。

「とりあえずは弓花も直樹も気を付けてね。何かあったら必ず報告することってルイーズさんに言われてるから」

風音の言葉に弓花と直樹が頷く。その様子を見届けてから風音は立ち上がった。

「それじゃあ私はちょっと出掛けてくるね」

「1人でか?」

ジンライが問いかけ、その裏で直樹とティアラが腰を浮かしかけている。2人はついていきたいようだったが風音は「1人でだよ」とジンライに返したことで両者とも浮いていた尻が沈んだ。

普段であればティアラと一緒に出掛けるのも問題はないのだが、今回は情報収集を目的としている。前日にジンライと冒険者ギルド隣接酒場で面通しはしているがそういう場にティアラを連れて行くのはためらわれた。直樹も論外だ。風音が男と話しかけていると妙にそわそわしくなる。

「そんじゃあ、行ってきます」

そう言って風音は部屋から出ていった。

◎冒険者ギルド隣接酒場

宿を出て一時間後、風音は冒険者ギルドに隣接している酒場に来ていた。

「それはひどいねえ」

風音は出されたレモネードを飲みながら横にいる男に話しかけている。

「だろ。すでに12件だぜ。殺しがあったのは」

風音が話しかけている男の名はブリックという情報屋だった。さきほどからここらでちょこまかと話を交わしていた風音を捕まえてカウンターに誘ったのが彼である。

「それが全員大会参加者。しかも負け組の独り者と来てるわけだ。なんの関連もねえわきゃねえよな」

ブリックはそう言いながら冷やし果汁を口にする。

ブリックが風音のことを知っていたこともあり、風音は子供扱いこそされなかったが、その馴れ馴れしい態度には若干引き気味でもあった。だが、それを差し引いてもこの男の話す内容は非常に興味深いもので風音も席を立つことはなかった。

「大会参加者が殺されてるねえ。この街にだって警備の人いるんだよね?」

街の警備隊は警察の役割もかねた街を護る立場の存在だ。ブリックは「そりゃいるさ」と返す。

「だが参加者なんて今回だけでも500人は超えてるんだぜ。その中でも殺されたのは負けた連中だけだ。勝ったヤツを恨んで、もしくは賭けのためにサクってやっちまうのとは確実に違うからな」

「賭けの負けの腹いせってのは?」

「ないとは言わねえが、それでも数が多い。それにほとんど名前も知られてないようなのまで殺されてる」

賭けの対象にそもそもなっていないような人間が死んでいるのであれば、風音の推測も外れだろう。

「うーん。負けた参加者の共通点とかってあんのかな?」

その言葉に一瞬ブリックの目が光ったように風音は感じた。

「一応、ある。ギルドの連中らしきのが付け回ってた形跡がな」

(ああ、そういうことかぁ)

そして、そのブリックの返答に風音は自分が話に誘われた理由に気づいた。

「そんでまあ、そのギルドの連中といたのが」

「ルイーズさんだったわけか」

ブリックが、風音の言葉に笑顔で頷いた。

「察しがよくて助かるよ」

ようするに話のネタの女の仲間がいたので声をかけたというわけだった。金も払っていないのにペラペラしゃべるとは風音も思っていたが、風音自身がそもそものニュースソースと見られていたらしい。

「何を期待してるのかは知らないけど、こっちも大したことは知らないよ。そっちがルイーズさんの名前を口にするってことは見当はついてるんでしょ?」

「まあな」

ルイーズ・キャンサーが高名な悪魔狩りであることは少し事情に通じていればすぐに分かることだ。

「一応の念押しにかな。悪魔狩りルイーズ・キャンサー本人かなんてこっちにゃ分からんしな」

「そんで、私に声をかけてきたわけだね」

「まあそれもあるが、どっちかって言うとそれを口実に有名人にお近づきになりたかったってのが本音だな、鬼殺し姫さん」

「有名人て」

こう面と向かって言われたことはあまりないので風音が「えへへ」と照れ笑いする。実にチョロい。

「まあそれほどでもあるよ?」

ブリックも(なんかペラペラしゃべりそうじゃね)とか思ったが、踏みとどまった。この男も虎の尾を踏む危険性は理解している。

「まあ、ルイーズ・キャンサーが実際に動いているってのの裏が取れたんなら、俺としてもこれ以上の話題はねえや。それ以外だと、そういえばこの話って知ってるか。這い寄る稲妻とかいう」

その名前に風音も「さっき聞いたよ」と返す。

「雷の魔物なんだって? まだ襲われた人もいないみたいだし危険性は不明って言ってたけど」

風音はそれが自分たちのことだという事実を知らなかった。まあ昨日も一昨日も実際に搭乗していた風音は、外からのサンダーチャリオットの様子など分かりようもなかったのだが。

「そっちの仲間が外周辺りで訓練してるってのは聞いてる。なんか見かけたら場合によっちゃあ金を出すぜ」

「んー分かった。覚えておくよ」

風音はそう言うが、雷の塊みたいなのなんてどうやって倒すんだろうと考えていた。

(大火力で散らすか、水でもかけてみるとか。うーん、ヒポ丸くんとサンダーチャリオットでぶつかってみれば結構イケるかも)

だが一身上の理由により、ヒポ丸くんとサンダーチャリオットは這い寄る稲妻と会うことはできない。それは風音も知らない極秘情報だ。

「まあ私も明日は試合出るしそっちは見れないと思うけどね」

「うん? 参加のリストにはなかったはずだが」

「召喚部門のヤツだよ」

ちなみに鬼殺し姫の従僕の化け猫はそこそこ有名で、名ありの竜を倒したことでその肉も食べているだろうと予想されているので、優勝候補の一角として数えられていた。

その後風音がブリックと別れ、酒場を出ると、ミナカが早足で人混みを過ぎていくのが見えた。そして、その背後に何人もの男たちが尾けているのも。