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作品タイトル不明

#84 銀鳳騎士団の選択

紫燕騎士団と魔獣との戦いの結果は、瞬く間にフレメヴィーラ王国中へと広まっていった。

そもそも 飛空船(レビテートシップ) の登場以来、空に関することには注目が集まっている。そのうえでの 空戦仕様機(ウィンジーネスタイル) の登場と成功は更なる衝撃を与え、より大きく興味を引くことになった。

魔獣の存在によって不安定さを残していた飛空船の運用が、今後は劇的に変化するかもしれないのだ。

そうしてにわかに慌しさを増す状況にあって、渦中の紫燕騎士団も安穏とはしていられなかった。

空戦仕様機の導入を優先し、集団としての体裁を後回しにしていた紫燕騎士団であるが、ようやく本格的な組織編制が進められることになった。新たに騎士団長をはじめとした、幹部級の人間が加わることになったのである。

「紫燕騎士団には、近衞騎士団より飛空船に携わっていた者たちを向かわせた。今後は、彼らが飛翔騎士たちを束ねてゆくこととする」

「これで、紫燕騎士団はより本格的に独立して動き出しますね。空も 幻晶騎士(シルエットナイト) の活躍の場となった……素晴らしいことです」

紫燕騎士団の初代騎士団長には、近衛騎士団より特設飛空船団を束ねていた者が選ばれた。

かの戦いにおいて、飛空船の船長をやっていた人物、“トルスティ・コスケンサロ”である。

あの戦闘以降も、飛翔騎士は飛空船との連携行動訓練を重ねてきた。

飛空船と飛翔騎士は、互いの欠点を補いあい利点を伸ばしあう存在だ。運用ノウハウも蓄積されつつあり、その有用性はすでに誰の目にも明らかなものとなっていた。

紫燕騎士団を率いるものとして、飛空船の運用について詳しい者が選ばれるのは、ある種の必然であろう。

「飛空船との連携は、よりよい形におさまろうとしている。今後は、同様の騎士団が増えるであろう」

「その組織形態として、紫燕騎士団はよい先例として機能するでしょうね」

そうして幹部級の人員がそろったこと以外については、これまでどおり継続となる。現在はキヴィラハティ中隊のみがその全戦力であるが、おいおい拡大も考えられていた。

「これまでも船は必要とされていた。今後は、飛翔騎士も共に増やさねばならなくなる。しばらくの間、 鍛冶師(おまえたち) には苦労をかける」

「心得ております。それが我らが喜びなれば」

紫燕騎士団の独立とは、見方を変えればこれまでは近衛騎士団のみに許されていた飛空船を、独自に所有する集団が現れたということでもある。

それに続こうとする者は、必ず現れるだろう。

飛空船も、飛翔騎士もまだまだ数は極少数だ。技術をもった鍛冶師の育成は、急務である。

「大丈夫です。そのためにも、僕たちのところから親方が向かったのですから」

銀鳳騎士団の親方こと“ダーヴィド・ヘプケン”は、数名の部下を引き連れて 国立機操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ) へと向かっていた。

飛空船も、飛翔騎士も、その扱いは貴族一人一人の手には余る大事だ。国家として主導してゆく形が望ましい。

親方は飛空船、飛翔騎士どちらの技術にも深く通じた数少ない人物である。すでに、その重要性はエルネスティに次ぐ位置にあった。

そんな彼がじきじきに 国機研(ラボ) の鍛治師を鍛え、技術を伝えているのである。

さらに彼と国機研の技術者たちによって意見交換が進んだ結果、トゥエディアーネをさらに磨き上げた、制式量産機の完成へと向けて進んでいた。

量産を支える体制は、着実に築かれつつある。

「皆、よく努めてくれ。あとは、こちらで進めねばならぬ話もある」

そうして国中が注視する中、国王リオタムスの名において国内の全貴族が召集され、会議の開催が伝えられた。

議題など明白だ。報せを聞くやいなや、各地の貴族たちは我先にと王都カンカネンへと馳せ参じる。

「諸君らも既に聞き知っていることであろう。銀鳳騎士団が西方より持ち帰った新たなる技術、飛空船について。さらには船とともに空を駆ける、飛翔騎士について……。その扱いを、ここで話し合う」

リオタムスが厳かに、会議の始まりを宣言する。

それから続く言葉は、集まった貴族たちに大きな波紋を呼び起こした。

国王側がだした草案においては、飛空船及び飛翔騎士の扱いに関して、極めて厳格な制約が盛り込まれていたのだ。

まず所有の時点でかなり詳細に定められており、家格や保有する騎士団の規模などから上限が決められていた。

さらに厳しいのがその運用についてだ。基本的に飛空船は運用航路を定めねばならず、そこから外れた方向へと進んだ場合は厳罰が課せられることもある、というものだった。

空戦仕様機の配備にも、同様以上の厳しい制限が課せられている。

このように極めて慎重ともとれる内容であったが、それは会議を経た後もさほど変更されることなく、適用されることになった。

空という世界は、自由度が高すぎる。飛翔騎士の価値も、既存の幻晶騎士とはまったく異なるものだ。

流れに乗り遅れることは論外ではあるが、さりとて危険を招き寄せる事も避けたい。貴族の側にもそういった思惑があり、まずは穏やかな出だしを選んだのである。

始まりの意気込みとは裏腹に、会議は思いのほか静かに進んだ。そのわりに、期間はかなりの長期に及んでいた。

「……飛空船の建造と、空戦仕様機の配備許可願いか。もはや、出してはおらぬ者がいない状態だな」

それらを欲しがらぬ者は一人としておらず。

会議のうち、最も時間を必要としたものは各貴族ごとの“航路”の設定だ。その次に飛空船と飛翔騎士を納入する順番などが、細かく決められてゆく。

大航空時代の前夜となる、この時期。

夜明けの準備は、着々と進んでいったのである。

フレメヴィーラ王国に訪れる、大きな変化の波。それは、誰にも平等に及ぶ。

そうだ。それは波を引き起こした側である銀鳳騎士団ですら、例外ではなかった。

エルネスティが、シュレベール城に現れる。

飛空船と飛翔騎士の扱いについて会議が開かれている間、彼はしばしば国王のもとを訪れていた。

その扱いについて、様々な相談に乗るためだ。彼は、自らが創り上げた(半)人型兵器を普及させるためならば、まったく助力を惜しまない。

会議は連日に及んでいるはずだが、リオタムスは疲れも見せずに、大体いつも無闇に元気な少年へと話しかける。

「エルネスティよ。お前たちの創り上げた飛翔騎士について、これから各地に配備が進んでゆくことになりそうだ。それとは別になるのだがな。銀鳳騎士団の、騎士についてのことだ」

いつもとは少し毛色が異なる出だしを耳にし、エルは小首をかしげる。

「お前のもとで、中隊を率いている者たちが居るだろう」

「エドガーさんと、ディートリヒさんのことですね。彼らがいったい、どうされたのでしょうか?」

エルが創り上げた幻晶騎士について様々に話すことは多かったが、騎士団についての話は珍しい。

彼が聞き返すと、リオタムスはうむ、と一拍の間をおいた。

「飛空船と飛翔騎士を欲するものは多い。それだけに、一度使い始めれば流れは加速してゆくであろう……。しかし、その一歩目を踏み出すには多くの問題が残っている。そのうちのひとつが、騎操士の育成だ。飛翔騎士を操るものは、これまでの騎操士とは異なる技術を必要とする。ゆえに、それを教え導くものが必要となる」

流れを掴み、エルは相槌を打った。

「なるほど。それで、あの二人に白羽の矢が立ったと」

「その通りだ。要は、紫燕騎士団の時と同じこと……それにだ」

話には続きがあった。ある意味で、こちらこそ本命といえる内容が。

「エルネスティよ。あの二人を、独立させる気は、ないか?」

思ってもみない提案に、エルは目を瞬かせていた。いくらかの沈黙と思考の後、ゆっくりと口を開く。

「しかしながら陛下。銀鳳騎士団を結成するにあたり、彼らを迎え入れたのには理由がございます」

「うむ。父上より、その経緯は聞き及んでいた。しかしな、エルネスティよ。あの時とは何もかも、状況が違うのではないか」

そのあたりは折込済みだったのだろう。リオタムスはやんわりと説得を続ける。

「数年前とは違う。今この国に、お前を侮るものはいまい。むしろ逆ですらある。もちろん、これまで共に歩んできたのだ、情を抱くのもわかる。しかしあの者たちもお前と同様、これまでの経験により随分と成長してきた。何よりもこのまま、ただの騎士としておくのはしのびない」

エルは僅かに目を細め、国王の話についてじっくりと考える。

これまで銀鳳騎士団は、数々の魔獣との戦いを経験しながら、さらに隣国の戦にまで顔を出してきた。

必然、彼らが経験してきた戦いの数は、騎士団の中でも群を抜いている。

それらを潜り抜けてきた銀鳳騎士団は、ちょっとした百戦錬磨の兵集団だ。

特に各中隊を率いる二人は、本人の騎操士としての能力もさることながら部隊指揮、新技術に対する適応力までも秀で、恐るべき能力を備えるにいたっていた。

エルネスティという、存在自体が無理難題のような騎士団長のもとで過ごしてきたがゆえに、銀鳳騎士団は少し鍛えられすぎたのだ。

「飛翔騎士の登場により、我が国はこれまで以上に大きな変革の時にある。優秀な騎士は、どこでも必要とされるものだ。特に、飛翔騎士の扱いを心得ている者はな」

話は聞いているが、エルは珍しく考え込んだまま、返事も上の空だ。

「無理にとは言わぬ。だが、考えてはくれぬか」

「……承知いたしました。まずは、本人たちと話してみます。そこでもしも、彼らがその道を希望するならば、その時は」

エルは何かを決意し、国王の言葉に頷いたのだった。

エルと国王が銀鳳騎士団の将来について話しているころ。

ほぼ時を同じくして、オルヴェシウス砦を数名の人物が訪れていた。

全員、鎧こそ付けてはいないが整った身なりをしており、品格を感じさせるものだ。

さらには何名かの貴族階級の人物の紋を受けた紹介状を所持しており、身分は十分に保証されていた。

ただひとつ、奇妙な点を上げるとすれば。

「……我々に、御用と伺いましたが。騎士団長閣下ではなく、ですか?」

面会の申し出を受けたのがエドガーと、ディートリヒであったという点だった。

オルヴェシウス砦の、会議目的を兼ねる応接室にて、中隊長たちは客を迎える。

「ええ。ブランシュ様に、クーニッツ様。お二方で相違ありません。私は各地の騎士団の関係者、または爵位をお持ちの方々から依頼を受けて、働いているものでございます」

来客を代表して、一人の男性が穏やかに話し始めた。

「今をときめく銀鳳騎士団にて、中隊を預かるお二方。そのご活躍のほどは普く国中に轟いており、私も何度も耳にするほど。そこででございますが……お二方に、これまでとは他の場所で働くつもりはないはないか、お伺いさせていただこうかと。話の先行きしだいではありますが……私どもには、それぞれに騎士団長の席をご用意する、準備がございます」

二人が返答するまで、いくらかの間があった。

ディートリヒは眉を跳ね上げたままの表情で固まっており、エドガーすら理解するのに時間を要する。

異常であることが通常、とまでいわれる銀鳳騎士団での経験とはまったく別の意味において、持ち込まれた話は突飛なものに聞こえたのだ。

「と、仰られても、突然すぎます。それに我らはあくまで、中隊程度を預かるものに過ぎません。それがいきなり、騎士団などと……」

戸惑いを隠せないままの二人に、男は大げさに頷いてみせ。

「ご自身のことは、あまり理解されていないようですね。ならば困惑されるのも当然。しかし、なればこそ、まずは正しく理解してもらわねばいけませんな。これが普通の騎士団であれば、少々無理のあることとも言えましょうが、貴殿らがおられる銀鳳騎士団ならば話は別です。これまでに重ねられた武勲の数々をすれば、決して不思議なことではございません」

普段からいかめしいエドガーの表情は、強張りをあわせて五割り増しで凶悪になっていたが、対する男に気にした様子はない。

「確かに、銀鳳騎士団は数々の功績を挙げてきました。しかしそれは、騎士団長閣下の活躍に続いたに過ぎません」

「なるほど。確かにエチェバルリア団長閣下にあらせられては、我が国始まって以来未曾有の功績を打ちたてられ続けてきました。しかしその偉大さが、貴殿らの働きをなかったものにするかといえば、決してそのようなことはございません」

にこやかな笑みを浮かべ、男はエドガーたちの理解が追いつくようわずかに間を入れる。

「団長閣下のもとでここまで戦い抜いてこられたのも、相応の実力があってこそ。さらには貴殿らは、それぞれに専用となる幻晶騎士をお持ちでいらっしゃる。そも専用の機体と言うものは、およそ騎士団にあっては団長のみに与えられるもの。その特殊性を鑑みても、中隊と言いながら、実質は一つの騎士団に匹敵すると申せましょう」

少し意外な思いを抱いて、二人は目を瞬いた。

銀鳳騎士団が結成されて以来、騎士団長の暴走甚だしく、落ち着いて振り返る余裕などないに等しかった。

確かに、彼らの現状認識は周囲とまったくあっていないのだ。

「少しでも目端の利くものならば、最新の幻晶騎士を生み出す銀鳳騎士団の名を知らぬものはおりません。その中で中隊を預かり、各地で華々しい戦功を挙げてこられた貴殿らは、特に若者にとっての希望の星。いや羨望の的と言うべきですかな」

「……それは、思っても、みないことで」

盲点ともいえるところから出てきた事実を前に動揺している隙を見逃さず、男は言葉を続ける。

「その若さでこれだけの評価を勝ち得たのは、ひとえに貴殿らの才によるもの。だとすればやはり、それは中隊長という身分で満足されるべきではないと、考えます」

「だから、我々に銀鳳騎士団を出ろ、と?」

「これは強制などではございません。私はあくまでも、選択肢を運んできたに過ぎません。お二方とも、ご自身の価値をご存じない様子でしたので、こうしてご説明させていただきました。その上でどのように選ばれるかは、もちろん貴殿ら次第でございます」

二人の態度が、最初の疑問やいぶかしむようではなく、受け取った言葉について思案するふうになったのを見てとり、男は満足を得る。

十分に、その役割を果たしたのだ。

「ええ、最初に申し上げたとおり、所属を移られるおつもりがあるのでしたら、良い条件をお出しする準備がございます。私の思うところ、お二方ほどの実力者ならば騎士団の一つや二つ、率いて当然だと考えますからね。ここにご紹介をあずからせていただいた貴族の方々も同様。皆様、優秀な人材を欲しておられます」

「……団長と、少し話をさせていただきたい」

「勿論です。よくお考えください。答えが出ましたら、こちらまでご連絡をくだされば。すぐにでも先方と、お引き合わせいたしますから」

そこまで告げると男は立ち上がり、連絡先と丁寧な礼を残して去っていった。

後に残されたエドガーとディートリヒは、いまだ話の衝撃覚めやらぬ様子で、応接室から動けずにいる。

しかし深刻に悩むエドガーとは対照的に、すぐにディートリヒは大きく息を吐き、クキクキと首を鳴らした。

「ううむ、なるほど。正直に、少し意外な話だったね。確かに、冷静に考えると色々なことをやってきたわけだが」

「評価は、ありがたく受け取っておくとしよう。しかし銀鳳騎士団を出るというのは。そうだな、今まで考えたこともなかったな」

少し考えがまとまってきたのか、エドガーも顔を上げる。

「銀鳳騎士団が結成されたのは、成り行きもそうだが主にエルネスティのため……だった。それに、あの時は俺たちとて、あのまま終わるわけにはいかなかった。アールカンバーや、ディー、親方、皆とともに。立ち上がるべき時だった」

「その理由のうちひとつは、既に果たしたわけだ」

「……」

遠く、クシェペルカの地においてその因縁は果たされた。

加えて、エルネスティにとっても、銀鳳騎士団がそのままである必要は、既にないといってもいい。

エルがこれまでに積み上げてきた立場は強力だ。ある意味では国王に比肩する、独特の地位を得ている。さらに過日の戦争もあり、彼の影響力はフレメヴィーラ王国にすら留まらない。

仮に新たに人を入れたとしても、今のエルを侮れる者はいない。それはそれで、別の問題があるかもしれないが。

「もしもこのまま、飛翔騎士を増やし、銀鳳騎士団も変化してゆくのならば……我々はここに、必要か?」

今初めてそのことに思い至り、エドガーは目を見開いた。

問いかけのようであった独白を耳にし、ディートリヒは飄と肩をすくめる。

「さてね。しかしここに居れば、 団長(エルネスティ) の作る新たな技術に事欠かないのは確かだ。元々そのためにここに居るようなものだし、私はできればあれと共により先に進みたい。どこかで騎士団長をやるというのも、それはそれで魅力的だが……第二中隊を超えるような大勢の面倒を見るのは、私には向いていないだろうしねぇ」

既に道は定まっているのだろう、ディートリヒは気楽な様子で部屋から出ようとし。

その背中に、エドガーは声をかけずにはいられなかった。

「お前は、道を決めているのだな。だったら……」

「エドガー。私のことは気にするな。第一中隊のこともだ。お前は、お前自身だけに問いかけることだ」

「ディー、俺は」

答えを待たず、ディートリヒは半ば部屋をでようとしながら。

「どのような答えが出ても、立ち止まることのないように、ね」

エドガーは座ったまま、ディートリヒが出て行った扉をぼんやりと眺める。

それからしばらくの間、彼はその場で考え込んだままだった。

その後、エルはオルヴェシウス砦へと戻るやいなや、すぐに中隊長の二人を呼び出した。

彼が口を開くのに先んじて、ディートリヒが昼間の来客について説明する。

「……なるほど。それはまた、話が早いですね」

「するとやはり、これはすでに君の耳にも入っているのかい」

それに、エルはやや曖昧な表情で答え。

「確かに話は聞きましたが、つい先ほどですから時期としては微妙なところですね。ギリギリ、完全な頭越しは避けたというところですか」

うむむと腕を組むエルよりも、その後ろで今初めて話を聞いたアデルトルートが驚愕に目を見開いて固まってしまっている。

「それで、どのように思われましたか?」

「どのように、ねぇ。そうだな、君を見ていると、とても騎士団を率いたいとは思えなくてね」

「えっ。それでは僕のせいに聞こえますが……?」

ディートリヒはふっ、と小さく笑いを漏らす。

「まぁ、私は今の中隊長身分のほうが気楽さ。それとも、出て行っても良かったのかい?」

「ふむ。せっかくこれまで一緒にやってきたのですから。別れてしまうのは寂しいですね」

「そ、そうよ! 出て行く必要なんてないじゃない! そんなの……」

「ですが」

再起動したアディが慌てて口を開くが、それを遮るようにエルは言葉を続けた。

「騎士団を率いるというのは、騎士に、騎操士にとっては最上の名誉のひとつといえます。それを選ばない理由も、そうはありません」

アディは、思わず開きかけた口を閉じた。それはディートリヒも、エドガーも同じだ。

誰もが口を開くのを躊躇うほど、その時のエルは、ひどく真剣な様子だった。そこには幻晶騎士に向かい合っている時と同じ、いや、それ以上の何かがある。

「ですからよく考えて、あなたがたの答えを出してください。もしも本心から望むのであれば、僕は反対しません」

気圧されるように、ディートリヒとエドガーは表情を引き締めて頷く。

エルはそれを確かめると、話は済んだと踵を返した。

慌てて、アディが後を追いかける。

「エル君! 本当に、二人が居なくなってもいいの!?」

彼女にとっては、エルがそれを応援するというのは信じられない話だった。

銀鳳騎士団。きっかけは成り行きでも、ここまで苦楽を共にしてきた集団である。彼女は、それがずっと続くと思い込んでいたのだ。

まさか騎士団長であるエルが、彼らが離れるのをよしとするとは、考えてもみないことだった。

「彼らが本心からそう、望むのであれば」

「でも!」

「アディ」

静かに、ひたとその目を見つめ返して。

やはり真剣なエルを前にすると、アディは口を閉じざるを得ない。

「人の命は、そんなに長くありません。もしも生きている間に、望みがかなう機会があるなら。求めるものがあるのなら。迷ってはいけません。躊躇ってはいけません。立ち止まってはいけません。何をおいてもまずは、掴みにゆくのです」

何も迷わない。それは、これまでエルを全力で動かしてきた 理論(ロジック) そのものだ。

彼は自身でそれを体現しながら過ごしてきた。彼は、この世界に生まれ出でたその瞬間から、 制動装置(ブレーキ) がぶっ壊れた異常な存在なのである。

「もしも銀鳳騎士団を去ったとしても、それでいきなり仲間ではなくなるわけではありません。だから、重要なのは彼ら自身が、何を望んでいるかなのです」

アディはまだ納得がいかない様子だったが、さりとて今のエルを説き伏せるだけの言葉は見つからなかった。

代わりに、目の前のエルをがっしりと抱きしめる。

エルはふんわりと、彼女の頭をなでながら。

「夢だけ抱いて死んでしまったら、もしも続きがなかったら。道に迷って、彷徨ってしまいますから」

最後に呟いた言葉は、およそこの世界の誰にも通じない、彼だけの理由であった。

国中が熱に浮かれたような、そんな落ち着かない空気をはらんだまま、時間だけが勤勉に流れてゆく。

フレメヴィーラ王国の一部では、実際に飛空船による輸送路が動き出していた。

それまでとは比較にならないほど速く、人や物を運ぶことができる。人々はその利便性に驚愕し、そして手放せなくなるまでさほどの時間も必要としなかった。

そんな只中のことだ。

「ボキューズ 大森海(だいしんかい) への、調査飛行……ですか」

「そうだ。航空路も安定を見せつつあるなか、飛翔騎士への期待は日増しに高まっている。その最も大きな役割として……これまで不可侵とされてきたボキューズへの進出、その足がかりを求められている」

エルは、彼を出迎えたリオタムスの辛気臭い顔から、また厄介な出来事を覚悟したものの。

飛び出してきた言葉は、その予想以上に大事であった。

「それはまず、ただの調査では済まないのですよね」

「間違いなく、な。いずれ“ 森伐(しんばつ) 遠征軍”が立ち上げられる。それは避けえないだろう。飛空船が我々にもたらされてより、このような意見が出るのは時間の問題だろうとは思っていた……事実、その通りだったわけだが」

――“ 森伐(しんばつ) 遠征軍”。

それは、フレメヴィーラ王国成立の契機ともなった、極めて重大な過去の出来事だ。

かつて人類が幻晶騎士をこの世に生み出し、その力をもってセッテルンド大陸の西側(現在で言う 西方諸国(オクシデンツ) )を制覇した後のこと。

当時の人類は、その余勢を駆ってオービニエ山地を越え、大陸東部へと侵攻した。

しかし大陸東部、現在はボキューズ大森海と呼ばれる深い森の奥地には強力極まりない魔獣が数多潜んでおり、幻晶騎士の力をもってしても制することは叶わなかった。

そうしてほうほうの体で逃げ帰った人類であったが、しかし少しでも戦利を得るべく、オービニエの山裾にひとつの国を建設した。

それが、現在まで続くフレメヴィーラ王国の興りである。

それから長い月日が経つ間に西方諸国は安定を得、フレメヴィーラ王国も潰えることなく、しかし徐々に変質していった。

魔獣を忘れた国々と、魔獣に対する盾として過ごす国は、こうして出来上がったのだ。

そうした重大な出来事でありながら、“森伐遠征軍”の詳細については、当時の混乱の影響もあってあまりはっきりとしない。

ただ、 陸皇亀(ベヘモス) にも匹敵するような、超級の魔獣と遭遇したことだけは確かだ。一説には幻晶騎士数百騎にも上ったといわれる遠征軍が、壊滅的な打撃を受けたのだから。

その足跡を辿る旅路。前述の理由から、陸路を取ることは不可能に近い。

空を開拓した飛空船、飛翔騎士という技術革新なくば、決して言い出されることはなかっただろう。

「確かに、飛空船や飛翔騎士ならば多くの利点があります。しかし、それをしても少々性急な意見に思えるのですが」

「飛空船は、移動手段として強力に過ぎる。飛翔騎士を得て空の旅に不安がなくなった今、この国は急速に手狭になりつつあるのだ。さらに……これは、お前たちの作った 新型機(カルディトーレ) の影響でもある。近頃では、以前よりも国内の魔獣への対処が楽になっていてな。ありていに言えば、余裕がでてきたのだ」

「それで目先が、外へ向いているわけですね」

外と言っても、オービニエ以西は既に西方諸国がひしめき合っている。ならば向かう先はただひとつ、未開の地であるボキューズ大森海しかなかった。

「銀鳳騎士団に、その役目がまわってきたのですか」

「貧乏籤とは思うてくれるな。お前たちは……あまりにも期待に、応えすぎたのだ」

現在、ボキューズ大森海の近縁で暮らす貴族たちにしても、森のごく浅い部分までしか把握していない。

かつての森伐遠征軍からはや数百年。深部にどのような存在がいるかは、未知である。迂闊に刺激して、また陸皇亀のような凶悪な魔獣を呼び寄せてはたまらない。

だからこそ、ボキューズ大森海へと無計画に踏み出すわけにはいかなかった。

そのあたりは貴族たちもある程度弁えている。何しろ代々、魔獣をいかに防ぐかを考えて過ごしてきたような者たちだからだ。慎重さをもてない者は、その地位に残ることができない。

フレメヴィーラ王国の貴族は、およそ貴族という権力者にあって例外的といえるほど連帯意識、仲間意識が高い。

それは魔獣という致命の災害と、常に隣り合わせで過ごすうちに育まれてきた、この国の気風といえよう。

そうした結果として、国王への陳情がなされたのである。

先陣をきる役目は、貴族と民の最先端にある者、国王の主導でなければならない。ことこの国においては、抜け駆けは賢い選択肢にならない。

彼らの意図は明々白々だ。想定される困難への対処能力が最も高い、ある騎士団の投入。

銀鳳騎士団ならば――エルネスティならば、どのような困難も跳ね返すであろう。

幸か不幸か、彼にはそれを期待されるだけの実績があり、能力がある。

「そも、今この国において、長距離の調査飛行に耐えうる存在はお前たちをおいて他にはない。先ごろ報告のあったこの“ 飛翼母船(ウィングキャリアー) ”……。これの力を見せるにも、ちょうどよい機会ではないか」

エルは勝算について思考する。

銀鳳騎士団の持つ、飛翔騎士との運用を前提として作られた大型船、飛翼母船。それを最大限に活かすための方法は。

「……でしたら。戦力として紫燕騎士団を、お貸しください」

「ふむ、彼らをか。確かに飛翔騎士になじみ、その錬度も高まりつつはあるが……」

ややあって顔を上げたエルの言葉に、国王は少し意外な感想を抱いた。

「銀鳳騎士団は、どちらかというと飛翔騎士を主力としているわけではありません。ですから、飛翼母船と僕のイカルガを出します。残る飛翔騎士は、彼らの手を借りたい。それに、こないだの話もあります。今は少しだけ、皆に考える時間を持ちたいと存じます」

「……お前がそういうのならば、良かろう。確かに、今最も多くの飛翔騎士を有しているのは、紫燕騎士団だ。彼らへの通達は、こちらで済ましておく」

危険と魔獣に満ちたボキューズ大森海に降りるのは、いかな銀鳳騎士団をもってしても無謀といわざるを得ない。

勢い、戦力は飛空船と飛翔騎士に偏ってゆく。

「後は……飛翼母船を出すのでしたら、親方にもお願いしないといけませんね」

エルは、あの巨大な船の“船長”へと説明すべき事柄を、まとめ始めたのであった。