作品タイトル不明
押収護符と、シオ(仮称)
朝、月次記録を開いた。
1日1回の記録でいいのだが、最近は朝と夜に記録を書くようにしている。
そして今日も朝の保護幼体の状態を書き込んだ。
最近は殻の光量の微増が継続している。
保護幼体の殻は不思議なことに殻全体が発光することができ、普段は光り方が点だったり帯だったり、また全体が仄かに光ったりと、結構バリエーションが多い。
容器の中での動きも前と比べて随分と多くなってきている。
以前は底でじっとしている時間が長かったが、ここ数日は更に目っぽい箇所を開けていることが増えた。
そして朝ごはんとして、管理局から渡された保護対象幼体用の栄養液を、細口の滴下器で容器底面に少量入れた。
水に近い見た目だが少しだけとろみがある。
仮同行が始まった最初の数日、何を与えればいいかが分からなかった。
管理局に問い合わせを入れると、少しして保護対象幼体向けに調製された液が届いた。
管理局の人が言うには、低濃度の魔力と微量の鉱物成分が含まれており、これで様子を見てくださいと言われている。
何でも、今回保護したダンジョン由来生物は新種らしく、登録データにも載っていないとのことで、近しい種を参考に栄養液を作ってみたということだった。
この栄養液を投下すると、すぐに保護幼体が動いた。
以前より早く液の方へ向きを変え、口を近づけて飲んでいく。
飲む量はまだ少ないが、確実に前回より増えている。
容器の脇に指を近づけると、保護幼体の目がそちらへ向いた。
逃げる様子もなく、指の動きを少し追ってから、静かに目を閉じた。
摂取量を記録欄に書いて荷物をまとめる。
ちなみに今日は配信を入れていない。
先日の浅田からの連絡を受けて、押収品の現物を管理局で確認する予定が入っていた。
◇
管理局までは地下鉄で20分ほどかかる。
途中で一度乗り換え、車内ではスマホを閉じたまま、窓の外の流れに目を向けていた。
管理局に着いて受付を通し、事務棟の奥まで進むと、浅田は会議室で待っていた。
部屋の中に通されると、机の上に封入袋が1つ置いてある。
俺の視線に気づいた浅田はすぐに机の前に向かった。
「先日お送りした押収品の件です」
と浅田が言い、袋を手前に動かした。
「先月末の定期回収で出てきたものです。担当者が以前の案件記録と見比べて、術式痕が似ていると上げてきました」
「どこから出てきたものですか」
「ダンジョン近辺の流通ルートを通ってきた可能性が高いですが、出所はまだ特定できていません。管理局側でも一度確認しましたが、劣化術式の残骸、追跡困難、取り扱い上の危険なし、という結果でした。そこから先には進めなかったということで、真壁さんにもう一段見ていただければ」
「わかりました」
封入袋の中の護符を取り出した。
縦8センチほどの薄い板状で、表面に細い術式線が入っている。
線の一部がかすれていて判読できない箇所がある。
全体的に古びていて、触れた感触も相当に劣化しており、見た目だけでは機能を失った護符の残骸にしか見えない。
灯りを寄せて表面を確認した。
術式線の消え方が、部分によって均一でない。
密度が高い箇所と、ほとんど消えてしまった箇所がある。
通常、自然に経年劣化した護符と、何らかの使用の後に劣化した護符では消え方が違う。
だが、これがどちらなのかは、外見だけでは判断できなかった。
管理局の鑑定が追跡困難で止まったのは筋が通っている。
表面の状態だけで判断すれば、それが正しい結論になる
その時にふと、腰元の携行ケースに動きを感じた。
「保護した幼体を出していいですか」
「もちろん問題ありません」
◇
護符を机に置き、保護幼体の入ったケースをその隣に並べた。
ケースの中でかすかな音がした。
殻の光が淡く揺れ、頭が護符の方向へ向くも、封印箱のときほど強い反応ではない。
それでも向いたまま止まった。
封印・術式保存系のものへの感応性は、これまでに何度か確認していた。
今回の護符は術式が死んでいるように見えるが、それでも保護幼体が向いている。
浅田がケースを少し覗いた。
「前に見たときより、動きがありますね」
「回復傾向が続いています」
浅田は短く頷いて、視線を護符に戻した。
その様子を見つつ、俺は【鑑定】を向けた。
――――――――――――――――――――
汚染護符(中継型)
希少度:D
状態:術式消失(機能停止)
危険度:低(機能停止のため)
推定価値:なし
術式痕:以前の回収品(品川ダンジョン近辺・横浜周辺で確認された同系統)と一致
構造:表層の劣化術式は本来の機能を失っている。ただし劣化は自然経年ではなく、流通後の使用・消耗によるものとみられる
付加情報:表面術式とは別に、識別刻印が薄く残存。同系統の別個体群と接続するための中継識別子。単体完結型ではなく、複数個体が連動して機能する前提で製造・流通されていた可能性が高い。
備考:識別刻印は表層の劣化術式と混在する形で残存しており、表層のみの鑑定では検出困難。製作・配布元が複数個体を意図的に管理・連携させていたことを示唆している。
――――――――――――――――――――
「これは…同系統です。以前の汚染護符と術式痕が一致しています。ただ、今回は以前なかった情報が出ています」
「以前なかった情報ですか?」
「はい。識別刻印です。この護符は単体で完結するものではなく、同系統の別個体と接続する前提で作られているみたいで、複数個体が連動して動くことが鑑定から読み取れます」
「それは管理局の鑑定では出なかった情報ですね」
「表層の劣化術式を確認した時点では追跡困難と判断される仕組みになっているみたいです。識別刻印はその下に残っていて、表層を見ただけでは分からないようにできています」
「識別刻印というのは、以前の護符にもありましたか?」
「以前の鑑定では出てきませんでした。今回の護符に特有のものか、以前のものにも同じ構造があったのかはまだ分かりません」
「全体の流通規模とかわかりますか?」
「この護符だけでは出ません。単発の流出ではないということだけです。出所や流通の数は記録を当たらないと見えてきません」
「なるほど…担当にも共有します」
保護幼体がケースの中でまだ護符の方を向いていた。
◇
「それと、押収元が同じだった別件護符がもう一つあります。同じ流通経路から出てきたものです。手続きが済み次第こちらに届く予定なので、到着したら改めてお願いできますか」
「連絡をもらえれば来ます」
「ありがとうございます」
浅田が頷き、それから「もう一点だけ」と続けた。
「仮同行個体に書類上の識別名が必要になりまして。何かあれば」
少しだけ思考が止まった。
そういえば名前つけていなかったな、と今更ながら気づいてしまう。
それに書類上の名前が必要になるとは思っていなかった。
ケースを見ると保護幼体はまだ護符の方を向いていた。
生まれは横浜の潮魔石層で、そこから俺が見つけて保護した生き物だ。
「…………シオで」
「しお、ですか」
浅田が仮同行管理書に「シオ(仮称)」と書き込み、続いて確認書に署名して部屋を出た。
廊下を歩きながら、少し考えた。
潮のシオ、そのままだった。
もう少し考える時間があれば別の案も出たかもしれない。
ただ、仮称なので気に入らなければ変えることもできる…はず。
廊下を進みながら携行ケースを軽く確認した。
中で保護幼体……いや、シオが小さく動いた。
ケースの側面越しに目が合い、シオはこちらを見たままだった。
「シオ…まぁよろしくな。気に入らなかったら教えてくれよ」
シオは反応せず、そのまま殻に潜った。