軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新宿大入口

朝、シオの状態欄に「感応継続。肩上定位置。体重・飲む量に変化なし」と書き込んで送信した。

月次報告の義務はまだ続いている。

「もう書くことも同じで、目新しいこともなくなってきたな。これまだ報告続けるのか」

シオはいつもの肩上でわずかに動いて、向きを変えてからまた落ち着いた。

スマホを置くと、榊からメッセージが届いてることに気付く。

「榊さんからか。コラボの依頼かな」

『今週末に新宿大入口から入って中層まで案内するコラボをやりたい』

という予想どおりの内容だった。

『中層の鑑定場面が撮れますし、真壁さんと一緒なら危険判断をリアルタイムで出すことも可能です。視聴者には価値があると思いますがどうでしょうか』

そんな感じで続いており、「新宿か」と少しだけ考える。

『行けます』

そう返した。

新宿に来たのは久しぶりだった。

かなり昔、それも10代の頃だったが、俺にだってダンジョンに憧れを持っていた時代はある。

配信動画では一流の探索者たちが魔物たちを打ち倒す、そんな派手でカッコイイ映像をみたら誰にだって、「一度は俺も…!」という気にさせられるのは当然といえば当然である。

「あの時は若かったなぁ」

シオは『なに言ってんだ?』という感じで俺をチラリと見ていた。

駅を出ると、最初に目に入ったのは看板の密度だった。

装備店、買い取り業者、鑑定所、配信機材の専門店。

入口に近い区画はほとんどそれで埋まっていて、搬送業者の受付窓口と許可申請の案内板も通りに面していた。

人の数も品川とは違った。

平日の午前中なのに、ダンジョン関係の用事で動いている人間が絶えず流れている。

「ここに来ると、さぁダンジョンだ!って気になるよなぁ」

探索者たちが広場に集まっている風景を見ると今でも胸の中に僅かだが、あの時の高揚感が甦る。

「俺には最前線に立つスキルも、力もないけど。それでも今の回収屋稼業も悪くないんだよな」

俺は歩きながら周囲を見た。

東京迷宮には出入口が無数にあるが、一般の探索者が正規に入る入口は、この新宿大入口が中心になっている。

地下5階までの公開浅層は魔物ランクがE相当で、初心者でも入れる。

東京迷宮全体の格はS級だが、探索者が集中して管理も行き届いているから浅層は整っている。

その分、浅層から中層前半にかけての回収品は常に取り尽くされていて、目利きが必要な物は長く残らない。

品川第七ふ頭ダンジョンとは役割が違う。

品川はゴミ処理、危険物の一次仕分け、除去対象の搬出を扱うことを目的に管理されている区画だ。

公的機関や処理業者が出入りする裏側の区画で、一般の探索者が普通に入ってくる場所ではない。

一方で俺がダンジョンでの仕事を始めてから、拠点は品川だった。

これは探索者界隈からすると、異端中の異端、こんな扱いである。

だから物珍しさもあり、配信動画がそこそこ回るんじゃないかと思っている。

ちなみに、新宿側から入るのは今日が初めてだったりする。

新宿大入口は、大型施設の地下に接続されていた。

エントランスに入ると、まず広さがあった。

天井が高く、入口から奥まで大きな空間が続いている。

許可窓口が横に並んでいて、情報掲示板の前に何人かが立って画面を確認していた。

クラン事務所の受付と搬送業者の問い合わせ窓口が同じフロアにある。

人の構成が品川とは別だった。

装備を固めた上級者、軽装の初心者、配信用の機材を担いだグループが同じ空間にいて、受付に向かう列が2本できている。

入口に近い位置の壁に、初心者向けの案内図が貼られており、サイネージも充実していて、一方の品川第七ふ頭ダンジョンの入口にはそもそも初心者という概念はない。

業者専用の出入口、そんな認識である。

エントランスに入った瞬間から、視線があった。

通り過ぎる探索者が俺の肩を一度見て、そのまま歩いていく。

受付に並んでいた組が2人で小声で何かを言い合ってから、またこちらを見た。

配信機材を担いだグループの一人が仲間の腕を軽く叩いて、顎でシオのいる方向を示した。

テイマーは少ない職種で、大型の魔物をテイムして別の入口から運用するのが一般的だ。

小型をテイムしている者はその中でもさらに数が少なく、また、新宿大入口をそのまま通るケースはほぼない。

シオは肩に乗ったまま動かなかった。

視線が集まっていることを気にする様子もなく、いつもと同じ位置でいつものようにのほほんとしている。

「榊さんたちはどこだろ」

品川第七ふ頭ダンジョンではありえない、人を探すという行為に少々違和感を感じる。

あそこは常に人気がないので、探す手間がそもそもないのだ。

だから集団がいればものすごく目立つ。

周囲に視線を動かしているとその先に榊が見えた。

エントランスを入って少し奥側の方に立っていて、向こうも気付くと俺の姿を見て手を挙げた。

「上位鑑定士登録、本当にやったんですね」

榊が言いながら近づいてきた。

どこで情報を仕入れたのかわからないが、榊のネットワークは情報を仕入れる速度が段違いだと思う。

「ええ。もう知ってるんですね」

「そりゃ、鑑定士業界っていうニッチな世界のことですからね。真壁さん、その中でも話題の人物じゃないですか」

「そんなに話題になってるんです?」

「そりゃそうですよ。鑑定士業界ってお堅い業界じゃないですか。俺ら探索者たちとは違うっていうか、そもそも付き合いのある業界が管理局とかそっちですよ? だから派手なことが起こりようないんですよ」

「なるほど」

「それに鑑定士が、それもソロでダンジョンに潜るっていうだけで異常事態ですからね。そろそろ真壁さんも、自分がやってることの異常さに気付いてほしいなぁ」

「そう、なんですね。今後気を付けます」

「ですです。できれば護衛付けて潜って欲しいとこですけどね。まぁ今回は俺らいるんで、そんな事態にはさせませんけど」

「忠告ありがとうございます。今日はその分配信がんばりますんで」

「ありがとうございます! 今日も最高の配信しましょう!!」

そんな感じで雑談をしつつ、今度は段取りの確認を始める。

配信の流れ、撮影の範囲、入場前の確認事項をまとめて話した。

俺は聞きながら手元の荷物を確認した。

「始めます」

榊が言って、カメラが回り、配信が開始された。

俺はエントランスを背にして画角に入る。

そういや榊とのコラボは今回で3回目になるのか。

「みなさん元気にダンジョン潜ってますか?! 今日は何と、あの回収屋チャンネルと3回目のコラボです!! そして…本日はここ、新宿からお届けします!!」

相変わらずのあのテンションの振り切りかたは勉強になるな、と思う。

………なるのか?

そんな感じで配信は始まり、俺らはエントランスの奥に向かう。

エントランスの奥に、基幹大エレベーターの入口が並んでいた。

上層接続と中層接続で入口が分かれていて、中層側には一定のランク確認があると表示されている。

下層接続はさらに奥で、この位置からは見えなかった。

「これから中層へ向かいます」

榊がそう言うとシオにも少しだけ緊張が走ったのか、静かに姿勢を変えた。

中層接続の待機列は、浅層接続より短かった。

並んでいる者を見てみると装備が違った。

浅層側には軽装の多い初心者が混じっているが、中層側に並んでいるのは胸当てや脚部装備を固めた探索者がほとんどだった。

一人で並んでいる者は少なく、2人以上の組が多い。

クランマークの入った装備を着けている者もチラホラ見かける。

受付での探索者ランク確認を終えてエレベーターに乗った。

扉が閉まると、エレベーター内は静かになった。

ちなみにこの移動の時だけは電波が届きにくいのか、配信は一旦途切れる。

視聴者もその辺はよく知っているため、トイレタイムとか言われていた。

他に3名が同乗していて、全員が正面を向いたまま言葉を交わさなかった。

装備を固めた組が2名と、荷物を多く持った単独の人物が1名。

階数表示が下に進んでいくのを俺は見ていた。

階層と階層の間は通常とは違ってやけに長い。

たしか次元がどうのこうの、っていうのをどこかで見たことあるが、まぁこれもダンジョンあるある、ということで特に気にしていない。

新宿大入口と比べると、品川第七ふ頭ダンジョンは入口から既に「仕分け後」の独特の空気感がある。

そもそもが、廃棄物処理区画でもあるし、除去されて持ち込まれたもの、処理待ちのもの、廃棄扱いになったものが集まる場所だ。

こちらは、品川基準で言うとその前の段階になるといえばいいのか。

回収屋にとっては一般の探索者とは狙いが違うし、向こうは魔物やドロップ品目当てで、こっちは廃棄されているお宝目当てだ。

品川に流れてくるより前に、まだ誰かに選別されていない状態で何かが残っている、この予想に俺は大きく興味を搔き立てられていた。

どんなお宝が落ちているんだろうか、と。

そして中層に到着し、扉が開いた。

中層接続の出口から出ると、空気が一段重くなった。

天井が低く、照明も新宿側のエントランスよりだいぶ落ちている。

横を見ると、搬送用のラックが壁沿いに続いていて、回収品らしきものが積まれていた。

案内表示は少なく、区画の構造が分かっていない者には動きにくい造りをしていた。

電波が繋がったのか、榊の端末に配信のコメントが流れた。

『回収屋チャンネルとコラボと聞いてきました!』

『超レア』

『回収屋がここにいるとか違和感すげぇな』

『品川の人が表口から来た(意味深』

『新宿側で回収屋珍しい』

『中層コラボ、絵が違うね』

「早速たくさんのコメント来てますね」

「ええ。しかし品川とは違いますね」

通路を歩きながら、壁際と床の物を見た。

回収待ちのラック、番号札つきの袋、仕分け用のボックス。

形は品川で見るものと変わらないが、状態が違った。

品川に届く物は一度選別されて弾かれた後のものが多い。

しかしここにあるものは、選別の前に近い段階のものが多く混じっていた。

それが、品川では見かけない種類のものが棚に並んでいる理由だった。

シオが少し動いた。

首元に向けて姿勢を変えてから、また戻った。

「さぁ進みましょうか。ここはまだ管理局区画なので、本格的な中層はまだ先です!」

促される形で壁際のラックの前を通り過ぎようとしたとき、シオがもう一度動いた。

今度は向きが変わる感じだった。

ある一点に向かって少し向きを変えて、止まった。

俺はシオが感じた方向へ進む。

ラックに立てかけられた板が1枚、他の回収品に混じっていた。

表面がひびで覆われていて、角が欠けている。

見た目は廃材で、番号札もついていなかった。

【鑑定】を向けた。

廃材ではなかった。

術式の補助部材として使われた痕跡が残っている。

圧を分散させる構造を持っていて、封入に関わる機構の一部だったと判断できた。

現在は機能していないが、術式の残滓が内部に残っている。

品川に搬入される前なら、誰かが確認する種類の物だった。

ここでは番号札もなく、他の回収品に紛れていた。

品川では見ない形の見落とされ方だった。

「どうしました? もうお宝発見ですか??」

「いや、ちょっと気になるものがあって」

ラックから目を離さなかった。