軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪女とヒロイン

「あはは! 公爵様に見つかった瞬間の君の顔、俺も見たかったな。きっと傑作だっただろうに」

「…………」

お腹を抱えて笑っているランハートの目元には、涙まで浮かんでいた。笑いすぎだと、睨むように見つめる。

──ゼイン様と共に王都に帰宅した翌日、私は報告とお礼をするため、ガードナー侯爵邸を訪れていた。

さすが力のある侯爵家なだけあり、センツベリー侯爵邸同様、屋敷も広くて豪華だ。

急に訪ねてきてしまったけれど、女性の急な来訪にも慣れているのか、あっさりと応接間どころかランハートの私室に通されてしまった。

『まあ、グレース様! ランハートお兄様に会いにきてくださったのですね。とっても喜ばれますわ』

ちなみに先程、ランハートの妹であるプリシラ様にも廊下で会い、今度お茶をしようと声をかけられた。

相変わらずのほほんとした穏やかな雰囲気で、こんな 悪女(グレース) にも笑顔で接してくれる奇特な彼女とは、ぜひ仲良くしたいと思っている。

ガードナー兄妹は性格が真逆ではあるものの仲は良いようで、ランハートからも「妹と仲良くしてやってね。君に憧れているようだから」と言われていた。

グレースの強気なところがとても素敵だと言っているらしく、少し心配になる。

「あまり怒らないでよ。誰でも笑うって、これは」

「……私だって、流石に予想外だったもの」

爆笑し続けるランハートの部屋はグレースほどではないけれど、豪華でギラギラとしている。

ゼイン様の落ち着いた部屋とは、まるで違う。

「でも、素敵な場所を紹介してくれたのに、こんなに早く戻ってくることになってごめんなさい」

「ううん。気に入ってくれたのなら良かったよ」

コテージ代は3ヶ月分先払いしていた上に、移動の際に使ったゲートなんかも高額で、失敗に終わった逃亡作戦にかかった費用を考えるとお腹が痛くなった。

もう失敗はできないと、あらためて気合を入れる。

ランハートはようやく落ち着いたようで、ティーカップに口をつけると、一息吐いた。

「それで、これからどうするの?」

「すぐにまた別の場所に行って、失踪するつもり」

そう答えると、ランハートはアメジストによく似た目をぱちぱちと瞬く。

「まさか君、どうして失敗したのか分かってない?」

「えっ? 運が悪かっただけでしょう?」

「あはは、そうだね。きっとそうだ」

含みのある笑みを浮かべると、ランハートは長い足を組み替えた。

「じゃあ今度こそ見つからないように、魔物の出ない山奥にでも行くと良いんじゃないかな」

「確かに山奥なら、誰にも見つからなそうだわ」

「うんうん、また君の報告を聞くのが楽しみだ」

「…………?」

そもそも遊びに行きたいわけではないし、元庶民どころかど貧乏暮らしをしていた私としては最低限の衣食住が揃ってさえいれば、どんな場所でも良いのだ。

貴族なんて絶対に行かないような、山奥に行くのが良いだろう。エヴァンあたりは文句を言いそうだけれど、三ヶ月だけ我慢して山籠りしてもらおうと決める。

「また俺がどこか探そうか?」

「ううん、自分で何とかするわ」

流石にランハートでも山奥には縁がないだろうし、ヤナとエヴァンに相談する方が良さそうだ。

「そっか。また困ったら何でも相談して」

「ええ、ありがとう」

山籠りに向けて早急に作戦を練ろうと決め、帰ろうと思っていると、ランハートは「そうだ」と口を開いた。

「そう言えばこの間、夜会であの子を見たよ」

「あの子って?」

「ほら、前にデートした時に劇場で君がやけに気にしていた子だよ。子爵令嬢の」

「……え」

そう言われてようやく、シャーロットのことを言っているのだと気付く。

「今までは社交界に全く顔を出していなかったみたいだけど、最近は積極的に参加してるらしいよ。低い身分にかかわらず、男女ともに人気があるみたいだ」

小説のストーリーは既に始まった時期だし、ヒロインであるシャーロットが目立ち始めてもおかしくはない。

人目を引く美貌だけでなく、気立ても良いシャーロットはグレースとは違い、愛されているようだった。

意外にもランハートは全く興味はない様子だけれど、ゼイン様だって出会えば必ず好感を抱くはず。

「どうしてそんなに彼女が気になるの? 君が意識するほどの子ではないと思うけど」

つい考え込んでしまっていると、軽く首を傾げたランハートに顔を覗き込まれ、はっと我に帰る。

「だって私は、シャーロットとゼイン様が結ばれるために頑張っているんだもの」

「へえ? そうだったんだ。それは初耳だな」

確かにランハートにはゼイン様と別れたい、としか伝えていなかった。彼は「ふうん」と少し何か考えるような様子を見せた後、私へと視線を戻す。

「どう考えてもあの二人、釣り合わない気がするけど。家柄だって無理があるし」

「シャーロットは家柄なんて気にならないくらい、素敵な女性だから。それに、全て愛の力で何とかなるもの」

「なにそれ」

ランハートは小馬鹿にしたような反応をしたけれど、身分差だってこれから起きるであろう数々のトラブルだって、二人は愛の力で乗り越えていくのだ。

「……恋をしたことがない私にはよく分からないけど、ランハートなら分かるんじゃないの?」

「どうだろうね」

自嘲するような笑みを浮かべ、ランハートは続ける。

「俺は恋をしても、誰かを愛したことはないから」

「えっ?」

「全部遊びだよ。相手だってそう」

彼はあっさりとそう言ってのけたけれど、そんな関係を数多の人と続けていて、寂しくなったり虚しくなったりしないのだろうかと余計な心配をしてしまう。

そんな気持ちが顔に出てしまっていたのか、ランハートは眉尻を下げ、困った顔をした。

「俺はこれでいいんだよ、楽しんでるから」

「……そう」

「ま、いつか本気で誰かを好きになってみたいけどね。必死になれる公爵様が羨ましいよ」

いつも通りの眩しい笑みを浮かべると、ランハートは「俺も君を好きになってみようかな」なんてふざけたことを言い、ぼふりとソファに背を預けた。