作品タイトル不明
東京へ帰ることにしました
翌日、大阪から東京へ戻ることになった。
ここでやることも無くなった、てのが大きな理由だが、管理局の本音としては東京のほうが守りやすいという都合もあった。
ただ、それだけのはずだった。
新幹線に乗って、品川駅に着いて、そこから自宅へ戻る。
普通なら、それで終わる。
だが、今の俺は普通ではないらしい。
「えーまずですが、大事なことをお知らせしておきます。東京のご自宅ですが、暫くは立ち入り禁止の措置を取らせていただきます」
管理局職員の言葉に思わず「えっ?」と反応した。
「安全上の問題です。あの場所では十分な警備体制は不可能である、そういう判断でしばらくは、こちらで用意したホテルや住まいに居ていただきます」
「い、いや、それは困るっていうか…」
「必要なものはこちらで全て揃えますので、遠慮なく仰ってください」
「い、いや、そういう問題じゃ…」
「続いて本日の移動スケジュールになります」
普通にスルーされて、次の説明に移る。
俺は「家賃はだれが払うんだ…会社をクビになったばかりで、そんなに貯金ないぞ…」と、そんなことばかり気にしており、ちっとも説明が頭の中に入ってこなかった。
ホテルを出る時間になると、職員が先導を始める。
乗る車も、通る入口も、駅に入る動線も、すでに決まっていた。
管理局の職員がいて、護衛がいて、駅側の担当者がいて、と俺の周囲は過剰なまでに人で囲まれていた。
「……俺、東京に帰るだけですよね?」
思わず聞くと、管理局の職員は気まずそうに頷いた。
「はい。帰るだけです」
「帰るだけで、こんなに人が必要なんですか」
「必要になってしまいました」
ホテルの裏動線を通り、車に乗り、駅へ向かう。
駅では一般の入口ではなく、関係者用の通路を使った。
途中で何人もの人が無線で連絡を取り合っている。
『…時…分に到着』
『了解。27番ホーム状況どうだ?』
『特に怪しい人影など見当たらず。どうぞ』
『了解。まもなくVIP到着。全員本番体制へ移行せよ』
『了解』
『VIP現着っ! 繰り返す。VIP現着…』
『……っ!』
探索者用トランシーバーを介して、周辺警備がどんどん騒がしくなっていく。
会社員だった頃、俺は移動でこんなに人を動かしたことはない。
せいぜい電車の遅延で上司に連絡するくらいだった。
それが今は、ただ新幹線に乗るだけで、何人もの人が俺の前後左右を確認している。
「……有名人って、いつもこうなんですかね」
「そうですね…国家元首や皇族の方々などはそうですね」
「国家元首…皇族…」
「はい」
即答だった。
俺は助けを求めるかのようにシオを見ると、こんな状況にもかかわらず、のんきに殻の中に籠っていた。
「シオ。俺、どうも有名人らしいぞ」
シオは何も答えなかった。
分かっているのか、分かっていないのか。
だが少なくとも、俺よりは落ち着いていた。
そしてホームに到着し、素早く乗り込む。
だが、東京行の新幹線の席も、普通に予約した席ではなかった。
「新幹線って個室あるんですね…」
「はい、最近は個室も整備されて、一般の方も使えるようになっています」
トイレや多目的室が設置されている新幹線の車両区画を、半ば独占するかのように手厚い警備が施されていた。
個室内は対面シートになっており、1人は付き添いの管理局職員、もう1人は黒服の護衛だった。
そしてさらに車両を挟み込むように、近い席を関係者で独占しているそうだ。
さすがにこの状況は異常だったらしく、新幹線内は常にざわめきがあった。
「……これ、俺がトイレに行きたくなったらどうなるんですか」
「事前にお声がけください」
「…トイレも事前申請制」
「そこまで厳密ではありません」
真面目な顔で否定される。
移動中、俺はスマホをほとんど見なかった。
通知を見るのが怖かったからだ。
ダン博事件以降、通知欄は壊れたように増えており、逆に見れば見るほど、現実感が薄くなる。
だから、窓の外を見ていた。
大阪の街が流れていき、やがて景色が変わっていく。
俺はただ座っているだけだ。
それなのに、周囲では何人もが動いている。
そのことが、何より落ち着かなかった。
◇
「東京駅に着けばこれも落ち着くかな、って思ってた時期が俺にもありました」
東京駅に到着すると、新幹線の出入口一帯は警備と警察によって厳重に封鎖された。
インバウンドやビジネス客、一般利用の方々は何事かと野次馬に加わる。
「なにかあったんですか?」
「なにもございません。速やかにホームから出てください」
「えー? 有名人来てるの?」
「………」
「愛想わるっ! でもこの警備体制異常じゃない? だって警察とか黒服とか…あれって探索者じゃない? ってめっちゃ武装してるじゃん! なに? 魔物でもいるの??」
野次馬たちは何が起こるのかとスマホを待ち構えている。
『各局、間もなくVIP下ろすぞ。準備は』
『こちら周辺警備A班、人の滞留圧が凄まじい』
『おなじくB班、早く移動させないともたない、どうぞ』
『本部了解、周辺護衛班、状況どうぞ』
『護衛班、こちらは準備完了、いつでもどうぞ』
『本部了解。各局、いまからVIP下車する、繰り返す、VIP下車…』
「真壁さん、準備ができましたのでこちらへ」
「…はい」
俺が下りた瞬間、急激に空気が熱を帯び始めた、そんな気がした。
「……え??? ちょっと待って!!! あれ、真壁さんじゃない?!」
「えっ?? 真壁さん?? あのダン博の英雄、真壁さん??」
「うっそ! 生真壁??!」
その声は伝播し、周辺を一層騒がせるものとなって行く。
「はいっ! ちょっと皆さん落ち着いてくださいっ!」
「はいそこ、押さないで!!!」
「みなさん、速やかにホームから退去してくださいっ! 繰り返します…」
悲鳴に近い声があちこちから広がって、シオが急にびくっと震えた。
「シオ、大丈夫だ。敵じゃない。落ち着いて」
俺が止まってシオに語りかけたのがまずかった。
「きゃああああ! シオちゃんがいる!!!」
「本物のシオだっ!!」
「シオちゃーん!! こっち向いて!!」
「みなさん、落ち着いてくださいっ!! 一歩後ろへ下がってください!!」
『本部より、護衛班、速やかにホームから離脱させたし、繰り返す…』
『護衛班、了解!』
護衛の人は凄まじい形相で俺を見るや、早口で喋りかける。
「真壁さんっ! 止まらないで速やかに移動してくださいっ!」
「あ、はいっ」
ホームから改札まで降りてくると、そこもまた不自然な人払いが完了しているエリアになっていた。
「こちらの扉ですっ!」
黒服とフル装備の探索者、そして警備隊。
この日常では見かけないコラボを横目に、関係者口に逃げる。
遠目からだが、改札周辺でスマホを掲げている人がかなりいた。
それを制止しようと警察が揉み合う。
「どうなってんだ…これは」
「真壁さん、この先に車両があるので止まらずに進んでください」
「あ、はい」
そして東京駅の関係者専用駐車場までいくと、そこに用意されていた車に乗り込む。
『こちら周辺護衛班です。本部どうぞ』
『こちら本部、どうぞ』
『VIP送迎車両へ到着、どうぞ』
『本部了解。周辺はオールクリア、いつでも出られたし、どうぞ』
『護衛班了解、これから出発します、どうぞ』
『本部了解』
「真壁さん、これから本日のホテルまで向かいます」
「わかりました」
俺が乗っている送迎車両を取り囲むかのように、同じような黒い車が何台も走っていた。
「……あれ? 信号で引っかからないな。こういう時って運転しているとき、妙に嬉しいですよね」
「全ての信号現示を操作して、強制的に青信号にしています」
俺の雰囲気を和らげようとしていた言葉を、護衛は真面目に返す。
「…そ、そうですか。そんなこともできるんですね…」
俺がそう呟くと、護衛の人は少しだけ視線を動かした。
「真壁さん、この日常に早く慣れてください」
「……結構長く続くんですか?」
「そこは分かりかねますが、まぁ当分、とだけ」
「…………」
この監視生活が当分続くのかと思うと、乾いた笑いすらでなかった。