軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3-9

小さな軋みを上げて開いた宝石箱の中身を見て、セレスティアは思わず目を剥いた。

内容物を傷付けないようベルベッドに包まれた、一抱えほどもある宝石箱の中には、大粒で純度の高い世界晶が詰まっており、青々と幻想的な光を放っていた。

その上、覆いを被せたジュエリーディスプレイが都合三つ、お行儀良く従僕が持つ盆の上に並んでいる。

「どうですか従姉様」

「……想像以上で驚いているよ」

つまみ上げた世界晶は、単純な大きさ基準であれば、三等級ほどであろうか。しかし、純度が高く内容物の濁りもなくて、ひび割れも見えない。使われる道具の関係もあって、最も需要が高い等級の高品質品は、下手な上級品よりも良い扱いを受ける。

俗説ではあるが、殺し方が綺麗であればあるほど、世界晶の痛みは少ないとされるが、これが真だとするならば、セレスティアの仲間達は相当な戦巧者揃いなのであろう。

「他にも色々持って帰ってきたね」

最近輸入されたタイプライターより――一部企業が需要を見出して製造した――画一的な文字が刻まれた、電算機によって作られた目録には中々に凄まじい内容が並んでいる。

「ああ、これはいい。計画がなければ私が欲しいくらいだよ」

綺麗なダイアウルフの革が四十と余枚。

その内一枚は、体高3m近い白銀の個体であり、列島性のナノマシン触媒を用いたなめし剤を使った恩恵によって、熟練の職人が数ヶ月をかけたような品質であるという。

添付されている写真は見事の一言であり、これで外套を作れるならば荘園の数個を質に入れたがる王侯貴族がいくらでもいるだろう。

「これも悪くないな。生鮮食品だけあって流通ルートが簡単に分かる」

更にヒッポグリフの卵がきちんと低温保管で三つ。これは海外産の食べ物にあまり興味を示さない列島人ではあるが、珍しく向こうの価値観でも〝奇食ではなく美食〟にあたるそうなので良い値が付こう。

「それに、この尾羽。最高品質の工房に卸したのであれば足跡を掴むのは簡単だ。仮に迂回路を作っていたとしてもあっと言う間だろうね」

また、グリフィンの綺麗な尾羽というのも価値がある。列島外商部が贈答品の定番として好む羽ペンの軸で需要が幾らでもあり、特に乱暴に干渉式で叩き落とした痕跡がないのがいい。

そしてドラゴンほどではないが、ワイバーンの臓物や血液が四体分。これは真面に売り捌けば貴族位を〝買う〟ことさえ難しくないものであり、十分な劇物だ。

あと二回か三回か仕事を回さないといけないかと想定していたセレスティアであるが、頭の中の計算尺を高度に動かした結果、これだけで十分だろうと判断する。

少なくとも、今の目録にある品を防人組が朱印貿易に流し、そこから市場に卸して大金をせしめたとあれば、帳簿のズレから補助金の不正受給は容易く明るみに出て、会社を吹き飛ばすくらい容易い。

それに、朱印貿易は更にタナカを通じて探らせていたのだが、どうにも〝裏取引〟や〝迂回取引〟の兆候があるそうだ。本来は大量の租税が発生するはずの売買を、伝手を使って裏ルートで販売している流れが見られた。

更には、高額品が簡単に朱印貿易と結びつけられない、複数社を挟んだ複雑な経路を作っていることも税務署は掴みつつあるとのこと。

彼曰く、補助金不正受給、想定できる脱税額、そして資金洗浄に関わっていた疑いも浮上しかねないため組織犯罪処罰法も適用されて、親玉である親族連中は甘く見積もっても五年か六年、上手く行けば十年以上は刑務所送りだそうである。

事実、列島は世界晶探索を国策事業と定めて以降、PMC関係の脱税や不法行為には厳罰を下す傾向がある。

この場合、額が額であること、そして二年以上続けていた常習性、更にはスキームを作っていた悪質性を加味して、検察も裁判所も最高量刑を狙いに行ってもおかしくない。執行猶予どころか保釈が認められない公算も高かった。

「知ってるかいアジー、列島の税逃れに対する罰は相当重いそうだ」

「罰金ですか?」

「支払いを誤魔化した税に足すことの四割だ」

「足すことの……四割!?」

それはまた凄まじい罰則だとアゼリアは驚いた。たしかに金の計算に五月蠅い国だと聞いていたが、よもやここまでとは。

しかし、王国の最高刑、全財産没収と比べればマシかと思わないでもないが。

「ですが、それは払い切れればいいのですよね?」

「うーん、王国や帝国であればそうだが、どうにも列島だと事情が違うらしい」

「事情とは?」

向こうの法典の内容を完全に理解している訳ではないのだけど、そう前置きしてからセレスティアは併科の方針を語った。

列島の方においては二つの贖罪方法が記されていることが多々あるが、悪質だと認められた場合には両方の罰を適応することがある。

そして、彼の国は一罰百戒を尊ぶ。今回ほどコトが大きくなったならば、財務省は補助金制度を改定した自分達の功績として語ることもできるため、かなり強硬な姿勢を見せるであろうと。

まぁ、これもまた、つまるところの政治である。

「つまりコウヅキを粗雑に扱った者達は……」

「皆、手酷く搾り取られた挙げ句に地下牢、向こうで言うブタ箱行きだ。そして、十年だか十五年だかを無為に檻の中で過ごした後、ほぼ無一文で放り出されるわけさ。ともすれば獄中で枯れ果てることもあるだろうね」

アゼリアは、しかしそれ程に賢しい連中ならば、財産を分散させて出獄後に悠々自適ということもあるのでは? と訝しんだが、この王族としての教育を最低限にされている騎士を見て、従姉は愛おしそうに微笑んだ。

「アジー、君は悪いクセがあるね。昔からのよくない、しかし愛おしいクセだ」

「私にクセ、ですか?」

「自分と同じ程度に人は賢いと考えるクセだ。敵を強く見盛るのは兵法の要。されどね、行きすぎもよくない」

「はぁ……」

この手の馬鹿は道楽に目がないとセレスティアは微笑んだ。

恐らく真面な金の使い方などしておるまい。

金は金を増やすためにあり、それで尚余ったら道楽に耽るが良いことを知らぬ者のなんと多いことか。

宝石を買い集めて傾いた名家、名画に拘って借財を重ねた旧家、女遊びで全てを台無しにした権門。

歴史上にこの手の愚か者が絶えたことはなく、むしろ現在進行形で増え続けている。

そして株式会社防人組の奴儕を見るに、多少の〝小銭〟稼ぎは上手かろうと、それ以上の名手はいないとセレスティアは踏んでいた。

事実、タナカも踏み潰すのに丁度易い虫であると評価を下している。

そして彼等は、自らの幸運さによって断頭台を拵えてしまった。

後には何も残るまい。

前線のオペレーターや他に伝手のある社員は逃げ延びることも能うやもしれないが、内部で汚いことに関わっていた者を拾うような奇矯な者がいるだろうか?

汚れを厭うのは皆同じ。この業界で食っていくことは二度と適わない者も多かろう。

盤面は整った。

最早、これを覆すには盤面そのものをひっくり返すような手が要るが……残念ながら、それができるのは大国を動かすだけの圧倒的権勢の持ち主だけ。

たかが駒に過ぎない庶民にできることなど、紐が切られるまでの時間、自分に首かせが懸かっているとも知らず馬鹿のように過ごすことだけだ。

「さて、じゃあそれを愛しの彼に渡そうじゃないか。船便の日程も都合が良いのだろう?」

「そうですね。新人を迎える準備で彼も忙しそうにしています」

「ふふ、配下から毒杯を垂らされる、か……斯くありたくはないものだな」

第二外務卿は不敵に笑い、さぁて膿が爆発するのはいつかなと微笑んだ…………。