軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

波乱だらけのお茶会 5

その目の前には紫色の蛇がいて、ダナ様に対して牙を剥いている。

周りにいる令嬢達も怯えながらその場から逃げ出し、パニックになっていた。

「いやあっ、来ないで!」

異変に気付き少し離れた場所からこちらへ向かってくる騎士が見えたけれど、ダナ様が悲鳴を上げながら手を必死に振り回していることで、今すぐにでも蛇は噛み付きかねない。

このままでは間に合わないかもしれない上に、蛇の色や模様から毒があると思った私は、怯えるダナ様の側に急いで駆け寄った。

「どうか落ち着いてください、動かないで」

「え……?」

怯える彼女の肩に手を置いて声をかけた後、さっと素早く毒蛇の後ろに回り込む。

そして勢いよく蛇の首元を手のひらで地面に叩きつけた後、すぐに親指と人差し指で首根っこを掴んだ。

すると蛇は大人しくなり、ほっと息を吐く。

「こうすると噛めなくなるんです。怯えずに勢いよく掴むのがコツで……」

そう言って蛇を手に怯えていたダナ様に笑顔を向けたところで、その場にいた全員が呆然としながらこちらを見ていることに気が付く。

マリアベルですら大きな目を見開き、固まっていた。

素手で蛇を捕まえるなんて貴族令嬢からかけ離れた行動である上に、グレースがこんなことをしたのだから、当然の反応だろう。

緊急事態で焦っていたとはいえ、魔法を使うだとか他に方法はあったに違いない。

「あの、殺すのは可哀想なので、どこか人のいない場所に放してあげてください……」

「は、はい……」

ひとまず駆けつけた騎士にそっと蛇を渡すと、心底困惑した様子で受け取ってくれる。

これからどうしようと内心焦りまくっている中、口を開いたのはマリアベルだった。

「グレースお姉様、すごいです! とってもかっこよかったです!」

彼女は両手を組みキラキラと目を輝かせていて、なぜか感動してくれているらしい。

その姿を見ていたダナ様はハッと我に返った様子で、蛇を捕獲した後に駆け寄った令嬢達によって支えられ、立ち上がった。

「あ、ありがとうございます……助かりました……」

「いえ、どういたしまして。蛇は臆病な生き物なので、刺激しなければ攻撃してくることはあまりないんです。なので、先程のような行動は避けた方が良いですよ」

「は、はあ……分かりました」

「…………」

またもや余計なことを言ってしまい反省していると、彼女を支えていた令嬢の一人が、恐る恐るといった様子で口を開いた。

「グレース様はなぜ、そんなことをご存知で……?」

「ええと……やはりいざという時、頼れるのは自分自身ですし、身を守る術は多少身につけておりまして……」

我ながら苦しい言い訳だと思いつつ「前世で野草を探し求めていた際、蛇と出くわすことも少なくなかったので対応する技を学んだ」と正直に言う訳にはいかない。

けれど彼女達は納得してくれたようで「すごいわ」「私達も少しくらい学んだ方が良いかもしれませんね」と話していて、良い方向に話が進んで安心した。

そこへシャーロットが慌てた様子でやってきて、私の手を両手で包んだ。

「グレース様、大丈夫ですか? 我が家でこんな……大変申し訳ありません!」

「大丈夫よ。けれど、臆病な蛇がどうしてこんな場所に出てきたのかしら……」

これほど美しく丁寧に整えられた庭園なら、管理も行き届いていそうなものなのに。

笑顔を向けてもシャーロットは悲しげな顔をして、唇をぐっと噛む。そんな表情もかわいらしくて、庇護欲が湧いてくる。

色々と気になることはあるものの、やっぱりシャーロットは私にとって大好きな作品の憧れのヒロインで、推しなのだと実感してしまう。

「手を消毒したほうが良いでしょうし、一緒に屋敷の中へ行きましょう」

シャーロットは私の手を引き、屋敷の方へ歩き出す。少し拭くだけで問題はないけれど、二人きりになってシャーロットのことを知る良い機会かもしれない。

そう思った私は頷き、マリアベルに一声かけて彼女の後をついていくことにした。

◇◇◇

「ここがシャーロット、様の部屋……」

「グレース様のお部屋に比べると質素でしょうけど」

小説に出てきた赤と白を基調としたかわいらしい部屋に通され、聖地巡礼している気持ちになった。勧められたソファに座り、そっと部屋の中を見回してみる。

一方でゼイン様がシャーロットに想いを告げるのもこの場所だったことを思い出し、胸の奥にもやもやとしたものが広がるのを感じた。情緒不安定にも程がある。

「グレース様は流石ですね! 毒蛇まで退治できてしまうなんて、予想外でした」

「そ、そう……? でも、ありがとう」

「はい、やっぱり憧れてしまいます」

先程まで周りから刺々しい態度を向けられていたこともあって、シャーロットからの好意に胸を打たれる。

「それに、主催者としては全員とお話ししなければならないでしょう? グレース様とこうして二人きりになる機会がないかなって思っていたので、嬉しいです」

「そ、そうなのね。良かったわ」

それでも、ここまで好かれるほどの理由があっただろうか。

シャーロットはハンカチと小箱を手に私の隣に座ると、消毒液を取り出して私の手を丁寧に拭いてくれた。手は小さくてすべすべで、花に似た甘い香りがする。

「グレース様のお蔭で大事に至らず、本当に良かったです。けれど最近は物騒ですし、どうかあまり無理はなさらないでくださいね」

心配げに私を見上げるシャーロットは、心から心配してくれているようだった。

まっすぐで優しいヒロインそのもので、裏があるのかもしれないと感じたのは勘違いだった気がしてくる。本当に良い子でかわいくて、眩しさすら感じていた。

そもそも近距離でゼイン様と触れ合って、惹かれない方が難しいのではないだろうか。

「ありがとうございます。最近、物騒なんですか?」

「はい、あちらこちらに瘴気が広がっているとか。そのせいで本来は現れないような場所にも魔物が現れていて、騎士団の方々も大変だと聞きました」

「──え」

どくん、どくん、と心臓が嫌な音を立てていく。

シャーロットは私の指に甘い香りのするハンドクリームを塗りながら、なおも続けた。

「そのせいで魔鉱水も一部穢れてしまって、採れにくくなっているみたいです」

身体から一気に温度が失われていき、指先すら動かせなくなる。呼吸の仕方を忘れてしまったみたいに、上手く息が吸えない。

「このままではいずれ、周辺の国と戦争が起きてしまうかもしれませんね」

「……っ」

そんな言葉に、思いきり頭を殴られた感覚がした。