作品タイトル不明
3-10
とある小洒落た酒場で私は煙草を燻らせつつ、これこそが人生だと噛み締めた。
酒だ。列島の米酒。適度に冷やした酒を炙ったイカでキュッと。
故郷から離れた西の地で、しかも内陸の国で。これ以上の贅沢があるだろうか?
いいや、撃鉄・零様の現地配信に当選することを除いたらないだろうね。
「お疲れっすねぇ、パイセン」
「いやぁ、効くなぁ……特に面倒くさいデスクワークのあとだと」
目の前ではありあが、同じく猪口を手にゲソを囓っている。
ここに来たのは彼女の誘いだ。珍しく持ち込み可の店で、友好を深めるためにも一献如何と短波メッセが届いたのである。
そして、AIの補助があっても鬱陶しい書類仕事を倒した私は、丁度良い魂の休息だとばかりにお呼ばれしているのである。
しかし、サシとは思わなかったけれどね。てっきりまたキヨミズ・ゼネラル・セキュリティーの打ち上げかとばかり。
「一人だと大変っすね。少佐……っと、部長が労ってやれと仰ったんで色々貰ってきたんすよ」
「羨ましいねまったく、家は安いウイスキー一本に申請書と判子が三ついるんだぜ。適わんったらないよ」
しかもこっちは、明日到着の新任抱えてひいこら頑張らないといけないのに、向こうは他社の人間まで気遣う上司付だぜ。羨ましいといったらないね。
「しかし、ほんと謎っすね。なんでパイセン、そんな……いやまぁ、言っちゃ失礼っすけど、泡沫の会社にいるんすか?」
「就活がねー、上手く行かなかったのよー……それに尽きるねぇ……」
「いや、軍のコネ使ったらいいじゃないっすか。ウチもそれっすよ?」
「んー、でもさ、大学で四年もシャバに浸かってたヤツが、急に就職先探してくださーいつって訪ねてくの、流石に面の皮厚すぎねぇ?」
自分の顔は現役時代に使われていた海兵隊仕様の外骨格、川鈴重工のType-88B2のような40mmの厚みを――軽妙に動くため、これは軍用規格の最薄だが――持っている訳ではない。
「でもパイセン、予備役の上に挺身章持ちじゃないっすか。フツー誰でも言うこと聞きますよ」
「当たり前のことして褒められたオマケでデカイ面したくないわ」
「ぶっちゃけ機密に関わらないなら聞きたいんすけど、パイセンの英雄譚。銀翼なんて最悪死ぬ状況じゃなきゃ貰えないでしょ」
どうなんですその辺? とお酌されたので、返礼しながら自慢するほどでもないと短く語った。
挺身銀翼章。自衛軍において、我が身を省みぬ行動によって作戦行動を成功に導いた、あるいは大勢の戦友を救った者に渡される勲章であり、その八割は殉職者の帽子に添えられるそうだが、私の場合はシンプルだ。
事前の整備ミスで揚陸用ホバーの制御AIがイカれて、操縦手のリカバリーも間に合わず、あわや河の真ん中に突っ立っていた石柱とぶつかって爆発四散……という所に飛び込んで、船との激突を防いだだけだ。
「いやだけってパイセン……」
「海兵隊なら誰だってやるだろ。自分一人と小隊一つだぞ」
ホバーの縁を掴み、岩肌を蹴って自分を 支(つっか) え棒にする。外骨格は悲鳴を上げたが、それを全てマニュアル動作で黙らせ、全身の人工筋肉をオーバーロードさせて強引に耐えた。船体が無事に通り過ぎるまでの数秒を、川鈴の設計者達の心血が注がれた外骨格が稼いでくれただけである。
言っちゃなんだが、私がやらなくても誰かがやったろう。それに、英雄的な働きは、あの状態から私をぺちゃんこにせずホバーの制御を取り戻した操舵士にだってある。
まぁ、水底に沈んだ後、増水した河の勢いで海まで持って行かれたから、死を覚悟したけどね。
筐体全体に凄まじい圧が懸かったのもあって微妙に浸水していたし、水中活動用の酸素は濾過システムでも三日しか保たない。オマケに挟まり具合が悪かったのか、救難信号も飛ばせなかったから、遭難五日目に見つかったのはマジで運が良かった。
「え、えぇ……マジで〝持って〟ますねパイセン。ってか、五日ってどうやって保たせたんすか。ハチハチって三日っすよ酸素」
「ふかーく、心拍数が落ちるようにずっと瞑想してた」
「……メンタル鋼でできてんすか」
「いや? 新兵の時に怒鳴られた時は普通に怖かったし、便所で泣いたこともあるぞ」
何か奇妙な、それこそ化物を見るような目で見られたので心外なと眇めに睨むと、こちらこそだと言わんばかりにアリアは頭を振った。
「で? 特野章と偵特もってて、月下凪海で、選抜射手の、挺身銀翼章が名前も聞いたことない泡沫企業で、旧型の面倒見つつ安酒に判子三つ? それパイセンの部隊が聞いたらC7持ち出して、御社を物理的に消滅させにいっちゃいますよ」
「そいつぁ困るな。妹達の学費を稼がにゃならんのに再就職は御免だぜ」
そりゃ弊社はホワイトじゃないけど、給料は出てるんだし、物理的に発破されちゃ困るわ。支払いが止まったらどうしてくれる。大学生と高校生の妹達の学費が滞るだろうが。小遣いやお年玉の一つも渡せない兄貴にはなりたくないぞ
「しかし、妙っすねぇ……パイセンくらいメンコ持ってたら、どっか拾うでしょうに」
「だから拾われたじゃん」
「いやそーじゃなくて、大手が! 一等陸曹でそんだけの経験があったら、新部署立ち上げしたっていいくらいっすよ!」
そうかなぁ? と首を傾げてみる。書類選考時点で弾かれたことも多いし、面接まで行っても担当官達は渋い顔をしてコソコソと端末でやりとりをしていたからなぁ。
あれだ、社会人になった今だから分かるよ。社内政治ってやつだ。
あとは、地上で戦うのが専門のダンジョンPMCに半魚人が来たって、そりゃ微妙な顔をされもするだろうさ。
「じゃあウチは何なんすか」
「うーん……もっと多角化する時のためとか? ほら、海沿いには半分浸水したダンジョンもあるっていうし」
「その理屈が通るならパイセンだって大手入ってるっしょ」
ん? ああ、そういやそうか。じゃあ私、なんで弾かれたんだろな。
「面接ん時のスーツ? いやでもちゃんとリクルート買ったし……床屋も行ったし、臭いがするモンも直前に食べてないぞ。あ、履歴書が手書きじゃなかったから!?」
パチンと指を弾いてみせれば、またありあは呆れたように頭を振った。
「それくらいでパイセン弾いたら、家の人事、少……部長に鉛玉ブチ込まれますよ」
「えー? じゃあ何だと思う?」
「軍が手ぇ回したとか? 帰って来ると思って」
「それなら面倒なことせず広報官事務所から連絡来るでしょ。あ、いや、何回か来てたな……」
復帰の誘いは度々あった。予備役兵の定期訓練の時、軍広報事務所から正式に打診されることもあったし、当時の上官や同期、部下から貴方がいない小隊は寂しいとまでメッセージが来たこともある。
ただ、その度に私は誠心誠意、やりたいことがあるのだと断った。言葉を選んだし、皆、最後には応援してくれたものだ。
「んー……謎っすね。あ、パイセン、もしかしてあれじゃないですか? ほら、現役時代に上官誑し込んだりしてません?」
「んなおっかないことするか!!」
その発言に私は思わず身震いした。
「お前ウチの中隊長の怖さを知らんな!? あの人にはよくしてもらったが、正直私は鍛造されてる刀の気分だった!」
「あーと、パイセンとウチの年齢から逆算するとー……あ! 今の第一大隊長じゃないっすか、それ! 中佐に昇進なさってますよ!」
え、マジ? なにそれ聞いてない。あ、そか、私西方で私物の端末使えないから、国内からのメッセあんまり届かないんだった。
懐かしいな、半魚人の中でも恐れられた女傑。通称〝ローレライのレイサ〟こと三笠山・玲冴少佐……ああ、今は中佐か。
第一連隊A中隊は特種工作任務も多いから、大尉じゃなくて少佐が中隊長だったんだよな。私が大学行って、ダンジョン潜ってる間に昇進なさっているとは。
こりゃあの人、下手すると軍大学入って将官コースあるんじゃないか?
「……センパーファイ!」
「センパーファイ! って、パイセン、なんでイッキ!?」
過去のトラウマを追っ払うためだ! 鬼のシゴキを記憶から追い出すべく、私は徳利をそのまま一気に呑み乾すのだった…………。