軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

シオの成長とダンジョンコラボ配信

今日もいつものルーチンである、シオの月次記録を開いた。

朝起きて必ず行うのはシオの確認だ。

容器を引き寄せようとして、殻の様子が昨日と違うことに気づいた。

シオの本体は薄い青灰色で、光の当たり方によっては内部がうっすら透けて見える。

形は小型のかたつむりに似ているが、もっと柔らかく、移動するたびに輪郭がわずかに揺らぐ。

背中には青緑の結晶殻があり、潮魔石に近い光を帯びていた。

普段は容器の壁にぺたりと張りついたまま移動し、殻の縁の近くに小さな目と感覚突起が並んでいる。

その結晶殻の外側に、薄い膜のようなものが浮いていた。

昨日まではなかった。光を当てると白く曇って見える。

膜の端が一部ごく薄く浮き上がり、殻との間に細い隙間が入っていた。

「これは…脱皮か?」

とりあえず、朝のもう一つのルーチンでもある栄養液を細口の滴下器で注いだ。

カルシウム系の鉱物で、殻の健全な成長を補助するものだと説明を受けていた。

最近シオはこの滴下器を手に取るとご飯の時間だとわかるようで、勢いよく向かってくるようになっていた。

以前は液に気づいてから寄ってくるまでに間があったが、今はもうそんなことはなく、滴下器を持ったときにはもうすり寄ろうと準備万端に待っていることが多い。

飲み終えると、お気に入りスポットでもある容器中央には戻らなかった。

「どうしたんだ? まだ飲み足りないか?」

栄養液をもう少し足すか、そう思った時に言葉に出来ない何か繋がりみたいなものを感じ取る。

「ん? なんだこのもどかしさは」

シオをみるともじもじとなんだが動きが落ち着かない。

弱っている感じではなく、何かうまく収まらないものがある、という動き方だった。

「この皮を取りたいのか?」

はがれそうではがれない皮を取ろうとしているのか。

しばらく様子を伺っていると、ぼんやりとした感覚があった。

自分のものではない。

落ち着かなさと、外へ向かいたいような向き。

何かを探したいような感じ。

さっきのもどかしさと同じような、いや、むしろはっきりとした気持ちが伝わってきたような気がした。

シオをケースから出して丁寧に脱皮中の皮を剥ぐと、今度はすっきりとした感情が伝わってくる。

「不思議な感じだ。これがテイマー界隈でいうとこの共感覚ってやつなのかな?」

月次記録に「殻表面に薄膜あり。膜端部が浮いている。体表に部分的な変化。成長段階の変化の可能性、要観察」と書き込み、スマホを閉じた。

色々と自宅にて書類仕事をこなしていた時、スマホにメッセージが届く。

「ん? 榊さんからか」

時計をみるともうすぐ昼に差し掛かる時間で、ここらで休憩を挟みつつメッセージを開いた。

『配信の相談です。B5Fより先の、魔物が濃い区画で配信を兼ねた確認をしたいんですが、戦闘が目的じゃなくて、その場に出てくる呪い品とか術式付きの危険物をその場で鑑定できる人間が欲しくて。真壁さんが来てくれるなら視聴者的にも筋が通ると思うんですが、どうですか』

『1点だけ聞いていいですか』

そう返すと、すぐに返信が返ってくる。

『どうぞ』

『鑑定の対象は事前に決まっていますか』

『決まってないです。現場で出たものをその場で。それが画として欲しいんです』

少し間があってから、榊が続きを送ってきた。

『深い区画だとドロップの頻度が上がるんですけど、汚染や呪われている物が結構増えるんですよ。魔物って倒すと灰みたいに消えるじゃないですか。あの瞬間にドロップするやつが、見た目じゃ素材なのか危険物なのか分からないことが多くて。うちにアイテムボックス持ちがいるんで保管はできるんですが、そもそも触っていいかどうかの判断が先に要るんです。除染師に回す前に現場でそれをできる人間がいると全然違うんですよ』

俺は少し考えた。

B5Fより先には自分ではまだ足を向けていない。

しかし、ドロップ品の汚染判定をその場でやる仕事は、これまでの依頼とは少し形が違う。

そもそもだが、鑑定士は現場に行くことはまずない。

ダンジョン内で管理局が管理している一次集積所とかはべつだろうが、同じ探索者でもそれだけ鑑定士という職種は立ち位置が違っているのだ。

ただ、深い区画でのその場で鑑定というのは、自分自身がいつかはやってみたいなと思っていることでもあったので、依頼として見れば確かに自分にとっても筋が通っている。

それにシオの変化を見るなら、深い現地の刺激が何か材料になるかもしれなかった。

『行きます』

『助かります。明日の午前で、入口で合流でどうですか』

『問題ないです』

送信してスマホを置いた。

「シオ、明日ちょっと先まで潜るぞ」

シオは身動きしなかったが、肯定的な感情だけが伝わってきた。

翌朝、品川第七ふ頭ダンジョン入口で榊と合流した。

「この前ぶりです」

榊がそう言うと、後ろに控えた2人のメンバーに目配せした。

「前の3人で処理しながら進みます。真壁さんは後ろで気になったものを見てもらえれば」

「分かりました」

その後、今日の細かい段取りや配信方針を打ち合わせを行った。

「では、安心安全でいきましょう!」

「よろしくお願いします」

榊が機材を出してカメラを起動する。

周囲に軽く声掛けして、居ずまいを正した。

「今日はゲストを呼びました。フードの回収屋さんです」

カメラを俺に向けた。

それに連れる形で俺は腰のケースを軽くカメラに向けた。

『回収屋さんじゃないか』

『またコラボか、前回よかったからな』

『シオ連れてきてる?』

『今日は深いとこで鑑定やるのか』

ケースの中でシオが少し動いた。

やる気は十分みたいだ。

品川第七ふ頭ダンジョンからB5F以降に進むには、事前の手続きが必要となる。

それは全て榊が手続きを済ませており、前に見た鍵付きの大きな金属製の扉前で素早く開錠処理を済ませてそのまま侵入した。

初めて見るB5Fの制限区域だが、普段もその手前までは配信で周っているため特段大きな何かは感じない。

「この先を進むとB6Fに入ります。ダンジョンあるあるかもですが、そこから魔物の出現頻度が上がっていきます。それはまぁえぐい位に変わるのでみんな注意して進みましょう!」

確かにB5Fまでで魔物は数えるほどしか見たことが無い。

これは頻繁に管理局が探索者に依頼をして、きっちりと管理しているからでもある。

「魔力の濃度が随分と違うんですね」

「そうなんですよね。自分も初めて来たときは魔力の影響か、随分と息苦しさも感じてました」

天井が低く、空気に魔力の濃さを感じ、上の層とは明確に違いを感じる。

榊たちが前を歩き、俺は数歩ほど後ろから確認しながら進んだ。

道中、初めて生で探索者たちの戦いというものを体験した。

動画とかで見たことはあったが、実際に戦う様子は迫力満点で、見応えポイントがとても多い。

そりゃダンジョン動画でも一番の人気コンテンツと言われるよなぁ、そんなことを思いつつ先へ進む。

そんな榊たちが魔物と戦うたびに、灰のように消えた後にドロップが落ちる。

俺はその都度【鑑定】を向けた。

推定価格はその場で出し、危険なものは声を掛けて分けて置いてもらう。

打ち合わせどおりに戦闘と鑑定が別の役割として動いていた。

そんな感じでB7Fに差し掛かるところで、携行ケースが不自然に揺れた。

なんだろうと思い、ケースを開けて中を見る。

「どうした? シオ?」

声掛けしたと同時にシオが殻の外側に張りついていた薄膜を、内側からわずかに押し上げた。

膜は端からゆっくり浮き上がり、乾いた殻の表面を音もなく離れていく。

下から現れた結晶殻は、くすんでいた青緑が澄んだ色合いへと変わり、光の乗り方もこれまでよりずっと鮮明だった。

シオ本体の動きも軽くなり、ケースの底を以前より滑らかに進んでいる。

殻の縁の感覚突起が小さく震えていた。

脱皮が完全に終わった。

「また一段と成長を遂げたか。えらいぞ、シオ」

そんなことを言いつつ、異常がないことだけ見て榊たちの後ろを付いて行った。

しばらく進むと突然、シオから不快に近い感覚がぼんやりと伝わってきた。

ちょうど榊たちが戦闘を終わった所で、素材袋がひとつ落ちていた。

戦闘で出た残骸の中に混じっていて、見た目は他の袋と変わらない。

「それ、触らないでください」

後ろから声を掛け、袋を手元に引いて【鑑定】を向けた。

――――――――――――――――――――

封入素材袋(呪い残滓汚染)

希少度:D

状態:汚染(呪い残滓・接触型)

危険度:中

推定価値:廃棄

術式痕:呪い系の残滓が内容物に浸透している。触れ続けると徐々に干渉される

備考:外見は通常の素材袋と区別がつかない。

呪いの残滓が閉じ込められたまま流通する事例が近年増えている

――――――――――――――――――――

「中身ごと廃棄案件です。密封して処理ルートへ回してください」

メンバーの1人が密封袋を出しながら言った。

「外見で判断できないやつをノーダメで処理するとか無理だろ。持って帰って後で気づいて大騒ぎのパターンが目に浮かぶ…まぁ動画的には美味しいけど」

「というか、その場でここまで切り分けられるの、もう普通の民間鑑定士の仕事じゃないですよ。登録鑑定士の上位案件みたいだ」

「そうですか? 他の鑑定士の方々も似たようなもんじゃないですかね」

「いや、正直言って回収屋さんの鑑定スキル異常ですよ。うちがいつも見てくれてるショップの鑑定サービスはその場で出ないです。大体価値として確定するのは数日後ですかね」

「へぇ。そんなにかかるもんなんですね。量の問題なのかな」

そんなことを話しながら配信は続いた。

そして予定のB7Fに到着して、そのまま引き返し本日の配信は終了した。

「今日は助かりました」

「こちらこそです。貴重な体験ができました」

「こういう現場に同行できる鑑定士、通常の民間登録士ではなかなか出てこないんですよね。大型クランの遠征でもない限り受けてくれないですし。管理局側でも現場対応できる鑑定士を特例で評価する枠があるらしくて。今日みたいな案件が続くなら、上位登録の打診が来てもおかしくない話だと思います」

「そうですね…来たら考えます」

榊が少し笑った。

「相変わらずですね」

外に出てから、携行ケースの中の様子を確認した。

シオは殻の色が澄んで、本体の動きが明らかに変わっていた。

容器の中を自分で移動し、向きを前より明確に示せている。

感情が伝わる感覚は、今日だけで数回あった。

テイマー系のスキル持ちが使役する魔物と感覚を共有する、という話は聞いたことがある。

ただし正確には『共有』ではなく、『感情』が分かる程度のものだと聞いていた。

だがシオから来る感覚は多岐に渡っていた。

危険・安全・こちらが気になる、そういった大まかな方向性が感情と共に伝わってくる感じで、言葉ではなく自分の感覚に混じって来るような形といえばいいのか。

実際にそれに近いことが起きているとすれば、シオとの関係がテイマー的な何かになりつつあるのかもしれない。

ただ、今日の『不快』の感覚が先に来て呪い品を止められたのは事実だった。

深い区画での配信探索が今後も続くなら、シオの感応性はそこでも機能する。

そのことが今日の現場で確認できた。