軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

登録者数1700万人の配信者①

『おい、何言ってんだ??』

『真壁さんが今から配信したいと言ってます』

真壁遼が「配信したい」と言った瞬間、その場にいた管理局職員の全員の頭の中には、まず最初に一つの言葉が浮かんだ。

無理だ。

品川第七ふ頭ダンジョンからの緊急配信。

しかも今日これから。

このあと一時間でもいいから。

部屋の中で話された内容を、管理局の真壁対応チームの面々は頭を抱えた。

確かに言ってることは理解できる。

配信する、言葉で言えば簡単そうに見えるが、今一番気を使わなければならない男の言葉を世間に配信するという、その大きなリスクに対して普通に考えれば「無理です」という回答が望ましい。

だが、相手は通常の探索者ではなかった。

真壁遼。

ダン博事件で、規格外のダンジョンコア解除に関わった人物。

国内外の報道で、名前が載らない日はない、今最も旬な人物。

政府上層部から、扱いについて何度も念を押されている人物。

真壁に係る管理局職員には、少し前に共有された注意事項が頭に残っていた。

・真壁遼氏の心証を不必要に損なわないこと。

・本人の意向は可能な限り尊重すること。

・安全上不可能な場合も、代替案を提示すること。

・国家元首級の重要保護対象に準じた対応を取ること。

国家元首級。

最初にその文面を見たとき、現場の職員たちは冗談かと思った。

だが、文書の発出元を見て、「あ、これマジだな」とすぐに思い直す。

閣僚会議で発出されたその指示文をみて、本気の対応を取れと厳命されたのだ。

「さすがに……とりあえず、我々だけでは判断ができん。直ぐに内閣府の特命チームに連絡をとるんだ」

あくまでも我々は現場側であり、大きな判断を迫られた場合は、内閣府内で結成された特命チームでの判断と決められいた。

だが、さすがの内閣府特命チームもこの報告が届き、頭を抱える事態に陥る。

「いや…言っている意味はわかるんだ。その通りなんだ。だが…」

今全員に思い浮かべるのが、この繊細な時期に真壁遼本人の言葉を直に伝えていいかどうか、であった。

何せ本人の安全措置のために、あえて世間に真壁遼死亡説を流した者たちがこの、内閣府特命チームだ。

生死不明の方が都合がいいし、まだ護衛体制は万全ではない。

安全保障の観点からどう考えてもこの配信自体を許可することはできない。

だが、真壁遼本人が配信したいということは、何よりも重要なことでもあった。

あんな大事件が、それも最前線の言わば、命のやり取りが世界に向けて生中継されたのだ。

これは前代未聞、いや過去の歴史を遡っても、あのブルックリン橋の事件ですら現場の映像は公開されなかった。

それが生中継されて、そして世界の謎とまで言われたダンジョンコアを初見で見抜き、非活性まで行ったのだ。

おまけに死んだ人間が生き還るという、これまた前代未聞の現象までオマケでついてくる、それを多くの者が目撃するというところまでに発展した。

この中心人物である、真壁遼の言葉を世界中が待っている。

そんなことは分かっている。

だからスケジュールを組んで1週間後に行うと決めていたのだ。

「……どうしますか? スケジュール前倒し自体は可能です」

「……いま官邸には官房長官がいるな」

「はい。この後会議に出席する予定です」

「…よし。直ぐにこの話を上げろ。大至急だ」

「わ、わかりました」

それから10分後。

「いま連絡がありました。実行せよ、と」

それを聞いた瞬間、やっぱりな、と誰もが思っていた。

いま全員が恐れていたのは、真壁遼本人が今後について協力しない事態に陥ることであった。

人物像の報告を聞いて、そしてあの配信をみて思ったことは、「全然あり得る」だった。

どう考えても最前線でアピールするタイプの人間ではない。

周囲を固めてから行動を迫らなければならない、厄介なタイプだ。

実のところ、配信をやりたくないと言い出す可能性は結構あった。

配信スケジュールを立てる際に、そこが一番の悩みどころで、どうやって配信してもらおうかと日々議論すらしていた。

だが、まさかの本人が配信を行いたい、そう申し出してきたのだ。

これを逃すと…もしかすると二度と無いかも、と全員思ったはずだ。

「……わかった。全員、いいな?」

その言葉に全員頷いた。

「元々組んであった配信を超、前倒しする。関係者には事前に了解だけは取り付けていたので、後は今日やる、そう変更すればいいだけだ」

「その変更がめっちゃ大変なんですけどね…」

「愚痴るな。そんなことは分かっている。まずは関係省庁に連絡だ。警視庁、警察庁、ダンジョン庁には個別に人を派遣して前倒しの手配を進めろ。配信については総務省を今回噛ませてるので、そこを経由してダンジョンTubeを動かす手配を進めるんだ」

「わかりました。すぐに人を分けて手配を進めます。ターゲットタイムはどうしますか」

「そうだな…いまは18時28分か。5時間…いや3時間後、21時30分をターゲットタイムと設定する」

「3時間後、ですか…」

「そうだ。幸いなことに手配は進めていたし、機材も調達済みだ。人員のアサインも今日済んでいたので、スケジュールを全て飛ばしてこっちに組み込ませろ」

「わかりました!」

そこから急ピッチで進んだ。

各所で聞かれたのは「そんな無茶な…」であったが、トップダウンのトップを見て全員うなだれつつも、「やるしかないか」と気持ちを切り替えて対応していく。

そして真壁遼緊急配信の件は、品川第七ふ頭ダンジョンを管理している管理局にもすぐに伝わっていた。

「いまからここで?」

「っていうか生きてたんだな…」

「そう言われても俺たち何すればいいんだ?」

「ここ、基本的に廃棄物をメインに扱う局だしな…」

そんな中、真壁遼をよく知るあの人物の耳にもこの通知が入った。

「えっ? 真壁さんが、ですか?」

浅田は今から行われる緊急配信について耳を疑った。

「あ、浅田さんは生きてること自体を疑ってないんですね」

「それは、まぁ。あの人、ただで死ぬような人じゃないと思ってましたし」

そろそろ業務を切り上げて帰ろうとしていた矢先の通知で、品川管理局は半ばお祭り状態になっていた。

浅田は自分のデスクでその話を聞き、生きていたことに安心しつつ、短い期間で随分と遠くに行ってしまったなぁ、そう感じてもいた。

そうした中、同じ課の田中が室内に入ってきて、開口一番に安堵の声を上げた。

「よかったぁ。浅田さんまだ帰ってなくて」

「どうしましたか?」

「いま、上から連絡がありまして。浅田さんに真壁さんの接待役を、と」

「私が真壁さんの接待役?」

「はい。真壁さんって結構人見知りじゃないですか。だから話したことある人が極端に少ないんですよ。それでダンジョン庁内で、一番付き合いが長い浅田さんが指名されまして」

「…………」

「言いたいことはわかります。ですが、今一番機嫌を伺わないといけない人ですから」

確かに気の難しい一面はある。

納得しないことは絶対に首を縦に振らない一面もある一方で、周囲を気にして譲歩する一面もあって、ある意味譲れないラインがはっきりしている人だ。

「……わかりました。真壁さんはいついらっしゃるか聞いてますか?」

「まだ予定、ですけど21時過ぎに配信を予定しているみたいで、その直前に入ると聞いてます」

「そうですか。真壁さんも知っている顔が居た方がいいでしょうね。21時過ぎになったら向かいます」

「ありがとうございます。では上にはそう伝えておきます!」

「お願いします」

品川第七ふ頭ダンジョン周辺には様々な人員、機材が集まりつつあった。

普段は人気も少なく、廃棄物処理業者が出入りすることが多いのだが今に限って言うと、これまで見たことのない人種であふれかえっていた。

「電源車まだ?」

「品川駅まで来てるって連絡ありました。渋滞で捕まっているとか」

「急ぎで来れるように周辺の警察動かして!」

「わかりました!」

「ダンジョンTubeの配信チームがまもなく到着だそうです。機材車一式で来るそうで、駐車場所聞かれてます」

「すぐに搬入したいから直接車をこっちまで回してくれと伝えておいて!」

「ダンジョン庁の特務隊が現場のスイープに入るそうです」

「今から? その時搬入はしていいの?」

「15分間は止めろとの指示です」

「この時間が欲しい時に…わかった! スイープ範囲のギリ外まで搬入物資を固めておいて!」

「了解しました!」

簡易のテントが組まれて、臨時の指示所が設置された。

その様子はさながら災害現場の指揮所をイメージさせるが、そのレベル以上で現場に様々な物資搬入や、警備の人員、臨時でかき集められた職員が到着していた。

「すごいことになってんな…」

機材車から降りたダンジョンTube所属のディレクター、相馬は開口一番、呟いた。

「時の人でもある真壁さんの配信ですからね。そりゃこうなるでしょ」

「まぁ、そりゃそうだが…やけに物々しくないか?」

相馬は周囲の警備状況を見て違和感を覚える。

「そう言われれはそうですね。まるでG7とか国家首脳会議並みの厳重さっていうか」

「そうなんだよなぁ。完全に隔離してるじゃねぇか」

ピリつく現場は幾度となく経験したが、ここまでは最近覚えがない。

「とりあえず、さっさと機材下ろして組み始めようか。時間ねぇし」

「わかりました」

そして配信場所の確認など済ませて、音響、照明、映像機材を設置していく。

「ちょっと魔力波の数値が高いですね」

「ダンジョンの浅層とはいえ、これだけの人が集まるとノイズも馬鹿にならんか」

「ちょっとブロッカー増やしてきます」

「わかった」

相馬は周囲の人間をみつつ、緊急で組んだ工程表を流し見る。

「本人との打ち合わせは10分も取れないのか。これで喋る内容を監視せよ、とか無茶ぶりが過ぎる」

真壁が行っていた配信は事前に頭に入れている。

感想としては、素人配信、それだけだったが、内容がやけに頭に残るなという特徴もあった。

いまやビックコンテンツでもあるダンジョン配信の中では、真壁の配信は異物にあたるだろう。

一番人気ある配信はやはり前線でのバトル配信で、次にアイドル系ダンジョンTuberによる配信が来る。

専門性のある配信も人気があり、他には解説動画など、バラエティがそろってきてはいるが、その中でも鑑定配信はあまり例がない。

「話したい内容は薄く聞いているが…結構センシティブな内容なんだよなぁ」

柱は2つあって1つは自分が無事である、そういう内容だ。

これは理解できる。

今世界では真壁遼という鑑定士の生死が不明で、混乱している部分を公式で発信するのはある意味急務だろう。

だが一番怖いもう一つが、「終わりの始まり」である。

何を配信するかほぼ不明な中で、相馬が「内容がわかんないと無理」、とある意味駄々をこねて掴みとった事前情報があまりに怖すぎたのだ。

「終わりの始まりってなんだよそれ…聞かなきゃよかったなぁ。聞かなきゃ勢いで駆け抜ける目もあったはずなのに…」

本番配信予定時間から1時間前。

関係者は色んな不安を抱えながら、準備を進めるのであった。