軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ベルトコンベア

窓のカーテンを引くと、五月の朝が部屋に入ってきた。

新大阪駅前のビジネスホテルの一室。

シャワーは昨夜のうちに済ませてある。

シャツに袖を通してジャケットを羽織ると、それでちょうどいい温度になった。

携帯ケースの蓋を開けるとシオは中で殻の縁を一度だけ動かして、ぴょこんと顔を出した。

「行くぞ」

声をかけると、肩を伝って襟元に収まった。

指先で殻の縁にちょんと触れると、もぞ、と一度だけ動いて静かになる。

今日も落ち着いている。

荷物を肩にかけて部屋を出てロビーに降りると、御堂がすでに立っていた。

「おはようございます。車、回してます」

短く言って外へ案内する。

難波支部長は現場で合流するらしい。

ジャケットの肩でシオの位置を確かめてから、車に乗り込んだ。

移動は思ったより早かった。

大阪の街は、東京と同じ標識の文字でも、どこか違う色味がある。

歩道を行く人の足取りが半歩だけ遅い。

信号待ちの並び方も、ぴたりと整列するというより少しだけ崩れている。

「現場、もう搬送業者の担当が入ってますよ」

御堂が前を向いたまま言う。

「瀬川さんという方です。うちの判断が出ないと荷物を動かせない立場なので、少しでも早く結果がほしいんですよ。だから朝から場を整えて待ってくれてます」

なるほど、と返す。

車が湾岸エリアに入ると、潮の気配が窓越しに伝わってきた。

大阪湾岸ダンジョンの入口は、品川と並べて見るとはっきり性格が違う。

観光客や配信者の姿が少ない代わりに、コンテナを積んだ搬入口、フォークの稼働音、無線で短く飛び交う指示が前面に出ている。

商売の街の速さが、そのまま入口の手前まで続いていた。

御堂が手続きを通して、降下用の専用ラインへ案内する。

業務搬送と兼用のラインで、中層B6F相当までの所要時間はそう長くない。

エレベーターが下りはじめると、耳の奥がわずかに詰まる感じがあった。

御堂は前を見たまま、一度だけ口を開く。

「仮選別場は、ダンジョン最前線ではないです。ですが、ここで生まれたダンジョン産資源は国内であらゆる人々の生活に無くてはならないものでもあります。ダンジョン産資源の大動脈といってもいいこの場所が、今から案内するとこです。我々管理側の静かな戦いの場ですが準備は…いいですか?」

頷きで返した。

シオは襟元で姿勢を変えない。

ほどなく、扉が開いた。

屋根のある作業区画。

長机が二列に伸びていて、保留扱いのロットがコンテナごとに並んでいる。

搬送ケースの蓋には処理票と管理札が二重で付けられていた。

札の色で扱いが分かれているらしい。

立会いの男が長机の前に立っていた。

「管理局の東野です。今日の立会いを担当します」

四十代に見える。

声に余計な抑揚はなく、視線も真っ直ぐこちらに向いていた。

手元の処理票を一枚めくってから、続けて口を開く。

「条件、短く確認だけさせてください。判断は安全・要処置・危険の三段階で。札の差し替えはこちらで行います」

「分かりました」

その横で、もう一人がケースを開けて待っていた。

「瀬川です。今日はよろしくお願いします」

三十代後半に見える。

日に焼けた手で処理票の束を握り、すでに一点目のケースに手を添えていた。

御堂が小さく頷いてから、段取りを最後にもう一度確認する。

「では、上から順番で」

俺は短く返した。

「お願いします」

最初のケースに手を伸ばそうとして、視線が長机の奥に流れた。

搬送ケースをそのまま乗せられる業務用のベルトコンベアが、奥に据えられている。

「これ、動かせますか」

御堂が顔を上げた。

「ベルトコンベア、ですか」

「一点ずつケースを開けて見るより、流しながらのほうが早いです。回してください」

東野が処理票の束を握ったまま、こちらを見た。

「……流す、というのは。一点ずつ止めずに、梱包したままラインの上で順に見ていく、ということで?」

「はい」

「失礼ですが、その量と速度で鑑定が追いつくものですか」

ここにまとめられている物は、一次判断で廃棄物とされている物ばかりだ。

大物を除けば封入処理は施されており、それが鑑定する際の阻害要因になりやすい。

事実、ここで仕分け判断をしているチームにも鑑定スキル持ちがいるが、基本的には鑑定したい物そのものを直視する、ということがルールとして義務付けられている。

これは鑑定スキルの常識ともいえるものだが、見た目の個体を鑑定するものであるので、周囲に覆われている物がある場合は、覆われている物を鑑定してしまうことがあるからだ。

あくまでもスキル持ちの認識範囲で鑑定が成り立つのだが、個人差はあれども概ね似たような状況になっていた。

それを封入状態のまま鑑定を通していく、とこの場で宣言したようなものであったので、仕分けチームのプライドを多少刺激してしまっていた。

この状況を良く思わない瀬川も手を止めて、視線を俺から御堂へと寄越す。

『どうするんだ?』と御堂に向けて判断を促していた。

御堂は腕を組んだまま黙っていた。

「この量を一点ずつ確認してると日が暮れます。さっさとやりましょう」

短い沈黙のあと、東野が瀬川の方を見た。

視線が合った瀬川は御堂に対して視線を送る。

御堂はちらりと瀬川を見て、頷いた。

「……分かりました。ただ、流したあとで、やっぱり一点ずつ見直したい、とは言わないでくださいよ」

「もちろんです」

東野が頷いて、奥のスタッフに合図を出す。

ベルトが、低い駆動音とともに動き出した。

最初の廃棄物が流れてくる。

見た目に問題のない部材で、重さも正規の範囲内、表面の処理痕も綺麗に揃っている。

「安全」

東野が札を差し替える。瀬川が一拍遅れてケースに手を添えた。

次に流れてくる廃棄物は指で触れる前から、封入ケース越しで術式痕の影が薄く残っているのが見えた。

残り方は一方向に偏っていて、強さも弱い。

単体で動かすぶんには、搬送中に何かが起きる類のものではなかった。

「要処置。搬送は可ですが、受け入れ先で再確認を」

東野の手が止まりかけたが、俺はすでに次の廃棄物に視線を移している。

「術式痕の残り方が一方向だけ濃いです。処理済みでも、倉庫で重ねると隣に影響します」

短く付け加えると、東野が頷いて要処置の札を付けた。

その次の廃棄物は封入ケース越しにもかかわらず、俺は流れを止めずに言った。

「それは危険。呪詛の混入があります。少量ですが、生きてます」

瀬川が手元のレバーを引いて、その一点だけをラインから外す。

東野はすでに危険札を取り出していた。

近くで見守っている御堂が腕を組んだまま、低く声を漏らす。

「……速いですね」

俺は答えなかった。

襟元のシオは姿勢を低くしたまま、何も発していない。

いつもより少しだけ静かに見えた。

次のロットがラインに乗ってくる。

ベルトの速度は最初のままだが、俺の口は流れより一拍早く動いていた。

「安全」

「安全」

「要処置。術式痕の残留が右側だけ」

「安全」

「危険。内部に微弱な反応」

東野の札を差し替える手が、追いつかなくなりはじめる。

「……すみません、もう少しお待ちを」

札の束を抱え直しながら、東野が小さく言った。

瀬川も処理票への走り書きが追いつかず、頷くこともできていない。

御堂が苦笑をこらえた顔で、ベルトの速度をあえて一段上げる合図を出す。

「……速度、上げて大丈夫ですか」

「大丈夫です」

ベルトが少し早く回り出す。

俺の判定は、それでもまだ流れより一拍早かった。

「安全」

「保留。再確認のあと判断」

「要処置」

「安全」

瀬川がレバーから一度手を離して、首を振る。

「すまん! こっちが追いつかんわ」

東野も札を捌く手を止めて、短く息を吐いた。

「速度、戻してください。記録のほうが間に合いません」

御堂がベルトの速度を一段戻す。

少しだけ、間が空いた。

「そちらのペースに合わせます」

俺が瀬川たちの判断に従うと、現場の手も追いつき始めた。

しばらくは、噛み合った流れが続いた。

ベルトに乗ったケースが順番に来て、俺の判定が札の差し替えと同じテンポで返っていく。

安全、安全、要処置、安全。

決まった呼吸のような音だけが、この中層廃棄物仮処理置き場に重なる。

そのテンポの中で、視界が一瞬だけ止まった。

地味な部材の一つに、汚染痕の残り方の流れが妙なものが混じっている。

襟元のシオが、ごく弱く姿勢を低くした。

鳴きもしないし光りもしない。

ただ、いつもより前かがみになっていた。

「これは別ラインに。保留で」

東野の手が止まった。

「色は保留扱いで」

「はい。ただ、扱いは少し重めに」

東野が頷きながら、要処置の札に手を伸ばす。

前にも、似たような残り方を見た気がした。

同じではない。ただ、術式の流れ方が似ている。

すぐには思い出せないが、いまはそれで構わなかった。

ここで答えを掘り起こしに来ているわけではない。

要処置の札が付くのを横目で確かめてから、視線をラインの次に戻した。

ベルトはまた、一定のテンポで動き続けている。

半日強が過ぎた頃、ロットの並びは最初と明らかに違っていた。

安全、要処置、危険、保留。長机の端は、その四つの山に分かれて整然と並んでいる。

形だけ見れば、ただ仕分けが済んだだけのようにも映る。

ただ、搬送に出す前の段階で、どれが先に進めてどれを止めるかがはっきりしているというのは、ここを預かる現場にとっては大きな意味を持つ。

搬送業者の作業員が、危険の山を指差して短く言った。

「これ、管理局に持ってってからだとまた確実に呼び出し食らうとこやったわ。いまの段階で弾けてラッキーやな」

瀬川が頷いて、票に何かを書き加える。

そこへ、奥から久しぶりに聞いた声が飛んできた。

「……ほんまかいな」

顔を出したのは難波だった。

処理票の束を遠目に見て、危険のロットと安全に流せるロットが既に分かれているのを確かめてから、もう一歩近づいてくる。

「………半日でこれかいな。助かるわぁ」

素で出た声だった。

それをすぐ隠すかのように、いつもの口調に戻る。

「今日はここまでで、御堂、どないや?」

御堂が頷いた。

「今日はここまでにしましょう。明日続きを」

東野は札の束を端から揃えながら、視線だけを俺のほうへ向けた。

表情は崩さないまま、声の調子をひとつ落として続ける。

「判断基準、こちらでも記録に残しています。明日以降も、同じレベルで進めていただけると助かります」

俺は札の縁を指先で軽く整えてから、短く返した。

「ええ、明日も同じようにやります。引き続きよろしくお願いします」

長机の端には、保留に回した山が二つ並んでいた。

その一角に、さっき別にした一点が札に挟まれている。

地味な見た目のまま他の保留品と並んでいて、見分けはほとんどつかない。

「調べるか…」

帰り際、簡単にまとめたものを関係者へメールで送った。