軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#83 紫燕騎士団の戦い

フレメヴィーラ王国、王都カンカネン。

オービニエ山地のすそ野から続く、街の周囲に広がった穏やかな森の上空に巨大な影が浮かんでいた。

王下近衛騎士団に所属する、 輸送型飛空船(カーゴシップ) だ。 起風装置(ブローエンジン) が生み出した風が船の帆をいっぱいまで膨らまし、周囲を流れる風に負けず船は力強く大気の波間を突き進んでゆく。

やがて船は速度を落とした。前方に広がるのは、遮るものなき空。その一点に、かすかな異物が現れたのだ。

それはかなりの速度で飛翔しているらしく、見る間に大きさと存在感を増してゆく。

「正面、来たぞ! 準備はいいな。 キヴィラハティ隊、戦闘展開!」

飛空船の船橋から、エドガー・C・ブランシュが伝声管へ向けて叫ぶ。

それは拡声器を経て船外までつたわり、船に寄り添う巨大な騎士へと届いた。

「了解。切り離し後、距離をとってから隊列を組むぞ!」

船と共に空にあるのは、上半身は人型ながら下半身がまるで魚のようになっている、半人半魚の機械の騎士。 空戦仕様機(ウィンジーネスタイル) の 幻晶騎士(シルエットナイト) たちである。

彼らは、史上初の完全飛行型幻晶騎士・ 飛翔騎士(トゥエディアーネ) によって構成される、紫燕騎士団であった。

飛翔騎士は 牽引索(トーイングアンカー) により 飛空船(レビテートシップ) に係留されており、ここまで運ばれてきた。

牽引索が船の外側に増設された留金を放し、彼らは自由を得てゆく。機体の 源素浮揚器(エーテリックレビテータ) には、あらかじめ船の比エーテル高度とあわせた分のエーテルが供給されてあった。

そのため固定をはずし、風に乗るだけで空を泳ぎだすことができる。

少しの間、飛翔騎士は 鰭翼(フィンスタビライザ) を動かし、周囲に流れる風を頼りに緩やかに動いていた。やがて船と距離をひらき、影響を及ぼさないだろうことを確かめたところで、推進器に点火する。

マギジェットスラスタが一気に出力を上げ、爆炎の咆哮を残して飛翔騎士が飛び出してゆく。

起風装置とは出力の桁が違う。鋼の 外装(アウタースキン) に包まれた巨人の騎士を、吹き飛ばすように加速することができる。

そうして一個中隊の飛翔騎士たちは船の前方へと移動すると、空中で素早く陣形を描き出した。前方から敵性存在が来た場合の、迎撃陣形である。

「……想定、前方迎撃。キヴィラハティ隊いきます!!」

飛翔騎士のうち一機が、指揮官の役を担っているのだろう。盛んに 魔導光通信機(マギスグラフ) を灯し、周囲に指示を送っていた。

紫燕騎士団が空に陣形を描き出している間にも、異物は彼らとの距離をつめつつあった。

飛空船をめがけて真正面から接近してくるもの、それもまた飛翔騎士である。しかしこちらは、船を護る騎士とはいくらか形が違っていた。 アデルトルート(アディ) が操る試作機、シルフィアーネである。

この戦闘は、彼女を仮想敵としての戦闘訓練なのであった。

「オルター教官に、手加減なんて不要だ! 訓練の成果を思い出せ、一気に囲むぞ!」

隊を率いる隊長機が僅かに先行すると、腕を前に振る。同時に魔導光通信機を明滅させた。

「ヤジリ、ハサメ」

隊長の指示を読み取った隊員たちは、三機ずつで編隊を組むと両翼から進み出る。

向ってくるシルフィアーネは一機だけだ、数の有利で挟み込もうというのである。

双方が 魔導兵装(シルエットアームズ) の距離に入ろうというところで、状況が一息に動き出した。

紫燕騎士団のトゥエディアーネが法撃を開始する。シルフィアーネの進路上に法撃を放ち、動きを阻もうとしているのだ。その間に別の機体が接近してゆき、格闘戦に備える。

彼らは与えられた各々の役割にそって連携を強め、なめらかに動き出していた。

その包囲網へと、シルフィアーネは躊躇せずに飛び込んでゆく。飛来する法弾など、まるで無視しているかのような動きだ。

ここで使用されているのは演習用の低威力法弾とはいえ、当たればそれなりの衝撃がある。少なくともその動きを阻害するだけの威力はあった。

だからといってシルフィアーネは、アディは当たっても構わないなどと考えていたわけではない。

シルフィアーネは身をうねらせて勢いを生み出すと、マギジェットスラスタの推力を自在に操り、まるで水面から跳ねる魚のようにいったん上昇した。そのまま放物線を描いて落下へと移る。

源素浮揚器は、機体を一定の高さに保とうとする。だからといって、常に高さを保つ必要はない。

比エーテル高度を境界として、シルフィアーネは自由自在に動き回る。上昇・下降の間も鰭翼を駆使し、一瞬たりとも単調な動きをしない。

そうして飛来する数多の法弾をかいくぐると、さらに速度を上げながら接近していった。

飛空船の船橋にて前方で繰り広げられる模擬戦の様子を眺めながら、エドガーは船長席に座る人物へと話しかけていた。

「どのように思われますか。飛翔騎士と、紫燕騎士団を」

「ふうむ。これは聞きしに勝る。まったく、幻晶騎士が空にあってまともに戦えるのかと疑問があったが……。これは、陸に引けをとるものではないな。確か、紫燕騎士団には新人騎士しかいないと聞いていたが」

飛空船の船長席に着くのはこの飛空船の船長であり、同時に近衛騎士団付特設飛空船団の隊長でもある人物だ。

彼の疑問に、エドガーは頷きと共に答える。

「ここにある飛翔騎士を操るのは、紫燕騎士団のなかでも特に秀でている者たちになります。彼らは我々の指導なくとも、十分に騎士として働けましょう」

「なるほどな。地上と空では勝手が違うが、包囲攻撃の動きはなかなかのものだった。……しかし。それをいうなら、その攻撃を見事にいなして見せた、敵役のほうがすさまじいがね」

船長は、今も縦横に空を駆けるシルフィアーネを真剣な目つきで見つめている。

「あの一機だけ他とは動きが違う。全員があれくらいならば、文句なく心強いのだが」

「……あれは、我らが銀鳳騎士団においても指折りの腕利きです。普段は私どもと共に、紫燕騎士団の教官役を務めております」

「なるほど。そこはさすがといったところだな」

船長は唸り、背もたれにもたれかかる。それから彼は、船橋の中を見回すように視線をめぐらせた。

「それにしても、だ。飛空船を母船としての集団戦術、連携の訓練……か。銀鳳の騎士団長殿は、面白いことを思いつくものだ」

「はい。団長の言うところによれば、飛翔騎士は頻繁に地上に降りられないため、長時間行動するためには休息をとれる場所が必要である。そのために飛空船との連携行動は必須になる、とのことです。ゆえに、まずは先立って連携訓練をつんでおくべき、と」

エドガーは事前に聞いた言葉を思い出しながら、受け売りで話す。

陸上をゆく既存の幻晶騎士と異なり、飛翔騎士はちょっと機体を降りるという行動に、大きな手間と困難が付きまとう。

加えていえば、飛翔騎士は空で活動するための基本的な機能を備えているが居住性には優れておらず、長時間乗っていたいものではなかった。

飛翔騎士の役割として想定されている、飛空船の護衛をおこなおうと思えば、その飛空船自体と連携した様々な工夫が必要になる。

実戦の予定が決まった後、銀鳳騎士団の団長エルネスティはまずそのように提言したのである。

「さすがは銀鳳の長だな。ただ新たな機体を作るのみならず、すでにその欠点すら見抜き、対策を考えているとは」

もちろん、これは完全なエル独自の発案というわけではない。その発想は、 異世界(ちきゅう) における空母と艦載機の関係を元にしたものだ。

とはいえ、そんなことは外からはわかろうはずもなく。

船長は大きく頷く。

「ともかく、今は飛翔騎士だ。噂で聞くほど未熟なものではない、それだけでも十分だな。しかし戦いでは何が起こるかわからない。さらに備えて、彼らを鍛え上げておいて欲しい」

「もちろんです。我々も、助力を惜しみません」

「ああ、頼んだぞ」

彼らが話していると突然、飛空船を横風が襲った。

幸いそれほど強いものではなく、船は僅かに揺らいだ程度であったが、船橋は緊張に包まれる。

横風の原因は、すぐに知れた。紫燕騎士団の迎撃をかいくぐったシルフィアーネが、船とすれ違ったのである。

つまり、迎撃訓練は失敗していた。

船長は、顎に手を当てて表情を険しくする。

「やはりまだまだ、新米であるようだな」

「面目ない。より鍛えねばならぬようですね。……アデルトルート、訓練だぞ。さすがに少しは加減をしろと言ったのに」

後半は小声で呟きながら、エドガーは額に手を当てて天を仰ぐ。

そんな彼らの様子などそしらぬふうに、旋回して飛空船との並走にはいったシルフィアーネが、暢気に手を振っていたのだった。

そのような失敗がありつつも、紫燕騎士団は来るべき戦闘に備えて何度も飛空船との連携訓練をつんでゆくことになる。

一通りの模擬戦が終わった後、飛空船はカンカネンへと戻り、紫燕騎士団と飛翔騎士たちもそれぞれ陸へと戻った。

近衛騎士団の視線の中での模擬戦闘に強く緊張していた団員たちは、そこから解放されたことでようやく騒ぎ出す。

「ああ! またオルター教官に、一発も当てられなかった!」

「うえー、近衛騎士団の前で失敗だよ。教官、容赦ないなぁ」

「しかし、どうやったらあんなに自由自在に動けるんだろうか。法撃はともかく、ほとんど近寄りもできなかったんだけど」

団員たちは口々に感想を述べ合う。やはり最も大きな話題は、標的役となったアディの操縦だ。

彼女の動きは、同じ機体に乗っているとは思えないものである。むしろ正確を期すならば、前段階の試作機であるシルフィアーネより、彼らが乗るトゥエディアーネのほうが性能で優っているはずなのだ。

「確かに、教官やってるくらいだから強くて当たり前かもしれないけど。でも頑張れば頑張るほど、遠くなっている気がするんだよなぁ」

銀鳳騎士団よりやってきた教官たちは、どれもまだ若手といって差し支えがない。

その中でもアデルトルート・オルターは特に年齢が若く、紫燕騎士団の新米騎士たちとほとんど変わりがない。にもかかわらず、その操縦技術には雲泥の差があった。

中隊一つでもって集中攻撃をおこなっても、あしらわれてしまうくらいだ。いったいどれだけの経験があれば、あれほどの動きができるのだろうか。

彼らには、想像することも困難だった。

その時ふと一人が、躊躇いがちに口を開く。

「なぁ。模擬戦で教官にあしらわれたからって、今度の実戦から外されるなんてことは……ないよな?」

一瞬で、場に無言が落ちた。紫燕騎士団とは名を与えられていても、彼らは未だ見習いに毛が生えたような存在である。

一人前として認められるためにも、実戦の舞台から降ろされるわけにはいかない。

息苦しい沈黙を破ったのは、部隊の隊長格についていた少年だった。

「……いいや、そんなことはない。俺たちは戦いに出ると選ばれたからこそ、より高度な訓練を与えられることになった。いまさら外されることはない……と、思う」

それは願望に近い推測でしかなかったが、周囲からは安堵が吐息になって漏れる。

「そ、そうだよな。負けたからって腐っても仕方がない。できることをするしかないか」

「ああ。まだまだ、もっとうまく動かせるようになるさ。それにしても、飛翔騎士に乗って魔獣と戦うんだぜ」

「二度とない機会だ。何せ、陛下も期待されているしなぁ」

自らを鼓舞するかのように、彼らは口々に話し出す。その締めくくりに、隊長格の少年が頷いた。

「そうだとも。ここで活躍すれば、俺たちは……きっと、次の英雄だ」

英雄。ここ数年のフレメヴィーラ王国において、その称号はもっぱら銀鳳騎士団の持ち物であった。

何体もの、大小さまざまな魔獣を倒して街を護り、友邦を窮地より救い出した。国内に配備されている幻晶騎士にしても、彼らの技術を使用していない機体は、もはや数少ない旧型機くらいしかない。

仮に飛翔騎士の成功をもってしても、いきなり銀鳳騎士団の功績に並ぶことはないだろう。

しかし、史上初となる空飛ぶ騎士団における成功は、大きな名声が約束されているも同然である。少なくとも、彼らはそう信じて疑わない。

「こうしてはいられない。今日の反省と復習をしておかないと。包囲が甘かったのかな……」

「いやぁ、動きに翻弄されすぎたんじゃないかと……」

一気に前向きな気分となった団員たちは、休息もそこそこに模型を持ち出し戦術の確認を始めていた。

隊長格の少年――“ラーファエル・キヴィラハティ”は、少し離れたところからその様子を眺め、かすかに満足げな笑みを浮かべている。

エドガーが語ったとおり、飛空船との連携訓練は実戦への参加を想定したものとなる。そのためここに参加している時点で、彼らは紫燕騎士団でも特に秀でた者たちの中に含まれている。

お披露目となる実戦では、紫燕騎士団から一個中隊(一〇機)のトゥエディアーネが投入されることが決まっていた。そのために、上位一〇名の 騎操士(ナイトランナー) が選び抜かれ、このキヴィラハティ中隊を構成している。

そのなかでも技術と落ち着き、何よりも周囲をまとめる能力を見出されて、ラーファエルは中隊長に選ばれた。

彼は、フレメヴィーラ王国東部にある小貴族、キヴィラハティ子爵家の三男坊であった。

比較的小規模とはいえ貴族の出となる彼だが、三男坊ともなると家の格に甘えて安穏と暮らしてはいられない。

この国の貴族は嫡子相続を基本としている。まだ次男まではもしもに備えて居場所があるが、それ以降は自分で身の振り方を見つけ出すのが、この国での一般的な習わしなのである。

彼もまた、大勢いる同じような境遇の者たちと共に、もっとも主流の選択肢として騎士の技能を磨き、ごく当たり前に騎操士を目指していた。

そこまでは、どこにでもある話だ。

ただ、時期だけが特別だった。騎操士としての技能を修め終わろうかという時、彼の前に稀にみる好機が現れた。

史上初となる飛行型幻晶騎士の配備と、そのための新たな騎操士の募集だ。それも、集められるのはなるべく若い騎操士であるという、前代未聞の条件が付いていた。

これまでならば、このような特別な役目には熟練の騎士が当たることが当然だったというのに。

騎操士課程において優秀な成績を収めていたラーファエルは、様々な幸運も手伝って、見事その席のひとつを射止めることに成功した。

そこからは当人の努力とともに、素質があった彼はめきめきと頭角を現し、今や小なりといえ隊を率いる身だ。

まだ彼は若い。さらには紫燕騎士団も、騎士団としては体裁が整いきっておらず未熟もいいところである。今後の活躍いかんによっては、さらなる栄達も決して夢ではないだろう。

そんな野望は、別に彼だけに特別なものではない。紫燕騎士団の団員たちの胸中に、大小はあれど等しく存在する若々しい熱意の源だ。

様々な新技術が芽吹くこのフレメヴィーラ王国においてすら、未知の要素を含む空への挑戦。その成功こそが、彼らに栄誉を約束する道標である。

「必ず、成功させるぞ」

ラーファエルの静かなつぶやきに、団員たちが力強く頷き返す。彼らは一丸となって意気を高め、来るべき戦いに向けて動き出していた。

と、強く決意はしたものの。

あの模擬戦以降、こころなしかエドガーのしごきがさらに度を増してゆき、日々の訓練の間、紫燕騎士団員たちは悲鳴を上げるはめになるのであった。

時は勤勉に流れ続け、やがてその日が訪れる。

王都カンカネン近郊にある空港では、近衛騎士団付特設飛空船団の船が粛々と出航の準備を進めていた。その傍らには、紫燕騎士団が有する一個中隊の 飛翔騎士(トゥエディアーネ) が並べられている。

ここに加えて、銀鳳騎士団からシルフィアーネと数機のトゥエディアーネの姿もあった。

緊張の色を隠せない面持で並ぶキヴィラハティ中隊を前に、エドガーは胸を張る。

「いよいよ、戦いの時がやってきた。お前たちがこれまでに積んできた、訓練の成果を見せる時だ」

エドガー以外の銀鳳騎士団は、近衛騎士たちと共に機体の点検や準備をすすめている。これは彼らが勤勉であるというよりも、どちらかというと面倒な紫燕騎士団のおもりをエドガーへと押し付けた形だ。

そうであっても、既に教官役が板につきつつある彼は、さして気にすることもなく引き受けた。

「この戦いは飛翔騎士、そしてお前たちが主役となる。もちろんそのどちらにも、どのような問題が起こるかわからない。我々も同行し力を貸そう」

「は、はいっ!!」

銀鳳騎士団の力添えがあるとしても、彼らから緊張は抜けきらなかった。なんども訓練をつんできたとはいえ、実戦はやはりまた違った場であるからだ。

そんな彼らを見回し、エドガーが僅かに表情を緩める。

「安心しろ。たいていの魔獣は、アデルトルートほど強くはない」

場に、困惑の混ざった沈黙が下りる。その言葉が彼なりの冗談であると理解されるまでに、少しの時間を要した。

何と反応すべきか迷い、中途半端な顔をするキヴィラハティ中隊を置き去りに、エドガーは何事もなかったかのように再び口を開く。

「一匹一匹は強くない。しかし魔獣の真の脅威とは、その数にこそある。それはお前たちもまた、同じだ。どのような場合でも集団の力を途切れさせるな。中隊の連携をたもち、決して油断しないように」

「は、はい……」

それからしばらく激励が続いた後、彼らは準備が終わったと連絡を受けた。

「よし。それでは紫燕騎士団、出撃するぞ」

「了解!」

近衛騎士団の飛空船を中心として、飛翔騎士が大空へと舞い上がる。

紫燕騎士団は、まだまだ騎士団とは名ばかりの雛鳥の集団だ。彼らは今この時より、大きく羽ばたいてゆくことになるのである。

上空を流れる強い風を切り裂き、飛空船が空を進む。

「……そろそろ、魔獣の領域にさしかかる。前は逃げるので精一杯というところだったが、今回はこちらにも相応の準備があるぞ」

船長が、固い調子を崩さずに呟く。

彼がかつて“定期便”としてこの場所を通り過ぎようとしたときに、魔獣によって大きな被害を受けた場所でもある。

法撃戦仕様機(ウィザードスタイル) によって武装した船は、空飛ぶ魔獣を相手に奮戦したものの力及ばず、撤退するのがせいぜいという有り様であった。

今回は、あの時とは事情が違う。船倉には、荷物の代わりに最新鋭の飛行型幻晶騎士が満載されていた。

「さぁて、若鳥たちのお手並み拝見といこうか。紫燕騎士団へ伝令! 戦闘の準備を」

命令が伝声管を駆け巡り、船倉がにわかに騒音で満ちる。

幻晶騎士へと騎操士が飛び乗るや、すぐさま呼吸を始め、巨体を莫大な魔力が流れだした。

「飛翔騎士、投入するぞ! 全員機体から離れろ!!」

退避の合図を待ってから、飛空船の下部扉が開いた。流れる地上の景色を楽しむ暇もなく、トゥエディアーネを支えていた鎖が外される。

すぐさま落下が始まり、トゥエディアーネは空中へと放り出された。

落下は、地上まで達することはない。飛翔騎士の源素浮揚器には、すでにある程度のエーテルが封入されている。わずかに落下したところで 浮揚力場(レビテートフィールド) に支えられ、飛翔騎士は空を泳ぎ始める。

先ほど投入した機体が推進器を唸らせて進み始めたのを見て、船員たちは次の機体の投入にうつった。

船倉の他にも、船体につながれていた飛翔騎士たちが、次々に切り離されてゆく。

こちらは緊急に備えて外で待機していた者たちだ。空中へと踊り出した半人半魚の騎士は、気流を捕まえると船から距離をとる。

間をおかず後部から噴流が吐き出され、反動により推進力を生んだ。

飛空船との推力の差は一目で、 空戦仕様機(ウィンジーネスタイル) は、すぐに飛空船をその場に残して突き進み始める。

「その戦いぶり、しかとこの目で見届けさせてもらおう」

マギジェットスラスタが残した陽炎の軌跡をながめ、船長は目を細めるのだった。

「前方! 魔獣の群れだ! かなり、広がっているな」

出撃した紫燕騎士団キヴィラハティ中隊の飛翔騎士たちは、進路上にわだかまる影を睨みながら素早く陣形を組んでいた。

ギャアギャアと喚きながらはばたく、巨大な怪鳥。“ 剣舞鳥(ブレイドダンサー) ”、フレメヴィーラ王国では比較的多く見かける、鳥のような姿をした決闘級魔獣だ。

それらはまっすぐに自身たちの縄張りへと侵入してくる異物を認識し、明確な敵意を向け始めていた。

空と陸とは明確に分かたれていない。彼らとて、この近くにある自分たちのねぐらや餌場を奪われるわけにはいかないのだ。侵入者への対応は、ただ排除のみである。

一際甲高い声で鳴くと、次々に異物めがけて進み始める。

その身に魔法現象に特有の淡い輝きを発生させながら、強烈な羽ばたきと大気操作の魔法によりぐんぐんと加速してゆく。

こうして、世界で初めてとなる幻晶騎士と魔獣による本格的な空中戦が、始まろうとしていた。

「教官の言ったとおりだ。魔獣どもは、数が多い」

ラーファエルは、 幻像投影機(ホロモニター) に映る魔獣の影を数えようとして、途中で諦めた。

一個中隊の紫燕騎士団に対して、剣舞鳥の群れの規模はおよそ五倍程度に上る。そこだけを見れば、紫燕騎士団は圧倒的に不利な状況にいた。

「しかし、奴らに徒党を組む以上の知恵はない。陣形を、法撃向きに」

ラーファエル機が魔導光通信機を灯し、僚機に指示を伝える。

素早く陣形を変更し始めるキヴィラハティ中隊。対する魔獣の動きは、ただある程度固まっているだけで、なんの戦術も感じないものだ。

対魔獣戦闘においては幻晶騎士の性能も重要であるが、騎士たちの戦術行動も極めて重要な要素となる。適切な陣形選択と位置取りは、その力を何倍にも増幅するのだ。

「囲まれないように、外側から削るぞ! 近寄られるな、魔導兵装構え!」

隊長機であるラーファエル機に続いて、中隊が進路を変える。

剣舞鳥たちのただなかへ突っ込むことはせず、外側を回り込むような動きへ。それから各自が魔導兵装の切っ先を、剣舞鳥の群れへと向けた。

その先端に淡い輝きが灯り、法弾が撃ち出されてゆく。

爆炎を閉じ込めた橙の法弾が、大気を焼きながら飛翔する。

それは、キヴィラハティ中隊へと躍りかからんとしていた剣舞鳥たちを直撃し、空中に派手な爆発を生み出した。

さらに法撃は続き、数匹を粉みじんに爆砕する。

しかし剣舞鳥たちも、ただやられるままではなかった。持ち前の素早さを発揮して空中を自在に動き回ると、法弾を避けて接近を始めた。

「やはり動きが速い。法撃だけでは削り切れないな。でも、俺たちの武器はそれだけじゃない。 騎槍突撃(ランスチャージ) 用意! 陣形を矢じりに、突き抜けるぞ!!」

飛翔騎士たちが位置取りを変え、“く”の字形の陣形を組む。そのまま先端を魔獣の群れのただなかへと向けて、加速する。

マギジェットスラスタの推力が跳ね上がり、飛翔騎士は一息の間に加速を果たした。

近接武器を使用して格闘戦をおこなう場合に、空中と地上で異なる点とは何か。

それは攻撃の反動を逃すための地面という支えがない、という点に尽きる。文字通りに踏ん張りの利かない空中では、格闘で威力を出すためにはかなりの勢いが必要となるのだ。

金属の塊である飛翔騎士は重い。ある程度まで速度を上げれば、空中で当たり負けをすることはないだろう。

放たれた矢のように突き進む飛翔騎士は、その長大な槍をもって群れの中に風穴を開けた。

翼を含めると巨大であるものの身体はひょろりとした剣舞鳥たちは、ランスを受けて真っ二つにちぎれ飛ぶ。その柔な体では、騎士の行進を押しとどめることなどできない。

群れの反対側へと突き抜けたキヴィラハティ中隊はしばらく速度を緩めず進み、いくらかの距離を開けたところで大きく旋回した。

「よし……いける! かなり削ったぞ!」

群れの一部をごっそりと削りとったのを見て、ラーファエルは歓声と共に自信を深める。

強化魔法を利用した突撃を得意とする剣舞鳥も、同じく強化魔法をまとって突撃してくる鋼の騎士を相手にしては分が悪い。

空を進む機能を持たない陸の魔獣は頑強さに富み、殺傷能力も凶悪だ。対して飛行魔獣たちは素早さにこそ長けていても、耐久性に欠けていた。

痛烈な一撃を受けた剣舞鳥の群れは、そこで突如として動きを変えた。

それまでは一塊に動いていたものが、四方に散ってゆく。そうして大きく広がると、キヴィラハティ中隊を包み込むかのように殺到してきた。

固まっていては一網打尽にされる。魔獣とて、それを理解するだけの知恵はあるということだ。

「まとめて倒すことはできなくなった。でも、それならそれで手はある。個別に当たる! 小隊単位に分かれるぞ!」

単体での戦闘能力では飛翔騎士が圧倒している。バラバラに戦ったところでやすやすと不利になったりはしない。

新たに小隊ごとに分かれた飛翔騎士は、それぞれに向かいくる剣舞鳥を迎え撃つべく加速する。

群れの一部が、飛翔騎士と空中戦を始める。そうしている間にも、別の一部がぐんぐんと上昇を始めていた。

剣舞鳥は羽ばたきによって空にあり、エーテルの作用を利用して飛んでいるわけではない。

そのため源素浮揚器の機能により空中で一定の高度を保つ飛翔騎士に比べて空中での自由度はずっと高く、ある程度自由に高度を変えることができた。

羽ばたきによって飛び上がり飛翔騎士の頭上をとった剣舞鳥は、そのまま翼をたたんで落下の体勢に入る。

強化魔法の力が跳ね上がり、その身を鋭利な、一振りの槍と化す。剣舞鳥の得意とする攻撃方法だ。

頭上に限らず、高さの違う場所からの攻撃は、飛翔騎士にとってある種の弱点ともいえた。

源素浮揚器による浮揚は、急に高度を変えることができない。そのため高さの違う相手には格闘戦を挑めないのだ。

飛翔騎士たちも、頭上を飛ぶ影の存在には気づいていた。

それが自分たちをめがけて降り注いできても、彼らは慌てることはない。

「確かに、上を取られると不利だ。でも、それをわかっておきながら何も考えなかったわけじゃあないぞ!」

ラーファエルは操縦桿の周りに備えられた 釦(ボタン) を弾き、ある兵装を起動する。

トゥエディアーネの下半身に備え付けられた 小型連装投槍器(アトラトルポッド) が真上を向き、その覆いの一つを開く。中からは、鋭い槍の穂先が覗いていた。

「ゆくぞ、“ 魔導短槍(ショートスピア) ”! くらえ!」

猛烈な爆炎を噴き出しながら、小型連装投槍器から魔導短槍が飛び出した。

それは、 魔導飛槍(ミッシレジャベリン) をただそのまま短くしただけの武装だ。同じように 銀線神経(シルバーナーヴ) によってつながっており、本体から魔力と 魔法術式(スクリプト) を受けて操作できる。

その特徴として質量が軽いことがあげられる。そのわりに推力は落ちておらず、短時間に急激な加速が可能となっていた。

まさしく、空中での格闘戦において効果を発揮するように調整されているのだ。

鋭く飛び上がった短槍は、狙いたがわずに一直線に落下してくる魔獣を迎え撃った。

まさか、剣舞鳥にそれをかわすだけの器用さはない。真正面から“本物の”槍の直撃を受け、その頭部が吹っ飛んだ。

当然のように剣舞鳥は即死し、均衡を崩してそのままふらふらと落下してゆく。

「やった! 当てたぞ。しかも一撃とは、なんて強力な武装だ! でも、こんなに飛ばすのが難しいなんて。動きながらなんてとても無理だな、これは」

そもそも経験の少ない若手騎操士にとっては、魔導飛槍系列の操作は極めて難しいものだ。

槍の操作に集中するあまり本体の動きがおろそかになりがちで、全てを同時に動かすことはできなかった。しかし、切り札としての有効性は今まさに示されたとおりだ。

向かってくる魔獣を倒しラーファエルが安堵を抱いた、そのわずかな隙のことだ。

剣舞鳥による突撃は、一枚ではなかった。先方の陰に、もう一匹がいたのだ。彼がその存在に気付いたのは、直前のことだった。

「なっ。このぉ……っ!」

いまさら加速しても、離脱は間に合わない。ラーファエルはせめてもの抵抗に、盾をかざす。そこに、剣舞鳥が猛速で飛び込んで。

その間をめがけ、後方から大気を切り裂き接近する、一機の騎士がいた。

それは、ちょうど急降下してきた剣舞鳥を 騎槍(ランス) の穂先に捉える。重烈な横殴りの一撃を受け、剣舞鳥がはじけ飛んだ。

全力の騎槍突撃を敢行した騎士はそのまま飛びぬけると、やがて速度を落として旋回し、ラーファエルのところまで戻ってくる。

「戦果を喜ぶのはいいが、油断しすぎだ。相手は一匹だけではないのだぞ。それに周りを広く見ろ。かなりばらけてきている、隊列を組みなおせ」

「……ブランシュ教官! は、はい。申し訳ありません!」

エドガー機は、彼が無事であることを確認すると、助言を残して身をひるがえす。

それに続いて、ラーファエル機も乱戦の中へと戻っていった。魔導光通信機に光が灯り、それを目指して中隊が集まってゆく。

そうして再び陣形を組みなおすと、キヴィラハティ中隊は一丸となって攻勢にうってでた。

その後も、紫燕騎士団は戦闘を有利に進めていった。いくらか危ない場面はあったものの、その都度エドガーたちの手助けが入り、彼らはさしたる被害もなかった。

結果として、この戦いは紫燕騎士団の圧勝で幕を閉じたのである。

法撃戦仕様機とは異なり、空中において遠・近の選択肢を持つ空戦仕様機は、一機あたりの戦闘能力が格段に高い。

その能力は、空においてならば、決闘級とされる魔獣数匹を相手取っても十分に戦えるほどであった。

勝利に沸く紫燕騎士団を後方から眺めながら、船長は重々しく腕を組む。

「すさまじいばかりだ。これは、時代が変わるぞ。これからは空を征するものが、全てを征することになる。間違いなく飛翔騎士の時代が、訪れるだろう……。我々がその最先端にいるというのは、果たして僥倖であるのか」

何かを見通さんとするかのように、彼は真剣なまなざしで空を舞う騎士たち見つめていたのだった。

飛空船と飛翔騎士は王都へと凱旋し、国王へと初陣の勝利を報告した。

勝利をもって自らの有用性を証明してみせた 空戦仕様機(ウィンジーネスタイル) は、その地位を確固たるものとする。

建造のための費用が大きいためすぐさま量産されるようなことはなかったが、飛空船と共に徐々に数を増やしていった。

飛翔騎士は飛空船と連携し、活躍の場を徐々に増やしてゆくことになる。

それを背景とした紫燕騎士団の躍進は、その母体となった銀鳳騎士団の役目にすら、影響を与え始めたのだった。