軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

基準外判定

朝、月次記録を開いた。

シオの状態欄に書き込む。

『感応継続。肩上定位置。体重・飲む量に変化なし』

記録としてはそれだけだった。

変化がない週が続いている。

シオは今朝も肩口にいる。

保護容器から自分で出てきて、腕を伝って肩まで上がってきた。

真壁が月次記録を書いている間も、そのままそこにいた。

寝るときだけ容器に戻す。

それ以外の時間は肩の上か首元あたりにいる。

服地をヤドカリの足で掴んで、真壁が動いてもずれない。

この状態が当たり前になってから、もうかなり経つ。

特別な話でもなくなっていた。

端末を閉じると、管理局からのメッセージが届いていた。

件名は「試験結果の説明について」だった。

本日午後、資格管理部門に来てほしいという内容で、結果そのものについての記載はなかった。

午後か、と思いながら読んだ。

見るべき物は全部見た。あとは管理局の判断の話だ。

シオが肩口でわずかに動いた。

向きを変えて、また落ち着いた。

管理局の資格管理部門の奥に、上位審査の精査室がある。

その部屋では午前から、試験官と審査担当2名が真壁の記録用紙を広げていた。

「前半の基礎試験の時点で気づいていました。他の受験者は危険度と価値の有無を書く。あの用紙だけ、術式の構造と素材の由来と取り扱い順が並んでいた」

「偽装品の製造経緯まで書いていましたね」と審査担当の一人が記録を指した。

「そうです。基礎試験の採点基準には、製造経緯の記録を求める項目がありません。こちらが求めていない情報まで、自然に記録に出ていました」

もう一人の担当が後半の記録用紙を取り出した。4番室の分だった。

「この結果を受けて、後半だけ物件を差し替えたんですね」

「はい。基礎試験の段階で、通常の上位登録用の難度では水準が測れないと判断しました。4番室だけ、最上位認定試験相当の物件を混ぜました。本来この試験で使う内容ではありません。上から確認を取って差し替えた訳ですが…」

「それで満点の回答を上回るものが出た、と」

「複合型残滓の処理手順と対処班の種別まで記録されています。うちが設定した処理基準の上を行く内容でした」

試験官は用紙の一点を指した。

「あの布については、私自身の鑑定では複合型として把握できていなかった。接触型と浸透型が重なっていることを、真壁さんの記録を読んで初めて確認しました。今回の試験官がその物件の危険度を受験者に教わった形になっています」

部屋が静かになった。

「上位登録の採点基準では、この回答を評価できない、ということですね」

「上位登録の合否基準では処理できません。最上位認定の事前選別に近い内容が出ています。ただし今回は上位登録の試験として実施したものです。最上位認定の試験を受けさせたわけではない。どの枠として判定するかが問題です」

担当の一人が別のファイルを開いた。

「国内で比較対象になる人物は把握されていますか」

「把握されていません。現時点で、国内の登録鑑定士・上位登録鑑定士の中にここまで見える者はいない。管理局の審査記録の範囲では存在しないです」

「海外では?」

「参考として名前が挙がるとすれば、ロンドン迷宮監査院のエリオット・ヴェインか、北欧封印監査局のヘルガ・ノルドあたりになります。ただし完全同格かどうかは分かりません。比較対象として名前が出る、という段階です。今回の試験内容との直接比較には及びません」

担当が資料に何かを書き込んだ。

もう一人が記録用紙を再度手に取って、黙って読んでいた。

「この結果を、通常の上位登録合格通知として返していいか」

「それを今日中に決める必要があります。本人には午後に来てもらう予定です」

3名が用紙を前に、少し間を置いた。

午後、真壁は管理局の資格管理部門へ向かった。シオは肩口にいる。

案内された部屋には試験官と担当者が1名いた。

机の上に封書と数枚の書類が置かれていた。

「お座りください」

担当者が書類を真壁の前に向けた。

「結果をお伝えします。上位鑑定士登録、合格です」

「分かりました」

「ただし」と担当者が続けた。

「通常の上位登録合格とは別の扱いで記録します。最上位物件立会い候補として、審査部門の別管理対象に登録されます」

真壁はそのまま書類を見た。

「今回の試験について説明します。前半の基礎試験の結果を見た時点で、後半だけ最上位認定試験相当の物件を4番室、即ち真壁さんの試験部屋に混ぜました。本来、上位登録の試験では使用しない内容です。それでも回答精度が想定を超えました。採点基準が上位登録の枠に収まらないため、審査部門での追加判定が必要になりました」

担当者が書類を1枚めくった。

「別管理対象というのは、具体的には何ですか」

担当者が別の書類を出した。

「今後、危険封印物や上位術式物件の現場鑑定依頼が来た場合、優先的に声をかけることがあります。一般の登録者では対応が難しい持ち込み案件の振り分け先としても記録されます。義務ではありません。依頼は都度判断していただいて構いません」

受領確認の書面にサインして、席を立った。

試験官が一度だけ真壁の方を見た。シオが肩口で静かに姿勢を変えた。

廊下を歩きながら、書類を封書にしまった。

合格した。

上位登録の枠に収まらない扱いになった。

見える物が増えるなら、その都度見るだけだ。

やること自体は変わらない。

管理局の廊下は静かだった。

窓の外に午後の光が差している。

シオが肩の上にいる。今日も仕事の間ずっとここにいた。

管理局の廊下でも、説明を受けている間も、ずれずについてきた。

担当者も試験官も、シオの同行を特に気にする様子はなかった。

保護容器をバッグから出してシオを移そうとすると、シオが首元の方へ少し移動した。

外の方がいいらしかった。

バッグに容器を戻して、真壁は歩き出した。

精査室では担当者が記録用紙をファイルに戻しながら、試験官に言った。

「今後、試験基準の見直しが必要ですね」

試験官は頷いた。

「あの人物を基準にすると、既存の上位登録者が全員再評価になる」

「どうしますか」

「今のところ保留です。上に上げて、判断を待ちます」

2名は書類を閉じて、部屋を出た。