作品タイトル不明
真壁、配信やめるってよ!③
ダンジョン庁副長官である瀬尾との再会は、午後になってからだった。
ホテルの一室にいるとノックされ、応答すると護衛が顔をのぞかせた。
「失礼します、真壁さん。ダンジョン庁から連絡がありまして、この後時間取ってほしいと」
「……わかりました。今からでよければ」
さっき話した会議室ではなく、ホテルのスイートルームの応接スペースで話すことになった。
瀬尾副長官は付き添いを1人連れて部屋に訪れた。
俺は向かいのソファに座る。
遅れて瀬尾副長官、そして付き添いは後方に立っていたままだった。
視界の先にはいつもの護衛がチラリと伺っている。
シオはいつものように肩上にいる。
瀬尾副長官は、最初に頭を下げた。
「先ほどは、こちらの説明が一方的でした」
「…いえ」
「真壁さんが配信をやめるとおっしゃった理由は、こちらでも整理しました」
そう言うと瀬尾副長官は態勢を少しだけ変える。
「まず確認させてください。真壁さんは、政府やダンジョン庁に抗議したいわけではない。そう理解してよろしいですか」
「はい。それは前にも言ったとおりです」
「では、面倒だからやめる、というわけでもない」
「あ、面倒ではあります」
瀬尾副長官が、一瞬だけ止まった。
管理局の職員も、少しだけ目を伏せる。
護衛は表情が見えないように向こうを向く
俺は慌てて付け足した。
「いや、その、面倒だからだけではないです」
「………分かりました」
瀬尾副長官は、真面目に頷いた。
たぶん、笑ってはいけない場面なのだろう。
「では、真壁さんにとって、配信を続けるために必要なものを教えてください」
「必要なもの、ですか」
「はい。こちらが制限項目を並べるのではなく、真壁さんが何を失いたくないのかを伺いたい」
何を失いたくないのか。
そう言われると、さっきより少し考えやすかった。
「危険なものを映しちゃいけないのは、分かります」
「はい」
「守秘義務に触れるようなものも、当然ですが映しません。そこはまぁ大人の事情ってのもありますし、そこの理解は当然あります。今回の件で懲りた部分もありますから」
「ありがとうございます」
「具体的に言うとダンジョンコアとか、呪術汚染とか、そういう話を不用意にするのがまずいのも、もちろん理解しています」
これは本当に分かる。
俺が軽く言ったことで、誰かが真似をする。
そういう可能性があるなら、言わない方がいい。
昔の俺の立場なら、そもそも拡散自体がされないため、不用意な一言ということ自体が縁のない話だった。
だけどいま、この瞬間は違う。
不用意な一言で、誰かを傷つけてしまったり、また不利になったりと、他者に与える影響がもの凄く大きくなってしまったのだ。
「でも」
俺は、少しだけ言葉を探した。
「見ても問題ないものまで全部止められるなら、配信はしないです」
瀬尾副長官は黙って聞いている。
「台本読みも、たぶん無理です」
「…無理、ですか」
「はい。俺、そんなに上手くないので」
「…なるほど」
「あと、鑑定結果を自分の言葉で話せないなら、あまり意味がないと思います」
言ってから、自分でも少し驚いた。
意味がない。
そこまで強く思っていたのかと、今さら気づく。
「俺の配信って、別にすごい演出があるわけじゃないです。見えたものを見て、分かる範囲で話してるだけです」
「はい」
「だから、言葉を全部事前に決められるなら、それはもう俺じゃなくていいと思います」
瀬尾副長官は、ゆっくり頷いた。
「…コメント欄については、いかがですか」
「危ないコメントとか、変な誘導があるなら制限していいと思います」
昨日の通知欄を思い出す。
海外コメントに企業案件、そして怪しい団体。
あれを全部そのまま流すのは、たぶん危ない…いやかなり危ない。
「でも、完全に見えなくなるのは嫌です」
「それは…理由を伺っても?」
「俺、コメントがあるから話せてたところもあると思っています」
コメント欄がなければ、たぶん俺はただ独り言を言っているだけになる。
もちろん、全部読むことはできない。
最近は流れが速すぎて、ほとんど拾えないこともある。
それでも、そこに誰かがいるのは分かる。
俺の言葉に反応してくれる誰かがいる。
俺の言葉に共感してくれる誰かがいる。
俺の言葉に、いや、俺のことを理解してくれている誰かがいる。
そんな大切な人たちとの繋がりを切ってまで、配信する必要があるのだろうか。
「配信後に確認されるのは、まあ仕方ないと思います。でも、全部差し替えられるならやらないです」
「ふむ…差し替え…」
「危ないところを消すのは分かります。でも、俺が言ったことを別の言葉にされるなら、それは俺の配信じゃないので」
自分で言いながら、少しだけ面倒なことを言っている気がした。
でも、ここを曖昧にすると、また同じ話になる。
「あと…誰かの宣伝道具になるなら、やらないです」
瀬尾副長官の目が、少しだけ鋭くなった。
「誤解のないようにいうと、スポンサーとか企業案件が全部嫌という意味ではなくて。俺が見てないものを良いって言ったり、安全ですって言ったりするのは無理です、ということを言いたかったんです」
「それは当然です」
「当然ならよかったです」
普通に言ったつもりだったが、管理局の職員が少しだけ咳払いをした。
変なことを言っただろうか。
瀬尾副長官は、資料が格納されてあるタブレット端末に何かを打ち込む。
そして、しばらくしてから顔を上げた。
「分かりました。では、暫定案を提示します」
「…もうあるんですか?」
「先ほど話し合う前に、いくつか用意していました。ただ、今の話を踏まえて修正します」
画面に項目が表示される。
■真壁遼氏の生配信に関するダンジョン庁との取り決めについて■
・配信内容に関して強制するものは基本無し(※安全に関わる部分は例外)
ただし、配信内容については事前に相談をする
・配信スケジュールは、事前に大枠のみ共有
・詳細な鑑定内容までは、事前申請の対象にしない
・危険情報は、管理局側がリアルタイムで監視
ただし危険性が高いと判断した場合は、現場の管理局に従う
・コメント欄は事前にチェックして配信に流す
・配信動画管理はダンジョン庁が責任を持って管理する
・配信サイト(ダンジョンTube公式)が技術支援も含めて万全のバックアップで対応する
・アーカイブは基本的に残すが、場合によっては残さない場合もある
・発言を一方的に差し替えない(※本人の許可が大前提)
・配信する際は必ず警護をつける(※ダンジョン庁手配)
俺は、ゆっくり読む。
さっきよりは、だいぶマシだった。
「これなら、俺がやりたい配信は残るんですか」
「残します」
「コメント欄は、全部消えるわけではない?」
「はい。ただし、危険な誘導や接触は弾きます」
「アーカイブも、勝手に別物にはならない」
「そこは約束します」
俺は少し考えた。
今の俺の立場は前と同じではない。
戻ること自体がもう無理なのだと思う。
でも、見えたものを自分の言葉で話す余地があるなら、まだ配信と呼べるのかもしれない。
「それなら、検討できます」
瀬尾副長官の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。
「ありがとうございます」
「まだ、やるとは言ってないです」
「承知しています」
瀬尾副長官は、次の資料を開いた。
そこには、見慣れないロゴと英字が表示されていた。
WEG Tokyo。
World Explorer Games.
俺は画面を見つめる。
「……これは?」
「世界探索者競技大会・東京。通称、WEG Tokyoです」
「あぁ。あの探索者が国別で競うアレですか?」
「はい。探索者競技の専門世界大会です」
何年かに一度、世界で開催される探索者の競技大会があるということは知っていた。
子供の頃は見ていたし、それを見て憧れもしたことがある。
ただ、最近は生活に余裕がなかったのか久しく見ていなかったな、と思い返す。
「ダンジョン万国博覧会事件の影響で、開催が危ぶまれています」
「それは……そうでしょうね」
あれだけのことがあった後だ。
また大規模な国際イベントをやると言われれば、不安に思う人は多いだろう。
開催能力だって諸国から疑われることだってあるだろう。
「政府としては、国際信用の維持という意味でも、開催を簡単に諦めることはできません。それに時期的な問題もあります。これが数年後、とかでしたら開催中止という線もあるでしょう。ですが開催時期は9月。もう半年もありません。そういう諸般の事情から開催を強行すべきである、これが政府の判断です。ただし、それには諸外国に対して、安全対策と透明性を示す必要があります」
何か嫌な予感がした。
「そこで、真壁さんには」
瀬尾副長官は言葉を区切る。
「WEG Tokyoの公式鑑定解説員、ならびに大会安全鑑定協力者として、協力をお願いしたいと考えています」
「………は?」
公式鑑定解説員。
単語が頭の中で並ぶ。
「……それ、…その…どういう意味、ですか?」
「はい、これは政府の立場として必要である、そういう面での話と考えてください。開催に際してもちろん、厳重な警備で臨みます。ですが、そう言葉でいっても納得できない人は大勢います。現に博覧会では未曾有の大事件が起きてしまった」
「それは、まぁ当然ですよね」
「そこで、政府としてはダンジョン万国博覧会事件の解決者である、『ダン博の英雄、真壁遼』にWEG Tokyoをサポートしてもらうことによって、諸外国への不満や、国内で巻き起こる批判への解決案として提示したい、そう思っています」
「ダン…博の…英雄??」
「そうです。全てを見抜くその卓越した鑑定スキルをもって、あらゆる危険を未然に防ぐ、そういうメッセージをあらゆる人々に向けて発信したいと思っています」
あまりにも衝撃的な言葉が並んでしまい、俺の頭はストップしてしまう。
「あの…そのダン博の英雄、真壁遼、というのはどこの人でしょうか」
「いま目の前に座っている方です」
「はははは………面白い。………本気で言ってます????」
「もちろんです。それだけのことを、あなたは成し遂げた」
この場にいる全員がこの言葉に反応するかのように、俺へと視線を向けた。
そしてシオはよほどつまらない話だったのか、殻を上下に動かしてスヤスヤと俺の肩の上で夢の中へと飛び立っていた。
「とはいえ、あなたに全責任を負わせる、とかそういう話ではないです。安全は我々政府が実現すべき義務ですから」
「そりゃそうですよ…俺には戦う力なんてありません」
「ですが、世の中、何が対抗できる力になるのかはわかりません。武力的でない戦いだってこの世には多く存在します。どうでしょうか。お力、貸していただけませんでしょうか」
「………ずるいですね。これはもう、俺が断る、断れないとかそういう話じゃないじゃないですか」
「その点は大変申し訳なく思っています」
俺は無意識に天井を見上げた。
完全に俺という性格を読み切ったうえで持ってきている話だ。
ここで俺が断ればいろんな人に迷惑をかけてしまう。
そういう部分を込みで俺に話を持ってきている政府、という得体の知れない組織に、俺は生まれて初めて恐怖を感じていた。
「……これが大人のやり方ってやつですか。まぁそれは最近も無慈悲にやられてますからね」
「それは…その…」
会社をクビになったと思ったら、鑑定スキルに救われて、そしてその鑑定スキルを持ったが故に大事故に巻き込まれて。
「……貸一つ…いや一つじゃ全然たりないな」
俺は瀬尾副長官に視線を合わせる。
「これは貸しにしておきます。必ず返してください」
瀬尾副長官は驚いた顔をしつつ、すこしだけ笑みをこぼした。
「えぇ。すでに日本はあなたに多くの借りがある。国民を代表して、必ずお力になります」
「詳しい説明は、また別で聞いた方がいいですか」
「はい。今日は、まず配信の話を整えるところまでにしましょう」
「それは助かります」
「ただ、近いうちに説明させていただきます」
「ですよね」
俺はソファの背に少しだけ体を預けた。
シオがようやく話は終わったのか、と目を少しだけ開けて周囲を伺う。
しかし、配信をやめる、やめないの話が、いつの間にかそれを飛び越えて大事になっている。
どうしてこうなるのか。
俺は小さく息を吐いて、瀬尾副長官が開いていたタブレット画面を見た。
WEG Tokyo。
その文字は、さらに面倒で、厄介なものに見えた。