軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26.静寂と、身の程知らずの侵入者たち

ジークフリートが遠征に旅立ってから、二日が過ぎた。

離れのリビングは、かつてないほどの静寂に包まれていた。

「……静かね」

リリアナは紅茶のカップを傾け、ぽつりと呟いた。

普段なら、朝から「リリー! おはよう! 今日も可愛いね!」という騒音(夫)が響き渡っている時間だ。

だが今は、時計の針が進む音しか聞こえない。

「平和だわ。最高ね」

リリアナは独りごちた。

誰にも邪魔されず、好きな本を読み、好きな時に寝る。これこそが求めていた理想の引きこもりライフだ。

はずなのだが。

「……」

ページを捲る手が、どこか重い。

足元で寝ているポチも、退屈そうに大あくびをしている。

ルナも無言で控えているが、その瞳には「張り合いがない」という色が浮かんでいた。

(……なんか、調子狂うわね)

騒がしいのがいなくなって清々したはずなのに、この奇妙な空虚感はなんだろう。

リリアナは首を振り、その感情を「気のせい」として処理した。

その夜。

深い闇に紛れて、公爵邸の裏庭に忍び寄る影があった。

十数人の男たち。

闇ギルドに所属する、手練れの盗賊団である。

「へへっ……聞いた通りだぜ」

リーダー格の男が、離れの灯りを見上げて下卑た笑みを浮かべた。

「『氷の公爵』は北への遠征で不在。本邸の警備は厳重だが、あの離れは手薄だ」

「あそこに住んでる公爵夫人は、冷遇されて押し込められてるらしいっすね」

「ああ。護衛も犬一匹と、メイドが一人だけだそうだ。誘拐して身代金を奪うには絶好のカモだぜ」

彼らは知らなかった。

その「離れ」が、国一番の魔境であり、要塞であることを。

そして「冷遇されている夫人」こそが、この屋敷で最も危険な存在であることを。

「行くぞ。音を立てるなよ」

盗賊たちがフェンスを飛び越え、庭に足を踏み入れた。

その瞬間だった。

カッ!!

庭の地面に描かれた魔法陣が、真紅に発光した。

「なっ!? 警報結界か!?」

「誰だ、手薄だとか言ったやつは!」

慌てふためく盗賊たちの前に、闇の中から二つの影が現れた。

巨大な銀色の狼と、無表情なメイドだ。

「グルルルル……(エサが来たワン)」

ポチが喉を鳴らす。その体躯は馬ほどもあり、溢れ出る魔力は歴戦の盗賊たちを震え上がらせた。

「ひっ!? な、なんだこの犬!? フェンリルか!?」

「排除します」

ルナがスカートの中から数本のナイフを取り出した。

その動きは洗練されており、一目で「同業者(暗殺者)」だとわかるキレがあった。

「くっ、野郎ども! たかが犬と女だ! 囲んで殺せ!」

リーダーが叫び、武器を構える。

離れのリビング。

リリアナはソファで本を読んでいた。

外から、男たちの怒号と悲鳴、そして何かが弾け飛ぶ音が聞こえてくる。

「……うるさいわね」

せっかくの静寂が台無しだ。

リリアナは不機嫌そうに眉を寄せると、指先で空中に文字を描いた。

『防音』

『遮断』

文字が部屋の壁に吸い込まれていく。

直後、外の音がピタリと止んだ。

完全なる静寂が戻ってきた。

窓の外では、音もなく盗賊たちが宙を舞い、地面に埋まり、あるいは氷像になっているのが見えるが、リリアナは興味なさそうに視線を本に戻した。

(……あのバカがいたら、今頃『リリー! 大丈夫か! 怪我はないか!』って大騒ぎしてただろうな)

ふと、そんな光景が脳裏をよぎる。

過保護な夫がいたら、きっと敵を瞬殺した後、リリアナに抱きついて安否確認をしてきただろう。

それはそれで鬱陶しいが、この無機質な静けさよりは、マシかもしれない。

「……はぁ」

リリアナは本を閉じ、窓の外の夜空を見上げた。

北の方角。

雪雲に覆われた空の向こう。

「早く帰ってくればいいのに」

ポツリと漏れた言葉は、自分でも驚くほど素直な響きを帯びていた。

リリアナは慌てて付け足した。

「お土産。……お土産がないと、退屈で死にそうだから」

誰に言い訳するでもなく呟くと、彼女は冷めた紅茶を一口啜った。

翌朝、庭の植木の育ちが妙に良くなっていたが、その理由を深く追求する者はいなかった。