軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アーカム

通路の先にある管理側の一室は、机と椅子だけの簡素な部屋だった。

補給地の管理担当が空けてくれた、問題があった時の事後処理用のスペースだ。

この中層と下層を繋ぐ休憩地は、ダンジョン内ではあるが公有地扱いとなっていて、政府と管理局が戦力を常駐させ、厳格な管理が敷かれている。

今回の騒ぎを聞きつけて、すぐに管理局から治安維持部隊が派遣され、東野は拘束された。

この一室は見た目こそ簡素だが、室内に限ってスキルが無力化される機構を備えていて、よほど強力な探索者でもない限り出ることが難しい、まさしく探索者にとっての檻と化していた。

連行された東野は椅子に座らされたまま、顔を上げなかった。

これからこういう荒事専門の管理局職員が派遣されて、きつい取り調べが始まる。

それを理解しているのか、東野は一言もしゃべらず、ただ俯いているだけだった。

引き渡しを終えた俺らは控え室を出る。

ちょうどその時、大阪管理局の応援が2名、入口から入ってきて、御堂と短く言葉を交わした。

「ご協力ありがとうございました」

「いえ、こういう時こそお互い様ですから」

御堂が手元の控えにサインを書き、応援の1人へ渡す。

そのまま東野が拘束されているあの部屋へ向かっていった。

押収した刀は、中層バックアップチームの2人が別室へ運んでいた。

再封印を巻き直したうえで、外側から厚布で二重に包んである。

これら押収品は明日の便で大阪管理局の本所へ移送する予定だ。

休憩地管理局のロビーに残ったのは、御堂と俺だけになる。

普段は何か手続きや下層のアタックに際しての相談で、このロビーは人がいっぱいになるのだが、今日は人が出払っていて、やけに静かだった。

「御堂さん。あの金属片、もう一度見せてください」

御堂は黙って胸ポケットから封筒を出し、机の上に置いた。

薄手の透明袋に、通路で拾った親指の爪ほどの金属片が1つだけ入っている。

俺は袋ごと手元に引き寄せ、改めて鑑定を呼び起こした。

――――――――――――――――――――

金属片(識別票・推定)

希少度:—(量産素材レベル)

状態:術式不在

危険度:低

推定価値:なし(情報的価値あり)

術式痕:本体に術式は刻まれていない。

ただし表面の刻印を起点に、同じルートでの処理痕の気配が複数点で薄く残響している

構造:手作業による刻印。組織内で共有される識別記号として機能する設計。

単体で意味を持たず、同じ印を持つ別個体群と紐付いて初めて意味を成すもの

備考:複数の手が同じ印を持ち回っている可能性が高い。

単発の落とし物ではなく、組織内共有の目印として運用されていたものと判定

――――――――――――――――――――

表面の刻印を起点に意識を伸ばすと、同じ印を持つ別の品の気配が、薄くいくつか伝わってきた。

方向はばらばらだが、距離はそう遠くない。湾岸の一帯に、点で散っている感触だった。

ただの落とし物ではない。

刻印そのものに術式は組まれていないのに、複数の点が、同じ印を介して薄く繋がっている。これは持ち主の手から手へ渡してきた品ではなくて、最初から組織の中で共有するために配られたものだ。

会社でいう社員証に近い。番号は刻まれていないが、識別の役割は果たしている。

「恐らく、ですが」

短く前置きして、御堂のほうに視線を向けた。

「自分が関わっていた案件と繋がっているかもしれません」

俺は金属片を袋に戻し、御堂へ手渡した。

「同じ印の品が、他にもある可能性が高いです。共有先を増やしたほうがいいと思います」

御堂が袋を受け取って、短く頷いた。

「分かりました。会社と管理局、両方へ上げます。支部へ戻って整理しましょう」

大阪支部事務所の作業フロアは、応接室の隣にあって、よくある普通のオフィスのように事務机が並んでいた。

壁一面が地図、机の上には搬送ルート図とタブレット、棚には処理票のファイルが積まれている。

複数のスタッフが忙しく手配を進めていて、俺が入室しても誰一人として振り向かない。

俺と御堂が入ってきた気配を察知したのか、一番奥のデスクから難波が顔を上げた。

「ほんま、お疲れさんでした。無事で何よりや」

声は普段より一段だけ抑えられていて、騒がしさはない。

「御堂も真壁さんも、ようやってくれた。ただ、これで終わる話やないみたいやな」

御堂が短く頭を下げ、俺も同じだけ下げた。

俺はスマホを出した。

控え室を出てから、浅田からの返信を落ち着いて開く時間が取れていなかった。

画面を起こして、難波と御堂のほうへ少しだけ向ける。

目で文面を追って、要点だけ拾っていく。

「浅田からです。今回の大阪のドロップ品の術式汚染、東京側で照合かけてもらってました」

難波が机の向こうから身を乗り出す。

御堂も画面のほうへ視線を向けた。

「東京で上がってる術式と、組み方が一致してるそうです。同じ人間がやってる可能性が高い、と」

「やっぱりそっちと繋がっとったか」

難波が短く息を吐いた。

「真壁さん、実はウチもな、大阪管理局の特捜部に動いてもろてたんですわ」

俺はスマホから目を上げた。

「今回の東野の件、ちょっと手回しが良すぎる感じがしててな」

難波が手元の書類を1枚、机の表に出した。

「単独でやれる規模やない。組織として裏で動いてる、ってことで、東野の交友関係を特捜部に洗ってもろてました」

御堂が紙に視線を向けた。

俺もそちらに身を寄せる。

「それで、ちょうどさっき名前が出てきたところで」

難波が紙の真ん中あたりを、指で軽く示した。

「アーカム・トレーディング・ジャパンって装備買取の業者です。東野とつるんでた人間が、複数名そこにおるそうで」

「…アーカム」

短く繰り返した。東京で上がっている術式汚染と、大阪のこの一件は、同じ組織が動かしている。

その足元に、アーカム・トレーディング・ジャパンという業者の名前が並んでいた。

「表向きは買取・処理を扱ってる業者ですか」

難波が頷いた。

「表向きは、ですわ。あそこは前々から、業界でええ噂のない業者でな」

難波が一拍置いて続ける。

「ウチくらいの規模やと、断片的にやけど、いろんな話が耳に入ってきますねん。アーカムは、もう何年か前から要注意で挙がってた名前で。買取量に対して、表に流れてる量が少ない。数字が合わん業者やな、と」

俺は黙って聞いた。

「それから、アーカムは外資系です。日本法人を構えてますけど、本社はもっと向こうで。管理局も実は、裏のつながりを前々から追いかけてた最中らしくて。ウチも別口で情報集めてた、ってのもあって、特捜部に話を通しやすかったんですわ」

御堂が、机の上の地図を広げ直した。

湾岸の海側に、倉庫地帯が広がっている。

難波が引き出しから赤ペンを取って、地図の上に身を寄せる。

「アーカムの本拠は、このあたりやったかな」

ペン先が、湾岸の倉庫街の一角を、ぐるりと丸で囲った。

「買取の表看板は出してますけど、出入りしてる人間の顔ぶれは妙でな」

御堂が頷いた。

「同じ業者の名前で、別の倉庫も持っているはずです。私の手元の搬入記録だと、ここにも1棟」

御堂が指で、丸の少し離れた場所を示した。

難波が、そこにも小さく丸を足す。

「あの識別票、アーカムの中で持ち回られてる目印ってことですね」

御堂が、短く息を吐いた。

「一応の辻褄は通ります」

難波が赤ペンを置いた。

指で軽く眉のあたりをなでてから、口を開く。

「ただな、真壁さん」

声が、それまでより一段だけ落ちた。

「アーカムの上に、もっと大きい何かがある気がするんですわ。ただ、まだ尻尾は見えてへん」

俺は無言で頷いた。

難波が頷きを受けて、姿勢を戻す。

「とりあえず、目の前の倉庫を押さえるとこから始めましょか。明日の早朝で、管理局と合同で組ませます」

御堂が一拍受けて、続けた。

「真壁さんは現場には付けへん方針でいきましょか。後ろで鑑定だけ、お願いします」

「分かりました」

シオが、机の上にするりと下りてきて、地図の端でぺたっと身を低くした。

赤ペンの丸を、丸い目でぼんやり見ている。

難波が地図を眺めたまま、ぽつりと言った。

「明日、何が出てくるかですわな」

返事は、誰もしなかった。