軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1-12

「コウヅキが戻ってきていない?」

貴種として、王族として嫌でも月に何度かは参加せねばならない昼餐会に参加してきたアゼリアは、自宅兼ギルドハウスとして借りている邸宅で素っ頓狂な声を上げた。

この屋敷は王女として最低限、これくらいのお住まいはと侍従に頼まれて借り上げた物であり、今は一党共通の寝床として使っている。

のみならず、仕事の大事な話をするのは、この無駄とも言える部屋数を誇る館の中であり、一応色々と機を遣ってやっているのだ。

元々コウヅキは装備やら何やらの都合で、一人郊外に駐めたトレーラーで暮らしているが、打ち合わせはいつもここでやると決めているし、彼は列島人の見本らしく〝時計通りに動く〟ことに対して強迫観念に近い執着がある。

何があろうと五分前には待ち合わせ場所にいるし、余裕があれば十分前には到着している。そんな男が予定より遅れれば、心配しないほうがおかしかろう。

彼のそれは後方に分散して浸透し、再合流した後に任務を熟す 強行偵察要員(フォース・リーコン) として後から叩き込まれた物であるのはさておくとして、誰かに強要することはないが自分には死ぬほど時間厳守を叩き込んでいる斥候が戻ってきていないのはおかしなことだった。

今日は六の鐘、日暮れには戻るという話であったのに、ついさっき八つ目の鐘が鳴ったところではないか。遅刻どころの騒ぎではない。

「いや、流石に心配になってよ。探すかなって」

「……列島人狩りって……聞いたことあるし」

ソファーでダラッと寝そべっているようだが、戦用のドレスに着替えて戦槌まで傍らに置いているベリアリューズ。フェアルリリムも普段着ではなく術理を働かせやすい竜血で染めたドレスに着替え、コウゲツがたまに熱い視線を注いでいることに気付き、従来より随分と深くしたスリットを見せ付けるような足で杖を支えている。

そんな術師から漏れた言葉にアゼリアは顔から血の気が引くのを感じた。

列島人狩りとは、近頃増えた、文字通りに列島人を目当てにした誘拐のことだ。

鍛え上げた大人でも、子供より少し強いくらいの力しかない彼等は、武装していなければ攫うに容易く、大概が何処かしらの企業に所属しているか、保険に入っているため営利誘拐でのリターンが並の貴族子弟より期待できる。

保険屋の大半は大人しく金を払って無傷で返してもらう方が楽だと考えており、企業も身代金の方が社員を教育したコストや、弔慰金より安いため、専ら黙って金を払ってしまう。

その上、持っている道具の大半が世界晶を動力にしていることもあって、全身に金細工を付けて歩いているような状況の者も珍しくない。

あの本気を出せば三人でも気配を読めないコウヅキが、人攫いなんぞで食っている悪女共程度で簡単にどうこうされるとは全く思わないし、何なら普段から持ち歩いている拳銃とナイフで死体の山を築いてもおかしくないとも思ったが、戻ってきていないという事実が矢鱈と重くのし掛かった。

五つの子でもなかろうにと余人は笑うが、三人にとっては大切な男なのだ。それぞれがコウヅキをどう想っているかなど共有したことはなくとも、その一点においては紛れもなく全員が同じであることに違いはない。

「きっ、着替えてきます!!」

故にアゼリアも急いで社交用のドレスを脱ぎ捨て、甲冑ドレスに過去最速の速さで着替えると、愛剣を腰にぶら下げて床が焦げ付かんばかりの勢いで談話室に戻ってきた。

しかし、当て所なく探しても見つかる訳もなしと思ったところ、唐突にフェアルリリムが大雑把な地図を取りだして卓に広げたではないか。

自分で書いたらしいそれはコウヅキが作る物と比べると拙いが、この一党に加わるまでは一人で全てを熟してきたというのが納得できる精度ではある。

「何してんだ?」

「……干渉式で探す…… 縁(えにし) の指輪がある……」

「は? 指輪? ちょい待てや」

世界晶が先端にぶら下がった紐で何らかの術を使おうとしている術士の手が重戦士によってガシッと握られた。

「指輪? アイツに渡した? 聞いてねぇんだけど」

「……言う必要ある?」

「ナメてんのか」

眇めになった重戦士が掌に力を込めると、細い手首から凄まじい音が響いたが、身体強化の術理によって体を強化した術者は涼しい顔を崩さなかった。

「……護法の、指輪……列島人は脆いから……毒除けに……」

「オメェ、それぜってー何か余計なモン仕込んでんだろ。オイ、吐けよ」

「今そんなことをしている場合ではないですから!」

アゼリアとしても非常に気になる内容ではあったが、二人を強引に引き離して取りあえず探させることにした。詳しいことは後で締め上げるなり何なりすればいいわけであって、今はコウヅキの安全が優先だ。

「……馬蹄通り、の裏……心拍、凄く早い……体温も……」

「畜生! 急ぐぞ!」

「ええ!」

場所が分かれば話は早いと三人はドアを蹴立てる勢いでアルテンハイムの夜に跳び出した。

そして通行人が何事かと驚くほどの速度で駆け抜け、探査が引っかかった場所に辿り着くと……。

「「繧サ繝ウ繝舌?繝輔ぃ繝シ繧、!!」」

酒場のテラス席でぐでんぐでんに出来上がっているコウヅキがいた。

片手にはこの辺りでは見かけない四角い酒杯があり、見たこともない透明な水のような物をガブガブ呷っている上、普段は人前で吸わない煙草を咥えて上機嫌。しかして、器の中から遠く離れても香るほど濃密な酒精の匂いがするため水ではないのだろう。

その隣には、野戦服の上着を脱いで、惜しげもなくタンクトップを猛烈に押し上げる豊満な胸を晒したありあがおり――余談であるが、この三人よりも更に豊満であった――同じく酔っ払って大変楽しそうにしている。

その様を見て三人の中に去来する感情は様々であった。

アゼリアは、あれだけ弛緩したコウヅキの姿を見たことがなかった。いつも襟元までピッチリ閉めているスキンスーツのジッパーを臍まで下ろし、肌着の合間から鎖骨が見えている。しかも、同じく僅かに覗いた肩口にあるのは刺青ではなかろうか。彼がそんなものをしていることを、出会ってから二年になるというのに王女は知らなかった。

ベリアリューズは、顔を真っ赤にしているコウヅキなど全くの初見であった。エールを十杯以上飲んでもケロッとしており、特に酒精が濃い葡萄酒を割らずに飲む男が、ああも明け透けに酔っ払っているところなど。むしろ、いつも自分が潰れて背負われ、寝床に放り込まれているというのに。

そして、フェアルリリムの中に去来したのは、自分がありあのように振る舞えないであろうという諦め。それから、そうでないならば、あの笑顔の対面には座れないのだろうという確信めいたもの。

三者三様に衝撃を受けたが、気配に気付いていないらしいコウヅキは透明な酒を一気に呷り、対面に盛った塩をなめるという最高に体に悪いが、当人にとっては幸福極まる味を愉しんだ後、一升瓶を手に取ってありあと酒を酌み交わした。

「「繧サ繝ウ繝舌?繝輔ぃ繝シ繧、!!」」

そしてまた、何事か叫んで飲み出すのだ。

呆然と眺めていてどれくらいの時間が経っただろう。

止めてくれ、そんな顔で笑わないでくれ。自分が見たことのない姿を見せないでくれ。

斯様な考えが三人の中をグルグルと回って、あまりにも落ち着かない。

まるで、脳髄の内、頭蓋骨を形のない指がガリガリ掻き毟っているような、そんな破滅的な感覚に襲われて、心臓が小指大に収縮してしまったかのような苦しさを覚える。

彼は自分だけの戦男児ではなかったのか。

彼は決して安い値を付けない戦士ではなかったのか。

彼は慈父の目を絶やさない、優しい男ではなかったのか。

各々の頭に去来するのは、酒をたらふく浴びるように飲んで、勝手に貼り付けた妄想という名の鍍金が剥げた地金の姿。信じていた物からの乖離の大きさに、正気がどんどんと蝕まれていく。

夜遅いことを報せる控えめな鐘が鳴ってようやく、彼女達は自分を取り戻すことができた。

だが、その時にはもう、コウヅキは完全に酔い潰れて突っ伏していた。

「繧サ繝ウ繝舌?繝輔ぃ繝シ繧、……縺ゅl?」

これも今までの彼からしては有り得ない光景だ。何があろうと、寝ている時であっても警戒を絶やさない斥候が人前で深く眠ることなど、一度でもあっただろうか。夜警を別の者がしていても、奇襲を受ければ一番に飛び起きるのは彼であったのに。

そんなことが信じられないほど間抜けでお気楽そうな寝顔を晒すコウヅキの頬を――言うまでもなく、この三人でさえ寝顔など拝んだことがない――同じくらい飲んでいるであろうに完全には潰れていないありあが不満そうに升の角で突っついた。

だが、それでも起きなかったからだろう。彼女は仕方ないなぁとでも言いたげに立ち上がると、男性にしては痩せ型に見えるが、脱ぐと筋肉が凄まじい斥候の体を易々と持ち上げる。

この段に至って、アゼリア達はようやく動くことができた。

「ちょっ、ちょっとお待ちを!」

「オイ! ウチのモンを酔わせてどうしようってんだ!」

「…………」

列島人が比べものにならない速度で接近したこともあって、ありあは大いに驚いたようだが、言葉が通じず慌てている。わぁわぁと三人が騒いでいることに気が付いたのだろう。店の中から一人の大男、守本がでてきて光る板を取りだした。

『何か御用ですか?』

「御用もへったくれもあるか! ウチの大事な斥候を酔わして何してんだ!!」

『用事があります。一党の大事な斥候にお酒を飲ませてくれたのですか?』

翻訳を聞いた彼は一つ頷いたあと、ありあに声をかける。

『ワタリ、翻訳機が切れています。電源をいれなさい』

『あっ、しまった、すみません』

わたわた自分の端末を取りだして翻訳AIを立ち上げるありあ。仲間内だけで飲んでいるのに、一々翻訳されて言葉が被るのが嫌だったのだろう。

「で、その、うちのコウヅキを連れて一体何を……」

『仕事終わりのお祝いに誘いました。久し振りの故郷のお酒だったので、潰れてしまったようで』

「酒ぇ……? って、うお、何だコレ、すげぇキツい臭いがする!」

『ライスワインといいます。度数はエールの四倍くらいあります』

「よ、四本も開いてる……二人でこれ全部……?」

『半分は焼き酒というもっと強いお酒です。三分の二くらいをコウヅキが飲みました』

「馬鹿かコイツ!!」

普段さんざっぱらセーブして呑めとか潰れるまで飲むのは半人前だと、宿酔いで桶を抱えている自分に説教してくるくせにとベリアリューズはキレたが、当人が完全に眠っているので怒りが届くはずもなし。

「えーと、その、身内がとんだ恥を……」

「……引き取る」

ん、と手を出し出すフェアルリリムにありあは少し考えたあと、まるで何でもなさそうに言った。

『いえ、もう家で寝ていって貰おうかと』

「「「は……?」」」

列島人にとって、酔っ払った人間に宿を貸すのは割と当たり前だが、それを女性から言い出す意味を西方では大分違った。

それは、半ば〝連れ込み〟宣言に近いものであったのだ…………。