作品タイトル不明
配信者という人前に出る職業も、色々と悩みは尽きないみたいです
朝、スマホを確認すると昨夜には届いていなかった通知がいくつか増えていた。
ダンジョンTubeのアプリ内だけでも、通知の数が一気に増えている。
念のため「回収屋」の名前でネット検索をかけてみると、SNSや掲示板にもいくつかスレッドが立っているのが分かった。
その中に一件、タイトルがまずかった。
【特定】深夜ダンジョン配信「回収屋」の正体を調べるスレ
「……嫌だな」
声に出してから、少しだけ荒れた心を抑えて開いてみた。
「品川第七ふ頭の回収スタッフ」「声の感じから20〜30代の男」「鑑定スキル持ち」という情報が並んでいる。
どれも的外れではないが、具体的な人物にはたどり着いていない。
フードで顔を隠し、名前も出していないのだから当然だ。
それでも、こうやって調べられているという事実は落ち着かない。
注目されることと、特定されることは話が別だ。
とはいえ、裏を返せば、それだけ見られているという証拠でもある。
注目されないままでは、そもそも仕事として成立しない。
だが、まだ俺みたいな知られていない新人をスレで取り上げるようなものなのか?と思うも、一旦スマホを閉じて、今日の段取りを頭の中で組み直した。
◇
夜の配信前、魔獣の爪を持って精製業者に寄った。
細かい計算は後でいいと思っていたが、実際に査定を聞いてみると少し驚いた。
「8本まとめで、精製込みで2万8千円になります」と言われた。
昨夜のライブで「たぶん3万前後」と言っていたのとほぼ一致している。
「では、お願いします」
精製は数日かかるらしく、引き取りは後日になった。
今日の収穫は確認だけだ。
それでも、またひとつ鑑定の精度が証明された感覚があって、足取りは悪くなかった。
◇
深夜0時過ぎ、3回目の配信を始めた。
アプリを開くと登録者数が107から121に増えている。
昨日一日で増えた分だ。
配信ボタンを押すと、最初から視聴者が14人いた。
「こんにちは、回収屋です。三回目です」
『きた』
『早速』
『爪の結果どうだった?』
「精製業者に持ち込みました。まとめて2万8千円になりそうです。仕上がりは数日後なんで、また報告します」
『言った通りじゃん』
『3万前後って言ってたのにほぼ一致してて草』
『鑑定精度おかしい』
「運が良かっただけですよ」
正直なところ、運じゃない。
間違いなく俺の鑑定スキルのおかげだ。
でもそう言った方が世間に対して気を使えている気がして、毎回こういう答え方をしてしまう。
視聴者はそのたびに『絶対運じゃない』みたいなコメントが返ってくる。
それがなんとなく、毎回の定型になりつつあった。
入口をくぐって、今夜のエリアへ入る。
◇
今夜の通路は昨日よりも静かで、大量の放棄品はない。
それでも丁寧に確認していけば何かは出る。
【鑑定】を使いながら1本1本見ていく地味な作業を、視聴者はなぜか飽きずに見ている。
30分ほど進んだところで、壁の隅に引っかかっているものに気づいた。
折り畳まれた、紙のような素材のもの。
ダンジョン内では紙系の素材は劣化が早いが、これは少し特殊な加工がされているらしく、端が黄ばんでいる程度だった。
拾い上げると、内側に細かい線が書き込まれている。地図だ。
「なんか地図みたいなのが落ちてましたね。ゴミかな」
視線を向けて、【鑑定】を使う。
――――――――――――――――――――
ダンジョン手書き記録図(古)
現在価値:不明
備考:品川第七ふ頭ダンジョン第五層以深の記録と思われる
内容に未登録区画の記載が含まれる可能性あり
推奨:ダンジョン管理局への提出、または専門の資料収集家へ
――――――――――――――――――――
「……第五層以深って」
思わず止まった。
「これ、未登録区画が書いてあるかもしれないって出てます。俺には判断できないので、管理局に持っていきます」
『ちょ待って』
『それかなり価値あるんじゃないの?』
『なんで使って探索しないの』
「五層以下ですからね。正直、俺の手に負えないです」
『潔すぎる』
『でもその判断が正しいと思う』
『管理局に出したら謝礼とかもらえるんじゃ』
「もらえたらラッキーくらいに思っときます」
コメントが笑いで流れていった。
視聴者数はいつの間にか68人になっていた。
◇
地図を慎重にポケットに入れて、引き続き通路を進む。
大きな発見はなかったが、細かい回収品がいくつか積み上がっていった。
使い捨て照明具の再利用品、小型の魔石片、探索者が置き忘れた道具類。
単体では大した値段にならないが、まとめれば数千円にはなる。
配信を始めて一時間が過ぎたころ、画面の端に見慣れないアイコンが出た。
スーパーチャット、いわゆる投げ銭だ。
金額は五百円。
コメントに一言、『鑑定ありがとう。これからも続けてください』と書いてある。
「……あ」
三秒くらい固まった。
「……ありがとうございます」
それだけしか言えなかった。
『素直すぎる』
『もっと何か言いなよ笑』
『でもこれがいい』
『初スパチャじゃん、おめでとう』
「初めてもらいました。なんか、すみません」
『なんで謝るんですか笑』
視聴者数が80人を超えていた。
◇
配信を終えて、ダンジョンの外に出た。
夜風に当たりながらアプリを確認する。
ピーク視聴者数は93人。
登録者は今夜だけで30人近く増えて、合計150人に届きそうになっている。
そして、収益の通知が来ていた。
配信による収益:32円。
数字だけ見れば少ない。いや、かなり少ない。
会社員時代の時給換算するまでもなく、圧倒的に低い。
だがこれは、ダンジョンで物を拾いながら喋っていただけで入ってきた金だ。
「……本当に仕事になってきてるな」
スマホをしまおうとしたとき、もう一件通知が来た。
榊からだった。
『改めてご提案なんですが、一回だけでいいのでコラボしませんか。うちのチャンネルで回収屋さんの鑑定を見せる企画です。視聴者数はうちが担保します。回収屋さんは鑑定するだけでいいです』
「視聴者数はうちが担保します」という言葉が少し引っかかった。
悪い意味ではなく、榊なりの誠実な言い方なのだと思う。
でも、まだ一人でやりたかった。
『考えます』と打ち込んで、送信した。
帰り道、頭の中では次の配信のことと、地図を管理局に持ち込む段取りと、精製業者から爪の仕上がり通知が来るタイミングのことを考えていた。
やることが増えてきた。
それが今は、悪くなかった。