作品タイトル不明
どうかあの日のことは忘れて欲しい
「もう猫を被るのはやめたのか?」
「…………ミルクティーで」
揶揄(やゆ) を含んだ親友の言葉が痛い。
愉しそうに歪む唇を恨めし気に睨み、彼の使用人へとリクエストを告げた。
“ キレやすい現代の若者 ”
頭に浮かぶのはそんな前世のニュースでよく聞いたようなフレーズ。
やったね、牽制成功!とか思っていた俺だが……。
予想以上に大成功すぎたようで周囲が超絶引いていた。前回のブチ切れとは状況が違うし、今回は半分ワザとだが……キレたことには関係ないっていうね。
またやっちまった感に襲われてます。
カルシウムだ。
きっとカルシウムが足りないんだ……。
ミルクティー程度じゃ足りなければ、帰って牛乳ガブ飲みしよう。小魚も食べなきゃ。
場所は城の一室。
周囲を凍りつかせたあと、心配して一緒に来てくれていたベアトリクスと合流したのだ。
ちなみにサフィアやアレクサンドラ、シリウスも居たりする。
三人がこの場に居るのは俺に会いに来てくれたからだ。面会はシャットアウトされてたし、倒れてから初外出だしな。
サフィアは元々お父上と議会のため登城してて、アレクサンドラたちは面会のためにわざわざ来てくれた。ジャウハラからの贈り物を携えて。
「ご心配をおかけしました。お見舞いの品も有難うございます。そのうえジャウハラの方々からもあのようなお品を……皆様には 是非(ぜひ) お礼をお伝えください」
「いや、我が国はカイザー殿に返しきれぬ恩があるからな。父上や母上も心配していた。正式に船が到着すればまた荷が届くだろう」
時間から考えて飛空便( 躾(しつ) けた魔物による文字通りの飛空による輸送。陸路や海路に比べて断然早いが数も少なくお値段がバカ高い)で届いただろう贈り物はちょっとした小山だったのにまだ届くのっ?!
「まだお身体はすぐれないのですか?」
心配そうに眉根を下げるサフィアにいえいえと手を振る。
原因はコレだよね。車椅子。
「もう毒も怪我も癒えているんですが……何分周囲が過保護でして。歩くのも日常生活にも支障はないんですよ。さすがにまだ鍛錬は止められてますが」
「兄上は無理をしがちですから」
「本当に心配したんですからねっ」
ほら、これだから。
一通りの挨拶的な会話が終わったところで、「それで?」とアイリーンが身を乗り出した。
「さっきのティハルトの発言はなんなの?カイザー様、またなにかやったの?」
なんでそんな楽しげなの?
あと、またってなにさ。またって。確かにやらかしたけどさ……。
「議会が終わった後で絡んできた子爵に 威嚇(いかく) をしていた。笑顔の癖に周囲が凍りつく程の冷ややかさでな」
「冷ややかなカイザー様。ド迫力ね」
人が黙秘権を使う間もなく、嫁の問い掛けにさらっと答える旦那。
この夫婦、俺を 揶揄(からか) うの好きすぎない?
しかも、 宣誓(せんせい) の件やら、詳しい話も暴露された。
「 宣誓(せんせい) ?!お兄様どうしてそんなっ……」
「カイザー兄上がそのようなことをなさる必要はありません」
むっとした表情なのは俺を慮ってくれてだろう。
その気持ちが嬉しくて髪を撫でれば人前で恥ずかしかったのか顔を逸らされてしまった。
「だけど煩い連中を黙らせるのにはそれが一番確実だろう?」
「兄上は……心からそれを誓えるのですね」
零れた呟きは小さくて、掴めなかった言葉の意味に聞き間違いか?と「ん?」と聞き返すも「いえ」と誤魔化されてしまう。
微妙な沈黙が広がった。
しかもなんか注目されてる気がする。
えっ?変な噂に振り回されるより 宣誓(せんせい) で疑い晴らした方が楽じゃねぇ?って思ったけど、ダメだった?
貴族としてそんな有り得ない考え方でしたか?!
「それで結局、カイザー様は猫被るのやめたの?」
場の雰囲気を変えるようにアイリーンが聞いてきた。
微妙な空気はなんとかしたいが、出来れば他の話題がよかったぜ……。
「いや、つい……」
「つい?」
「だってあの子爵、ベアトリクスに接触しそうだったし」
「?あの時ベアトリクスの話題は出ませんでしたよね」
「出ないけどそう思ってたんだよ。絶対狙ってた」
「「「………」」」
「で、お前は子爵の企みの気配を察知してブチ切れた結果、牽制した、と」
うわぁぁ、皆の視線が居た堪れないー。
「ある意味、安定のカイザー様だったわ」
「そうだな。かつても自分への暗殺未遂や中傷は放置した癖に、ガーネストに手を出そうとした途端に親族断罪したり、黒竜を剣で脅したりと逆鱗に触れると反撃してたな。普段の物腰に騙されてる奴らが大半だが」
「騙されてるってなにっ?!家族に手を出されるとか、そこは普通にキレるよね?」
「振れ幅がデカすぎるだろ」
反論するも一言で切って捨てられた。
「特にあの夜会は 吃驚(びっくり) したわー。あんなカイザー様は初めて見たもの」
「その話題ぶり返すのお願いやめて」
だがそんな懇願を聞いてくれるお姉さんではなく、「ベアトリクスちゃんやガーネスト様は見たことある?」と話題を振る始末。
本当にやめて。ライフゲージが点滅しちゃう。
その後もいじめっ子夫婦の猛攻は止まらない。
「言葉遣いも雰囲気も全然違くて驚いたけど……美形なだけあって迫力が凄かったわ。まるで別人みたいだったもの」
「一人称も違ったしな」
「…………自分だって昔は“僕”だった癖に」
じわじわと赤くなる頬を誤魔化すように放った反撃に、もれなくティハルトの嫁と弟が釣れた。
「えっ?そうなのっ?」
「そうだったんですか?」
「そうだよ。こんなふてぶてしくなる前は可愛い“僕”だった時代があったんだよ」
「おいっ!!」
あっ、赤くなった!
「カイザー殿も幼少の頃は一人称が違っていたのか?」
何故(なぜ) にそんな興味深そうなんだ……。
アレクサンドラだけでなく他の年下組も興味深そうだし。ちなみに一番興味津々なおめめを向けてくるのがウチの子っていうね。
「…………ずっと昔は」
苦し紛れにぽつりと呟く。
前世では一人称“俺”だったから嘘ではない。
なんなら今も人前以外は“俺”だが。
どうして変えたのか?とか切っ掛けがあったんですか?とかやたら食いつきますね。
一言でいうなら立場に合わせてかな。
ティハルトはたぶん王になるのに、威厳とか意識し始めてちょっと偉そうに路線変更したんだと思うし、俺の場合は……。
「元々あまり貴族に向いてないんですよね。言葉遣いも荒い、って程ではないですが雑ですし、所作や考え方も 大雑把(おおざっぱ) だったりしますし」
「「「「「は?」」」」」
おおぅ。見事に意味わからんって顔してやがるぜ。
折角(せっかく) の擬態をワザワザ暴露したのは、この頃ちょっと黒鳥の皮が剥がれやすいからだ。
素が覗いちゃってもスルーしてねっという遠回しなお願い。
「カイザー様が、ですか……?」
なっがい 睫毛(まつげ) をパシパシ瞬かせるサフィアに苦笑いする。
そうですよー、素で優等生なキミとは違ってこちとら擬態が必要なのです。
「戦闘スタイルとかわりとモロにですよ。剣の型もそうだし、普通に拳や脚も使うじゃないですか。アレクサンドラ様達はご覧になったこと、あるでしょう?」
「そう言われれば……そうなのだが……」
「流れるような綺麗な動きでしたので、特に気にしていませんでした。お強さに吃驚して意識が向かなかったこともありますが」
「師匠が元冒険者ですしね。他の教師も身分関係なく雇った方もいるので、平民のスラングなんかも知ってたりしますよ」
しれっとアインハードに責任転嫁してみた。スマン。
他に周りに口悪いのいないし。一番説得力がある人選だったんだ。
「わりと中身、品行方正とは程遠かったりするんですよね。でもまぁ、立場に見合った言動の重要性もわかるので、 粗(あら) を隠す意味も含めてお行儀のよい口調に矯正したんですよ。ただでさえ『異能』のハンデがあるのに、悪印象やつけ入る隙をわざわざ与えるのも馬鹿らしいですし」
「じゃ、じゃあ、お兄様はあの夜会の時みたいなお言葉が素……ですの?」
どこか不安そうに上目遣いで問うベアトリクス。
怯えを含んだ瞳に胸の前で慌てて手を振った。
「ち、違うよベアトリクス。あの時はっちょっと我を失って反応しちゃっただけでっ……貴様とか初めて言ったからっ!!」
「お兄様……恐いっ」とか避けられでもしたら、泣く自信のある俺は弁明に超絶必死!!
貴様がお初なのはホントだ。
テメェは使ったことあるけど……。
口には出してないからセーフだよね??心の中で使っただけだし。
「あの日は激昂してたから特別だけど、ベアトリクスたちと接する時やティハルトたちと話してる時だって普段の貴族相手より砕けてるだろう?それと同じで処世術として使い分けてるだけで、元々があんなに粗暴なわけじゃないから」
信じて!!
祈りは通じたようで心底ほっとした。