作品タイトル不明
めちゃくちゃ疲れた
真剣に資料を読み込んでいるティハルトたちをよそに、小皿に盛られたチョコレートへと手を伸ばす。
ぶっちゃけ、プレゼンはしてみたものの可否はどっちでもいい。
自分の事業用にと調べる過程で「これ国際事業にもイケんじゃね?」と思いついただけだし。国の判断とかそーいうのはティハルトに任せるとして、一応提案だけしてみようかなーって。
だがまぁ、思ったより好感触のようだ。
「お前、いつからこんなことを考えてたんだ?」
「さぁ?事業については結構前から漠然と考えてはいたけどね。城勤めは性に合わないし」
軽く肩を竦めれば睨まれた。
「国際事業の提案については本当にたまたま。原材料を調べるうえで産地に適してるってわかったからね。……で?その反応は興味を持ってもらえたと見ていいのかな?」
「当然です!!」
声を張ったのはティハルトではなかった。
「今まで目を向けていなかった資源を活かせるうえ、農地は他の作物とも併用可能だとはっ!カイザー殿、詳しく話をっ!!」
褐色の肌を薄っすらと色づかせ、アレクサンドラ興奮気味に身を乗り出している。
その理由というのが、例の化粧水の原材料となる作物だ。
なんと二毛作が可能。
二毛作とは、同じ田や畑で1年の間に2種類の異なる作物を連続的に栽培する農法のこと。
例えば稲を収穫したあとの土壌で小麦を育てるなど、農地の有効活用ができ、収穫量がアップ。
だがしかし、俺の知る知識はラピスらの受け売りであって細かいとこまではよくわからん。
なので後日詳しい資料を用意しますね、と 誤魔化(ごまか) した。
ラピスが直接話してくれるのが一番早いが……確実に嫌がるだろうしな。
……とはいえ、アレクサンドラたちが食いついてくれたのは実に都合がいい。
「国際事業の話がなかったとしても 是非(ぜひ) 、栽培の拡大は検討して頂きたいです。その際は取引相手は国でなく私で」
アレクサンドラとそんな話をしていると「勝手に話を進めるな」とティハルトから横やりが入った。
「なんで議会でこの話をあげなかった?」
じとり、と見られて思わずちょっと目を逸らす。
「私が 公(おおやけ) に関わるつもりもないからね」
「チッ……」
舌打ちされた。
不満そうな表情のティハルトには悪いが、そんな大掛かりなプロジェクトに責任者として関わるつもりは毛頭ない。
あくまで必要なら化粧品のレシピ提供するよ!っていうだけだ。
「そもそもこの提案は私の事業の副産物だし。 暫(しばら) くはそっちで手一杯だよ」
好感触なのは嬉しいが、面倒事を押し付けられても困るので、そこははっきりと釘を刺しておく。
「とりあえずお前、今日は泊まっていけ。詳しい話を詰めたい」
「ええ~」
思わず不満を漏らす声などガン無視で、メイドに部屋の準備を言いつけるティハルト。
本人の意志無視で決定事項ですか。
ガーネストよりこの王様の方がよっぽど俺様なんですけどっ。しかも俺限定。酷くね?
「ですがいいんですか?カイザー殿」
サフィアたちがティハルトの俺への雑な扱いに驚いている中、見慣れているダイアが気遣わしそうに問いかけてきた。
「ん?」
「カイザー殿の事業には不利益しかないのでは?客層を変えるとはいえ、製品が大々的に世に出れば類似品等もでてくるでしょう。顧客の奪い合いになります」
「それは 勿論(もちろん) 想定しているよ。だけど正直そう心配はしていない。それに国際事業に推したのだって打算がないわけじゃないしね」
「打算?」
コクリと頷き、ティハルトへと向き直った。
「もしもこの案が通った場合、化粧品の技術提供と引き換えに、我が領に工場を建設してもらいたい」
「大規模な製品化ともなれば人手が必要になります。薬草の仕分けや加工など、専門知識や力を持たない若年層の雇用にもつなげることが出来ると兄上は考えてらっしゃるのです」
雇用の拡大は数年前から力を入れている改革の一つだ。
孤児院なんかでも幼少期からの学習を取り入れ、基礎学力の向上など就職に有利になるような取り組みをしているが……雇用先が足りていないのも現状。失業者が多い状態は治安の悪化にも繋がるし、領主であるガーネストも諸手を挙げて賛成してくれている。
「それが条件か。それにしたってわりに合わないだろう。さっきの話だと国際事業としての話がなければ自分でやるつもりなんだろう?」
「まぁね。でも国が動いてくれるなら大歓迎だ。私のターゲットは元々上流階級だしね。そっちに専念できる。第一、国が絡むのと個人の事業じゃ規模が大違いだ。それにこの件が成功すればお偉方に恩も売れる」
肩を竦めて紅茶に口をつけた。
「ダイアが懸念した通り、時間が経てば類似品も出てくるだろうね。だけど各国が本気で動くなら仕入れ値だって圧倒的に安く抑えられる。価格と品質を天秤にかければ、かなりの顧客は掴めるんじゃないかな?」
……と、いっても現段階では 所詮(しょせん) は空論。
「現物と効果を見ないことには話にならないだろうし、試作品が出来たらまた声をかけるよ」
製品が受け入れられなかったら元も子もないからね。
「しかし国の事業の方はコストを抑えることで専売状態に出来ても、お前の事業としては不利になるのは変わらないんじゃないか?」
「そっちも多分平気かな」
「美容業界ってかなり競争激しいのよ」
「ええ、他所の新商品に負けて廃版になる商品とかもよくありますもの」
「さっきも言った通り、確かな効果を実感できる代物なら問題ないだろう?」
「えらく自信満々ね」
「そりゃあそうさ。私だってご婦人方の美へのこだわりは嫌って程に見てきているからね。自信がなければ「ご婦人方を味方につける」なんて大口を叩いたりなんてしない」
指で軽く髪を梳けば、ふわりと甘い香りが燻った。
ラピスもリックも思った以上に優秀だ。
滑らかな指通りは彼らが作った試作品の効果を存分に感じさせた。
そのまま先程アイリーンに奪われた紐で髪を結び直そうとすると、後ろからすっと手を伸ばされたのでそのままリフに任せる。
オールインワンの開発も順調に進んでおり、このままいけば来月にも試作品が完成しそうだ。
「まずは知識と発想。化粧品、乳液、美容液成分にパック機能も併せ持った未だない化粧品を開発してみせた学者と薬師。原因不明とされたジャウハラの毒さえ現地に出向かず見抜いてみせた彼らの知識は本物だよ」
いやぁ、マジでスカウトして良かったわ。
「次に素材。上流階級狙いで価格帯はかなり高めに設定するつもりだからね。正直、同じオールインワン製品といっても庶民用のとはもはや完全に別物なんだ。例えば、クイーンビーの蜂蜜だの王乳。月光花に宝珠……どれもおいそれと手に入るものではないだろう?」
クイーンビーは 蜂(ハチ) といってもただの蜂ではなく魔物で、その蜂蜜だの王乳だのは栄養価も高く希少だ。王乳というのはいわゆるロイヤルゼリーだ。
月光花は満月の夜にだけ咲く花で、崖っぷちだのやたらと採取しにくい場所に咲くのが特徴。
宝珠は宝石のような見た目をした果実で、美しく栄養価もすこぶる高い。……が、その実がなる木が人をも食らう魔物という採取が命がけな果実です。
「冒険者だのに採取を頼むにしても上位ランクへの依頼になるし、入手は至って困難。だけどウチなら魔物素材だろうと、採取困難な素材だろうと手に入れられる戦力をもつ人材はいくらでもいる。鮮度の関係で輸入が困難な品だって移送できる手段も、種を入手できれば育成が可能な『異能』の持ち主もいる」
髪を結わいてくれたリフを指し、
「大手商会とのツテや「リリアーナ」の経営で培った人材やノウハウ、それから私自身も貴族社会は短くないからね。人脈だの資財もそれなりにある」
続いて掌で自分の胸を押さえてにっこりと笑った。
「製品をただマネただけの模造品に引けをとるつもりは毛頭ない」
理由を告げれば、どうやら納得して貰えたようで皆ぽっかーんと口を開けている。
周りがマジで優秀すぎる。
もはや意味がわからないレベルで超優秀。
当然ですとばかりに静かに佇むリフは頼もしいし、ハンゾーたちもわんさか希少素材を入手してくれる。その希少さにビビりつつも、リックたちが研究に励んでくれてるし。
「素材が素材だから、一部は数量限定の受注生産にならざるを得ないかも知れないけどね。その分、効果は自信があるよ」
「天才なのっ?! 流石(さすが) はカイザー様!」
頬を染めたアイリーンにグワシと両手を掴まれた。
「クイーンビーの王乳……宝珠……幻の美容素材じゃない……」
うっとりと呟く声とは反対に、掴まれた手の力がめちゃくちゃ強い……。
「アイリーン?ちょっと痛い」
あとキミの旦那が怖いから放して……そんな想いと裏腹に、ぐぐっと近づいてくるアイリーンさん。
「わたくしたち親友よね?!わたくしの分は優先的に確保してね?」
「近い、近いっ。あと圧、強い!」
「ちょっとっ、ズルいですわアイリーン様。カイザー様!あたくしの分もお願いしますわ」
なんかそっからは大混乱だった。
だからそもそも、まだ発売どころか起業もしてないんですけど?!
そして結局、皇太后様のところにも引っ張っていかれてぐったりな俺でした。