軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ep.67 タイムリミット〜セシリアside

「セシリア様……また、届いております」

「はあ……。またなの?」

ブランシェ女侯爵となった私の元には、ひっきりなしに釣書が送られてきています。

適齢期を過ぎた私の年齢や、婚姻無効となったことで足元を見ている愚かな『訳あり案件』から、「成人まで何年待てばよろしいのかしら?」と首を傾げたくなる10歳の少年まで、その顔ぶれは実に多彩です。

成人まで八年も待っていたら、私は三十代です。

子どもを産めなくはないけれど、妊娠の確率も下がるというのに、この方たちは一体どういうつもりなのでしょう?

デスクの上に山積みされた釣書をちらりと横目で睨み、私は盛大な溜め息を吐きました。

その様子を、顔色一つ変えずにノインが見守っています。

「……暖炉の季節じゃないのが惜しいわね。いい薪代わりになりそうなのに」

頬杖を突きながら、一番上にある釣書を軽く指先で弾きました。

「教皇様の仰った通りになりましたね。新興とはいえ、腐っても侯爵家の婿になることができます。更にアシュフォード公爵家とも繋がりまで付いてきますから、彼らにとって、まさに『神からの贈り物』なのでしょう」

「……迷惑極まりないわ」

私は椅子の背もたれに体を預けました。

執務よりも、この厄介事の処理にどっと疲れを感じます。

早々に再婚してしまった方がいいことは分かっています。

もし、私が誰かを『夫』とするならば⸺⸺。

脳裏に一人の男性の顔が浮かびますが、私は即座に首を振ってそれを振り払いました。

計画が予定通り進んでいる今、あちらとの繋がりが露呈してしまうと、不要な疑念を招くだけです。

けれど、子を産むことを考えれば、年齢的な猶予が刻一刻と失われているということも現実です。

「……はあ、男の人が羨ましいわ」

うっかり、本音が漏れてしまいました。

「……何か、お悩みですか?」

ノインが、私の溢したその言葉を拾いました。

「……ただ、子どものことを考えただけよ」

両手で頬杖を突きながら答えた後、いつもならすぐに返ってくるはずの淡々とした声が途切れました。

訝しげに視線を向けると、ノインは目を見開いたまま固まっています。

「え、ノイン?どうしたの?」

「あっ……!いえ、ただ……」

「ただ、何?」

気不味そうに目を逸らすノインの逃げ道を塞ぐように、言葉を畳み掛けます。

「その……セシリア様が……お子様を持たれるということを、失念しており……」

ノインは言いづらそうに、言葉を濁しました。

一体、私を何だと思っているのでしょう?

ムッとして睨み付けると、ノインは肩を震わせて一歩後退りました。

「……悪いかしら?私だって、人並みの幸せというものに憧れるくらいはするわ」

「いえ……!そういうわけではなく……!」

「では、どういうつもりだったの?」

焦って言い繕おうとするノインを横目に、私はぷいっと顔を背けました。

「……申し訳ございません。レオンハルト卿とは『白い結婚』でしたので、セシリア様が再び誰かと婚姻し、子を産むという可能性自体を、想定しておりませんでした……」

いつもよりも弱々しい声に、視線を戻すと、常に冷静なノインが珍しくしゅんとして肩を落としています。

レオンハルト卿とは始めから破綻していたので、私が誰かの隣に立つ姿を、ノインは想像すらしていなかった⸺⸺。

その様子にようやく溜飲が下がり、私は密かに口端を上げました。

「もういいわ。それより、紅茶を淹れてくれる?」

何事もなかったかのように装うと、ノインははっとしたように私を見つめた後、「かしこまりました」と深く一礼しました。

セカンドフラッシュのダージリンの香りを楽しんでいると、唐突に来客が伝えられました。

「来客?先触れもなしに、どなたかしら?」

「それが……『彼のお方』からのお使いのようです」

彼のお方——ヴィクトリア様からのお使いなんて、珍しいですね。

私たちが繋がっていることは、表向きには秘匿されています。

トレヴァントにいた時も彼がお使いで来ていましたが、あの時とは違い、王都にはどこに人の目があるか分かりません。

それを避ける為に、我が家の隠し通路を一つ伝えてあります。

いつもヴィクトリア様のお使いで来るのは、先日『夫』となった方です。

ノインに指示をし、秘密の応接室へ彼を通しました。

「ご機嫌麗しく。突然の訪問、申し訳ございません」

部屋に入ると、彼はソファから立ち上がり、慇懃に一礼しました。

「ご機嫌よう。どうぞ、お掛けになってくださいませ」

彼にソファへ座るように促した後、長居は無用と判断し、お茶も供さずに本題に入ります。

彼は端的に「彼の方よりお預かりいたしました」と、一通の手紙を差し出しました。

私は封を切り、内容に目を通します。

そこには、ハインリヒ殿下との閨の不安要素や、早急に身ごもりたいこと、そしてその為の『策』を講じたい旨が記されていました。

……なるほど。

確かに、早く身ごもるに越したことはありません。

ですが、その為の手段にはリスクが伴います。

皇族として育ったヴィクトリア様は、愛していない方との婚姻や子を産む覚悟はあったでしょう。

ですが、本当に愛する方と結ばれた今、例え、ハインリヒ殿下との子を身ごもることはないと分かっていても、肌を合わせることは苦痛以外の何物でもないはずです。

……想像しただけで、私でも吐き気がします。

それに、「身ごもりたい」と言っても『授かりもの』ですから、確実にどうにか出来るというものではありません。

「内容は理解いたしましたわ。手を貸すことは可能ですが、それでも『確実』ではありませんわ」

「もちろんです。ですが、僅かでも望みがあるのならば……。私も彼のお方も、それに縋りたいのです」

そう言いながら、彼は膝の上の拳を強く握り締めています。

心からヴィクトリア様を愛しているのが伝わり、その切実な想いが、部屋の中の空気を震わせました。

……彼もまた、辛い立場でしょう。

例え、自分が愛されていると理解していても愛する人が、目の前で他の男の妻として振る舞い、同衾するのを許さなければなりません。

色々な思惑や大義があるので、仕方がないことではありますが、感情は理屈では割り切れません……。

私は、心の中で深く溜め息を吐きます。

「私が出来ることは、妊娠しやすくなる薬草茶の手配と、『影』の配置を増やすことくらいですわ」

「それで充分です。ありがとうございます」

彼は深く頭を下げ、暗い闇の中を彷徨うように去って行きました。

執務室に戻り、私は執務椅子の背にもたれて思考を巡らせました。

傍らでは、ノインが沈黙を守ったまま私を見守っていました。

「……ねえ、ノイン」

「はい、セシリア様」

「お願いがあるの」

私の真剣な眼差しを、ノインは逸らさずに、真っ直ぐに受け止めました。