作品タイトル不明
40.似たもの同士
しばらくして、キッチンにいる奏の母から男三人に召集がかかった。
どうやら、料理を作り終えたから運んでほしいらしい。
俺達はせっせと料理を運び、リビングにある長テーブルいっぱいに所せましと料理を並べた。
「では、一ノ瀬家と萩原家の再会を祝して、乾杯」
「かんぱーい」
奏の父の号令により、俺達は手にしていたコップをカチンと鳴らしあった。
大人も交じった宴会だったが……皆が手にしていたコップの中見は、お茶かオレンジジュースか、コーラ。
俺達は未成年だから飲酒出来ないし、両母親はお酒が苦手。そして俺の父は帰りの車の運転があるためお酒は飲めず。
「あはは。久しぶりの再会の場なんだから、お酒は控えるよ。……ははっ」
そういうわけで、場の空気を読んで酒を控えた奏の父の姿は……どこか寂しそうに見えた。
「それにしても、あっくん。すっごく成長したわね」
宴会の場も盛り上がってきた頃に、奏の母に言われた。
「あはは。……まだまだですよ」
「そうそう。まだまだ、まだまだ」
母がウザ絡みをしてきた。
「そんなことないと思うわよ? すごい頭良いんでしょう?」
「……勉強なんか出来たって」
結局、俺はまだ何も成しちゃいない。
場の空気を壊したくなくて、最後まで言葉を発することは出来なかった。
「ストイックねぇ。本当に」
「そうなんだよ。あっくんはストイックなんだよ」
ホクホク顔で奏が言った。
「……あらあら。ウチの子ったら、自分のことのように喜んじゃって」
そんなホクホク顔の奏に向けて、奏の母は怪しく微笑んだ。
「……お母さん?」
「あっくん、覚えている? ウチの子と病室で最初に会った日のこと」
「お母さんっ!?」
取り乱した奏の姿は、何故かとても新鮮だった。
「……覚えてますけど」
というか、忘れた日は一度だってありはしない。
「あらそう。……うふふ。なら、ウチの子、あの日あなたが帰った後、大泣きしたことは知っていた?」
「え?」
そうなの?
奏を見ると……。
「……あぅぅ」
彼女は両手で顔を覆っていた。ただ、手で覆えなかったために見えている耳は、茹蛸のように真っ赤だった。
「なんで泣いたと思う?」
「……さぁ?」
「それはね。この子、あなたともう会えないと思ったからなの」
「もうやめてぇ……」
「自らの変わり果てた姿をあなたに見られて、幻滅されたと思ったのね。あたし達は気付かなかったけど、泣き叫んでいたこの子曰く……一瞬、あなたの顔がひきつっていたそうなの」
……確かにあの日、引きつった顔を見せないように取り繕うと努力はしたが、ショックが大きく、どこまで誤魔化せたかは自信がなかった。
傍で俺達の様子をうかがっていた奏の両親はともかく、当人には、気付かれてしまっていたのか。
「……ごめんなさい」
そして、その結果俺は、奏を深く傷つけてしまった。
罪悪感で胸が締め付けられた。
「あっくん。何を謝る必要があるの?」
「だって……」
「……そうだよ。あっくん。謝る必要なんてないよ」
奏が加勢してきた。
「……お母さんから、あっくん達と面会するか尋ねられた時、あたし、最初は拒んだの」
「……そうだったんだ」
「そりゃあそうだよ。……闘病途中、時々姿見で自分の姿を確認してさ。その度、変わっていく自分の姿に、何度も絶望した」
……自分の知らないところで、彼女が深く傷ついていたことを知ることは、何故だか自分のことのように苦しかった。
「薬の副作用で苦しんだり、病気で文字通り血反吐を吐いたり……そういう生活を送って、憔悴して、体も弱って、死も覚悟して……。それで、死を覚悟したら、狭まっていた気がした視界が少し開けた気がしたの」
「……」
「……死って、動物には平等に訪れるものなんだなって気付かされた」
……誰の口も挟める空気ではなかった。
「……でも、そう気づけたからこそ視界が開けたんだと思う。死んで元々。そんな気持ちになれた。要は開き直れたの」
奏の独白は続く。
「そして、開き直れたからこそ……君ともう一度会いたいと思ったの」
……どうして、俺だったんだろう?
「これでも一応、色々覚悟していたつもりだったんだ。君に酷いことを言われることも。君に罵倒されることも。絶交されることも。嘲笑されることも全部。全部……」
「……そんなこと」
「そう。君はそんなことをしなかった。……君はあたしの姿にショックを覚えながらも、あたしを励ましてくれたの」
奏は微笑みながら、俯いた。
「でも、あの時のあたしは、それが一番……きつかった」
……どうして?
「……あっくんの気丈な振舞が。子供らしくない振舞が……あたしの病状がそこまで絶望的だったんだ、と客観視させる機会をくれてしまったから」
「……っ」
「心の底では、あの病気も何とかなると思っていたんだ。時間が経てば苦しみから解放されて、遠い昔の思い出に昇華されると思っていたんだ。あたしはまだ、生きられると思っていたんだ」
……奏は目尻に指を走らせた。
「その結果、死への絶望が広がるとともに……そんな容体の人と、普通の人ならこれ以上関わりたくないと思うと思ったんだ。……だって、だってさ」
奏の声が震え出した。
「あたしだったら、そんな人ともう絶対に会いたくないもの……っ」
奏の顔は見えない。
「すぐ死ぬかもしれない人と深く関わったら、別れが余計苦しくなるだけじゃん……っ!」
でも、泣いていることだけはわかった。
「嫌なことからは逃げ出したいじゃんっ!」
……それだけわかれば十分だった。
「ねえ、あっくん!」
やはり、顔を上げた奏は……泣いていた。
「どうしてあたしと定期面談をしたいと言い出せたの……?」
……俺は。
「君を励ましたいと思ったから」
即答した。あの時の自分の気持ちは……もう何度も何度も、自問自答を繰り返してきた。
「どうして励ましたいと思ったの?」
「俺が励ませば、君を救うことが出来ると思ったから」
俺が励ましたところで、奏を救えるはずもないのに。
「なら……どうしてあたしを救いたいと思ったの……?」
……そんなの、質問されるまでもない。
決まってる。
「君が特別だったからさ」
……それ以上でも、それ以下でもなかった。
「……特別、か」
奏は、俺の言葉を噛みしめているようだった。
「うふふ」
奏の瞳は……。
「うふふふふ」
……。
「……ふふっ」
微かに光が灯っているように見えた。
「そっか。特別、か。……ふふっ。嬉しいな」
奏は涙を拭った。
「あっくん。あっくん」
「何?」
「あたしも、あっくんのこと……特別だと思っているよ?」
「そっか」
「嬉しくない?」
「……嬉しくない」
俺は首を横に振った。
「そんなはずないじゃないか」
俺がそう続けると、奏の顔がパーっと晴れた。
「あっくん。あっくん」
今更ながら気付いた。
「何?」
そういえば……今、このリビングには俺と奏以外にも、両親達がいた。
両親達は……優しい微笑みを浮かべて、俺達の成り行きを見守っていた。
間近で奏との会話を聞かれることは、特別恥ずかしいとは思わなかった。
……だって、この場だからこそ、奏とこういう話をすることが出来たのだと思うから。
今、この瞬間、この場で起きた全ての事象が……。
一度別れを経験し、二度と会えないと思えた彼女との再会後に起きたこの事象全てが……。
とても、尊いものだと感じていたから。
「……ふふっ」
奏は小さく微笑んだ。
「あたし達ってさ、似たもの同士だよね」