軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

グレース・センツベリーの失踪(1回目) 4

「──というわけで明日の朝、みんなで王都に向けて出発します。今回の失踪作戦は失敗に終わりました」

「とんでもない大失敗でしたね」

「結構この村、気に入ってたんですけどね」

「私だってそうよ。でも、もう仕方ないもの」

その日の晩、私はヤナとエヴァンとハニワちゃんを広間に集め、明日からの予定について説明した。

とにかく急いで王都へと戻り、すぐさま再び失踪しなければ。ここから帰るのにも3日かかるため、二週間もただの旅行で消費してしまったことになる。

こうしている間にもどんどん小説の本編からズレてしまっていると思うと、焦燥感が募っていく。

「まあ、どちらにせよあの場所に魔物が出た時点で、この辺りでの滞在は難しかったですしね」

「……そうね」

魔物は、瘴気の濃い場所から生まれるという。そしてその場所は限られており、こうして人が住む場所に現れることなど滅多にないらしく、明らかにおかしい。

そしてふと、気付いてしまう。

「まさか、もう瘴気が濃くなり始めているとか……?」

──小説では、このシーウェル王国や近隣諸国では瘴気が広がり、魔物は増え作物は育たなくなり、この世界の生活に必須な魔鉱水という資源までも失われていく。

そしてその奪い合いから、戦争に発展するのだ。

本来はもっと先だけれど、他の出来事同様、予定よりも早く進んでいれば、あり得ない話ではない。

二人には以前、私がゼイン様を振る理由として戦争などについても説明してあり、察してくれたようだった。

「魔物一匹迷い込むくらい珍しいことではないですし、気にする必要はないと思いますよ」

「そうだといいけど……」

「俺の方でも色々とツテを頼って魔物の動きや増え方に変化がないか、調べておきますから」

エヴァンはそう言うと「それに少しくらい増えても、俺が全部殺しますよ」と爽やかな笑みを浮かべる。

なんだかんだエヴァンはとても頼りになるため、昼間の件は水に流すことにした。

「じゃあ明日、朝食を終えたらすぐに出発しましょう」

「はい。支度をしておきますね」

「ありがとう。ハニワちゃん、お手伝いしてくれる?」

「ぷぽ!」

「か、かわいい……ありがとう、よろしくね」

元気にお返事してくれたハニワちゃんは、ひょこひょことヤナのもとへ向かっていく。実は荷物運びなんかも得意で、最近ではよくみんなのお手伝いをしてくれる。

そうして私はひとり先に広間を出て、明日も早いしそろそろ寝ようと、自室に向かって歩いていく。

「グレース?」

「……えっ」

不意に名前を呼ばれて振り返れば、そこにはゼイン様の姿があった。お風呂上がりらしく髪は濡れ、前髪をかき上げたラフな服装の彼から、慌てて視線を逸らす。

「どうかしたのか」

「い、いいい、いえ……何でもありません……」

水が滴り首元も開いているせいで色気が凄まじく、直視するだけで吐血しそうだった。

いつもきっちりしているゼイン様の初めて見る姿に、ドキドキしてしまう。

ゼイン様が今夜泊まる客室にはシャワールームはないため、本館にて入ってきたばかりなのだろう。

「なぜ俺の方を見ないんだ?」

「……絶対、分かって聞いてますよね」

「照れ屋な君がかわいくて」

ふっと意地の悪い笑みをこぼしたゼイン様は元々、私の推しなのだ。推しのこんなプライベート感の強い姿を生で見て、正気でいられるオタクなんていないはず。

やはり不可抗力だと思いながら、深呼吸をする。

「部屋まで送らせてほしい」

「あ、ありがとうございます」

当たり前のように手を繋がれ、また心臓が跳ねる。そのまま私の手を引き、ゼイン様は歩き出す。

「本当はあと数日、君と過ごしたかったな」

「そ、そうですね」

「今度はウィンズレット公爵領にも招待させてほしい。とても良い場所だから」

「はい、ぜひ」

そんな実現することのない約束をしながら、いつもよりもずっとゆっくりなペースで歩いていく。まるで部屋に着いてしまうのが惜しいみたいだと思ってしまう。

もうすぐ部屋へ着くというところで、私は思わず足を止め、ゼイン様も合わせて歩みを止めてくれた。

私の視線はバルコニーに面した大きな窓の外に釘付けになっており、そこには満天の星が広がっていて、口からは感嘆の声が漏れる。

「ゼイン様、見てください! すごく綺麗です」

この村はよく星が見えるとランハートから聞いていたけれど、夜は曇っていることが多く、美しい星空を見れたのは初めてだった。

最終日にギリギリ見れてよかったと、嬉しくなる。

「……ゼイン様?」

けれどゼイン様からは反応がなく、どうかしたのかと隣を見上げれば、彼はじっと星空に見入っていた。

星明かりに照らされ、空を眺めるゼイン様の横顔はこの世のものとは思えないくらいに綺麗で、私は彼から視線が逸らせなくなる。

ゼイン様は本当に綺麗で、眩しくて。悪女のグレースが欲しがった理由だって、分かる気がした。

「──子どもの頃から、星空が好きだったんだ。両親や幼いマリアベルと、よく星を見に行った」

初めて聞くゼイン様の過去の話に、少しの戸惑いを覚えながらも、私は相槌を打ちながら耳を傾ける。

「だが、両親を亡くしてからはマリアベルと公爵家を守るだけで精一杯で、目の前のことしか見えずにいた」

「……はい」

「こうして星空を眺めたのも、数年ぶりだ」

いくら完璧で何でもできるように見えたとしても、そこにはゼイン様の努力や苦労があるのだ。

そしてそんな彼が弱さにも似た部分を吐露してくれたことで、嬉しさや切なさで胸がいっぱいになっていく。

「本当に綺麗だな」

「はい、とても」

繋がれたままの手をぎゅっと握れば、ゼイン様は黄金の両目を柔らかく細めた。

「ありがとう、グレース」

その言葉を聞くのと同時に、私がしてきたことは間違いではなかったのだと、報われたような気持ちになる。

そして改めて、私は自分がどうしたいのか、どうすべきなのかを再認識していた。

──私は、ゼイン様に幸せになってほしい。

そのために今までも、これからも頑張ることを誓いながら、最近の私は流され続けていたことを反省した。

ゼイン様のような人に好きだと言ってもらえて、大切にしてもらえるのが嬉しくて、心地良かったから。

けれどそれも今回で終わりにしようと決めて、私はゼイン様へと笑顔を向けた。

「こちらこそ、ありがとうございます」

「いや、俺は君にまだ何も返せていない」

「そんなことありません! 先日だって、今日のお昼だって助けていただきましたから」

「それくらい、当然のことだ」

そう言ってゼイン様は笑うと「冷えてきたから、そろそろ行こうか」と微笑んだ。

「おやすみ、グレース」

「はい。おやすみなさい」

部屋まで送ってもらった後、そっと頭を撫でられ静かにドアが閉まる。私はそのままベッドへと向かうとぼふりと倒れ込み、枕を抱きしめた。

「……星空、綺麗だったな」

目を閉じれば、先程ゼイン様と見た美しい夜空が瞼に浮かぶ。それだけで私はきっと、まだまだ頑張れる。

こうして私の1度目の逃亡劇は、幕を閉じた。