作品タイトル不明
1-13
爆発的に膨れ上がりかけた殺気。
それぞれの手は、己の得物に掛かっていた。
酔った男性を己の寝床に連れ込む、それは古来よりある強引な婿取りの方法の一つであるからだ。
そして、未婚の男児が女性の屋根を借りるというのは、つまるところ〝そういうこと〟に他ならないのである。
のみならず、相手は西方の感覚だと如何にもそれに〝慣れて〟いそうな風貌の持ち主。
こんなことが正にコウゲツを狙っている三人に受け容れられようか。
答えは分かりきっている。
断じて否だ。たとえ相手を殺してでも止めるだけの覚悟が、あっさりと固まった。
アゼリアは並の使い手であれば抜剣すら困難な帯剣を引き抜く動作に入り、ベリアリューズは常人ならば持ち上げることも困難な槌を担ぐ動作に入りかけ、そしてフェアルリリムの目が干渉式を練ることに備えて青く光る。
そして、その殺気を読めぬほど、ありあは馬鹿でも素人ではなかった。
だが、手の中のコウヅキが邪魔をする。
海兵隊としての戦闘本能に従えば、寝こけている男を叩き付ければ一秒か二秒は隙が作れるだろうと作戦が組み立てられるものの、その次に続く有効打がない。
今日は打ち上げなのもあって支社社屋で武装を解いており、腰にぶら下げているのは嗜みとしての護身用45口径拳銃とカランビットナイフが一本切り。
目や粘膜に叩き込んでようやく致命となるそれも、目の前の常軌を逸した練度の探索者に通じるかは微妙なところだ。
何せ、彼等の動きは列島人の常識を軽く上回る。生身で軽く時速60km以上を発揮し、特に速度に優れる者ならば100kmを超えた記録すらある相手に、どうやって鉛玉を正確に叩き込めというのか。
フルオートでブチ込めば一発二発叩き込むことはできようが、列島人と違って、この口径でも〝体の何処かに当たれば怯ませられる〟ということはなかろう。
何せ、この地で〝 タンク(前衛) 〟として活躍する猛者は、 .50AE(50口径大口径弾) の直撃にも笑って耐えるのだから。
況してやナイフファイトなど論外だ。炭素を含浸させて硬度を上げた特殊合金ナイフであったとしても、トランプのように折り曲げられる未来が簡単に想像できる。
あれ? もしかして自分死んだ? とありあの脳が走馬灯の準備を始めてしまう。
しかし、三人が行動に移る前に全ては終わっていた。
ぱぁん、と大きく空気が割れる音。
守本が殺気の起こりを読み、虚を突くように手を叩いて水を差したのだ。
『少し、落ち着きましょう』
「あぁ!? 落ち着くも何も!!」
『何か、勘違いが、あるかもしれません。それに、巻き込みます』
何をとは言わないでも分かった。
大事な男の身柄は、彼等の手元にあるのだ。
そして、力を振るおうとすれば、コウゲツは大なり小なり怪我を負うだろう。
三人の力量であれば、コウヅキに危害を及ばせずにありあを殺すことくらい訳なかったが、地面に愛する男を落として土埃に塗れさせるのは受け容れがたい。
そんな当たり前のことを忘れるほど、一瞬で頭が沸騰していたことを恥じ入り、三人はそれぞれ武威を納めた。
凄まじい圧を受けていたありあの額から汗が引き、始まり駆けていた走馬灯が唐突に途切れる。命の危機を感じるのなど、彼女をして実に久し振りのことであった。
「大変失礼いたしました。紳士にあるまじき振る舞いでした」
『文化的な、すれ違いが、あったのかもしれません。まずは、彼を、寝かせましょう』
ありあは守本から目線だけで命じられると、少し無作法だが椅子を足で動かして、とりあえず人間が眠れられるくらいのスペースを作った。
それから、そっと羽織っていたジャケットを脱いでかけてやる。
三人が「あ! それ自分がやりたかったのに!」と内心で思っているとも知らず、とりあえずありあは頼れる部長に全てを投げることにした。
実際、守本は元外交官や外務省勤務の人間からレクチャーを受けており、この地の事情と文化には一般のオペレーターよりも詳しい。
故に彼は知っていた。
この異世界では政治と軍事の主体たる女性が、列島のことを「何故か男ばかり戦わせる奇っ怪な国」と認識していることを。
事実として、この世界と列島では前提が異なる。
列島人は霊力と呼ばれる力を持たず、取り込めず、その恩恵を受けづらい。これにはきちんとした医学的エビデンスが出ており、竜の肉を摂取した列島人と現地人の細胞を対象評価し、明確な差が出ていることは証明が完了している。
そして霊力計。現地にて一般的に使われている、世界がどれほど〝改編〟されているかを計測する、世界晶を中枢とした道具を更に電気的に読み解くことで、数値化しセンサーに改良することによって〝女性の方が男性より肉体的に屈強〟であることを理解していた。
これ程の前提が大きく異なる環境、そして生物的な強弱は文明に大きな〝ズレ〟をもたらす。
もしも男性の方が力が弱くスタミナにとぼしれけば、狩りを担当することがあっただろうか?
そして、戦場の主体を成すのは貧弱な者ではなく精強なる者。
これだけで世界の仕組みが丸っと異なることくらい、想定は簡単だ。
大方、この三人はコウゲツのことを〝男性の身でありながら戦場に実を投じた可憐なる花〟とか思っているのだろう。
研修を受けたとは言え、まさかなと思っていた守本であるが、こうも分かりやすく反応されては仕方がない。
さっきの三人は、正に酔い潰された女性隊員を同じ部隊の兵士が護りに行こうとする。その構図と全く同じであったのだから。
『まず、勘違いさせたことに、謝罪を。私達は、昔、兵士でした。同じ、軍隊に、いました』
「ああ、それは聞きました。探索者をやっている列島人は、大半が軍隊経験者だと」
守本は特殊流通部の――列島では戦争に加担させないため〝傭兵〟という単語の使用を避ける方針にある――統括者であるため、その端末に入っている翻訳サービスのサブスクリプションは外交官用に近い高級な物だ。
複雑なニュアンスを列島語に翻訳することもできれば、出力性能もコウゲツが会社から支給されている、観光客向けのソレに毛が生えた物とは比べものにならないほど精度が高い。
事前知識、そして正確な言語。これだけあれば、文化が根底から違っても、多少の相互理解は可能というものだ。
『私達の国で、兵士は、男女を問わず、同じ部屋で寝ます。手洗いも、浴槽も、分けられません』
「えぇっ!?」
アゼリアからすると信じがたいことだし、傭兵団に属していたベリアリューズにとっても理解し難い観念であるが、自衛軍には男女の別はあっても性別という概念は存在しない。
その鍋に突っ込まれて、軍隊なる存在になるまでドップリと軍隊に漬けられている間、彼彼女等は人間ではなく〝兵士〟という概念になる。
歯車に男女もへったくれもない。究極の平等主義。強化外骨格を纏うことで男女の性能が均され、月経という弱点が薬品一つで解決できるようになった列島において、兵士にそんな気遣いは無用だとばかりに一所にブチ込む。
敢えてシャワーもトイレも同じにするのは、本来は興奮するはずの裸体、それを日常にすることによって、恋愛という概念を殺すため意図的に行われるのだ。
悪魔めいた合理性を持つ教育総監本部と、それを補弼する陽電子頭脳によって行われた冷徹な計算から構築されたカリキュラムによって、自衛軍兵士は男女の意識を極端にしない。
というよりも、彼等にとって性別いかん云々より前に、いざとなれば第一の盾となって〝一緒に死ぬ同胞〟なのだ。
そりゃあ世間一般の常識なんぞ適応できないのが当然だ。
とはいえ、たまにそれを乗り越えて男女の関係に至る者はいるが、基本的に〝軍規違反〟であるため年季奉公が――彼等は皮肉を以て任官期間をこう呼ぶ――明けるまで我慢するのが普通だが。
『こういった事情で、うちのありあは、おたくのコウヅキを男性としては意識して、いないと思います。ご安心ください』
キパと断言した守本の堂々とした振る舞いもあって、三人はこれが嘘ではないのだろうと察することができた。
しかし、あまりにも、あまりにも理解し難い価値観である。
「なんですか、その常軌を逸した環境……」
「えぇ……? 傭兵団でもここまでやらんぞ……」
「……列島、ちょっと怖くなってきた」
普通にドン引きしている三人の後ろで、ありあが列島語にて「いや、全く興味ないとまでは言わないですけど……」という言葉がかき消えていたのは、場を混乱させないために幸運であったと言えよう。
守本は感情を表に出しすぎる配下を、あとで支社周りを五十周させてやろうと心で決めつつ、本当に他意はなかったのであるとして頭を下げた。
「いえ、我々も誤解で武器に手をかけるような真似をして、申し訳ありませんでした」
「列島人て、なんだ、全員貞操帯つけられて軍隊にでも入るのか?」
「……さぁ……」
一応、場は収まったかと思い、これは好機だと思った守本は三人を中に誘った。
『立ち話もなんですし、中へ。亘理、彼を、お連れしなさい。三人が、見える、ところに、寝かせてさしあげろ』
『畏まりました』
席に着かせ、適当なつまみと酒を他の卓から用意する。ここは本当に場を借りているだけのようで、全てが列島から届いたパッケージで作られた物や、民生品の見本市のような様相を呈しており、甘い物から塩っぱい物、酒に合う食事までガッツリと並んでいた。
そういえば、故郷の食堂を懐かしんでいたコウゲツにとって、この卓は理想であったのだろうなと思いつつ、三人はよく分からない物が多い状態なれど、非礼を避けるために手を伸ばす。
「あ、この鳥肉すごく美味しい……えっ、すごい、酒場のなんて比べものになりませんし、コウヅキのくれるご飯よりかなり味が……」
「あっぢ!? なんだこれ、噛んだら汁が飛び出したぞ!?」
「……この焼き菓子、塩気が凄くて贅沢すぎる……」
列島の物は基本的に技術レベルが違うこともあり、彼等からすると十二から十六世紀くらいの文明の料理とは比較にならぬ味だ。
そして、ここに持ち込まれた物は味を多少落としても保存性に拘って作られたレーションではなく、民間が拘りに拘り抜いて作った市販品。冷凍食品であろうとコンビニで買える硬貨一枚くらいの菓子であろうと質が違うのは当たり前だ。
美味しさに驚き、今まで張り詰めていた気が一瞬抜けたことを悟って守本は言う。
『ところで、私は、このコウゲツを一度、我々の隊に勧誘しようとしておりました』
「なっ!?」
『聞くところによると、成果に比べて、労働環境が、相当に酷いと……』
あまりに無礼な物言いに、アゼリアはまた柄に手を伸ばしそうになった。
この列島人は、清廉潔白であることを尊び、それ故に疎まれた自分になんと無礼なと。
血の気が多いと誹るのは、列島人の価値観であるからだ。西方であれば、貴種が平民を無礼打ちにするには十分過ぎる理由である。
『しかし、貴方方に会って、違うのだなと、思いました。失礼に聞こえたなら、謝罪、いたします』
「それは、どういう……」
『我々は、会社という、生き方に縛られています』
会社、そういえばコウヅキはいつもそのことを言っていたなと三人は思い出す。
自分は雇われで、会社の金で装備を揃え、仕事でこちらに来ており禄を食んでいると。全てを自弁し、自由自儘に振る舞うことが許されている探索者とは根底が違うことを聞いていはいたが、彼の拙い翻訳機では上手に教えることができていなかったのだ。
『会社は、我々を守りますが、同時に報いることがないことも、あります』
「コウゲツの会社は、彼の働きに十分な報酬を渡していないと……?」
『隣で話を聞いていて、そう、思いました』
貴方方は、いわゆるドラゴンスレイヤーなのでしょうと問われ、三人は首肯した。
ドラゴンとは怪異の王。列島においても災害と等しく扱われ、西方であっても小国が滅ぶ原因となることが珍しくもない存在だ。
それ故、彼の存在を屠れる者は〝竜殺し〟として尊崇される。
列島人にすれば地震や水害の一種を宥められる個人なのだ。特別として扱われない方が、世の道理に反しよう。
アゼリアが難易度の高いダンジョンを優先して回して貰えていたのは、四人で竜を幾度となく屠ってきたからである。
そして、その道行きを助けるのに、斥候であるコウヅキの助けは必須だった。
消耗することなくダンジョンの奥地に到達し、多数の荷物を運び、飲食を助け、成果物を傷めることなく回収する。
彼がいなければ、一党はここまで来ることはできていなかったといっても過言ではない。
むしろ、コウゲツありきで結成された繋がりでもあるのだから。
「ですが、私達はきちんと報酬を等分して……」
『貴方達は、公平、でしょう。しかし、会社は、違います』
「それは一体……」
さて、どう説明すれば分かりやすいかな? 軽く首を捻りつつ、会社という組織、そして社会人がどれだけ身を粉にして働いたところで、その成果がきちんと下に辿り着くことがない原因を語るため、守本は言葉を選びつつ説明してやった。
勿論、話術に一計を講じてだ。
なにせ、上手く行けば現地採用組の竜殺しを三人、とびっきり優秀なスカウト付きで勧誘できるかもしれないのだから…………。