作品タイトル不明
鐘の音は波乱の年の始まりを告げる
ハッピーバースデー!!
テンション高くハッピーバースデー!!とか言ってみたけど(心の中で)、実際は慌ただしく動き回る使用人たちの姿に嬉しさよりも申し訳なさが半端ない。
何故(なぜ) 申し訳ないかといえば……本日、つまり俺の誕生日でもある12月31日が一年最後の日だからである。
新年の準備になにかと忙しい時期、誕生日のお祝い準備もしてくれている使用人たちは毎年フル稼働だ。
ちなみに、貴族的な誕生日パーティーは既に前倒しで開催済みです。
ただ前倒したらクリスマスや前世でいう忘年会イベント的な集まりに被り、遅らせれば新年の祝賀イベントに被り、当日に行おうものなら誕生日パーティーに参加する為だけに領地への帰省を延ばすお家があったりと……わりとはた迷惑極まりない誕生日だったりします。
今年は爵位も正式にガーネストが継いで肩書もなくなったし「やんなくていいんじゃねぇ?」的な提案したけど、弟妹・使用人たちに全力却下された。そして当日の本日も内輪のお祝いを開催してくれます。
嬉しい、嬉しいんだけど……それを上回る申し訳なさ。
「カイザー兄上、お誕生日おめでとうございます」
「おめでとうございます!お兄様」
「おめでとーございますー」
心からの笑顔と共に誕生を寿いでくれる可愛い弟と妹。
誕生日というものを正確に理解しているかは不明だが、二人を真似るように祝いを紡いでくれるマオ。
多忙な時期に手を煩わせてるにも関わらず、それを欠片も 厭(いと) う気配も見せずに心からの言葉を贈ってくれる使用人達。
いい年して誕生日会にはさほど興味がないけど、慕わしい人たちが存在を寿いでくれるのは素直に嬉しく、「有難う」とそう返す言葉にはありったけの感謝を込める。
トーマスらシェフ渾身のディナーに 舌鼓(したつづみ) を打ち、プレゼントを受け取る。
そしてそのまま夜更かしして年明けを迎えるのが最近の恒例だ。と、いうのも年が変わるその瞬間、聖堂では鐘が鳴らされる。日本で言うなら除夜の鐘?
幼い頃は毎回待ちきれずに寝入ってしまっていたベアトリクスたち。だが大きくなった彼女たちが一緒にその鐘を聞きたがるからだ。
ちなみにマオは俺の膝を枕に夢の中。
義母は共に鐘を待つ時も、部屋へ戻る時もあるのだが……今年はどうやら後者のようだ。
椅子に手を掛け席を立った義母と挨拶を交わす。 所謂(いわゆる) 、「今年もお世話になりました、来年も宜しくね(意訳)」的なのと就寝の挨拶。
儀礼的な挨拶が終わっても、 何故(なぜ) か視線を 彷徨(さまよ) わせた義母は俺の前から動かない。いつもなら義務は果たしたとばかりにさっさと去るのに……。
無言で見つめられつつ「まだなにか?」とか問いかけることも出来ず固まる。既に挨拶を終えていたガーネストたちも不思議そうにこちらを見ている。
幾度か唇を震わせた義母がきっと俺を睨んだ。
えっ?なんで?!
俺なんかした?と内心で焦っていると早口で言葉が紡がれた。
「お誕生日おめでとう……」
小さく言い捨てるような言葉に、思わず「えっ?」と声が漏れれば、きっとした瞳が強くなる。
「なによ?」
何故(なぜ) か 喧嘩腰(けんかごし) な相手に「あ、ありがとうございます?」とやや疑問形になりつつ答えれば、整った顔はふいっと横を向き「もう寝ます」と速足で部屋を出ていった。
去り際、ガーネストたちに「あまり夜更かしはしないように」と母親らしい言葉を、やはり早口で紡いで足早に去って行くその顔と耳は赤くて……。デジャヴを感じた。
パタンと閉まった扉を眺め……ガーネストと顔を見合わせたベアトリクスが数秒後、クスクスと笑いだした。その表情はどこか嬉しそうだ。
「お母様が、公の場以外でお兄様にお祝いの言葉をかけるのはじめてみました」
「……だね」
「なんていうか……母上は少しだけカイザー兄上への当たりが柔らかくなりましたね」
呟くように零すガーネストは安心したような、困惑したような声音だった。
今までの対応を思い出してか、窺うようにこちらに視線を寄越す彼の頭を気にしてないよと伝える代わりにぽんぽんと叩く。実際気にしてないし。
「義母上も安心したんじゃないかな?息子も娘も立派に成長して、きっと心に余裕が出てきたんだよ」
無事ガーネストが爵位を継いだことも大きいと思う。ガーネストの誕生日の夜のニアミス事件から義母の態度は少しずつだけど変わった気がする。
ガーネストの言うような“当たりが柔らかく”という表現よりも、俺的には“ツンデレ”って言葉がしっくりくるけど。
「あと……」
視線を落とし、すやすや眠るマオのほっぺを起こさない程度にツンと突いた。
「マオのお蔭も大きいかな?」
確執?なにそれ?美味しいの??状態の素直で無邪気な我が家のアイドルは、その可愛さで皆を 虜(とりこ) にしている。そしてそれは義母も例外でない。
そんなマオが緩和剤になることによって、自然と以前よりも交流や会話の機会が増えたのも一因だと思う。つまり可愛いは偉大!!
鐘の音を聞いて新年を祝い、就寝の挨拶をしてから部屋へと引き上げた。時計を見ればいい時間だが……ベッドではなく窓辺へと向かった。
自室の一角、出窓のようなスペースは密かなお気に入り。人一人が腰掛けれるそこは、眺めもよく静かに本を読むのにも酒を傾けるのにも適したスペースだ。
行儀が悪い?自室だからいいんだよ。
開いたカーテンの向こうに見えるのは煌めく星々。
月は見えない。今日は新月のようだ。
目が冴えてしまって眠る気にはなれなかった。闇に輝く星を眺めながら手の中のロックグラスを傾ける。カラン、と氷の硬質な音が鳴った。
近頃、少し酒量が増しているのは自覚している。杯数はそれ程ではないが、こうして周りが寝静まった後で一人グラスを傾けながら物思いに 耽(ふけ) ることが増えた。
浮かぶのはとりとめのない疑問や考察、そして漠然とした不安や恐れ。
今年はきっと 怒涛(どとう) の一年となるだろう。
乙女ゲームのメインストーリーであるジャウハラとの 軋轢(あつれき) 、それが 顕著(けんちょ) になるのは春ごろから。
冬が明け、春が訪れても作物は不作のまま。続く日照りも流行り病の発生に一役買っているのかもしれない。そしてそこへ人の悪意が絡みつき、事態は急激に加速する。
作物の不作と流行り病、頻発する傷害事件にそこから発展する国同士の不協和音……。
皇太后様が転生者なこともあって、国としても他国への緊急時の食糧支援を行える蓄えや薬師の確保など裏で手を打ってくれているし、現在は国交も友好的だ。
だが実際に傷害事件が起こって、国の関係そのものが悪化してしまえば状況は一気に揺らぐ恐れもある。
流行り病の種類や治療法も、傷害事件が起こる詳しい場所も正確な情報が一切ないのがもどかしい。
起こり得る未来を知っているからこそ出来ることがあって、それを知っているからこその焦燥と不安が胸を焼く。
現在の状況は良好だ。ヒロイン・攻略対象者含め関係は良好だし、ジストルートの魔獣の問題だって改善はしている筈。仮面舞踏会で関係者の一斉捕縛はしたし、宝石のレプリカの件だって国が取り締まりを強化している。
だけど……全ての問題が解決出来たわけではない。
それに____________。
胸を渦巻く不安の最大の要因。
それは、ハンゾーに見せられたあの文字だった。
“ CLONE(クローン) ”
同一の起源を持ち、なおかつ均一な遺伝情報を持つ存在。
前世の映画や漫画ではよく目にしたことのある、だけど現実に意識したこともなかったその言葉。
動物では既に成功しており、ヒトではまだ成功していないと考えるのが一般的だが既に成功しているという話や技術的には可能だという話も耳にしたことがある。
そしてその単語があの場にあった意味……考え得ることは一つだけだ。
滅多に生まれることのない男児。
皇子の存在を渇望する連中。
奴らは、生み出そうとしていたのだろうか。その手で“皇子”の存在を。
それとも、それはもう存在している________?
この世界に多く存在する“転生者”。
ソラのようにゲームの存在を知らない者もいれば、俺達のようにゲームの粗筋を知っている者もいるだろう。
もうゲームの粗筋を知っているからと安心なんて出来ない。俺らが関わったことにより既にゲームの粗筋を逸れてしまっている部分だってある。これからはなにが起こっても可笑しくない。気を引き締めなければならない。
「絶対、守り抜いてみせる……」
敢(あ) えて決意を言葉に出して小さく呟いた。
「……カイザーしゃま?」
聞こえた掠れた声に、闇を睨みつけるように上げていた視線を戻す。
声は目元をこしこしと擦りながらこちらへと歩み寄ってくるマオのもので、とろんとした瞳にはまだ存分に眠気が残っている。
「マオ、どうした?」
「起きたら、カイザー様いないから」
声を掛ければむぅっと僅かにとがらせた唇が不満を訴える。どうやら目を覚まして、隣に俺が居ないから探して起き出してきたようだ。
両手を上げて「抱っこ」のポーズをとるマオを抱き上げ膝に乗せる。
うん、抱っこ癖……。俺が甘やかしてるからだよね、知ってる。
反省しつつも甘やかしてしまうのは条件反射だ。ガーネストたちの時も散々マーサに注意された。
お膝の上でもぞもぞと収まりのいい位置を探していたマオの顔が窓へ向く。
「お月さま、ないねぇ」
月がない星空を見上げ、こてりと重たげな頭が傾く。
「今日は新月だから」
「新月?」
「お月様が見えない日」
ふーん、と返したマオがじっとこちらを見上げ、もみじのようなちっちゃな両手でぺたりと俺の頬を挟んだ。
「あったっ」
にっぱりと浮かぶ満面の笑み。
「きれーな2つのお月さま」
嬉しそうな、満面の笑みを浮かべる金緑色の瞳に映っているのは俺の黄金の瞳で。
「私の 瞳(め) はお月様なのかい?」
「うんっ。マオの一番大好きなお月さま」
くすくすと笑いながら問いかければ、同じように笑みが返された。
寝起きぽかぽかで温かい、だけど先程よりほんの少しだけ体温を下げた身体を抱き上げる。「もう寝ようか?」と口にしながらグラスをテーブルへ戻し、片手でマオを抱えながら雑にカーテンを引いた。
「おやすみ」
「おやすみにゃさい」
早くも語尾が怪しくなってる幼子の背をポンポンと叩き、毛布を引き上げて瞳を閉じる。
だから俺は知らなかった。
瞳を閉じた後、先に瞼を落とした筈の幼子の瞼がゆっくりと開かれたことを。
光が反射して金を帯びたように見える緑がかった金緑色の瞳が、なんの感情も孕まぬ無機質な瞳で……カーテンの 隙間(すきま) から見える月のない空をただじっと見上げていたことを。
それはか細い三日月が浮かぶ夜。
闇にぽつりと、今にも消えてしまいそうな、僅かな爪痕のように灯る月が輝いていた。
投げ掛ける光は闇を照らすにはあまりにも心許なくて。吹き抜ける冷たい風と夜の暗さに少女は肩を震わせた。
華やかな空間に賑やかな音楽。
それらを背に、こんな場所に独り居ることに苛立ちが募る。
「……っ!」
握った扇が僅かに軋んだ。
引き結ばれた唇も、眉間に刻まれた皺も吊り上がった瞳も、この暗闇でなければ隠せない。
苛立ちを逃がすように大きく息を吐いても、そんなことは少しも役に立たない。だけど冷えた夜風は強制的に頭も身体も冷やしていく。もう戻ろうか、背を返そうとしたところで声が掛かった。
「こんばんは、レディ」
気障(キザ) ったらしい声は知らない声だった。声の主の顔も同様に見覚えはない。
悪くない顔だけど華やかさに欠けるわね、そんな 辛辣(しんらつ) な評価を下しつつ令嬢の仮面を取り繕う。
馴れ馴れしく話しかけてくる年上の男。
相槌を打つのも面倒臭くなって、なによりここは寒くて……適当に切り上げようかと思ったところで男が意味深な笑みを浮かべた。
「そうだ、知っていますか?」
そして、耳元で 囁(ささや) かれた言葉。
「え?」
ぽかんと見上げた先で男が笑う。
「確かですよ」
ゆっくりと、男が囁いた言葉が脳へ廻った。
幾つかの言葉を重ね、去って行ったその背をぼんやりと追う。
否、その姿は瞳に映っていたけれど、意識はもうそこにはなかった。
男の言葉が頭に響く。何度も、何度も。
「そう、そうなの」
漏れた声は、歪んだ喜悦を孕んでいた。
ニィィと三日月のように吊り上がった唇と弓なりに弧を描く瞳。
そのすべてを、今にも消えそうな爪痕のような三日月だけが見下ろしていた。