軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピソード 3ー8

ジークベルトの率いる軍が、アヴェリア教国の軍を撃退した。防衛部隊は駐屯地に止まっている状態だが、ひとまずジークベルトは凱旋を果たした。

戦渦に巻き込まれるのではと怯えていた民達はお祭りムードだ。だが、実際には第一王子派の活躍が背景にあり、それを理解している第二王子派の者達は素直に喜べない。

ゆえに、ジークベルトに残された道はそう多くない。

一つは、アヴェリア教国との戦争で戦果を上げることだ。

アヴェリア教国軍は撤退したが、戦争が終わった訳ではない。相手が降伏をしていない以上、また攻めてくる可能性もある。そのまえに反転攻勢に移るのは自然な考えだ。そうしてアヴェリア教国を蹂躙すれば、ジークベルトの名声は自ずと高まるだろう。

しかし、アヴェリア教国の戦力はまだその多くが残っている。

アリアドネが奇襲を掛けた魔術師部隊も全滅したわけではない。双方に被害が出た時点で、魔術師部隊は撤退を始め、アリアドネもそれを見逃した。

戦争を再開するまで、いましばらく時間が掛かるだろう。

もう一つの道は、ジークベルトが王位継承の正統性を手に入れることだ。

もちろん、そんな方法があればの話しだが。

とにもかくにも、戦争は小康状態に入った。

そのあいだに、アリアドネもまた王都へと帰還する。

そして――

「よく役目を果たしてくれたわね。安らかに眠りなさい」

王都に戻ったアリアドネはロランやハンスとともに霊園に向かい、役目を果たした部下達の死を弔った。黙祷して部下の死を悼み、ゆっくりと振り返る。

そこにいるのはロランとハンス。それぞれの生き残った部下達。

それに、アシュリーの姿があった。

「さぁ、蒔いた種を芽吹かせるときよ」

アリアドネは不敵に笑って、アシュリーのもとに歩み寄った。

「ポーションの件、どうなったかしら?」

「表面的にはなにもありません。ただ、教会は秘密裏にポーションの出所を探っています。ローズウッドで噂される聖女にたどり着くのは時間の問題かと存じます」

「そう、計画は順調なようね」

アリアドネは小さく呟いて、それからこれからの計画に思いを馳せる。教会が秘密裏に動いているのなら、耳聡い貴族の耳にも入っているころだろう。

たとえばそう、回帰前のアリアドネを出し抜いたウィルフィードとか。

「そろそろ、噂の聖女様を確保する素振りをみせましょうか」

アリアドネは次の一手を打つことにする。

それは、あくまでも振りだけだ。実際に確保する訳ではなく、アリアドネが確保しようとしていると、他の耳聡い者に聞かせるのが目的である。

しかし、その指示を聞いたアシュリーが表情を曇らせる。

「恐れながら、アリアドネ皇女殿下にお尋ねしたいことがあります」

「ええ、言ってご覧なさい」

彼女がなにを聞きたがっているか理解した上で応じる。次の瞬間、アシュリーは覚悟を決めた顔でこう口にした。

「ソニアを捨て駒にするのですか」――と。

「アシュリー。ソニアがこの役目に志願したのは、彼女がウィルフィード侯爵を恨んでいるからよ。彼女は、すべて承知の上で、この役目を引き受けたの」

「……否定は、なさらないのですね」

どのような事情があるかは関係ない。

アシュリーが問題としたのは、このまま計画が進めば、ソニアが死ぬかもしれない。その事実をアリアドネが否定しなかった事実だ。

それを聞いたアシュリーはそっと目を伏せた。

(侍女とメイド。それ以上の接点はなかったはずだけど……)

彼女がここまで感情移入するのは、アリアドネにとって少しだけ意外だった。

「貴女は、いつの間にソニアと仲良くなったの?」

「……彼女もまた、アリアドネ皇女殿下、貴女を信望する家臣です」

メイドは使用人であって家臣ではない。

普通ならば。

アシュリーはアリアドネのために危険な任務に就いたソニアを仲間と認めているのだ。

「……貴女は仲間思いなのね」

「アリアドネ皇女殿下は違うのですか?」

アリアドネは困った顔をした。彼女にとっても仲間は大切な存在である。だが同時に、仲間を目的を果たすための駒として扱っている自覚もあるからだ。

「たしかに、私の計画が進めば、偽の聖女が捕えられることは確実ね。ソニアが捕まった場合は、その口を封じる必要が出てくるわ」

ソニアが口を割ると思っている訳ではない。

だが、彼女の身元が割れる可能性はなくさねばならない。

「でしたら――っ」

アシュリーがなにかを口にするが、アリアドネはその先を言わせなかった。

「アシュリー。言ったでしょう? 綺麗事だけじゃ世の中は回らない。それに、さっきも言ったけど、これはソニアが望んだ――彼女が了承していることなのよ」

「……おっしゃっていることは分かります。だけど……」

アシュリーはそう言って唇を噛む。

そんな彼女を見て、アリアドネはいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「だけど――なにか言ってご覧なさい?」

「それは……いえ、失言でした。どうか忘れてください」

「あら、私は聞きたいと言っているのだけど?」

アリアドネが追求すれば、アシュリーは緑色の瞳を彷徨わせた。だけど、覚悟を決めたような顔で、アリアドネをまっすぐに睨み付ける。

「では、言わせていただきます。アリアドネ皇女殿下のおっしゃることは理解できます。犠牲を受け入れることだってときには必要でしょう。ですが――ですが、私はアリアドネ皇女殿下なら、もっと上手に立ち回ると思っていました!」

ピンクゴールドのツインテールを揺らした彼女は泣きそうな顔をしていた。必要な犠牲だと理解しながらも、アリアドネならもっと上手くやれたと期待していたのだ。

勝手にアリアドネに期待して、勝手に失望した。

そんな自分を責めた顔だ。

二人の様子を見守っていた者達が息を呑む。

ハンスがアシュリーを止めようとするが、アリアドネがそれを手で制した。

「私は神じゃないわ。被害は出来るだけ減らしたいと思ってる。それでも……」

アリアドネは寂しげに笑う。

彼女の背後には、アリアドネの命令を果たすために殉職した騎士達の墓がある。

「アシュリー殿、アリアドネ皇女殿下は部下を捨て駒のように扱っている訳ではありませんぞ。それは任務に同行した俺が保証いたします」

ハンスがフォローを入れてくれる。

「分かっています。でも、聖女を偽称するのは重罪です。ソニアはどうやっても……」

アシュリーは唇を噛む。

「アシュリー、よく聞きなさい。私の計画が必ず成功するとは限らないわ。だからそういう意味で、ソニアが殺される可能性はゼロじゃない。だけど――」

アリアドネはそこで一度言葉を切り、まるで悪女のようににぃっと笑った。

「私が一度でも、ソニアを偽の聖女にすると言ったかしら?」

◆◆◆

ローズウッドの町にある孤児院では、変装したヴィオリナことソニアが疫病の患者の看病をしていた。治癒魔術を使いながら、必要な患者には浄化のポーションを使う。

献身的に患者の面倒を見る彼女は、ちまたで聖女様と囁かれるようになった。そうして、ローズウッドにブラウンの髪の聖女がいるという噂は瞬く間に広がっていく。

そんな中、孤児院を管理する院長の娘、ヴィクトリアはストレスを溜めていた。使用人のように扱き使っていたルチアがいなくなったからだ。

「ちょっと、どうして私の服を畳んでないのよ。皺になるって言ったでしょ! まったく使えないわね。ルチアだって、もうちょっとましだったわよ!」

代わりに気の弱そうな孤児の娘に目を付けて扱き使っているが、手際の良さでは長年扱き使ってきたルチアに遠く及ばない。

(それに……あの女の監視が厳しくて、以前のように好き勝手できないし……っ)

ヴィオリナと名乗る先生のことだ。リンディと名乗った女の寄付で雇われた彼女を、ヴィクトリアは始め、自分の使用人として扱き使うつもりでいた。

けれど、彼女は孤児の面倒を見るために雇われた先生であり、院長の娘の面倒を見るために雇われた訳ではないと、ヴィクトリアの命令を突っぱねた。

(お父さんに文句を言っても、他の孤児を使えばいいとか言って聞いてくれないし。他の孤児が使えないから言ってるんじゃないの!)

もう何度目かも分からない愚痴を心の中で叫ぶ。こうして苛立ちを抱えたヴィクトリアは、孤児院を抜け出して町へと遊びに出掛けた。

ヴィオリナの活躍で、疫病は収束しつつある。彼女が孤児院で疫病患者を毎日診ていることもあり、ヴィクトリアの疫病に対する感覚はとっくに麻痺している。

それに、彼女自身が、治癒魔術で自分の疫病を予防できることも大きい。

こうして町へ繰り出したヴィクトリアは表通りを歩き、ぽつぽつと営業が再開された屋台へと目を通していた。だが――

「知ってるか、聖女様の噂」

「ああ、ヴィ……なんとか様だろ? 孤児院で暮らす栗色の髪の聖女様。彼女のおかげで、俺達の生活が元に戻ったんだ。知らないはずねぇだろ」

「だよなーっ。でも、顔を見たことないんだよな」

「俺の知り合いは見たって言ってたぜ。可愛い系の女の子だって」

「へー、一度会ってみたいな」

ヴィオリナの噂が聞こえてきて顔をしかめる。

(なによ、あの女のことばっかり。最初に治療を頼まれたのは私なのよ? それに、あの女が聖女呼ばわりされてるのなんて、浄化のポーションのおかげじゃない)

ヴィオリナとヴィクトリアの治癒魔術の力は大差がない。

本来なら、自分が彼女の立場になっていたはずなのに――という想いが、どす黒い感情を生み出していく。自主的に手伝う機会だってあったのに、それをふいにしたのは自分なんてことは考えもしない。

こうして、苛立ちを募らせていると、不意に肩を掴まれた。驚いて振り返ると、そこには神官の格好をした男が立っていた。しかも、彼の後ろには護衛まで従っている。

「……なによ?」

ヴィクトリアは自分の体を抱きしめて警戒心をむき出しにする。

「いや、すまない。実は孤児院の聖女を探しに来てね。もしよかったら、孤児院の場所を教えてくれないだろうか?」

「……どいつもこいつも、聖女、聖女って……っ」

俯いて呟いたヴィクトリアの言葉は神官に届かない。ヴィクトリアの返答を待つ神官に対して、ヴィクトリアはある悪巧みを思いついた。

(そうよ。あの女と私の治癒魔術の腕は変わらない。容姿だって正確に伝わってる訳じゃない。噂しか知らない相手に、彼女と私を混同させるくらい……出来るはずよ)

神官は明らかに権力者で、裕福そうな身なりをしている。なにより、治癒魔術師は権力者の間で優遇されると、リンディから聞いて知っている。

だから――

「孤児院ならあっちです、司祭様。でも……私に何のご用でしょう?」

猫を被ったヴィクトリアが問いかける。

それを聞いた神官がヴィクトリアの出で立ちに視線を向け、疑惑の目を向けた。ヴィクトリアが孤児にしてはよい身なりをしていたから。

「キミが……聖女だというのか?」

「分かりません。ただ私は……疫病に苦しむ人々を救おうとしただけですから」

その言葉だけを聞けばまさに聖女。ヴィクトリアはその場で拙いながらも治癒魔術を発動させて見せた。その光景に神官が息を呑む。

「孤児が……治癒魔術を。では、本当に……」

聖女は孤児で、孤児が魔術を学ぶことなどできやしない。その先入観が神官の判断を誤らせた。そうして、ヴィクトリアを聖女だと誤認した彼は口を開く。

「キミ、名前は?」

「ヴィクトリアです」

「ヴィクトリア? たしか、聖女の名前は……」

「――ヴィクトリアですわ、神官様」

目を細めて微笑む。プライドが高いヴィクトリアは、ヴィオリナの名を名乗らずに押し通した。それに対し、司祭はすぐに「あぁ、そうだったな」と頷く。

もしもヴィオリナの名前が先行していたら、こんな風に簡単に騙すことは出来なかっただろう。だが、この町で広がる聖女の噂は、アリアドネの部下が意図的にねじ曲げている。その中には当然、ヴィクトリアの名前もあった。

ゆえに、名前が原因で彼女の嘘がばれることはない。

「では、ヴィクトリア。とある大貴族が、キミを養女にしたいと言っている」

「……養女、ですか?」

「なに、心配することはない。好待遇を保証するよ。キミが望めば、どんな暮らしも想いのままになるだろう。どうだね?」

「貴方に従えば、その貴族様の養女になれるんですね?」

頷き、どうするかと問いかけてくる司祭。選択肢を与えられているように見えるが、もしここで断っていたとしても、あの手この手で従わせられることになっただろう。

だが、ヴィクトリアは迷わず、その誘いを受けた。

そして、すぐに近くに止めていた馬車に乗せられるヴィクトリア。

馬車に同乗した司祭が、従者の一人に指示を出す。

「すまないが、孤児院で、彼女を引き取る許可をもらってきてくれ」

「かしこまりました」

そう言ってその場を離れる従者の一人。

焦ったのはヴィクトリアだ。

「え、孤児院に許可、ですか?」

「ああ。後で文句を言われても困るからね」

「いえ、そうじゃなくて……」

(孤児院で確認されたらバレるじゃない!)

焦るが、もはやヴィクトリアにはなにも出来ない。彼女に出来るのは、全力で聖女の振りを続け、少しでも事実が発覚するのを先延ばしにすることだけだった。

そう思っていたのに――

「おはようございます、お嬢様。すでに朝食の準備が出来ております」

「え、ええ。ありがとう……」

あれから一週間。王都にあるウィルフィード侯爵の屋敷に連れられてきたヴィクトリアは、未だ丁重な扱いを受けていた。

(理由は分からないけど、とにかく助かったわ。と言うか、この暮らし、最高ねっ)

警戒心を失ったヴィクトリアは、まるでお姫様のような扱いを満喫していた。だが、その日の昼食を取った後、ヴィクトリアは再び危機感を覚えることになる。

部屋にやってきた執事から、思ってもいなかったことを告げられたからだ。

「……聖女適性検査、ですか?」

「神殿に許可を取り、貴女が本物の聖女であることを確認する儀式を手配しました。これからすぐに神殿に行き、貴女が本物の聖女であることを証明していただきます」

「そんな、検査だなんて……」

「心配はありません。たしかに聖女を騙る偽物は重い罰を科せられますが、本物の貴女ならばなにも心配することはありません。安心して検査を受けてください」

丁寧な口調だが、執事の言葉の裏にはヴィクトリアに対する疑惑があった。

(バレる、今度こそバレちゃう!)

ヴィクトリアは逃げようとするが、護衛が常に側にいて逃げることも出来ない。こうして、ヴィクトリアは王都にある神殿へと連れて行かれた。そこで身を清め、白い衣を着せられる。個室で待機させられていたヴィクトリアは顔が真っ青になっていた。

「……どうしよ? 儀式なんてしたら、私が偽物だってバレるじゃない!」

聖女適性検査は、実のところそこまで珍しいものじゃない。毎年、一人くらいは聖女を騙る不届き者がいるからだ。そして、聖女の名を騙った偽物の末路は悲惨なものだ。

その事実を、ここに来るあいだに教えられたヴィクトリアは焦る。いますぐ逃げようと扉を開けるが、そこには護衛の男が立っていた。

「どうしました?」

「あの、その……ちょっとお散歩に」

「もうすぐ儀式なので、それが終わるまでお待ちください」

「ちょっとだけだから……ね?」

「ダメです」

とりつく島もない。彼の役目はヴィクトリアを護るだけでなく、逃がさないように見張る意味もある。それに気付いたヴィクトリアは引きつった顔で部屋に戻った。

「どうしようどうしよう! これも全部、ヴィオリナのせいよ! あの女が聖女だなんて持て囃されるから、私がこんな目に……絶対、許さないから!」

自分の行いを棚に上げてヴィオリナを呪う。そうしているうちに扉の外から話し声が聞こえてきた。それから部屋に入ってきたのは、神官のローブを纏った少女。

「……も、もう検査の時間なの?」

「いいえ」

おっかなびっくり尋ねるヴィクトリアに、けれど少女は首を横に振った。続けてローブの中からポーションの瓶を取りだした。

「儀式の前に、これをお飲みください」

「……それはなに?」

「儀式に必要なポーションです。さぁ早くお飲みください」

少女にせかされて、ヴィクトリアはポーションの中身を呷る。

「味は……悪くないわね。――っ」

胸がかっと熱くなり、少し熱に浮かされたような気分になる。

「私に、なにを飲ませたの……っ」

「言ったでしょう。儀式に必要なポーションだと。儀式までもう少しだけ時間があります。辛いようなら、少し休んだらいかがですか?」

少女はそう言って、ヴィクトリアの手の中から空っぽになったポーションの瓶を奪い取り、くるりと身を翻して部屋を退出していった。

それから程なくのことだ。

この国に新たな聖女が誕生したのは。

◆◆◆

聖女の再誕。

聖女ヴィクトリアの話題は大陸中に駆け巡った。

その声は、離宮のバルコニーで風に当たっていたアリアドネの耳にも入る。そして、その報告をしたアシュリーは、畏怖を滲ませた面持ちでアリアドネを見つめている。

「……アリアドネ皇女殿下は、こうなることを知っていたのですか?」

「まさか。たしかに、この結末は私が描いた筋書きの一つよ。でも、必ずこうなると知ってた訳じゃない。ただ、望む結末になるように立ち回っただけよ」

そうして望む結果を当然のように手に入れた。

まるでチェスで遊んでいるかのように、その事実を平然と語るアリアドネに対し、アシュリーは尊敬と恐怖の念を覚える。

そんな中、バルコニーに身を預けていたアリアドネがくるりと振り返る。彼女は風になびく髪を指で押さえると、その宝石眼を爛々と輝かせる。

「さあ、舞台は整ったわ。ウィルフィード侯爵に虐げられた人々の復讐を始めましょう」