軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

急転

「死んだ……?」

呆然と問い返す。

深刻な表情を浮かべた王の側近は重々しく頷いた。

「お待ちください父上。それは一体どういう……?!」

ガタリと椅子を鳴らし詰め寄るアレクサンドラに国王は苦々しく首を振った。精悍なその顔に浮かぶのは、俺らと同じ戸惑いの色。

大事な話がある、と呼び出され聞かされたのは衝撃の内容だった。

大臣(ワズィール) が死んだ。

あの男だけじゃない。事件に大きく関与が疑われる人物が軒並み。

「だって奴らは牢に囚われていた筈ですっ!!一体誰がっっ!!」

「自殺だ」

見渡すように国王が俺らを見た。

「死因は首の骨を折ったことによる窒息およびショック死」

「ですが、自殺だと……」

「牢が破られた形跡はなく、なにより首や 顎(あご) には本人たちの手形ははっきりと残っていた。奴らは自らの首を捩じ折って果てたのです。示し合わせたように全員が」

「信じられますか?」とその声に、誰もが言葉を返せなかった。

怪奇現象染みたその事件の直後、すぐさま行われたのはサヴィアスの捜索だった。

何故(なぜ) なら昨日の昼間、サヴィアスは 大臣(ワズィール) と面会をしているらしい。

奴らが死んだのは深夜から朝方。看守が最後に生きてる姿を確認しているのは夜だし、王宮側としても最初はとりあえず話を聞いてみるだけのつもりだったようだ。

だけど…………サヴィアスが消えた。

目の前を過ぎる男を眺める。

槍を掲げた兵に両脇を固められたサヴィアスは、 狼狽(ろうばい) も見せず至って平静そのもの。

玉座へと向かう歩みがふいに止まった。

星屑を散らしたような藍色の瞳は確かな敵意を持って俺を睨みつけている。促され、再開した歩みと共にそれは血縁たる国王陛下へと向けられた。

「……サヴィアス」

低く、苦い声が洩れた。

「単刀直入に問おう。 此度(こたび) のこと、 其方(そなた) の関わりがあるのか」

国王の問いに顔を歪めてサヴィアスは喉を鳴らした。

嘲りを隠しもしないサヴィアスは、どうやらもう取り繕うのはやめたようだ。可笑しくて仕方がないというかのようにクツクツと喉を鳴らして答える。

「今更、なにを当然のことを聞く?」

ざわり、と場が騒めいた。

予想はしていたことだった。

姿を消したサヴィアスを探して兵が訪れた屋敷では事切れた彼の部下たちの亡骸が発見された。さらには 大臣(ワズィール) の隠れ家からはそこにサヴィアスが通っていた証拠も出てきた。もはや関与が疑われるのは必然だった。

それでも、こんなにもあっさりと認めるとは思っていなかった。

取り繕うことを止め、尊大に振る舞うサヴィアスがなにを考えているのかがわからない。

宮殿からも、王都から離れた本邸からも姿をくらましてしたサヴィアスは何食わぬ顔をして自ら宮殿へと戻って来た。そこに「逃げられないから」という焦燥や諦めの色はない。

あまりにも真意が読めず混乱する周囲を、冷めた瞳で一瞥し「愚かしい」と呟く声。

「否定でもしてほしいか?私とあの醜悪で愚鈍な男の間に関係などなかったと。ああ、だが仲間だのと思われるのは不快だな。他国に戦争をけしかけて領土を広げようだの、権力を得ようだのというアレの夢物語が都合がいいから利用しただけのこと。あの低能ももう少しは使えるかと思ったのだが……小賢しい連中の 所為(せい) でことごとく上手くいかぬ」

チラリと投げ掛けられた視線と共に、形のいい唇からはチッと苛立たし気な舌打ちが洩れた。

「…………何故……」

苦悩に満ちた国王の声音に藍の瞳が苛烈さを帯びる。

「何故?それは何に対する問いだ?」

「全てにだっ!!何故、国を裏切ったっ?!何故、そんなことをしたっ?!理由が、なにか理由があったのだろう?そうでなければ何故戻った?」

震える手で壊れそうな程にひじ掛けを強く握りしめ国王が叫ぶ。その言葉をうけたサヴィアスは嘲りを隠しもせず哄笑を上げた。

「裏切り?笑わせる。それは貴様らの勝手な期待だろう?正妻の長子というだけで生まれた時からすべてが約束されていた貴様になにがわかるっ?!私は一度としてこの国を愛したことなどない。ずっと憎み疎んでいたさ。こんな国、滅んでしまえばいいっ!!それが理由だ!!」

『何故っ……』

聴こえた声に眉を 顰(ひそ) める。

肩で息をしながら「満足か?」とせせら嗤う姿と裏腹に、悲痛さえ感じる心の声は奇しくも国王が奴に向けたのと同じものだった。

だけど王の問いと違い、それは一体何に向けられたものなのか。

「……もう一つ、問いがあったな。私が戻った理由だったか?簡単なことだ。準備が整ったから戻って来た、それだけのこと。愚鈍な駒どもを始末したのも、姿をくらませたのもやるべきことがあったからだ。だがそれも済んだ」

「……準備?」

「明後日、同盟国ジュエラルを魔獣の大群が襲う」

「「「なっ?!!」」」

「残念ながらこれは与太話などではない。歴然たる事実だ」

サヴィアスは言い聞かせるようにゆっくりと広間の人間を見渡した。

玉座のある正面へ、背後に控える兵へ、広間に集まる上層部や一部の王族たちへ、そしてジュエラルの使節団へと向けられた視線がぴたりとあった。

止まった視線はまっすぐに俺を見ていた。黄金の星屑のような燐光が瞬く藍色の瞳から視線を逸らせない。魅入られたようにぼんやりとその瞬きに囚われている最中、不意に霞んだ思考がクリアになった。

遮るように半歩前に出たリフの背に庇われる。

「…っまさかっ!サヴィアス様っ!!」

息を飲む音、そして焦りを含んだ声の方向を見れば……シェヘラザードさんが瞳を見開き一歩前に出た。

だがそれより早く再び背を向けたサヴィアスの視線の先、国王陛下の座す玉座へ向かい走り出す兵の姿があった。

ガキンっ!と刃物同士がぶつかる音。

突如、国王へ向かって走り出した兵が剣を振り上げ、国王の護衛がその刃を弾きつつ男を吹き飛ばす。玉座から立ち上がった国王へ駆け寄る護衛に、数人がかりで取り押さえられる男。

凶行に走った若い兵は組み敷かれた状態で忙しなく周囲を見渡す。

「あっ……あ」と短い声を漏らすその姿はまるで夢から 醒(さ) めたようで……。

「ただの座興だ。本気で危害を加えようなど思っていない。元よりそ奴では役者不足だろうしな」

低く、だけど通りのよいその声に、サヴィアスの背後に控えた二人の兵が反射的に彼を押さえつけた。

「魔術を……使いましたね?」

固い声音で問いかけるシェヘラザードさんの言葉に唇が弧を描いた。

「人を操るのは難しくてな。今みたいに“ 王(マリク) を襲え”などと特定の動作を行わせるだけならともかく、人ひとりを思い通りに操ろうとすると中々上手くいかぬ。思うように動かすのならまずは精神面に負荷をかけるのが有効だ。例えば悪夢を与えて不安や疑心、恐怖を呼び覚まさせたりだとか。 王(マリク) も覚えがおありでしょう?」

膝をつかされ後ろ手をつかまれたまま顔をあげたサヴィアスがニヤリと笑う。

「カイザー殿やあの幼子にも試したが、どうやら彼らは暗示がかかりにくいようだ。特にカイザー殿にはかなり強烈に重ね掛けしたこともあり、途中までは上手くいくかと思ったのだが……こんなことなら正妃様方を狙うべきだったか」

視線だけでチラリとこちらを見た彼から腕でアイリーンを庇う。

……てか待って。

めっちゃ大混乱中なんですけど!!

暗示ってさっきの?……でも会話の流れ的にそれだけじゃねぇよな。この場にいないマオにもかけたって言ってんだから。

悪夢って……どう考えてもアレだよな?

いや、夢の内容自体は懐かしい想い出で悪夢じゃないけど、俺の精神を揺さぶりまくってた過去の夢。

そういえば、サヴィアスは言っていた。

『どのような悪夢を?』

悪夢を見たとは一言も言ってないのに。

あの頃、リフにも何度か「あまりお眠りになれませんでしたか?」と問われたし、不調自体はガーネストたちも感じていたみたいだ。だけど夢見が原因だなんて気づかれていなかった。

俺自身も「寝つきがよくない」とは口にしたけど……その原因が夢の所為だと、アイツの問いは確信してた。

それに……一時期やたらと眠そうにしてはその眠気に抗おうとしてたマオ。

よくよく思い出せばサヴィアスと会った日の前後な気もする。

衝撃的事実にサァッと蒼褪める。

そしてリフの背中から感じる怒気がヤバい。護衛として立ち会ってたハンゾーからも隠しきれない殺気が迸っている。

「ジュエラルで起こった魔獣の売買。魔獣といえども獣。獣に帰巣本能が備わっていることはご存じでしょう?親兄弟を殺され、人間に攫われた魔獣。力の弱い赤子の頃に隷属の契約を結び、私が育て悪夢を 育(はぐく) んだ力ある個体たち。充分に育ったとはいえ一度結んだ隷属はそう簡単には解けぬ。

力ある個体は他の個体を従わせることができる。本能的な畏怖をもって、もしくは私と同じように暗示などを使って。人間に憎しみを抱く魔獣どもは、他を従えながら本能が覚えてる地へと向かう。スタンピードだ」

ジュエラルを魔獣の大群が襲う、その言葉の意味に 戦慄(せんりつ) が走る。

「方々で群れを増やした魔獣どもは、かつてアンジェスのあった大地を突っ切り明後日にはジュエラルと辿り着くだろう。もはや止められまい!さすがにジュエラルを滅ぼすには至らぬだろうが、戦争は必至!!さぁどうする?!無能な 王(マリク) よっ!!」

「なんということを……」

呆然とした王の声が響いた直後。

振り下ろされた槍がサヴィアスの腹を貫いていた。

信じられないように目を見開いたのは、貫かれたサヴィアスでなく槍を手にしていた兵の方だった。飛び散った血に慄き、尻餅をついた兵は恐怖に引き攣った顔で自らの両手と彼の顔とを見比べている。

「サヴィアスっ!!」

「サヴィアス様っ!!」

叫んだ王が護衛に阻まれ、周囲の兵たちが集まるその前に、身体を貫通する槍を掴んだサヴィアスが自らの傷を抉った。ゴプリ、と血の塊が床を染める。

「私は一足先に退場し高みの見物と致しましょう」

燐光を宿した瞳が、ゆっくりと閉じられていく。

「地獄でお待ちしております、兄上」

それが、サヴィアスの最後の言葉だった。