軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十三話 まずは塵を捨てる

愛知郡代官所。

広間に東西南北を預かる四人の代官が並んでいた。

その顔には揃って緊張と不満が浮かんでいる。

原因は明白だった。

上座。

そこに座っているのは――

郡代・芋粥弥八郎秀政のみではない。

千種屋松兵衛。

そして、その隣に――お悠。

商人とその娘だ。

代官たちにとっては“支配してきた側”の人間である。

露骨な不快感が空気に滲む。

秀政はそれを一瞥しただけで口を開いた。

「何か不服でもあるのか?」

代官たちが息を呑む。

「この二人は俺の家老だ」

静かな声だった。

「異論があるなら、今ここで申せ」

一瞬の沈黙。

「……い、いえ、そのようなことは」

誰かが慌てて頭を下げる。

「よい。では始める」

秀政は興味を失ったように視線を外した。

「勘定奉行 山下彦五郎」

一人の男が背筋を伸ばす。

「はっ」

「今までの帳票をすべて――

お悠に確認させた」

男の顔色がはっきりと変わった。

「……それでだ」

秀政は淡々と言う。

「お前は明日から出仕する必要はない」

「な……なぜでございますか!?」

声が裏返る。

「説明するのも面倒だ」

秀政は冷たく言い切った。

「お前の仕事は確認した。

そして不要と判断したからだ」

山下を睨みつける。

「 塵(ごみ) は捨てる。

これ以上の説明が必要か?」

「……っ」

「部外者をつまみ出せ。

細かい詮議は後でする。牢に突っ込んでおけ」

兵が動く。

「な、なにを――!

待て!待てぇ!!」

叫び声を無視し、山下彦五郎は引きずり出された。

「勘定奉行の後任は――」

秀政はちらりとお悠を見る。

「お悠が引き継ぐ」

そのままお悠が平伏した。

代官たちの背中に冷たい汗が流れた。

(あの男は多額の着服をしていた。

お悠の方がよほど正確で誠実だ)

お悠を見つめているとお悠が頭をあげ、

優しく微笑み返した。

(それに――

これから俺自身が“不正をやる”以上、

勘定は信用できる身内でなければならん)

「なお、副郡代の地位を新設する」

代官たちは嫌な予感が脳裏をよぎる。

「 郡奉行(こおりぶぎょう) とする。

これには――」

秀政ははっきり言った。

「千種屋松兵衛を当てる」

代官たちの顔が歪む。

商人、それはこれまで彼らが“搾り取ってきた側”の者だ。

それが自分たちを束ねる立場になる。

「さて」

秀政は机に手を置いた。

「今までの状況の引継ぎを兼ねて、

書付にまとめてこいと命じたが、持ってきたか?」

代官たちの表情が一斉に揺らぐ。

資料はある。

だが――内容は浅い。

過去の郡代にも提出を求められてきたが、それは形式に過ぎない。

使途不明金。

怪しい金の流れ。

寺社や商人との癒着。

それを隠しきれていない。

今までの郡代は、代官たちの背後にいる柴田や佐久間を恐れ、

好き放題させていた。

だが――

(俺は違うぞ)

愛知郡は信長直轄だ。

銭の力で言えば、譜代と互角――いや、それ以上。

秀政には譜代に憚る理由がなかった。

「……も、申し訳ありません」

一人が口を開く。

「どうやら失念して持ち忘れたようで……」

「良い」

秀政は即座に遮った。

「今、持ち寄っていない者はここで解任だ」

「な……!?」

「なぜ、下の者の都合で上の者が待たされねばならん?

それが分からぬような無能は願い下げだ」

秀政の表情はそれが本気であることを代官たちに伝えている。

「あ、い、いえ!

こちらに……持ってきておりました!」

慌てて差し出される書付を松兵衛が受け取り、

一つ一つ丁寧に目を走らせる。

気になる点に墨を入れる。

また入れる。

全てを確認し終えた後、秀政に差し出した。

それを一通り確認した後、秀政は代官たちを見渡した。

信長に似た冷たい目だった。

「……酷いな」

たった一言。

それだけで空気が凍りつく。

「お前たちは解任だ。

今、この場で」

「「え?」」

代官たちが一斉に信じられないといった顔をする。

「二刻の内に私物を運び出せ。

二刻を過ぎても残るものは――」

再び冷たい目で睨みつける。

「すべて接収して捨てる」

「む、無体な!?なぜ、急に……!」

秀政は書付を放った。

「これだ」

扇で書付を激しく叩く。

大きな音がなる度に恐怖で代官たちが肩をすくめる。

「この仕事でよく代官を名乗れたな?」

墨だらけの報告書。

「それほど不満があるなら、これを信長様に持っていって、

判断していただいても良いぞ?」

代官たちは口を噤んだ。

こんなものを信長に見られれば――

打首に決まっている。

「二刻では到底運び出せませぬ!」

泣きわめく代官たちに向けて、秀政は表情一つ変えない。

「なら必要な物を優先して持て」

秀政は冷ややかに言った。

「俺ならこの時間すら惜しいがな」

本気だ。

それが全員に伝わった。

「くそ……!

我らの後ろには柴田様や佐久間様がおわすぞ!」

「今さら脅しか?」

秀政は鼻で笑った。

「なら明日にでも、お二方を連れて来るがいい」

一切、恐れていない。

「――早く行った方がいいぞ?」

淡々と続ける。

「残した荷が、お前たちや、その柴田様の首を絞めるやもしれんぞ?」

代官たちは飛び上がり、言葉もなく駆け出した。

広間に残ったのは、秀政、松兵衛、お悠の三人。

「……これでいい」

秀政は静かに言った。

「まずは――塵を捨てる。

義父殿、押さえてあるか?」

「はい、あの者らがここにいる間に、

悪事の証拠は先に押さえさせました」

「よし。

二刻後、それを証拠に問答無用で奴らを全員投獄しろ。

私財は全て没収し、郡の予算に回せ」

「はい」

(悪く思うなよ。

こうなる覚悟をした上で悪事を行うか。

あるいは、もっと上手くやることだ)

郡代の仕事はようやく始まったばかりだった。