作品タイトル不明
33.勝負
「ふう、なんだか体、火照っちゃったな」
ひと悶着を産んだマッサージからしばらくの時間が経過した。
俺達は寝るための準備を進めており、テーブルを端に寄せて布団を敷いたりしていたのだが、一足先にベッドに寝転がっていた奏が、唐突にそんなことを言い出した。
布団を敷いた後、奏の発言の真意を確かめるべく、俺は彼女を見た。
奏の額には薄っすらと汗。
頬も紅潮しており……確かに少しだけ暑そうだ。
「エアコンの温度下げる?」
手を団扇代わりにして風を煽ぐ奏に尋ねた。
返事はない。
代わりに、奏はTシャツの首元を引っ張って、上半身にも風を送り始めた。
……俺は奏から目を逸らした。
奏がTシャツの首元を自ら引っ張ったおかげで、そこから彼女の肌が微かに見えたのだ。
男子高校生には、少しだけ刺激が強い光景である。
とりあえず、問答無用でエアコンの設定温度を一度下げた。
「むぅ……」
これで彼女の体の火照りも解消できると思ったのだが、奏はどこか不服そうだった。
「……奏、寝ようか」
「ねえ、あっくん」
「何?」
「どうせだから、ベッドで一緒に寝ない?」
「駄目だよ」
「……どうして?」
奏の声のトーンが低くなった。
「だって君、火照って熱いんでしょ? シングルベッドで二人で寝たら窮屈で、余計熱いよ?」
「……確かに」
奏は納得したようだ。
「じゃあ、電気消すよ」
「うん」
部屋の電気を消した後、真っ暗になった室内で、俺は布団まで向かい、ゆっくりと寝ころんだ。
「……ふぅ」
やっと今日一日が終わる。
……今日も、勉強に学校に、何かとハードな一日だった。
ハードな一日を乗り越えた自らに、敬意を表したい気分だ。
俺は目を閉じた。
明日はいつも通りの時間に目を覚まして、いつも通り……勉強に明け暮れよう。そう思っていた。
「あっくん」
しかし、今日だけはこの室内の同居人である女の子に呼びかけられた。
「……あっくん?」
実を言うと、目を閉じる前から少しだけ眠気に襲われ始めていた。
目を閉じた瞬間、その眠気はピークに達して……奏への返事も億劫に感じ始めていた。
「あっくーん」
だから……これはもう寝落ち寸前なだけであって、決して奏を無視しているとか、そういうわけじゃない。
……俺は寝息を立てながら、深い眠りに落ちた。
「えいっ」
「ぎゃっ」
……深い眠りに落ちたかった。
ベッドが軋む音が聞こえた数秒後、布団の中に気配を感じた。
そして、気配を感じた瞬間、耳元から奏の声が聞こえてきた。
「もう。無視しないで」
どうやら奏は、ベッドから降りて、俺の布団に入ってきたらしい。
「……無視していたわけじゃないよ」
「無視しないで」
「無視してない」
「無視しないで」
「……ごめん」
「うん」
奏の声は満足そうだった。
「……それでどうしたの?」
「え? ……あはは。なんだか体が火照ってね。眠くないの」
「そうなんだ……」
「うん。もう少しお話しない?」
「……俺は眠いんだけど」
「……へぇ」
奏の声のトーンがまた下がった。
「あっくんはあたしのことが大切じゃないんだ」
「はは」
「何がおかしいの?」
奏の声のトーンが……もっと下がった。
「大切じゃないわけないだろう」
なんで声のトーンが下がったのかよくわからないが、俺は本心を語った。
「……俺の原動力はいつだって奏だった」
「……」
「勉強を頑張ろうとしたことだって。フランス留学のことだって。全部……君絡みで生まれた行動だった」
「…………」
「君が大切だからこそ、俺は自分でどうしたいかをキチンと考えて、最善で最良の結果を求めるようになったんだ」
「……………」
「ま。まだ何も結果は残せていないけどね」
それが少しだけ歯がゆいところでもある。
「……あっくん。やっぱり目標下げる気はないの?」
耳元から聞こえる奏の声と吐息が、少しだけこそばゆかった。
「ないよ」
「あなたの原動力だったあたしは、今、あなたの隣にいるのに?」
「うん。それでもない」
「……そっか」
奏が俺のフランス留学。ひいてはその先の目標に対して、下方修正を要求してくるのは、再会して目標を語ったあの時からずっとそうだった。
しかし……本音を言えば、まだ諦めていなかったのか、と感じてしまう。
奏に何を言われようと……無力だったあの時と同じ轍を踏まないため、俺は一度曲げた決意を変える気は更々ない。
「あっくん」
……その目標達成のために、さっさと眠って翌日に備えたいのだが、奏はどうやらまだ寝かせてくれる気はないらしい。
「……あたしと勝負しない?」
突然の提案だった。
「勝負?」
「うん。次のテスト、どっちの方が高い点数を取れるか、勝負しない?」
「どうしてまた……」
「あたしなりに考えた結果だよ」
「何を?」
「どうすれば、あっくんのフランス留学を阻止出来るか」
……それが一体全体、どうしてテスト勝負に繋がるのか?
「だって……あっくんの性格なら、テストで一位も取れないような奴が、大層な目標を持つべきではないとか考えるはずでしょう?」
……なるほど。
まあ確かに……追い込まれたら最終的には、そう思うかもしれない。
「だから、高校卒業後のフランス留学をかけて、あたしとテスト勝負しよう?」
「……わかった」
断る理由は特になかった。
だって、宣戦布告なんてされずとも……テストというものは、学生間の学力勝負なのだから。
そもそも同じ土俵でテストをする以上、テスト期間に限って、俺達は敵同士なのだ。
「……あたし、頑張るから」
「俺も頑張るよ」
「絶対、あっくんとの大学キャンパスライフを楽しむから」
少しだけテストのモチベーションを高めながら、俺はふと思った。
……奏はどうしてそこまで、俺との大学キャンパスライフを熱望するのだろう?