作品タイトル不明
第百三十九話 仏罰、二百七十発
三ヶ月後。
大砲の準備・弾薬の調達は思いのほか苦戦した。
千種屋の総力をもってしても入手は難しく、
それを秘密裏に集められたのは、
松之助の才覚と努力あればこそだった。
またジョアンによる大砲訓練も必要で、
予定よりも一ヶ月遅れの出陣となった。
芋粥軍八千は、大和へと入った。
今回は本気で大和を取りに行く。
だが秀政にとって、
この初戦は大砲によるデモンストレーションであった。
一夜で筒井を打ち破って、戦意を打ち砕くつもりであり、
本気で兵同士がぶつかるとは思っていない。
大砲の存在は隠す必要があるため、
それを守るための精鋭と、
兵力で押し切ると見せるための、
動員兵が必要だった。
どうせ戦わないのであれば、
農兵で満たす方が安上がりだ。
その内訳は――。
兵農分離した常備兵二千。
赤備えにも立ち向かう、芋粥自慢の精鋭である。
そして動員農兵四千五百。
兵站・工兵・築城・荷駄要員も兼ねる。
伊勢国人兵力千五百。
*
この大軍は福住城を目指す。
表向きは、ただの進軍。
だがその実態は違う。
荷馬に紛れて運ばれるのは、九門の南蛮大筒。
火薬、鉄球、そして鬼の面。
すべては、たった一夜のためだった。
*
福住城の南。
芋粥軍本隊は、堂々と陣を敷いた。
旗を立て、兵を見せ、土煙を上げる。
『福住を攻める』
誰の目にもそう映る。
筒井の物見も、それを見て取った。
「芋粥、福住城に攻め寄せたり」
その報は、すぐに筒井城へ届く。
だが、城中は落ち着いていた。
「福住城か」
「千の援軍を送りこめ」
「福住城であればすぐには落ちん。
その間に本願寺の援軍が押し寄せて、
形勢は逆転する」
誰もがそう判断した。
本城は安全。
福住は外郭。
その認識は、揺るがない。
――その時までは。
*
日が落ちる。
闇が、大和を覆う。
その瞬間。
鷺山が動いた。
三百の青鬼兵。
二百の工兵。
そして九門の南蛮大砲。
灯りは最小限。
声もなく進む。
山陰を縫い、谷を越え、林を抜ける。
やがて。
筒井城の目前。
矢の届かぬ距離で、止まった。
「配置」
低い命。
工兵が山へ散る。
そして――
ドン……。
太鼓の音が響いた。
それは重く、鈍い。
腹に沈むような音。
ドン……ドン……ドン……。
不規則に鳴り、山々に反響する。
筒井城の兵が顔を上げた。
「……なんだ?」
やがて。
――ォォォォォ……。
唸り声。
人とも獣ともつかぬ声が、闇から滲む。
その時、闇の中に灯りがともる。
揺れる松明、その下に現れる影。
角。
鬼面。
黒一色の兵。
――ォォォォォ……。
唸り声。
彼らは動かない。
ただ、そこにいる。
「……鬼……?」
誰かが呟いた。
その瞬間、声が響いた。
「仏罰である」
低く、底のない声。
「仏を騙り、民を惑わす筒井に――」
別の方向から重なる。
「仏罰を与えん」
さらに。
「地獄の鬼と雷神が――」
そして一斉に。
「罪人を戒めん!」
その声が、山に反響した。
直後、――閃光が走る。
ドォン!!
雷鳴のような轟音と共に、
城門が吹き飛んだ。
「――!?」
誰もが息を呑む。
間を置かず、第二射。
ドォン!!
櫓が一撃で砕ける。
第三射。
壁が裂ける。
だが――
そこで終わらない。
三門が退く。
次の三門が前へ出る。
――ドォン!!
――ドォン!!
――ドォン!!
城門も、兵舎も、櫓も、砕け散る。
さらに次。
――ドォン!!
――ドォン!!
――ドォン!!
止まらない。
三門ずつ三交代で撃ち続ける。
間がない。
夜が、鳴り続ける。
音と共に瓦礫を吹き飛ばしながら、
建物が粉砕される。
「な、なんだ……!」
「終わらぬ……!」
兵の叫びをかき消すように、砲撃が続く。
屋根が崩れる。
柱が折れる。
人が吹き飛ぶ。
それでも、止まらない。
「ま、まだ来るのか!?」
来る。
――ドォン!!
――ドォン!!
――ドォン!!
瓦礫が降り注ぐ。
土煙が夜を覆う。
火が上がる。
それでも、まだ……終わらない。
三十発ではない。
五十でもない。
百でもない。
――二百七十発。
同じ場所へ、何度も。
壊れた城に、さらに撃ち込む。
崩れた壁を、さらに砕く。
倒れた建物を、さらに潰す。
やがて、城は「形」を失った。
瓦礫と火の塊。
石と土と木の区別すら、もうつかぬ。
「やめろ……」
誰かが呟く。
だが。
――ドォン!!
途中、三門連射から一門ずつの射撃へ切り替える。
冷却させながら間を開けた射撃にして、
暴発を防止するためだ。
だが、恐怖に駆られる敵兵にはその差は既に分からない。
終わりがない――
誰もが、そう思わされた。
本丸も例外ではない。
無惨にも崩れ落ちた。
その轟音は終わらない。
ただの破壊ではない。
この世の終わりの音だった。
*
「逃げろ!!」
誰かが叫ぶ。
兵が、城から溢れ出す。
門を破り、壁を越え、転げるように逃げる。
逃げながらも砲撃によって吹き飛ばされる。
――ドォン!!
悲鳴、崩れ落ちる音、
命中し土砂と瓦礫が吹き上がる音。
兵達は混乱を極めた。
だが、青鬼兵は追わない。
ただ、立っている。
それが、さらに恐怖を広げる。
「見逃された……!」
「裁きだ……!」
「仏罰だ……!」
逃げた兵が、口々に叫ぶ。
恐怖は、そのまま外へ流れ出ていく。
*
筒井順慶は、瓦礫の中を這い出た。
「……なんだ……これは……」
重臣が血を流しながら叫ぶ。
「殿!ここはもう城ではありませぬ!
早くお逃げを!」
背後で、また轟音。
順慶は振り返る。
そこにあったはずの城は――
もう、ない。
――ドォン!!
城だったものが吹き上がる。
土と木が天から降り注ぐ。
「これは地獄か?
……仏罰……か……?」
否定する者はいなかった。
彼らは逃げた。
誇りも、陣形も、命令も捨てて。
ただ、生きるために。
*
やがて砲撃が止む。
静寂。
鷺山が呟く。
「……終わりだ」
その先にあるのは、
城ではない。
ただの瓦礫にまみれた地面だった。
*
しばらくして、秀政本隊が到着する。
抵抗はない。
人もいない。
あるのは、瓦礫だけ。
秀政はそれを見渡し、苦笑する。
「我ながら……やりすぎたな」
足元の鉄球を拾う。
「回収できる弾は回収しろ。
埋もれたものは構わん。
そのまま焼け」
兵が動く。
「仏罰の跡は残すな」
「は!」
秀政は空を見上げた。
煙が、まだ漂っている。
「これで終わりだ」
静かに言う。
「筒井は、一夜で死んだ。
一度あの地獄を見た以上、もはや戦えまい」
*
大和中に逃げた兵の声が、広がっていく。
鬼が出た。
仏罰が落ちた。
雷神が城を砕いた。
その噂は止まらない。
止める者もいない。
それこそが――
芋粥の勝ちだった。