軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#219 貴方のための刃

限定開放型源素浮揚器(リミットリングジェネレータ) が生み出した虹色の円環の上に立ち、イカルガ・カギリが戦場を見下ろす。

そこではあらゆるものが動きを止めていた。

いまこそ考えねばならない。決めねばならない。

銀鳳騎士団大団長が現れた、ならばここからが本当の戦いとなるのだから。

その姿を目にした瞬間、イグナーツはすぐさま声を張り上げていた。

「各騎に通達! いつでも出られるよう備えよ! ただし命令なき出撃は厳に慎むように、空に羽音のひとつも漏らしてはならない!」

復唱し去ってゆく兵士を見送っていると、隣で空を見上げていたユストゥスが唸る。

「来たようだね、空飛ぶ大地の英雄にして西方を護りし者が」

「今は西方をかき回す、魔獣騒ぎの関係者だがな」

それが現れたということは、これから戦いが決着するということである。

少なくとも大きな展開を迎えることは確実だ。アレが大人しくしていることなどありえないと、イグナーツは骨身に染みて理解しているのだから。

備えはいくらしてもし足りないということはない。

「彼が専用機とする、あの“イカルガ”……。魔獣と彼自身が駆る機体、果たしてどちらが本物で、どちらが偽物なのだろうね?」

「そんなものは決まっている。エルネスティが乗っているほうが本物になるだけだ」

“イカルガ”――かの浮遊大陸事変を通じて、その恐るべき能力は西方諸国の中でもよく知られつつある。

何よりパーヴェルツィーク王国の者たちにとっては己の目で確かめた事実でもあった。

それほどの力持つ 幻晶騎士(シルエットナイト) であっても、所詮は道具に過ぎない。

重要なのはそれを誰が使っているのかということ。

“エルネスティ・エチェバルリア”――あの災厄の化身が操るとなれば、半壊した幻晶騎士ですら脅威になるに違いないのだから。

「うかうかと見逃すなよ、ユストゥス。その時が来れば我らも戦わねばならないのだからな……あの銀鳳騎士団と」

「言われるまでもないさ。殿下の信頼にこたえるためにも、結果を出さねばね」

来るべき時に備え緊張感を高めるパーヴェルツィーク王国軍とは異なり、銀鳳騎士団勢は戦いの手を止め下がりつつあった。

周囲への警戒は怠らず、しかし獲物に手を出すことなく。

白鷺、紅隼両騎士団の騎士たちは 飛空船(レビテートシップ) の集まる本陣近くへと集まってゆく。

紅の機体、グゥエラリンデ・ファルコンがアルディラッドカンバー・イーグレットの元へとやってきた。

「見たところ秘密兵器はまだのようだね」

「おっつけアディが運んでくることだろう。そこは心配していない」

騎士団長であるエドガーと ディートリヒ(ディー) が何ともつかない吐息を漏らした。

「こちらは、パーヴェルツィーク軍がお行儀良くしてくれるのはありがたいことだよ」

「正しくエルネスティの脅威を理解しているだろうからな。うかうかと手出しはすまいが、逆を言えば然るべき時には確実に動く」

「たとえば、魔獣を倒した後とかね」

アルディラッドカンバーが頷き返す。

「そもそもここは彼らの国土だからな。当然の行動だともいえるが」

「さりとて魔獣の本体は……イカルガであれ例の人物であれ、我らで死守しなければならないからね」

彼らはそれを追って西方までやってきた。

パーヴェルツィーク王国にも彼らなりの目的や意地があるだのだろう、しかしこればかりは譲るわけにはいかない。

であるならば、今度こそ刃を交えることは避けえないだろう。

「大団長に学んで、我らも交渉術を身につけようじゃあないか。まずは 剣(コレ) で語ってみるとしよう」

「それではまるでいつも通りではないのか?」

エドガーは呆れつつ、しかし彼自身としても馴染みを感じてしまうのであった。

天空に渦を巻くように白銀の魔獣が揺らめいている。

それが見上げる先に浮かぶ、蒼き鬼神。

魔獣の核となった 原形機(オリジナル) と戦うために作られた、最新鋭の贋作。

イカルガ・カギリとイカルガ・シロガネ。二体のイカルガはただただ互いに見つめ合い。

やがてイカルガ・カギリを駆る エルネスティ(エル) が、 幻像投影機(ホロモニター) へ向かって一礼する。

「まずは、遅くなってしまったことにお詫びを。とはいえ外ならぬあなたたちと戦うのです、生半可な準備ではなりませんからね。時間がかかってしまうことはご理解いただきたいところです」

イカルガ・シロガネが低い唸りを漏らす。

それに人の言葉が通じているのかいないのか、エルにも定かではないがそこはどちらでもよかった。

これは儀式であり礼儀なのだから。

「その分、手抜かりはありません。きっとあなたの全力を受け止めるに不足ないことでしょう。……ではまず、再会を祝して。互いの近況を 戦い(かたり) 合おうではありませんか!」

言うなりイカルガ・カギリが剣を引き抜いた。

銃装剣(ソーデッドカノン) 型之弐(モデル2) 、カギリのために再設計された最新の刃。

刀身が開き、そこに魔法現象に特有の輝きが灯る。

空に咆哮を轟かせ、イカルガ・シロガネもまた動き出していた。

エスクワイア“ロビン”を装着し標準より一回りは大きなイカルガ・カギリと比べてもなお数倍する巨体をうねらせ、それ自体が幻晶騎士の全高を超える長い六つ腕を伸ばす。

イカルガ・シロガネの指先へと次々に炎が灯った。

生み出されるのは獄炎の槍。

取り込んだ 銃装剣(ソーデッドカノン) の原形の機能を受け継ぎ、三十指全ての先端に炎が渦巻く。

それまで静かに凪いでいた空が一瞬で爆炎によって埋め尽くされた。

寸前、イカルガ・カギリが飛び出してゆく。

推進器を全開に、迫りくる破滅の火線をかいくぐる。

どれほどの物量があろうとも、直線的な攻撃を呆けっと受けるほどエルは優しくない。

反撃とばかりにイカルガ・カギリも法撃を放った。

連射性能で劣るも威力では原型に引けを取らないはずの獄炎の槍はしかし、魔獣の体表を穿つことなくあっさりと吹き散らされる。

「やはり外殻は 精霊銀(ミスリル) でできているようですね。通常の攻撃はまったく通じないと」

それから何度かにわたって法撃を叩きこむも、やはり魔獣は何の痛痒も感じていないようである。

精霊銀、それはエーテルの強い作用によって生み出される希少金属である。

この世界において最硬にして最強の金属であり、いかなる法撃も通じずいかなる斬撃でも傷ひとつ付けられない。

虹に濡れたように光る白銀の外殻、それこそが精霊銀の特徴だ。

エルは己の推測が外れていなかったことを丁寧に確かめてゆく。

「エェェェェェルゥゥゥ……」

対するイカルガ・シロガネは昂ぶっていた。

蒼き鬼神の姿を捉えたその時より、それまでになく忙しない挙動をみせている。

求めていた敵。因縁深きフレメヴィーラ王国最強の騎士。

そして、一度はイカルガ・シロガネを滅ぼしかけた存在。

長くただの魔獣として漂い、眠りについていた人としての意識が強烈に揺さぶられる。

一度法撃を受けるたび、放つたびに記憶が呼び覚まされてゆく。

「来ィィィたぁぁぁかァァァ……」

目覚めを強めるほどに、巨獣の動きも激しさを増していった。

矢継ぎ早に轟炎の槍を放ちながら、その瞳は片時も鬼神から離れない。

イカルガ・カギリをガンガンにぶん回し、法撃を捌きながらエルは操縦席で笑みを深めていた。

「はい! ウーゼルさんも、とてもお強くなられましたね! それにこの、精霊銀を外殻に使用するという発想! さすがは 魔法生物(マギカクレアトゥラ) との共同作業です、誰にも真似のできないことですよ!」

「おぉぉぉぉぅ……! おぉぉぉぉぅ……!」

大気が震えた。

膨大な魔力が迸り、巨獣の周囲に雷撃が放たれる。

それらはすぐに絡み合い、眩い雷の籠を形作った。

「 雷霆防幕(サンダリングカタラクト) ですか! 使いこなしているようですね!」

エルはすぐさまイカルガ・カギリを後退させると法撃によって雷撃を相殺する。

雷霆防幕は強力だが射程が短い。

効果範囲を逃れたことで、二体のイカルガの間に距離が生まれていた。

「なるほど良い 戦(かたら) いです。このままでは埒があかないということが、よくわかりました」

イカルガ・シロガネは恐るべき姿へと変化した。

飛空船すら圧倒する巨体、あらゆる攻撃を弾く精霊銀の外殻に、全てを破壊するに足る攻撃力。

完全無欠のように思えてしかし、イカルガ・カギリを――エルネスティを打倒するにはそれだけでは足りない。

なにしろ縦横無尽に空を翔ける鬼神を捉えるのは至難の業であるからだ。

そもそもこの程度で倒せる相手ではないと、それ自体が強く確信している。

「ゆぅぅぅくぅぅぅ……ぞぉっ!」

「受けて立ちます!」

ゆえにこそ接近し、確実にその手で仕留める必要がある。

イカルガ・シロガネの意図を察知したエルもまた相手の懐へと飛び込んでいった。

魔獣が腕を振り下ろし、大気が悲鳴を上げて切り裂かれてゆく。

イカルガ・カギリは慌てることなくその攻撃をかわし、逆に斬りつけていた。

しかしどこを斬りつけても、返ってくるのは硬質な感触ばかり。

火花が散るだけで傷らしい傷もつかない。

表面のみならず、関節を狙おうとも隙間を探そうとも同じ。

魔獣の滑らかな巨体を舐めるように見て回り、ついにエルは肩を竦めた。

「ふうむ、本当に一分の隙もありませんね。関節まで含めて全面を精霊銀仕立てにするとは。あなた一人からいったい何基の 魔力転換炉(エーテルリアクタ) が作れるのでしょうか? この上なく贅沢な身体というべきでしょうか……」

精霊銀で覆われた身体を相手にしては、いかなイカルガとてなすすべもない。

そもそも一切の攻撃が通らないのだから当然である。

自慢の銃装剣も 執月之手(ラーフフィスト) も、 烈炎之手(バーニングフィスト) ですら役に立たないのだ。

では、本当にイカルガ・シロガネを相手に手も足も出ないというのか?

「そろそろ確認は十分でしょう。あなたのことが色々と 理解(わか) ってきましたよ! おそらくは取り込んだマガツイカルガニシキを元に、エーテルによって巨体を構成しましたね。精霊銀の頑強さこそ他の追随を許しませんが、あまり複雑な機能を増やすことはできていないと見えます。攻撃手段が変わっていませんからね」

――そんなことはない。

フレメヴィーラ王国最強の騎士たるエルネスティが、なによりもイカルガの打倒に執念を燃やす彼が、無策でここまで来るわけがない。

「確かにカギリではあなたを傷つけられませんが、あなたも僕を捉えられない。でも、つまらない千日手はここまでにしましょう。ようやく秘密兵器も届いたようですから」

エルの呟きに応えるように、戦場に新たな爆音が轟いた。

マギジェットスラスタの放つ炎を尾のように曳き連れて、それはまっすぐに翔けて来る。

明らかに人工物でありながら、その姿は巨大な鳥そのもの。

幻晶騎士とも、 竜闘騎(ドラッヒェンカバレリ) ともまた異なる飛行機械。

「エルく~ん、お待たせ!! “ 飛鳥之粧(アスカ・ガーメント) ”持ってきたよ!」

操縦者である アデルトルート(アディ) が、イカルガ・カギリの姿を捉えて歓声をあげる。

しかしすぐさま、イカルガ・シロガネが新たな乱入者に対して攻撃を加えていた。

轟炎の槍を放ち、巨大な腕を叩きつける。

「むぅ、邪魔しないでもうちょっと大人しく待っててよ! 今にやっつけてあげるから!」

飛鳥之粧はいっそう推力を上げると、圧倒的な速力でもって攻撃の全てを振り切った。

ジャロウデク王国の作り上げた飛翔特化騎体“カイリー”にはわずかに及ばないものの、その巨体に鑑みれば馬鹿げた速度性能である。

敵のそばを通り過ぎた鋼の鳥が翼を開き、そこにも装備された推進器を用いて強引に旋回する。

そんな無茶な動きをすれば激烈な遠心力がかかるだろうがしかし、強力な 身体強化(フィジカルブースト) を常用する最上位の騎士にとって、それを耐えきることなど造作もない。

「おいで、アディ」

「うん!」

彼女が向かう先は敵であるイカルガ・シロガネなどではない。

招くように両腕を開く蒼き鬼神、その 騎操士(ナイトランナー) のもとに他ならないのだ。

旋回して戻ってくる飛鳥之粧。その進路を推測したイカルガ・シロガネがさらに巨腕を叩き込む。

行く先を遮るように迫る障害物に激突するかと思われた、寸前。

「そーれっ、 全騎投射(フルディスパーション) !!」

巨大な鳥を模した飛鳥之粧がバラバラに分かたれた。

機首と胴の一部を残し、両翼とその基部がそれぞれ分離する。

機体後部から尾部を含む推進器群も二つに分かれ、さらに両足までも分離し単体で飛んだ。

部品群は一度バラバラに散らばると迫る魔獣の腕をかいくぐり、ようやく彼の元へと辿り着く。

「征きます……“ 飛鳥之粧(アスカ・ガーメント) ”、着装!!」

イカルガ・カギリが五体を広げる。

その周囲を飛鳥之粧の部品群が舞い踊り。

それらは一斉に集ってゆく。

尾部を装甲として畳み、推進器部がイカルガ・カギリの両脚を覆うように装着される。

巨大な主翼は腰部に。イカルガ・カギリが元々持っていた推進器をさらに強化する。

飛鳥之粧の両足であったものがイカルガの腕へと装着された。

異様なほどに長く伸びた腕部の先、巨大な鉤爪を手のように開く。

最後に残った胴体部から機首部分が外れた。

胴体部はそのままカギリの後ろに回り、既に装着されているエスクワイア・ロビンの下方、腰の後ろに連結される。

唐突にイカルガ・カギリが胸部装甲を開いた。

操縦席を晒し、そこに座ったエルが手招きする。

「さぁ、おいで」

飛鳥之粧の機首部分から 牽引索(トーイングアンカー) が伸び、イカルガ・カギリの胴を掴んだ。

そうして機首後部の覆いが開き、こちらも操縦席が露わとなる。

「やっほーエル君、きーたよ!」

機首部分がイカルガ・カギリの胴部へと装着されてゆく。

同時に飛鳥之粧の操縦席が移動し、イカルガ・カギリの操縦席へと連結された。

「はい、いらっしゃい。それでは視界を開きましょうか。 面覆いを展開(バイザーオープン) 、全面開放!」

それまでイカルガ・カギリの頭部を覆っていた面覆いが開いてゆく。

その下から現れるのは、怒りを湛えた人の貌。

オリジナル・イカルガに近しくもしかし、そこにはひとつ大きな違いがある。

淡い光を放つ“四つの”眼球水晶。

四眼を備えた鬼面。なおさらに異形さを増した蒼き鎧武者が吸排気の咆哮をあげた。

同時、操縦席では全ての幻像投影機が周囲の景色を映し出してゆく。

「視界同調完了。 全機能(オールファンクション) 起動(アクティベート) 、全て問題なし!」

飛鳥之粧、その機体の設計思想は“ 機動法撃端末(カササギ) ”の延長線上にある。

いうなれば自ら移動する“ 選択装備(オプションワークス) ”の集合体であり、イカルガ・カギリに新たな力を与える鎧なのである。

「大変お待たせしてしまいましたね。準備が整いましたよ」

すっかりと姿を変えたイカルガ・カギリがゆっくりと振り返った。

追加装備をまとい肥大化した手足、腰には翼と胴部が装甲のように装着されている。

四眼の睨む鬼面に、胸には飛鳥之粧から鳥を模した機首。

それらの全てがただひたすらに白銀の魔獣だけを見つめていた。

「これはあなたを斃すためだけに鍛えた、あなたのためだけの刃」

吸排気音が高まってゆく。

その全身に配置された魔力転換炉が出力を上げ、分散配置された多数のマギジェットスラスタが一斉に炎の吐息を漏らす。

「お見せしましょう、僕たちの最新鋭。……この“アメノイカルガ・カギリ”の力を。さぁ、ウーゼルさんにイカルガ……存分に、心行くまで召し上がってくださいね!」

直後、爆発としか思えない轟音を残し、新たな蒼き鬼神が動き出した。