軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44.

平和だ。

久しぶりに、心の底からそう思える朝だった。

ふかふかの雲布団に包まれて、リリアナはぼんやりと天井を眺めている。

窓の外からは小鳥のさえずりが聞こえ、離れの中には彼女が付与した『森』の香りがほんのり漂っていた。

完璧な朝だ。

蒼銀竜の一件から一週間。

ジークフリートの傷もだいぶ良くなり、リリアナも看病疲れからようやく解放されつつあった。

さて、今日は何を作ろうか。

指先をくるくると動かしながら、頭の中でアイデアを転がす。

最近気に入っている『温』の湯たんぽもどきの持続時間を伸ばしたい。

あとは『静』の耳栓。もう少し軽くできないか試してみたい。

よし。今日も引きこもり研究の一日にしよう。

そう決意した瞬間だった。

コン、コン。

「リリー、いるか」

扉越しに、聞き慣れた声がした。

リリアナは布団を頭まで引っ張り上げた。

「……寝てます」

「嘘だ」

「寝てますってば」

「返事をしている時点で起きている」

論破された。

リリアナは布団から這い出し、寝癖をざっと手で押さえてから扉を開けた。

ジークフリートが立っていた。

包帯はだいぶ取れて、顔色も戻っている。

手には小さな木箱を持っていた。

「なんですか」

「顔を見に来た」

「用件それだけ?」

「それだけだが、何か問題があるか」

問題しかない。

でもそれを言葉にすると負けた気がするので言わない。

「……入れば」

リリアナは扉を大きく開けた。

ジークフリートがにこりと笑って入ってきた。

以前は滅多に笑わなかったくせに、最近笑いすぎだ。

しかもその笑顔が反則的にかっこいいせいで、こちらの心臓が全然休まらない。

「これ、街で見かけて」

木箱を差し出してきた。

「なんです?」

「開けてみろ」

リリアナは木箱の蓋を開けた。

中には、小さな陶器のカップが六つ並んでいた。

淡い水色の釉薬がかかった、シンプルで上品な器だ。

「……カップ?」

「君が蜂蜜湯をよく飲んでいるだろう。あの安物のカップより、こちらの方が似合うと思って」

リリアナはカップをそっと手に取った。

手のひらにちょうど収まるサイズで、持った感じも心地いい。

釉薬の色が、なんとなく自分の離れの雰囲気に合っている。

「……別に、安物で困ってないですけど」

「俺が気になった」

「あなたが使うわけじゃないでしょ」

「君が使うのを見るのは俺だ」

こういうことをさらっと言うのが、この男の一番ずるいところだとリリアナは思う。

「……ありがとうございます」

絞り出すように言ったら、ジークフリートがまた笑った。

うるさい。

「ところで」

彼はそのまま部屋の中をゆっくりと見渡し、雲布団にぽすんと腰を下ろした。

当たり前みたいな顔をして。

「ちょっと! 勝手に座らないでください!!」

「座るなと言われた覚えはない」

「常識で判断しなさい!」

「君の部屋には毎晩来ているだろう」

「それとこれとは話が別です!!」

ジークフリートは涼しい顔のまま、布団の端をぽんぽんと叩いた。

「少し横になっていいか。昨日、少し眠れなくて」

リリアナは言葉に詰まった。

眠れなかった。

その一言で、反論が全部吹き飛んでしまう。

リリアナが離れを空けていた間、ジークフリートの不眠症はぶり返していたと、ルナから聞いていた。

今はだいぶ落ち着いているらしいが、それでも波があるらしい。

「……少しだけですよ」

「ありがとう」

ジークフリートは静かに横になった。

リリアナは机の前に座り、背中を向けて魔道具の設計図を広げた。

背後から、規則正しい寝息が聞こえてきたのは、ほんの数分後のことだった。

リリアナはそっと振り返った。

ジークフリートが眠っていた。

眉間のしわが完全に消えて、普段よりずっと穏やかな顔をしている。

起きているときの隙のない表情とは全然違う、無防備な顔だ。

リリアナはため息をついて立ち上がった。

余っていた『静』の布をそっとジークフリートの肩にかける。

外の音を少し遮断してくれる。もう少しゆっくり眠れるだろう。

それだけだ。

別に、それ以上の意味はない。

「ワフ」

窓の外から低い声がした。

ポチが窓枠に前足をかけて、こちらを見ていた。

リリアナと視線が合うと、ポチはゆっくりと頷いた。

まるで「よくやった」と言っているみたいに。

「……うるさい」

リリアナは小声でそう言って、設計図に向き直った。

背後で、ジークフリートの寝息が続いている。

うるさい心臓を、ひとつ深呼吸で落ち着かせてから、リリアナは湯たんぽの設計図に漢字を書き込み始めた。

平和だ。

……少し、うるさいけれど。