作品タイトル不明
10.王女様、コタツでダメになる
数日後の昼下がり。
リリアナの平和な引きこもりライフは、台風のような来訪者によって破られた。
「遊びに来たわよ、リリアナ!」
離れの玄関で仁王立ちしているのは、第一王女シャルロットだ。
護衛も連れず、お忍びスタイル(変装なし)での強襲である。
「……アポは取りました?」
「王女にアポなんて不要よ。入れなさい」
(……どうして高貴なる人たちって、みんな性格が歪なんだろうか……)
駄犬(おっと) 然り、この王女然り。
リリアナは盛大な溜息をついたが、王族を追い返すわけにもいかない。
渋々ドアを開け、招き入れた。
「お邪魔するわね。……って、え?」
一歩足を踏み入れた瞬間、シャルロットが固まった。
外は木枯らしが吹く冬の寒空だ。
しかし、室内はまるで春の陽だまりのような、ポカポカとした暖かさに満ちていた。
暖炉には火が入っていないのに、空気が柔らかく、肌を包み込むようだ。
「なによこれ、すごく暖かい……。どうなってるの?」
「ああ、壁を見てください」
リリアナが指差した壁の四隅には、目立たないように小さな魔法文字(漢字)が刻まれている。
『断熱』
そして、
『暖房』
「なにこれ……? 魔法? 見たことない文字だけど……ルーンじゃないし」
言うまでもなく、漢字はこの世界のものではないので、王女にはわからなかった。
「壁そのものに『熱を逃さない結界』と『空気を暖める機能』を魔法で付与してます。おかげでTシャツ一枚でも過ごせますよ」
「は?」
シャルロットは目を丸くして壁とリリアナを交互に見た。
彼女の常識が、音を立てて崩れ去ろうとしている。
「ちょっと待って。付与魔法って言った?」
「言いましたね」
「書いた『だけ』?」
「書いた『だけ』です」
「はあぁぁ!?」
シャルロットが叫んだ。
彼女は王宮魔導師から正規の教育を受けているエリートだ。だからこそ、目の前の現象が信じられない。
「付与魔法ってのはね、触媒を用意して、魔力回路を複雑に組んで、さらに動力である魔石が必要なのよ? 全部無いっておかしいでしょ!」
(そうらしいね)
魔道具はリリアナの元いた世界で言うところの、家電に近い。
動力となる魔石、その魔石の魔力を使って魔法効果を発揮させるための魔力回路。
最低でもこの二つが必須だ。
しかしリリアナの魔道具はそのどちらもを使わない。
ただ、スキルを使い、道具に役割を漢字で書き込めばそれだけで魔道具が完成するのだ。
「古いですね、その理論。私の魔法は『意味』を固定するだけなので、インクさえあれば動力源は不要です」
「そんなのずるよっ、ずるすぎるわっ!」
「ずると言われても、この世界の人たちも、それぞれ固有の力があるじゃないですか。神から与えられた」
容姿然り、スキルや魔法の才能然り。
「それが私の場合は特殊付与魔法だったってだけです。私だって全部を持ってるわけじゃあない。それをずると言われても」
「うぐ……う……確かに……」
(こんな屁理屈に屈するなんて、まだまだね王女様)
いくら屁理屈をこねくり回そうと、付与魔法というくくりの中では、リリアナがずるをしていることには変わりないのだから。
さて、リリアナの 魔窟(おもてなし) はこれで終わりではない。
「まあ、立ち話もなんですし。そこに座ってください」
リリアナが勧めたのは、部屋の中央に鎮座する奇妙な家具だった。
低いテーブルに、分厚い布団が掛かっている。
前世日本の至宝、『 炬燵(コタツ) 』である。
「なによこれ。テーブルに布団? 行儀が悪いんじゃなくて?」
「いいから、騙されたと思って足を突っ込んでみてください」
「……変な罠じゃないでしょうね」
シャルロットは警戒しつつ、恐る恐る布団をめくり、足を滑り込ませた。
その瞬間。
「……んあ?」
王女の口から、間の抜けた声が漏れた。
足先から腰へと、極上の熱が伝わってくる。
熱すぎず、ぬるすぎず、羊水に浸かっているかのような絶対的な安心感。
冷え切っていた足指が解凍され、血液が全身を巡り出す。
「……はふぅぅぅぅ……なにこれぇ……」
ドサッ。
シャルロットの上半身がテーブルに崩れ落ちた。
王族としての矜持も、威厳も、すべてが熱と共に溶け出していく。
「あ、足が……温かい……抜け出せない……。リリアナ、これは禁呪指定された魔道具なの?」
「いいえ、ただの暖房器具です。通称『人間をダメにする魔道具』ですが」
「否定できないわ……もう動けない……公務なんてどうでもいい……」
シャルロットは頬を天板に押し付け、とろけるような顔で呟いた。
完全に堕ちた。
リリアナはニヤリと笑い、籠に入ったミカンを差し出す。
「ミカンもどうぞ。皮を剥くのが面倒なら、剥きましょうか?」
(なぜかこっちの世界、ミカンあるのよね。ま、似たような果実があっても不思議じゃないけど、その名前がミカンなのほんと違和感あるわ……。私と同じ境遇の人が持ち込んだのか?)
その謎は今のところ迷宮入りだが、まあミカンが美味しいことに変わりはない。
それだけでリリアナには十分だった。
「あーん」
「はいはい」
リリアナが薄皮まで綺麗に剥いたミカンを放り込むと、王女は幸せそうに咀嚼した。
もはやただの甘えん坊な妹である。
その時だった。
ガタガタガタッ!!
突然、窓ガラスが激しく振動した。
次の瞬間、窓が外から強引にこじ開けられ、冷気と共に男が飛び込んできた。
「待てぇい!!」
銀髪を乱し、血走った目で侵入してきたのは、この屋敷の主、ジークフリートだ。
「ジーク!? なんで窓から!?」
コタツで溶けていたシャルロットが、驚きのあまり飛び起きる(下半身はコタツの中だが)。
「玄関からだとリリーが開けてくれない気がしたからだ! って、貴様シャルロット! そこは私の定位置だぞ!」
ジークフリートは、シャルロットが陣取っているコタツの一角(リリアナの右隣)を指差し、地団駄を踏んだ。
「あんた、仕事は?」
リリアナが冷ややかに尋ねる。
今は平日の昼間だ。騎士団長がここにいるはずがない。
「抜け出してきた! 執務中に胸騒ぎがしたんだ! シャルロットが君を誑かし、連れ去る夢を見たからな!」
「バカなの……?」
シャルロットが心底呆れた目を向けた。
「この国最強の騎士団長が、仕事サボって妻のストーカー? 救いようがないわね」
「うるさい! リリー、その女を追い出してくれ! そして私をそこに入れろ!」
「嫌です。ジークが入ると狭くなるし」
「なっ!? 夫より幼馴染みを取るのか!?」
ジークフリートは絶望の表情で膝から崩れ落ちた。
だが、彼は諦めない。
這うようにしてコタツの反対側(リリアナの対面)へと潜り込む。
「……あったかい」
「入るんかい」
「ふん……ここから一歩も動かんぞ。リリーの監視を続ける」
ジークフリートはテーブルに顎を乗せ、リリアナをじっと見つめ始めた。
結局、この男もコタツの魔力には勝てないのだ。
「……はぁ。狭苦しい」
リリアナは溜息をつき、お茶を啜る。
右には溶けた王女。
前には駄目になった公爵。
私の静かな引きこもりライフはどこへ行ったのか。
「ねえリリアナ、このコタツ、王城にも導入したいわ。いくら?」
「ならん! これは我が家の家宝だ!」
「あんたのじゃないでしょ! 黙ってて!」
コタツを挟んでギャーギャーと騒ぐ二人をBGMに、リリアナはミカンをもう一つ剥き始めた。
冬の離れは、今日も無駄に騒がしい。