軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百三十九話 仏罰、二百七十発

三ヶ月後。

大砲の準備・弾薬の調達は思いのほか苦戦した。

千種屋の総力をもってしても入手は難しく、

それを秘密裏に集められたのは、

松之助の才覚と努力あればこそだった。

またジョアンによる大砲訓練も必要で、

予定よりも一ヶ月遅れの出陣となった。

芋粥軍八千は、大和へと入った。

今回は本気で大和を取りに行く。

だが秀政にとって、

この初戦は大砲によるデモンストレーションであった。

一夜で筒井を打ち破って、戦意を打ち砕くつもりであり、

本気で兵同士がぶつかるとは思っていない。

大砲の存在は隠す必要があるため、

それを守るための精鋭と、

兵力で押し切ると見せるための、

動員兵が必要だった。

どうせ戦わないのであれば、

農兵で満たす方が安上がりだ。

その内訳は――。

兵農分離した常備兵二千。

赤備えにも立ち向かう、芋粥自慢の精鋭である。

そして動員農兵四千五百。

兵站・工兵・築城・荷駄要員も兼ねる。

伊勢国人兵力千五百。

この大軍は福住城を目指す。

表向きは、ただの進軍。

だがその実態は違う。

荷馬に紛れて運ばれるのは、九門の南蛮大筒。

火薬、鉄球、そして鬼の面。

すべては、たった一夜のためだった。

福住城の南。

芋粥軍本隊は、堂々と陣を敷いた。

旗を立て、兵を見せ、土煙を上げる。

『福住を攻める』

誰の目にもそう映る。

筒井の物見も、それを見て取った。

「芋粥、福住城に攻め寄せたり」

その報は、すぐに筒井城へ届く。

だが、城中は落ち着いていた。

「福住城か」

「千の援軍を送りこめ」

「福住城であればすぐには落ちん。

その間に本願寺の援軍が押し寄せて、

形勢は逆転する」

誰もがそう判断した。

本城は安全。

福住は外郭。

その認識は、揺るがない。

――その時までは。

日が落ちる。

闇が、大和を覆う。

その瞬間。

鷺山が動いた。

三百の青鬼兵。

二百の工兵。

そして九門の南蛮大砲。

灯りは最小限。

声もなく進む。

山陰を縫い、谷を越え、林を抜ける。

やがて。

筒井城の目前。

矢の届かぬ距離で、止まった。

「配置」

低い命。

工兵が山へ散る。

そして――

ドン……。

太鼓の音が響いた。

それは重く、鈍い。

腹に沈むような音。

ドン……ドン……ドン……。

不規則に鳴り、山々に反響する。

筒井城の兵が顔を上げた。

「……なんだ?」

やがて。

――ォォォォォ……。

唸り声。

人とも獣ともつかぬ声が、闇から滲む。

その時、闇の中に灯りがともる。

揺れる松明、その下に現れる影。

角。

鬼面。

黒一色の兵。

――ォォォォォ……。

唸り声。

彼らは動かない。

ただ、そこにいる。

「……鬼……?」

誰かが呟いた。

その瞬間、声が響いた。

「仏罰である」

低く、底のない声。

「仏を騙り、民を惑わす筒井に――」

別の方向から重なる。

「仏罰を与えん」

さらに。

「地獄の鬼と雷神が――」

そして一斉に。

「罪人を戒めん!」

その声が、山に反響した。

直後、――閃光が走る。

ドォン!!

雷鳴のような轟音と共に、

城門が吹き飛んだ。

「――!?」

誰もが息を呑む。

間を置かず、第二射。

ドォン!!

櫓が一撃で砕ける。

第三射。

壁が裂ける。

だが――

そこで終わらない。

三門が退く。

次の三門が前へ出る。

――ドォン!!

――ドォン!!

――ドォン!!

城門も、兵舎も、櫓も、砕け散る。

さらに次。

――ドォン!!

――ドォン!!

――ドォン!!

止まらない。

三門ずつ三交代で撃ち続ける。

間がない。

夜が、鳴り続ける。

音と共に瓦礫を吹き飛ばしながら、

建物が粉砕される。

「な、なんだ……!」

「終わらぬ……!」

兵の叫びをかき消すように、砲撃が続く。

屋根が崩れる。

柱が折れる。

人が吹き飛ぶ。

それでも、止まらない。

「ま、まだ来るのか!?」

来る。

――ドォン!!

――ドォン!!

――ドォン!!

瓦礫が降り注ぐ。

土煙が夜を覆う。

火が上がる。

それでも、まだ……終わらない。

三十発ではない。

五十でもない。

百でもない。

――二百七十発。

同じ場所へ、何度も。

壊れた城に、さらに撃ち込む。

崩れた壁を、さらに砕く。

倒れた建物を、さらに潰す。

やがて、城は「形」を失った。

瓦礫と火の塊。

石と土と木の区別すら、もうつかぬ。

「やめろ……」

誰かが呟く。

だが。

――ドォン!!

途中、三門連射から一門ずつの射撃へ切り替える。

冷却させながら間を開けた射撃にして、

暴発を防止するためだ。

だが、恐怖に駆られる敵兵にはその差は既に分からない。

終わりがない――

誰もが、そう思わされた。

本丸も例外ではない。

無惨にも崩れ落ちた。

その轟音は終わらない。

ただの破壊ではない。

この世の終わりの音だった。

「逃げろ!!」

誰かが叫ぶ。

兵が、城から溢れ出す。

門を破り、壁を越え、転げるように逃げる。

逃げながらも砲撃によって吹き飛ばされる。

――ドォン!!

悲鳴、崩れ落ちる音、

命中し土砂と瓦礫が吹き上がる音。

兵達は混乱を極めた。

だが、青鬼兵は追わない。

ただ、立っている。

それが、さらに恐怖を広げる。

「見逃された……!」

「裁きだ……!」

「仏罰だ……!」

逃げた兵が、口々に叫ぶ。

恐怖は、そのまま外へ流れ出ていく。

筒井順慶は、瓦礫の中を這い出た。

「……なんだ……これは……」

重臣が血を流しながら叫ぶ。

「殿!ここはもう城ではありませぬ!

早くお逃げを!」

背後で、また轟音。

順慶は振り返る。

そこにあったはずの城は――

もう、ない。

――ドォン!!

城だったものが吹き上がる。

土と木が天から降り注ぐ。

「これは地獄か?

……仏罰……か……?」

否定する者はいなかった。

彼らは逃げた。

誇りも、陣形も、命令も捨てて。

ただ、生きるために。

やがて砲撃が止む。

静寂。

鷺山が呟く。

「……終わりだ」

その先にあるのは、

城ではない。

ただの瓦礫にまみれた地面だった。

しばらくして、秀政本隊が到着する。

抵抗はない。

人もいない。

あるのは、瓦礫だけ。

秀政はそれを見渡し、苦笑する。

「我ながら……やりすぎたな」

足元の鉄球を拾う。

「回収できる弾は回収しろ。

埋もれたものは構わん。

そのまま焼け」

兵が動く。

「仏罰の跡は残すな」

「は!」

秀政は空を見上げた。

煙が、まだ漂っている。

「これで終わりだ」

静かに言う。

「筒井は、一夜で死んだ。

一度あの地獄を見た以上、もはや戦えまい」

大和中に逃げた兵の声が、広がっていく。

鬼が出た。

仏罰が落ちた。

雷神が城を砕いた。

その噂は止まらない。

止める者もいない。

それこそが――

芋粥の勝ちだった。